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Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第二部第四幕 剣と子どもと闘技場のお話
138/257

その9

 闘争都市に五つとある大型闘技場。その中でも最大の大きさを誇る中央闘技場の中を、強い熱気が満たしていた。

 実際の気温以上に熱を感じるのは、人の密度が故にという訳ではないだろう。多くの人々が集まって、狂しているからこその熱が其処にはある。


 時刻は午前10時。開会の合図を告げる鐘の音と共に、闘技場の実況席より若い女の声が上がる。これより、西方大武闘会はその幕を開くのだ。


「皆様、大変長らくお待たせしました! これより第五十七回、西方大武闘会の開幕を宣言致します!!」


 女を強調する際どい衣装に身を包み、拡声の魔道具を手に声を張り上げる。司会者である彼女が言葉を発した直後、場内の大型モニタが切り替わった。

 これまでは街頭にある端末と同様、選手紹介を流し続けていた映像魔道具。切り替わったそれに映るのは、司会者である女の姿。そして彼女の背後には、闘技会のトーナメント表が表示されている。


「これが通常の武闘会であれば、本選参加者の説明から入ります――がッ! 開催日迄の三日間、街頭端末に表示された紹介映像は皆様既にご覧になって頂けたことでしょう! 故に大武闘会では、選手紹介は最低限とさせて頂きます!」


 この三日間、そして開幕までの数時間。町中では、本選参加者の紹介映像が流され続けていた。そうであるが故に、今日この場で更にと言うのは幾ら何でも話が諄い。

 そうであるが故に、西方大武闘会においては選手紹介や宣誓などが省略される。代わりとばかりにトーナメント表の一部が点滅し、闘技場の左右にある入場口から煙が上がった。


 点滅したのは、これより行われる第一試合における二人の名。対戦者の名を分かりやすく表示して、入場口にて演出を行ったのだ。次に来るのが何であるのか、展開を予想することは実に容易い。詰まり、選手入場だ。


「それでは早速、一回戦と参りましょう。第一試合の参加者はッ! こいつらだぁぁぁぁぁッッ!!」


 激しく吹き出していた入場口の煙が、片方だけ晴れていく。露わとなった入り口の向こうから、聞こえて来るのは人の足音。

 大会委員会からの事前説明通りに、煙が晴れたら入場する。そんな規則をしっかりと守って、やって来たのは鎧に身を包んだ金髪の剣士。


 鋼鉄の全身鎧。その兜だけを外した少女は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。初戦などあっさりと下してみせると、自信ありげに彼女は舞台へ歩を進めて――


「青コーナー、南からやって来た挑戦者! 恋する乙女は無敵なのか!? 雷光の剣士、エレノアァァァ・ロォォォスッ!!」


『エェェェレちゃぁぁぁぁぁん!!』


「んなッ!? 何だってんだよ、その紹介と声援はッ!?」


 最初の一歩でズッコケた。まるで煽りか何かの様な紹介に、余りにも気が抜ける観客の声援。出鼻を挫かれて、どうにか転ばずに済んだのは意地があったからだろう。

 此処で転んでしまうのは、流石に恥ずかし過ぎるのだと。如何にか態勢を立て直す。そうして開幕から無駄な努力をさせられたことに、苛立ちながらにエレノアは声を荒げて言った。


「驚愕してる様子のエレちゃんは放置して、対戦相手の入場だぁぁぁッ!」


 司会のおざなりな対応に、怒りを吠えるエレノア。そんな彼女の言葉はしかし当然の如くに流されて、対戦相手の入場が始まる。

 先と同じく大量の煙が晴れて、其処に姿を現した男。その姿を見た瞬間に、怒りを叫んでいたエレノアは顔色を変える。気を引き締めた、訳ではない。その男が、余りに気色悪かったのだ。


 男が全身に纏うは、鋼の如く鍛え抜かれた肉の鎧。亜人の血を引くチャンピオン程の筋力はなくとも、引き締まった身体はまるでボディビルダー。

 胸筋や腹筋を惜しげもなく晒しながら、進む男の歩みは何故か、足を交互にクロスさせる特殊な歩法。くねくねと揺らめきながらに、唇を舌で舐める。テカテカと潤うその色は、毒々しい程の紫色。


