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Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第一幕 竜と猫のお話
14/257

その11

 幼い頃の記憶を、今になって思い出す。


 物心付いた時、初めて目にしたのは塵の山。

 ゴミゴミゴミゴミ。ゴミの中に塗れる様に、自分達は捨てられていた。


 宗教国家シィクリード聖王国。その首都、聖都グロリアス。

 生まれ育った場所が、そう呼ばれている事を知ったのは随分と後の事だった。


 何時だって、餓えていた。

 食べる物なんて真面にない。塵を漁って、それでもなければ盗みを働く。


 聖都からそう遠くないスラム街。

 スラム街と言うのも生温い塵山の中で、冬の寒さに震えていた。

 ひもじい思いに耐えながら、同じ境遇の家族たちと身を寄せ合って生きていた。


 ただ、獣の耳があったから。ただ、異形の手足があったから。

 それだけで差別され、捨てられた。迫害の果てに押し込められたのは、塵山の塵の中。


 聖都と呼ばれる輝かしい場所は、亜人にとっては地獄だった。

 亜人の子供にとって、其処は生きる事すら厳しい生き地獄だったのだ。


 それでも生きた。当たり前の幸福なんて望んでいない。ただ、一杯のスープを飲んでみたかった。

 それでも生きた。同じような境遇の仲間達が居たから、貴族たちの狩りにあっても、聖職者たちが浄化に来ても、必死に手を取り合って生き続けた。


――やあ、君達。僕と一緒に来ないか?


 そんな地獄の中で、差し伸べられた手があった。

 穏やかに微笑む魔法使いが、亜人の子供達へと手を差し伸べた。


 どの道、行く当てもなかった。

 このままでは、当たり前の様に死ぬしか道はなかった。


 だから希望を夢見て、その差し出された手を取った。




 その先は、地獄だった。


――亜人種はやはり、魔法との相性が良い。素材として、これ以上のモノはないよねぇ。


 嗤う魔法使いが、皆を殺した。

 不思議な力で、不思議な技で、沢山、沢山、沢山、沢山。


 文字を教えられた。魔法を覚えるのに必要だから。

 魔法を教え込まれた。唯の亜人よりも、魔法使いの方が良い素材になるから。


――ああ、けどこれだけあれば十分かな。もう要らないや。


 そして、十分だと判断されて捨てられた。

 もっと効率の良い方法が見つかったからと、身体の大部分を削り取られて捨てられた。


 また、ゴミの中。

 ゴミの山の中で、ゴミに埋もれた家族の亡骸を見る。


 自分だけが、生き延びていた。




 変えようと、決意した。

 もうこれ以上、こんな事は十分だと思った。


 自分なら、出来ると思った。

 魔法と言う力と、文字を読み書きする能力。

 それだけあれば、きっと出来るんだって、信じたかった。


 けどやっぱり、世界は醜く残酷だった。


 元より差別される種族。

 身体に障害を負った状態では、誰も受け入れてはくれなかった。


 魔法の力で誰かの役に立っても、必要なくなれば捨てられる。

 何度も信じて、何度も活躍したって、全てが終われば切り捨てられた。


 二十年が経つ頃には、涙が枯れた。

 四十年が経つ頃には、未来を諦めた。

 六十年が経つ頃には、世を儚んで俗世を離れた。


 草臥れた老人は、嘗ての家族の墓に囲まれて過ごす。

 全てを諦めて、それでもと研究だけは続けて、世界最高峰の魔法使いは草臥れていた。


 魔王の復活すら、どうでも良いと見切りを付ける。

 世界に満ちた絶望すら、興味を引く事はなかったのだ。




 そんな彼に、遅過ぎた出会いがあった。

 もう少し早ければ、そう願ってしまう出会いがあった。


――なあ、爺さんがこの国で一番凄い魔法使いか!


 破天荒な少年だった。

 差別され続けた亜人に対して、当たり前に触れる事の出来た少年だった。


 世界を救う事を義務付けられて、それでも快活に笑う。

 そんな太陽みたいな少年が、勇者キョウと呼ばれた子供だった。


――頼むぜ、爺さん。爺さんの助けがさ、必要なんだ!


