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Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第二部第四幕 剣と子どもと闘技場のお話
132/257

その4

 西方大武闘会の予選が行われている頃、少年と少女は会場に程近い休憩所のベンチに揃って腰を下ろしていた。


「暇だなー」


「暇ですねー」


 空を見上げて呟く。態々出て来たが、遠くに行くことも禁じられている現状。特にやることもなく、唯待つのは暇であると。

 こうして彼らが個別の行動をしている理由。それは大会の規則が故にだ。西方大武闘会の予選は一般には非公開となっており、参加者と一部関係者以外は予選会場にも入れない。


 賞金首が別行動を、と言うのは些か以上に不安が募る。それでも、この大会に出ないと言う手はない。此処に来た目的がそれなのだから、危険だからとずっと一緒にでは本末転倒だ。

 ならば日がな一日宿に籠って、と言うのも選択の一つではある。だが流石に時間が勿体ないし、引き籠っていると逆に目立つ。二人の実力ならば、油断さえしなければ自衛程度は出来るだろうと言う見込みもあった。


 けれどそれでも不安だから、余り遠くへは行かない様にと。結果として、予選会場となる闘技場が視界に入る位置で、こうして暇を潰していた訳である。


 近くの露店で購入した飲料を両手に、キャロはふと考える。中に入った冷たいフレンの実のジュースを飲みながら、彼女が思うは大会規則の理由であった。


「参加者以外、武闘会の予選会場には入れないって、何でなんでしょう」


「あー、何か色々理由あるらしいぜ。予選チケット売ってもあんま売れないだろうし、本選までの間に流す紹介映像の材料にもなるし、誰が勝つかって賭博もやるから極力情報は一般公開したくないらしくてさー」


 独り言の様な呟きに、セシリオが思い出しながらに口を挟む。暇をしていたのだから、と彼も会話に飢えていたのだ。


「……色々聞きたいことがあるんですけど、セシリオは何処でそれを知ったんですか?」


「昨日、師匠と一緒にギルド見学したじゃん? その時、ギルド内にある酒場で管撒いてたおっちゃんに聞いた」


 前日のエキシビションマッチの後、エレノアは優勝候補の情報を集める為に冒険者ギルドへ足を運んだ。

 少々の危険はあったが社会見学も兼ねて、セシリオとキャロも一緒に向かった。その時其処で、セシリオは他にも色々と聞いていたのだ。


 情報が金になるかもしれないと、女装していたら何時もより効率良く聞けたと。その点は便利だよなと笑うセシリオ。

 賞金稼ぎが多く居るギルドで何時バレるかと内心怯えていたキャロは、そんな彼の図太さに呆れる様な感心する様な声を漏らした。


「それで、賭博は何となく分かりますけど、予選チケットって売れないんですか?」


「逆の立場になってみりゃ、結構簡単に分かるよ。四ヶ所もあって、バトルロイヤルだぜ? 優勝候補の居る場所だと、そいつが勝って当たり前だろうし。そもそも人が密集し過ぎていて、雑多な試合になるそうだしさ。仮に名勝負があったとしても、どの会場で起こるか分からねー。観客からすればさ、四分の一の賭けになるんだよ。だから需要がないとまでは言わねーけど、本選に比べれば金払い良くねーの。ならいっそ完全部外秘にしちゃって、外部に出す情報制限した方が合理的って訳さ」


 仕切り直して、話を戻すキャロに対し、セシリオが単純に説明する。公開するより非公開の方が利が出るから、西の規則など大抵がそんな理由で回っている。

 金に煩く、効率の良さを重要視するのが西方商業者連合民の常である。この合理性とは社会における合理性ではなく、個人が儲ける為の合理性。権力を握る位置に居る者たちが満足できる様に、そうであればこそ非公開であると言う利を最大限に活かしている。


「予選から本選まで、三日あるだろ? 例年、この間に参加者の紹介映像作って流すんだってよ。んで、予選の中でも名勝負を幾つか選んで、あそこにもある魔道具で放映するってさ」