 こんなのが対戦相手なのかと、青褪めて絶句するエレノア。そんな彼女の対面へと上がった彼は、化生を塗りたくった男臭い顔でウインクと投げキッスを。

 向けられた観衆は、皆が速攻で顔を逸らす。そして露骨な罵詈雑言が会場を満たす中、司会者は一切ぶれずに彼の紹介を始めるのであった。


「赤コーナー、西が誇るに足る勇士! されど誇るに誇れぬその雄姿! 風雅美麗(ヘッドターナー)に次ぐ麗しさと、騙る容姿は正しく凶器ッ! 疾風怒濤の神速弓士、ビオレータ・カルメロォォォォッ!!」


『エレちゃん見た後だと、何時も以上に気持ち悪いぞッ! さっさと帰れッ! 紫頭のカマ野郎ォォォッ!!』


「……何故ホームグラウンドなのに、アウェー感がするのかしら」


 何処か落ち込みながら、何故かアピールする様に尻を振る。そんな肉達磨を前に、死んだ魚の様な瞳でエレノアは思考する。

 対戦相手としてはせめて、そのケバ過ぎる化生を落として、男らしい動きで入場して欲しかった。切実なまでにそう思ってしまう。


 角刈りの筋肉男が、全身を紫色に染めてくねくねしている。見るだけで吐き気を催す程に、これは討たねばならない邪悪であった。


「まぁ、良いわ。西の至高と言われし弓術。神速の戦闘術を見せてあげるわッ!」


「……声援と言い、対戦相手と言い、何時から西は変態の巣窟になったの?」


「変態扱いとは、酷いわねぇん。け、ど、貴女に旋風の連撃が見切れるかしらッ!!」


 死んだ魚の目をしたまま、素の言葉を零したエレノア。そんな彼女の発言に、不敵な笑みを返して男は構える。

 右の腕を前に突き出して、装備しているガントレットを大きく動かす。右腕の肘より先、広がる鉄が形作るは射抜く物。


 前腕の上に大きな弓が、その弦に左手を当てて何時でも放てる様に。それこそが、カルメロと呼ばれた男の戦闘態勢。

 それを見ただけでも分かる。この男は本物だ。弓士としてなら、エレノアが知る限りの最上級。そう確信出来る程に、隙と言う物が一切なかった。


 エレノアの表情が再び変わる。相手が実力者だと分かったならば、変人であったとしても構いはしない。全力を以ってぶつかり、打ち破るまでだ。


「それでは、両者位置に付いて――――第一試合、ファイッッ!!」


「初手は貰うわ。此処は、私の距離よッ!」


 ゴングが鳴るや否や、カルメロが先手を仕掛けた。男の指先に握る矢はない。されど、放たれる矢は其処にある。

 その手に付けた小手と一体化した弓は、極めて特殊な魔道具だ。あらゆるものを矢に変えて、放つと言うその機能。


 即ち、男にとっては全てが矢である。吹き抜ける風。満ちる空気。それら全てが、無限の弾丸を形作るのだ。


「澄んだ翡翠は風の色。音より早く、駆けよッ!」


 轟と風を切る音が、矢の速度より遅れて響く。その一矢は音速の数倍。あらゆるものを射抜くと言う、それだけの速さを持っている。

 そして、矢は無限にある。男の技量は確かである。故に初撃は一矢で終わらず、瞬く間もなく弓を射る。降り注ぐのは、音をも置き去りとする風の雨だ。


「まだまだまだッ! 風の連撃を受けなさいッ! 旋風舞踏――ッ!!」


 まるで壁の如く、点の連撃は面の一撃へと変わる。押し潰す様に迫る風を見上げて、エレノアは確かに笑った。


 戦闘開始直前に、準備していたのは彼女も同じく。待機していた雷の力を全身に流して、加速された思考を回して前を向く。

 隙間などはない。耐えることは不可能ではないが、一度足を止めれば風は決して止まらないであろう。無限の神速。成程確かに厄介だろう。


 相手をするのが、エレノアでなければと言う話だが。


「言うだけあって、確かに速ぇ……けどなぁッ! 俺の方が、ずっと速ぇぇっ!!」