 彼は己の力を借りに来た。

 優れた魔法使いの力が必要なのだと語った。


 当然の如く拒絶した。

 何度も何度も拒絶して、それなのにその子供は何度だって訪れた。


――俺はさ、凄ぇしつこいんだぜ。ダチだって、溜息交じりに諦めるんだからさ。


 本当に、しつこい子供だった。


 何度も手を貸す気はないと言って、時には強制転移させたのに、その度に必ず戻って来た。

 面倒になって投げ掛けた無理難題すら、仲間達と協力して、苦難の果てに乗り越えていった。


 何時しか断る事すら億劫になり、仕方がないと手を貸した。


――凄ぇな、爺さん。俺、こんな魔法見た事ないぜ!


 年相応に目を輝かせる勇者。

 彼の仲間達もまた、こんな自分に当たり前に対応した。


 彼に対抗心を燃やしていた若い騎士が居た。

 彼は長く生きただけの老人を、賢者殿と呼んで慕った。

 勇者に勝つ術を教わって、何度負けても諦めずに挑み続けていた。


 後に人類最高の騎士。最南端の騎士。

 そう称される事になる彼は、若き頃の自分を思わせる直向きな青年だった。


 勇者に恋した教会の聖女が居た。

 教えの上では迫害の対象である穢れた自分すら、少女は仲間と受け入れていた。


 亜人達の境遇を悲しく想い、何も変えられない己の力不足を嘆いていた。

 それでも手の届く範囲においては何とかしようと足掻く、そんな確かな優しさを持っていた。




 最初は拒絶して、諦めて付いて行った彼らとの旅路。


 だがその中で、確かに美しいものを見た。

 世に絶望していた老人は、確かに勇者の背に光を見つけた。


――なあ、爺さん。これは、俺らが守ったんだぜ。


 ある街を襲った大侵攻。

 魔王軍の総攻撃を前に、老人は力の全てを使い果たした。


 それでも届かぬ刃を届かせる為に、老賢者は人を捨てて魔に成り果てた。

 己が怪物と成り果てる前に眠らせてくれと願って、老賢者はその命を捨てたのだ。


――綺麗だろ。この景色。これはさ、爺さんが、守ったんだぜ。


 涙ながらに語る彼に、不器用に笑う。

 何時しか孫の様に思っていた、口の悪い少年に微笑み掛ける。


「嗚呼、綺麗だなぁ」


 その景色よりも尚、涙を零す彼の優しさの方が綺麗だと想った。

 己の為だけに流された涙が、何よりも美しいと思えたのだ。


 だからそれを守って、眠りに付けるのは幸せだと感じた。

 勇者の戦いの果てを見届ける事は出来なくても、それでも満たされていたのだ。




 だが、やはり世界は醜くて、救いなんて何処にもなかった。


 完全な魔物となって心が死ぬ前に、自らの意志で眠りに就いた老人。


 それを叩き起こした愚者が居た。

 ただ権力闘争の駒として、その眠りを覚ました愚者が居た。


 目が覚めた時、勇者は居なかった。

 目が覚めた時、守った景色は焦土と化していた。


 あの日守った景色が、領土争いで燃えていた。

 家族の墓は暴かれ、己の心は悪意に染まり、そして世界には美しいモノなんて残ってなかった。




 老人はもう、耐えられなかった。






 蒼き輝きが、ゆっくりと消え失せる。

 黒き閃光とぶつかりあった蒼銀は、全ての穢れを確かに浄化していた。


 だが、それだけだった。


 黒き破壊は消し去られた。

 あの美しい色をした少年は、確かに背に負った者を守り抜いた。


 けれど蒼銀は、黒を消し切れなかった。

 極光を消し去っても、巨大な躯の化外には刃が届かなかったのだ。


「また、生き延びてしまったか」


 躯の王が寂しげに語る。

 巨大な骨が、まるで泣いている様に震えていた。


 眼前には、崩れ落ちた少年の姿。