「……放映する映像で、視聴者人気を制御する。そして、賭けのレートを作るんですね」


「ま、賭け事なんて胴元が儲かるもんだけどさ。出資者を喜ばせる為にも、一般人とは違う情報握らせるんだろうな。大体そういう奴らは金持ちだから、別に当たんなくても問題ないし、特別扱いされてるだけで嬉しいんだろうぜ。胴元もその程度で出資者を満足させられるなら、合理的だって思ってんだろ」


 この大陸の人間は、誰も彼もが自分の都合で考えている。人間ならば大なり小なりそういう所は確かにあるが、そんな数理が余りに幅を利かせている。

 一見すれば中央の欲深き者たちと同じく、だが少しだけ異なっている。結果として利が増えるなら、短期の損には目を瞑る。一度結んだ契約は、水の誓約故に必ず守る。そういう性質こそが、聖王国との明確な差。


 そうであるが故に、この連合国家は成り立っている。手を結び合った方が儲かるから、反目し合うのは損だから、そういう理屈だけで集まっている。

 それでも、今よりも良い環境を。今よりも多くの富を。誰もがそう願っていて、既に利権を持っている者程上に行きやすい。だから富は富に集まる。下層が搾取されるのは、西も中央も変わらぬ理屈だ。


「何処も、癒着があるんですね」


「そりゃそうさ。その方が、互いに都合良く回る。自分の利を求める上で、より効率が良い状況を。どうでも良い他人から、徹底的に搾取する。それが西の人間だからさ」


 そしてそれを合理的だと、受け入れてしまえるのも西の資質。自分に関係ない限り、他人の痛みには疎い。その方が都合が良いならば、それで良いじゃないかと嘯く。

 だから、この国は誰が上に立っても変わらない。誰もが上に立てば、効率よく己が儲ける仕組みを生み出す。革命が起こると言うことも先ずあり得ない。それを起こすリスクを思えば、富裕層へと食い込もうと賭けに出た方がまだ目がある。


 誰だって面倒は嫌いで、極力楽をしたまま富を得たくて、見知らぬ誰かの為にだなんて綺麗なお題目を信じる人間なんて此処には唯の一人も居ない。

 唯一無二の例外は、蒼い髪を持つ少女とその血に連なる者ら。精霊王の血筋である彼らだけが、合理の欲と言う呪いから解き放たれて、無私の感情を抱けるのだ。


「……セシリオも、ですか?」


「……俺も、多分そんなに変わんねぇと思う。ルシオの奴が前に言ってたけどさ、合理的じゃないよって。そういうの、分かるからさ。実際フォリクロウラーの時も、タコ親父たちに被害が出そうだから、俺が止めようって言ったのは、それが理由。もしも身内が関わんなかったら、きっと俺もアイツと同じ結論出してたと思うんだ」


 だから、この人も自分とは違うのだろうか。キャロはセシリオの社会を認める言葉に何処か悲しくなって、膝を抱えながらに問い掛ける。

 そんな言葉に、セシリオは少し考えてから素直に答える。西方の民は情にも篤いが、それは己の周囲にだけ向ける物。遠く見知らぬ者に対しては、機械の如く冷徹になってしまう。


 今の社会の仕組みだって、底辺でなければ不満すらも抱かなかっただろう。キャロが手にしたジュースを一杯、日に一杯増やす為だけ。その代わりに見知らぬ他人が数百人死ぬのだとしても、どうでも良いとしか感じない。

 それが西の民だ。そんなのが西の民だ。ヒビキやエレノア達と旅をして、多くの人をその目にして、それはおかしいと思える様にはなった。けど所詮はその程度の感情でしかなくて、セシリオもやはり西の民でしかないのだろう。


「けど、セシリオは守る為、倒しに行きました」


「キャロ」


「私は、違う状況でも、関係がない人でも、助けに行けたと思います。そう、思いたいです」


 それでも、セシリオが真っ直ぐに生きる理由。それはきっと、膝を抱えている少女が、そんな夢を見ているからだ。


 優しく慈愛に満ちて、けれど見通しが甘い水の系譜。善意から最悪の失敗を、そういう家系に居る少女。マリーア然り、ディエゴに然り。やはり彼女も、同じ血を継いでいる。

 信じたい。信じていたい。そうして信じた人に裏切られたり、相手の為に身を引いたことが理由で捕まったりと、彼女たちは兎角生き辛い性格をしている。特にこの合理が支配する西の大地では、何時喰われてもおかしくはない儚い獲物だ。