「なッ!? 私の風を――置い越したぁッッッ!!」


 面が届くよりも前に、雷光を纏った少女が駆ける。ライジングフォーム。その速力は既にして、音超えの風より遥かに速い。

 疾風迅雷。駆け抜けるエレノアを、弓で捉えるなど不可能だ。一矢たりとも当たらぬならば、無限の数に意味などない。


 そしてこの舞台は確かに広いが、駆ける雷光ならば秒と掛からず踏破出来る距離である。

 故に当然、少女は男の間合いに立ち入る。飛び道具が使えぬ距離。剣が全てを定める間合い。笑みを浮かべたエレノアは、速度を殺さず抜き打った。


「神速一迅! ライトニングスピードッッ!!」


「――ッ! まだ、舐めるなッ!!」


 正しく電光石火。瞬きの暇もない斬撃を受けて、後方へと崩れ掛けるカルメロ。だが其処で倒れずに、一歩を踏み締め身体を丸める。

 間合いを詰められた以上は、飛び道具に意味などない。弓の弦を収納して、振るう拳は堂が入った鋭い物。男は拳闘術においても、優れた技巧を持っていた。


「間合いを詰められたら終わりと、そんな弱点を残しておくと思ってかァァァァァッ!」


「地が出てんぞッ! カマ野郎ッッ!!」


 大の大男でも、決まれば一撃で沈む重さのボディブロー。鎧を身に着けていることなど関係なく、撃ち抜いてみせると言うその意志。

 意気や良しと笑みを返して、だがだからと言ってさせはしない。振り抜いた大剣の柄から片手を外して、その拳を受け流す。動きは流水の如く、男はその目を見開いた。


「な――ッ!? 私の、拳がッッッ!?」


「テメェこそ、弓使いが片手間にやる格闘程度で、剣士相手に接近戦が出来ると驕ってんじゃねぇぇぇぇッッ!!」


 遠い距離が弓士の独壇場ならば、近い距離とは即ち戦士の領域だ。如何に一流域の技術とは言え、この距離で剣士が譲る訳にはいかないのだ。


 そういう意地があればこそ、エレノアは接近戦での技術を鍛え抜いている。大剣と言う武器が持つ小回りの利かなさと言う弱点を、彼女が潰していない訳がない。

 故にこの結果も当然。起死回生のカウンターを外されて、致命的な隙を晒したカルメロ。その身に迫る刃が止まる筈もなく、空を染める程の雷光が彼の身体を射抜いた。


 そして、戦いは決まる。黒焦げになった男はその場に膝を着き、剣を振り抜いた少女は無傷。終わってしまえば呆気ない程、結果は圧倒的だった。


「決まったァァァァァッッ!! 開始数分! 僅か二撃でッ! 強い、強いぞ、エレノア・ロスッ!! やはり、恋する乙女は無敵なのかァァァァァッッ!?」


『エレちゃん可愛いよォォォォッッ!!』


「それ止めろォォォォォォッッ!!」


 ゴングの音と共に、捲し立てる司会者の姿。彼女の言葉に煽られて、男女の観客たちが歓喜の声で騒ぎ立てる。

 エレノアは再度怒りの言葉で吠え上げるが、やはり無視され流される。倒れた男が担架で運ばれる中、次の試合の準備に移りますからと言われ、渋々彼女は舞台を降りるのだった。






「エレノアさん。無事、勝てましたね」


 不機嫌そうに、舞台から去って行く保護者の姿。それを観客席から見ていたキャロは、ほっと安堵の息を吐く。

 結果を見れば圧倒的だったが、やはり不安はあったのだろう。本選参加者に選ばれた八名が、相応以上の実力者であることは明白なのだから。


 冒険者ならばC級以上。闘士ならば何れかの興行で、一度はベスト4以上に残っていること。予選参加だけでも条件は厳しく、その中で勝ち残った八名だ。

 余り名が知られていない者であっても、弱い筈がない。その戦闘も本来は、これ程にあっさりと決まることは少ない。一日目が4試合で予定されている様に、多く詰めれば一日で消化し切れぬ程に長引くこともある。