 蒼き光は消え去って、彼はこうして意識を失った。


 結局、美しいモノは醜いモノに塗り潰されてしまうのであろう。


「儂は、醜いのう」


 救いの光は此処に消え去る。蒼銀の輝きは、もう光らない。

 そして醜く歪んだ老賢者には、最早破滅の未来しか存在していない。


「嗚呼、世界は何処まで残酷なのだろうか」


 悲しさが、胸に過ぎ去る。

 その無情に涙が零れ落ちる。


 己の悪行は正されず、美しい善意は此処に消え去った。


「まあ、良いわ」


 されど、それを悲しいと思ったのは嘗ての老賢者。

 既に悪意で歪んだアンデットキングには、最早嘗ての残照しか残らない。


 全ての葛藤も、全ての悲しみも、何もなかったかの様に怪物は嗤う。


 既に怪物はもう引き返せない。

 何処までも終わってしまった老人が、嗤いながらネコビトを滅ぼしたのは変えられない事実なのだから。


「さて、滅ぼそうかのう」


 全ての元凶を、此処で滅ぼそう。

 瘴気を生み出したのは人間で、瘴気の塊こそが魔王。


 人間の意識総体。

 集合無意識に溜まった穢れが、魔王となった。


 故にこそ、全ての元凶は人間なのだ。

 故にこそ、完全に魔王を消し去る為には、人間が滅びる以外に術はない。


 だから、滅ぼそう。

 彼らが生み出した悪意で、因果応報の痛みを与えよう。

 魔物に堕ちた己が、遍く全てを滅ぼし穢し貶めよう。


「魔王の躯を使えば、人は滅ぼせる。人類と言う癌が消え去れば、世界には綺麗な物が戻る」


 他ならぬ悪竜王が言った。

 あの不完全な術式でも、その膨大な量の瘴気があれば発動できる。


 ならば明日の朝日が昇る前に、人間は滅び去る。

 この幻想世界の環境を、人の生きられない地獄へと変えるのだ。


 人類と言う存在が全て滅びれば、きっと美しいモノだけが残る。

 人間と言う害悪さえ無くなれば、きっと美しいモノは返って来る。


「きっと、きっと、きっと」


 嗚呼、けれど思ってしまう。

 己が美しいと思ったのは、その人間の輝きではなかったのかと。


 だが、もう止まれない。

 遥か昔にブレーキは壊れて、止めてくれる人はもういないから。


「だから――さあ、滅ぼそう」


 そんな老人の絶望が――その破滅を呼んだ。

 その破滅はまるで老人にとっての最期の救いとなるかの様に、今此処に顕現した。




 その異変は、最初に音と言う形で現れた。


「……なんじゃ、これは」


 巨大な躯が戸惑いを見せる。

 何処からともなく聞こえて来る音に、何故だか恐怖を感じていた。


「歌?」


 それは、歌だった。


 優れた技巧。透き通った声。素晴らしい音程。

 全てが高次元で纏まった歌声は、心を動かし感動させる。


「~~~♪」

「何じゃ、何なのじゃ、この歌は!?」


 だが、その感動が正の方向とは限らない。

 心を動かすその音が、必ずしも誰かを癒すとは限らない。


 それは童謡。子供に聞かせる童歌。

 素晴らしい歌なのに、何故だか背筋を凍らせる。


 唯、耳にしているだけで、気が狂ってしまいそうなそれは魔王の呪歌。

 これより死に逝く不死者の王に、三つ首の大邪竜が送る葬送曲。


「~~~♪」

「馬鹿、な……」


 死体が歌っていた。

 黒き閃光に焼かれた残骸が、ケタケタと嗤いながら歌っていた。


「~~~♪」

「何だそれはっ!? 何なんだ貴様はっ!?」


 ゆっくりと起き上がる焼死体。

 真っ黒に焼かれた残骸が、その手を大きく横に広げる。


 影に亀裂が走る。

 まるで逆さまの三日月の様に、その口が裂けた。


「キヒ」


 壊れた笑い声。狂った笑みが張り付いている。

