表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第二部第五幕 竜と猟犬と遺跡のお話
150/257

その5

 第十一層は海岸だった。晴れ渡る空の下、熱を孕んだ砂浜が何処までも何処までも続いていく。寄せては返す波の音が、熱気の中に清涼さを織り交ぜる。

 第十二層も海岸だった。地平線の先までも、続く青い大海原。その波打ち際の飛沫に濡れる、砂の量は減っていく。よく見なければ分からぬ程度に、砂浜の土地は減って海水の量が増えていた。

 第十三層も海岸だった。そう言えなくはない程度に、砂浜は多少残っていた。けれど視界に映る景色の殆ど全ては海水の青一色で、潮が引く時に足の踏み場が辛うじて出来る程度の砂しか其処にはなかった。


 そして、第十四層。遂に浮島一つとなった。足場はそれ以外には何一つとして存在せず、視界に映る色は青ばかり。当たり前の様に海の上を歩けるヒビキが居なければ、或いは小舟でも持って来なければ、移動すらも出来なかったであろう。


 そんな第十四層を抜けて、続く十五番目の層。下層へ続く渦潮を、抜けて降りて来た二人。彼らを待ち受けるのは、眼下を満たす青一色。これまで中層は一つ下へと進む度に、陸地が減っては海が増えた。浮島一つの次となるこの階層は、当然更に陸地が少ない。いいや、無いと断言出来る。全てが海水で満ちていた。


 海の真上に出現して、そのまま落ちていく二人。ヒビキは空中でミュシャを腕に抱えると、まるで大地に着地する様な自然さで海の上に降り立った。

 波紋を一つ二つと生じさせながら、少年は周囲を見やる。視界を塞ぐ吹雪がない分、此処までは上層よりも早いペースで抜けて来れた。だが此処から先は難しくなるだろう。何故ならば、目印の一つも見えやしないのだから。


「ミュシャ。次、何処へ行けばいいの?」


 横抱きに抱いた猫人へと、ヒビキは問い掛ける。進む方角を示してくれれば、其処へ真っ直ぐ行けば良い。

 単純な思考でそう語るヒビキへ、ミュシャは僅かに躊躇いを見せる。余り言いたくないと感じるのは、其処へ進むのが生理的に嫌だからか。とは言え、進まぬと言う訳にもいかない。故にミュシャは大きく息を吐いて覚悟を決めると、進むべき道をその手で指差した。


「……こっちにゃ」


「……下?」


 指で真下を指差す猫人。その指の先を目で追うが、其処には一面の海しかない。どういう意味かと首を傾げるヒビキに対し、ミュシャは諦めた様に説明した。


「十五層から十六層へ続く道は、海の中にあるらしいにゃ」


 第十六層への入り口へは、海中を進まなければ辿り着けない。海の上ではなく、海の中に其れはあった。


 上層と中層以下で、必要とされる技能は大きく変わると言われている。その最たる理由が、十五層から続く海中を進まなければならないと言う要素である。

 長時間に渡っての水泳・潜水技能は大前提。海中だから呼吸は当然出来ないし、体温も常に奪われていく。底へ底へと進めば日の光さえも届かず、全ては深海と言う暗闇の中。次への道は底にあるとも限らずに、暗闇の中前後左右上下全てを探し続けねばならない。そんな状況でもモンスターは容赦なく襲って来るのだ。


 上層の様に、数さえ揃えればどうにかなると言うものではない。此処に至って、弱き者など足手纏い。特殊な装備をした精鋭が、少数で突破するべき階層。それが海底遺跡の中層なのだ。


「泳ぐの?」


「と言うより、潜水かにゃ。……こっからずっと」


 海中と言う環境では身を休めることも出来ぬが故に、代わる代わるに休むにしても休める場所は海の上だけ。

 影の倉庫にも容量制限と言う物はある。海の上に浮かべる小舟の類を入れてしまえば、残る容量は一月分の食糧程度が精々か。


 その為、多くのパーティは二軍編成を採用している。兎に角数が居た方が優位に進める上層は十人以上で、場合によっては馬車などに荷を詰め込み進む。

 ゆっくりと時間を掛けながら、確実に中層までを突破する。そうした後、第十三層で二軍の者らは撤退する。それまで身を休めていた一軍の者らが、残りの層を食料が尽きる前に突破するのが正攻法だと言われている。


 とは言え、そのやり方は余りに時間が掛かるもの。そして相応以上の人数が居なければ出来ない方法だ。ヒビキら一行には、そのどちらもが足りていない。

 四日と言う僅かな日数。二人と言う最少人数。故にミュシャが組み上げたのは、悪なる竜の性能に頼ったごり押し手段。安全性を投げ捨てた、無理無茶無謀と三拍子揃った方法だ。