 そんな実力者たちの中で、無事初戦を勝利で終えたエレノア。其処に安堵を感じるのがキャロならば、セシリオが見せるのは当然と言う反応だった。


「そりゃ、当然だって。師匠の実力はこの中でも最上位だし、相性だって良かったんだからさ」


「相性、ですか?」


 勝って当然。そう語る少年とて、戦闘の機微に其処まで詳しい訳ではない。それでも、相手の武器を見た瞬間に、こうなるだろうと予測は出来ていた。

 眼下で始まる第二試合。鉄壁を思わせる盾使いと、黒いマントの魔法戦士。その試合の結果も予想しながら、セシリオは問われた疑問への解を口にする。 


「応。相手は弓使い。距離を取ってやり合うタイプだろ。んな奴がこんな狭い舞台で、師匠みたいなタイプを相手に真面な戦える訳ねーよ」


「……エレノアさんは、速度と火力で押すタイプだからですか? 距離を取るのが難しく、一撃でも当たればそれで終わると」


「そ、だからさ。戦い方の相性が最悪で、こういう狭い舞台だと師匠の方が圧倒的に有利となる。その上、素の実力にも差があったんだ。なら、勝って当然って話な訳」


 この闘技場、幾ら広いとは言え限りがある。どんな実力者であれ、遠距離主体の者は此処では不利だ。これを覆すには実力の差か、相性の良さが必要となる。

 そしてカルメロの場合、そのどちらもが覆せなかった。唯でさえエレノアの方が強いのに、彼女は距離を制するだけの速力を有している。ならば格闘戦はと、だがそれすらも超えられなかった。


 別にカルメロが弱い訳ではない。その拳闘術の技巧も、十分に一流域にあった。互いの技量はそれ程に、遜色があった訳ではない。その勝敗を分けたのは、接近戦での経験値差だ。

 近付いてからの戦闘を主とするエレノアに対し、あくまでも接近戦は距離を詰められた時用の保険であったカルメロ。そうであるが故に接近戦での経験に差が出来、余りにもあっさりと受け流された。


 相手と状況が悪かった、と言う他ないだろう。この場でなければ、もう少しは健闘出来た筈だろう。エレノアでなければ、男は順当に勝っていた筈だ。

 少なくとも、セシリオはそう思う。自分ではあのオカマに勝てないと読める程度の見切りはあるし、たった今第二試合を勝ち抜いた黒マントよりも強かったと感じてもいる。


 だがしかし、やはりそれでも上位には食い込めないだろう。第三試合を前にして、入れ替わる様に入場して来た男装の麗人を見詰めて想う。

 これまでで最大となる声援。特に女性の黄色い悲鳴を耳にして、両手で耳を塞いでから口を開く。言葉にしたのは、余りにも明け透けている先の結果だ。


「……この後も大番狂わせはなさそうだよなー」


「まだ一回戦ですもんね。本番は明日、と言うことですか」


 無数の花弁を吹雪かせながら、両手を広げて歌劇の如く。語る冒険者の頂点を見下ろしながら、少年少女は結論付ける。

 今日のこの日に、番狂わせなどあり得ないだろうと。セニシエンタは順当に勝利するだろうし、次に控える第四試合の勝者はエドムンドで決まりだ。


 読めないのは、明日の第六試合。準決勝は二回戦の、A級二人の激突。其処までは、決して予想外など起きないだろう。

 そう考えたのは、彼らだけではなく。恐らく観客の多くが、そう理解していただろう。――だが、予想は得てして外れる物だ。予想外とは起きるのだ。それを彼らは、これより知る。