 鐘が割れる様な声で嗤いながら、怪物はゆっくりとその姿を変えていった。


「キヒ、キヒャヒャ」


 そう。それは当然の結末だ。


 蒼銀の輝きは希望の光。

 それが失われれば、後には怪物しか残らない。


「キャーキャッキャッキャッ!」


 黄金の瞳が嗤っている。


 全身を包んだ黒い鱗。

 腰まで届く髪は、灰の様に白い。

 両手は三つ首に肥大化して、その尾は全身よりも大きい。


 絶望の化身が、其処に生まれ落ちた。


「何なのだ、貴様はぁぁぁぁっ!!」


 その存在から感じる、圧倒的な不吉の気配。

 立ち上る瘴気が空を塗り替えていく様に恐怖を抱いて、屍人の王が咆哮する。


 究極の魔法。それは躯の王を生み出す魔法。

 その口から放たれる破滅の一撃は、躯の巨人が健在ならば何度だって放てる。


 大陸一つを消し去る魔法すら、無詠唱で幾らでも使える。

 故にこそ、闇の頂点に君臨しているその究極魔法は――


「……今、何かした?」

「馬鹿、な」


 何一つとして破壊の爪痕を残せずに、悪なる竜に食われて消えた。


 あり得ないと驚愕に目を見開く死人の王。

 その髑髏の怪物は、次の一瞬には地に伏せていた。


「ぎぃぃぃっ!?」


 何が起きたのか分からない。

 疑問と苦痛を感じる死人の視界に、映り込んだのは竜の足。


「ねぇ、ねぇねぇねぇねぇねぇ? 今、何した心算なの?」


 踏んだ。

 踏んだ。踏んだ。踏んだ。

 踏んだ。踏んだ。踏んだ。踏んだ。


 嗤う竜が何時の間にか、本当に一瞬の間に死人の王を踏み付けている。

 その百メートルを超える巨体を踏み躙りながら、ケタケタと歪に嗤っている。


「教えてよ。教えてよ。教えてよ。あ、でも――どうでも良いや」


 ぐしゃりと、巨大な躯が潰れる。

 クルクルと変わる躁鬱に、クルクルと砕かれて潰れていく。


 もうどうしようもない程に、全てがクルクル狂っていた。


「アハハハハ、ハハハハハハハハッ!」


 嗤う。嗤う。嗤い狂う。

 これぞ真なる闇の王。狂気に満ちた三つ首の大邪竜。


 魔王とは絶望の化身。

 蒼銀の光を奪ってしまえば、其処に救いは存在しない。


「おぉぉぉぉぉっ!?」


 砕かれる躯から逃げ出して、屍の王が吠える。

 何故に死ねないのか、それすら忘れ果てた残骸が力を発揮する。


「燃えろ! 吹き飛べ! 腐れ! 滅べぇっ!!」


 至高の魔法使いが発動するは、無詠唱による上級魔法。

 詠唱破棄して放たれる力は、本来のそれより多少は落ちるが、それでも戦場を一変させ得る破壊の力。


 だが、それも届かない。


「ハハハ、ハハハハハハハハッ!」


 地獄の業火が燃え上がる。――その炎は黒き鱗を焦がす事さえ出来ていない。

 不浄を孕んだ竜巻が巻き起こる。――まるでそよ風を感じる様に、何処か心地良さそうに竜は目を閉じる。

 砂漠の王の腐らせる毒素に迫る程の腐毒が、何もかもを染め上げんと沸き上がる。――だがそれすらも、この怪物には意味がない。


「キャーキャキャキャキャッ! ……邪魔」


 滅びの極光は、蠅を払う様な仕草で掻き消された。

 世界最高の魔法使いが、この怪物を前に何も出来ずに恐怖に身体を震わせる。


「ねぇ、次は何するの? ねぇ、次は何して遊ぶの?」

「……怪、物、め」


 ぐしゃり、ぐしゃりと骨を踏み躙る。

 その汚物に塗れた法衣が残骸となって、踏み躙る悪竜は嗤っている。


 最早少年の見せた輝きなどは何処にもなく、其処にあるのは悪意の暴竜。

 その巨大な爪が、三つ首の顎門が、全てを砕こうと伸ばされた。


「おぉぉぉぉぉっ!!」