「こっからずっと?」


「そう、ずっと」


「ずっとって、何処まで?」


「にゃから、二十層の中間地点まで、ずっと海中。もしくは海底」


「ずっと、海中。もしくは海底」


 頭が悪そうなやり取りを繰り広げながら、酸素飴と呼ばれる魔法具をミュシャは取り出す。

 これは舐めている間、如何なる場所でも呼吸が可能になると言う魔法の飴。亜人に関わらず、人が海の中を長時間行動しようと考えれば必須の道具。


 因みに宇宙空間でも生存可能な魔王であるヒビキには必要なかったが、彼が食べたそうにしていたのでミュシャは無言で口に放り込んでおくことにした。

 そもそも、ミュシャが考えている攻略法で進むならばこの飴自体が不要な物だ。あくまでも万が一の保険に過ぎず、此処で更に一つを無くしても別に痛くも痒くもない。


「んじゃ、ヒビキ。魔力で生命感知してから、人が居なそうだったら――此処から海を抜けるまでずっと、ミュシャを抱えたまま全力で進んで欲しいにゃ」


「……分かった」


 そんな形で準備を終えて、ミュシャはヒビキの身体にぎゅっと抱き着く。豊満な身体を押し付ける様にしているのは、別に下心があるためではない。密着しなければ振り落とされる程の速度で、動いて貰う必要性があるからだ。


「……誰も居なそうだし、問題、なさそう。そろそろ、行く、ね」


 足元に展開していた瘴気を体内に戻して浮力を失うと、海の中へと前のめりに沈んでいく。目を閉じたミュシャの身体を抱き留めたまま、今度は瘴気を球体状に展開した。

 己とミュシャを包むように、黒き力場を生み出すと海中へと。力場の後方より、力を発して推力とする。後背より発する膨大な密度の瘴気は翼の如く、海を引き裂く程の速度で彼らは進んだ。


 突き進む漆黒の球体の速度は、200ノットを超える魚雷ですら比較にならない。それ程の暴威が海の中を進めば、起きる情景などは惨劇にしかならぬであろう。

 海に潜むモンスターたちが、その存在に気付くよりも先に潰れていく。瘴気の球体が齎す震動の余波だけで、引き千切られて結晶に。その結晶ですらも、瞬きの後には磨り潰されている。


 数えきれない程の群れで冒険者を襲う小魚も、巨大な牙で鋼鉄さえも噛み砕き高速で海を進む鮫も、浮島と見紛う程に巨大な鯨も、全てが一瞬で砕かれていく。

 もしも他に冒険者パーティが居れば、巻き込まれていたであろう人型災害。生命探知の魔法であらかじめ居ないことを確認しているからこそ、出来る暴力的な攻略法。


 海面を大きく荒れさせながら、ヒビキは高速移動を続ける。所詮広くとも、閉じた世界だ。そうして高速で移動を続ければ、端から端に至るまでの時間は決して長く掛からない。

 音速の数十倍を軽々と超える速度を海の中で出しているのだ。虱潰しに動いているのだとしても、次へ至るには数分もあれば十分過ぎる。ヒビキの瞳は、渦を巻いて海中に浮かぶ門を見付け出していた。


「十六」


 そして、渦潮の門を通り抜ける。界を移る際に感じる浮遊感。抜けた先は青く晴れ渡った空の下、広がり続ける海の上空。

 落下を続けるヒビキは生命探知で周囲を確認すると、障壁を維持する力を解除せぬまま再加速する。海の中へと飛び込んで、大海嘯を生じさせた。


 まるで預言者の奇跡が如く、海が大きく割れて津波となる。現実世界で行われていれば、大海嘯は大陸すらも飲み干していたであろう程に。

 だが此処は異界の中。周囲に人の反応もなければ、世界を壊さぬ程度に加減すれば良いだけ。ヒビキは海を荒らして無数のモンスターを引き裂きながら、更に次へと突き進む。


「十七」


 上下左右前後全てが暗闇で、目印一つない広大な海。常に体力は奪われ続け、常に魔物に襲われ続け、熟練の冒険者でも突破困難な海底遺跡の中層領域。

 だが強大な力を持つ悪なる竜にしてみれば、此処は上層よりも遥かに楽だ。上層では他の冒険者達を気遣って、常に加減していなければならなかったのだから。


 周囲に人が居る限り、高速での移動すらも出来ない。雪山で下手に力を出せば、大雪崩が周囲全てを飲み干していたであろう。

 人数さえ集めて安全策を突き詰めれば、誰でも十層までは到達できる。その攻略難度の容易さこそが、ヒビキにとっては最大と言える障害だったのだ。それさえなければ、こうもなろう。