「こ、これは、大番狂わせが起こったかァァァァァッ!」


 第四試合。向かい合うのは二人の男。片や無傷で、片や膝を地に付き荒い呼吸を繰り返している。

 皆の予想を外す形で、闘争領主と呼ばれた男が疲弊を隠せずにいる。名も知らぬ冒険者を相手に、頂点の一人が追い詰められていた。


「まさかまさかまさかまさかッ! チャンピオンがまさかの展開ッ! 闘争領主就任以来、初めての大苦戦だァァァァァッ!!」


 エドムンドは思考する。油断はあった。慢心はあった。疲弊はあった。されどこの今になっても、理解出来ないことがある。

 対する男の実力は凡庸だ。拳を合わせて見切った力は、己ならば負ける筈がない程度。だと言うのに何故、己よりも格下の相手にこうも追い詰められていると言うのか。


「そんなに不思議か、チャンピオン? この俺を、倒せないことが」


「…………」


 挑発する様に嗤う男の言葉を無視して、エドムンドは思考を進める。頭を使うのは不得手だが、此処に至ればそんな弱音は零せない。

 振り返りながらに思考する。拳を当てた。だが敵は、痛みに顔を顰めることすらしなかった。敵の剣を受け流した。傷一つなく流した筈の刃が、何故か己の腕を傷付けていた。


 男の実力ではない。特殊な技や異能でもない。だとするならば、一体何か。エドムンドは視線を鋭くし、男は下卑た笑みを深くした。


「何、手品の種はある。だがそれを見抜けなければお前は――」


「概念付与、か。……それ程の実力者には、見えんがな」


「――ッ! 流石だな、チャンピオン。腐っても鯛と言う訳か」


 得意げに語る男の言葉を遮る。唯それだけで馬脚を現す程には、この男は三流だ。本来ならば、この本選に出て来れるかも怪しい程度。

 そんな三流が、隠し通せる筈もない。エドムンドの拳を防いだのは、硬化や不変に類する概念。その拳を傷付けたのは、触れた瞬間に切断の概念でも流したのだろう。


 その程度なら、読めている。理解出来ていなかったのは、それが余りに高位の技術だから。精霊術の奥義でもある概念付与を、この程度の男が使える筈もない。

 そう認識していればこそ、ならば理由は他にある。立ち上がったエドムンドは、睨む様に男が身に着けた宝飾品の山を見る。恐らくそれが、伝説級の武具なのだろうと。


「そうとも、お前の見抜いた通り。この首飾り。この腕輪。このイヤリングに、この指輪もだな。金に物を言わせた、成金装備と言う奴だよ。……俺の金ではないけどな」


「…………」


 たった一つでも、国家予算級の額が動く装備品。それを山の様に身に着けて、それがこの大番狂わせの真相だ。

 伝説級の武具など、特別な血筋か多大な実力と幸運でもなければ得られない。そのどれも持たない男が大量に持つ理由が疑問であったが、三下の男は自らそれを明かしてみせた。


 ある種酔っているのだろう。この町の頂点が、自分の前で膝を震わせている。立ち上がるのがやっとと言う無様さに、安い欲を満たしているのだ。


「しっかし随分と嫌われたものだな、アンタ。此処までお膳立てしてくれたのは、アンタの下に居る奴らだぜ?」


「…………三下の御託は良い。攻めて、来い」


「嫌だね。無理はしないさ。攻めに出たら、カウンターで俺が沈むだろう? アンタの言う様に、俺は所詮三下だからな」


 男は腹に出来た青痣を撫でながら、嘲笑を浮かべて語る。剣で切り込んだ時に出来た傷は、威力を百分の一にまで低減させてもこの様だ。

 所詮己は三流なのだと、男は身の丈を自覚していた。下手に切り込めば、逆撃を受けて沈むだろう。だからこそ、片手に取るのは最新型の携帯銃器。


 鉛の玉では、闘争領主は傷付けられない。闘気を纏う限り、牽制にもなりはしまい。それでも、攻撃を行っている姿は見せられる。

 その実が逃げ腰で、射撃しながら後退を続けようとも。戦意なしと見られて、失格となることはない。ならばこのまま長引かせて、エドムンドを疲弊させることこそが男の望みだ。


(試合時間を伸ばせば伸ばす程、彼らは金を弾んでくれる。俺の仕事は一分一秒でも戦闘を長引かせて、お前を疲弊させること。全く、ボロイ商売だぜ)