 魔法は通じない。究極のそれさえ、傷すら付かない。

 ならば打つ手は唯一つ。ローブの老人は這いずる様に逃げながら、少女が地面に落とした精霊の矛をその手に取る。


「ぐぅぅぅぅぅぅっ!」


 瞬間、じゅうと焼き焦げる骨の腕。

 精霊の矛に浄化されながら、それでも不死者はそれを振るった。


 キンと言う音がして、矛が弾かれ罅割れる。

 悪なる竜は、何一つとして変化が見られない。


「アハハハハハハッ!」


 届かない。最強の竜王に、そんな武器など意味がない。

 その腕を犠牲にしてまで振るった矛は、竜の外皮を傷付ける事も出来ない。


 弾かれて出来た亀裂が広がり、大地の矛は砕け散った。


「馬鹿、な。精霊の武具、だぞ。無傷だと、……がっ!?」


 両手を失って呆然とする屍を、その巨大な足で踏み躙る。

 その無様を嗤いながら、その愚かさを嗤いながら、その身体を踏み躙る。


「君さぁ、馬鹿じゃないの?」


 張り付いた悪意が告げる。

 踏み躙られて、砕けていく塵芥に告げる。


 それは一つの、絶望的な真実。


「瘴気は精霊の力で消せる。光は闇を払える。だけど、さ」


 確かに、精霊の力は悪竜に届く。

 故にこそ、聖なる剣は悪なる竜を封じ続けていた。


 だが。


「幾ら火を水で消せると言っても、森林火災をコップ一杯の水で消す事なんて出来ないだろ?」

「……っ、貴様はっ」


 精霊の矛など、竜にとっては一杯の水にすら届かない。

 否、老賢者の持つ知識の全てが、盃一杯を満たす事さえ出来ていない。


「詰まりはそういう事だよ。君の全霊は、コップ一杯の水にも届かない」

「おのれ、おのれぇ、おのれぇぇぇっ!!」

「アハハ、ハハハハハハッ!」


 これぞ、悪なる魔竜王。

 五大魔王の中でも、最も強いとされる存在。

 四大の魔王を同時に敵に回して、必ず勝利するとされる絶対悪。


 真に目覚めた今、悪竜王は止まらない。

 悪なる竜に対しては、如何なる力も意味はない。


 人一人を即死させる力も、その絶対量を崩せない。

 その悪を浄化させる力も、圧倒的に量が足りていない。


 如何なる力も、傷付ける事能わず。

 如何なる守りも、この爪を前にすれば意味がないのだ。


「儂の死は、貴様か!? 善ではなく、正義ですらなく、儂は貴様に討たれるのかぁぁぁぁっ!?」

「どうでも良いよ。そんなもの」

「がぁぁぁぁっ!?」


 踏んだ。踏んだ。踏んだ。踏んだ。

 磨り潰す様に踏み躙って、悪なる竜は歪な笑みを浮かべる。


「あーあ、もう壊れるかな?」


 それはまるで、玩具に飽きた子供がそれを捨てる様に――


「それじゃぁ、バイバイ」


 無垢なる悪意が嗤いながら、草臥れた老賢者を踏み潰した。

 ぐちゃりと音を立てて、断末魔すら残す事はなく、老賢者は此処で終わった。


「アハハ」


 悪は、此処に潰える。

 善に討たれる事を望んだ老人は、より深き悪に喰われた。


「ハハハハハハッ!」


 それは因果応報と言うには、余りにも残酷な結末。

 それでも美しいモノを壊さずに終われた事、或いはそれが老人の最期の救い。


 悪に堕ちた愚かな老人は、こうして何も出来ずに終わる。

 絶対的な悪の魔王に飲まれて、その生命は幕を下ろした。


「キャーキャキャキャキャッ!!」


 嗤い声が響く。

 地獄の様な世界で、鐘を割る様な嗤い声が響いている。


 声は止まない。

 悪なる竜は止まらない。


 もうその胸に、蒼き輝きは残っていないから――






主人公がラスボス。

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