「十八」


 過去の到達記録を塗り替える速度で進み続ける悪竜王。時折別パーティを見かけることもあるが、それにした所で精々が十人以下の少数精鋭。

 その程度の数ならば、全て同時に保護することも実に容易い。多少減速して被害を減らし、海上の荒れが収まるまで防護魔法を掛けておけばそれで済む。


 驚愕を浮かべる熟練者達を後目にしながら、ヒビキは止まらず進み続ける。海の中を駆け抜けて、渦潮の門から更に先へと。


「十九」


 無論。階層を一つと下がる度に、難易度は一つ一つと上がっている。出て来るモンスターは強力な物となり、海の温度は下がっていき、その広さもより大きな物へと。

 だがそんな変化など、ヒビキにとっては些末な誤差だ。海面が凍り付く程の温度となった十九層の氷塊を砕きながら、凍て付く海の底へと進み続ける彼は一辰刻すらも必要とせず其処に至った。


「二十――ッ!!」


 最後の渦潮を抜けて、到達したのは何処か文明的な物を感じさせる石作りの空間。第十層と瓜二つの、蒼き仄かな輝きに満ちた場所。

 十層瓜二つと言うことは、同じく其処には階層を守る主が居るのだろうと。その予測に反することなく、精霊の光が集まり巨大な影を形作った。


 石作の中央に在る大きな溜池の中に、現れたのは大型の帆船よりも巨大な軟体動物。槍の様に鋭利な頭部は、烏賊を彷彿とさせるもの。

 部屋中に空いた無数の穴から、伸びる蛸の如き吸盤だらけの手足。触手の数は総計二十。内一つを振り回すだけでも、部屋の端から端まで瓦礫に変えてしまうであろう程の巨大さ。


 クラーケン。或いはハーヴグーヴァ。そう称される怪物は、特殊な異能を持つ訳ではない。唯単純に強く、そして厄介な性質を有しているだけだ。

 口から吐く墨は猛毒であり、気化した状態でも毒素を有する。無数の触手は其々独立して動き、同数のモンスターを相手にするのと同等の危機を対する者に与えて来る。


 だが、所詮はその程度。十層の守護者の様に魔法や精霊術が効かぬと言うことはなく、南に潜む砂漠の巨人の様に物理攻撃が一切効かぬと言う訳でもない。

 単純に強くて毒を持っているだけの魔物が、二十体の群れで襲って来ている。その程度の状況など、魔王にとっては窮地は愚か苦難にさえも成りはしないのだ。


 故にこれも当然の結末。門を出て減速を始めたヒビキは、完全に失速し切る前にその巨体へと突進する。

 出現した直後に二十層の階層主は、これまでの海中モンスター達同様に引き千切られて砕け散るのであった。


「よっ、と」


 階層主を轢き殺した反動を利用して、ヒビキは溜池の前に着地する。遺跡突入二日目にして、第二十層を攻略。その理不尽な性能で歴史的な快挙を達成した少年は、抱き上げていた少女を床に優しく下ろした。


「にゃ、お、終わった、かにゃ。よ、漸く、安全地帯、にゃ」


 下ろされたミュシャは息も絶え絶え。真っ青な顔で口元を抑えながら、立つことも出来ずに座り込んでいる。

 それも当然のことだろう。幾ら障壁で守られているとは言え、人は生身でマッハ数十と言う速度域には耐えられない。目を閉じていたとは言え揺れだけでも、三半規管に深刻なダメージを与える物だ。


 故にそう。仕方がないのだ。猫人の少女が耐えられなくなって、溜池に向かってキラキラとした物を吐き出してしまったことは。


「おろろろろろろろろろろろろろ」


 時間と尊厳。どちらを重視するかは決めていたこと。最初からこうなるとは覚悟していたが、それでも後悔してしまうのは乙女心か。

 既に切り売りし過ぎて芸風となり掛けている猫人の哀愁漂う背中を、ヒビキは軽く励ます様に撫でる。嘔吐を落ち着かせる様に、彼なりの力加減で優しくしようと――だが所詮力が余りに余っている悪竜王だ。彼の手加減など、役に立つ筈がない。


「ひ、ヒビキ、力、強いにゃッ!? 背中がッ! 背中がッ!?」


「あ」


「ぎにゃーすッ!?」


 吐き気が収まる程の痛みに、猫人は叫んで気絶した。その姿にやってしまったことを理解した少年は、倒れたミュシャに治癒魔法を発動する。

 そんなこんなで少年たちの快進撃も、此処で一端立ち止まり。結局ミュシャが復帰するまでに掛かった時間は、日付けが変わるまでと同じく。二十一層へと進めたのは、攻略三日目の事であった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