 貸与された武器で相手を傷付け、出来る限りに疲弊させる。万が一にも闘争領主が、この大武闘会で優勝してしまうことなどない様に。

 男は即ち、この町の上層部の刺客であった。彼が可能な限り力を削り、次の試合でセニシエンタに討たせる。それこそが、ゲレーリオ政府の決定だった。


「そういう訳で、だ。のんびりとお付き合い頂きましょうか、ねぇぇぇッ!!」


「――っ」


 牽制にもならない威力とは言え、それにも概念は付与出来る。弾丸に付与されているのは、鈍足の概念。己のあらゆる攻撃に、速度低下の効果を与える指輪が持つ力である。

 故にダメージはなくとも、被害の全ては防ぎ切れない。少しずつ、エドムンドの動きは遅くなっていく。その身は先の出血で、更に精細さを欠いていた。


 そんな彼に対して、男の動きは余りに素早い。神速の概念に恩恵を受けて、闘技場を縦横無尽に駆け回る。重ねられる弾丸が、勝利の時を僅か僅かと遠ざけていった。


 それでも、何時かは負けるだろう。男は身の丈を知っている。こんな条件を揃えるだけで勝てるなら、エドムンドはとうの昔に失脚していた筈だ。

 だからこそ、上層部の本命はセニシエンタなのだろう。男やエレノアの存在は、彼らにとっては保険であるのだ。それに不満を抱く程、男は決して若くはない。


 慎重に、冷静に、冒険をしない冒険者。そんな男だからこそ、この役割を担うのだろう。そして依頼者の望んだ以上に、男は結果を出している。

 闘争領主が膝を付く。その巨体が大地に転ぶ。傷付く度に立ち上がり、疲弊しながら敵を追う。余計な色気を出して近付いてくれれば勝てると言うのに、その勝利が何処までも遠くに感じられた。


(無様な、姿だ)


 エドムンドは歯噛みする。嘗ての自分ならば、逃げる敵であろうともう捕まえていた筈だ。疲労が溜まっていなければ、今にも戦いは終わっていた筈だった。

 無様な自分に怒りを抱く。この三日間の全てを休養に当てていれば、あの子に技を見せようとしなければ、そんな風に他者へと責任転嫁してしまいそうになる。そんな己の無様が憎い。


 倒れる度に立ち上がり、立ち上がる度にまた倒れる。鬼相を浮かべる男は怒り狂って、しかしそれでも届かない。駆け抜けて足を取られて、無様に転がり蹲る。


(実に、無様だ)


 何時しか声援は聞こえない。どころか失望したかの様に、嘲笑う幻聴(コエ)が聴こえる。ああはなりたくはないと、馬鹿にする様な声が聴こえる。

 もう既に、闘技場(ココ)に己の居場所などはなかったのだろう。そうと気付くのが遅過ぎて、分かっているのに捨てられない。そんな老人の妄執に、これは相応しい無様であった。


 ならば、もうこれが最後。此処が最後の、舞台となろう。――――僅かにそう抱いた時、彼は確かに聞いたのだ。


『頑張れッ! チャンピオンッ!!』


 子どもの声を。それだけは、決して聞き間違えない。二人の子どもが、応援している。

 勝利を期待するその小さな声を、エドムンドは裏切れない。ならば、立ち上がって勝利する。それは最早、確定事項。


「オォォォォォォォォッッ!!」


「な――ッ!? 鈍速の概念を、唯の意志で覆しただとぉぉぉッ!?」


「元より、それしか知らんし、それしか出来んんんんんんんッッ!!」


 傷だらけの獣が吠える。先を考える余分を彼は捨てる。鈍足の強制概念を、抵抗力を限界まで引き上げることで引き千切る。己の命を燃やす様に、全てを闘気に変えて駆け抜けた。

 そして、鎧の上から拳を打ち込む。相手の防具があらゆる威力を百分の一に軽減すると言うのなら、常の百倍と言う闘気の量で打てば良い。そんな短絡的な思考で、男の鎧は砕かれた。


「が、はッ!? 減衰した筋力で、フル装備の防具を抜いたッ!? これで劣化していると言うなら、全盛期の貴様はどれ程に――ッ!?」


「すぅぅぅぅはぁぁぁぁ――ふんッッッ!!」


「ごッ、がァァァァァッ!?」


 砕かれた鎧の隙間へと、打ち込まれたのは浸透空掌。その一撃が、全てを決める。此処に勝敗は定まった。

 血反吐を吐きながら、大地に倒れた男。彼はもう、立ち上がれない。そんな男を背に、エドムンドは右腕を天高く掲げて雄叫びを上げる。


「俺は、負けん。負けられんッ!」


 小さき子どもが、勝ってと望んだ。その輝かしい瞳を曇らせない為、チャンピオンに敗北は許されない。……例え、何をしようとも。


「俺こそが、チャンピオンなのだからァァァァァァァァァァッッ!!」


 この瞬間に、彼は決めたのだ。己は必ず、あらゆる全てに勝利してみせる。子どもが夢見るこの栄光は、誰にも奪わせはしない。

 爆発する様な大歓声を、覚めた想いで聴きながらに誓う。どれ程の声援の中でも、はっきりと聞こえる子ども達の声。その為だけに、彼は勝利を誓うのだった。






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