「そう、だな。……キャロがそう言うなら、そう成れる様に頑張る」


「はい。今は、それで十分です」


 そんな少女に恋をした。だから、それに相応しく在りたいと思う。彼女がそう望むなら、誰かを想える自分になりたい。

 セシリオの言葉に、キャロは微笑む。何処か寂しそうに、それでも少し嬉しそうに、今はまだそれ以上を望めないから、今はまだこれで良い。


 これはきっと、貴種の誰もが抱える問題だろう。西も東も中央も、この世界の民は価値観が歪んでしまっている。真っ当な精神を、持って生まれて来るのは悲劇だ。

 けれど、嘗ての炎の子がそうであったように、今の水の子がそうであるように、理解しようとしてくれる誰かが傍に寄り添っている。それはきっと、彼女達にとっては確かな救いとなっている。そう夢を見ることは、決して悪いことではないだろう。




 そして、暫しの沈黙。飲み物をストローで、吸う音だけが小さく。周囲の人気は疎らであって、静けさだけが過ぎ去っていく。

 そんな中、ふと気付く。その事実に気付いたキャロは、思わずこんな時にと頭を抱える。直前の会話のこともあり、正直言って言い辛い。


 けれど、一度催してしまったのなら、意識からは外せない。決壊するよりはマシなのだと、頬を羞恥で染めながらにおずおずと口を開いた。


「あ、あの、セシリオ」


「ん。どったの?」


「その、あの、……花を摘みに、行きたいんですけど。場所、分かりませんか?」


「花? 闘技場の中に入れれば、あのセニシエンタって姉ちゃんが量産してんじゃね? あとで取って来ようか」


(違う。そうじゃないんです)


 花を摘むと言う暗喩は、それなりに上品な発言だ。学習経験などない下級寮出の奴隷に、それで察せと言うのも無理な話。

 そもそも、彼らには生理現象を恥じらうと言う発想がない。だからストレートに受け取られ、キャロは羞恥の色を強くする。


 顔全体を真っ赤に染めて、俯いた顔でプルプルと。正直に言うのは恥ずかしいが、そう長く我慢できることでもない。仕方がないと腹を括って、それでも掠れる様な小さな声で言葉にした。


「……おトイレに、行きたいんです」


「ああッ! 花を摘むって、そう言う!! って、ゴメン!!」


「あ、謝らないでください。逆に、恥ずかしい」


 デリカシーの欠ける発言に、キャロは俯いた身体を更に小さくする。ごく少数の周囲の人が、聞いていないだろうかと。僅かな会話ですら、気になる様な聞きたくないような。

 彼女に釣り合うには、まだまだ色々な物が足りないらしい。そんな褐色の少年は名誉挽回に慌てる様に、如何にか思考を回しながらに口を開く。


「えっと、闘技場の中には入れねぇから、トイレは確か……くそ、何で側にねぇんだよ。最悪は飯屋の中だが、ぜってー何か買わされるし、今あんま金ねーし。確か闘技場の裏手に、あった様な気がすんだけど」


「あ、あの。じゃぁ、ちょっと探しに、行ってきます」


 羞恥は大きく、膀胱は危険域。最早何を考える余裕もない程に、駆け出した少女の背中を混乱したまま見送る。

 一秒、十秒、三十秒と。きっかり三分の時間が経ってから、その背を見送っていたセシリオはふと見過ごせない事実に気付いた。


「……あれ、これ不味くね。キャロを一人にするのも不味いし、そもそも俺ら服変えてんじゃん!? 男子と女子どっちに入れば良いんだこれ!?」


 気付いたからには、追い掛けないと言う訳にはいかない。自分達は賞金首で、何時襲われても不思議ではないのだから。

 慌てて混乱したままに駆け出す。着慣れぬスカートが邪魔になり、上手く走れないことに歯噛みする。遅いと、自分でそう思ってしまう程。


 とは言え、トイレは闘技場の裏手だ。真っ直ぐ進んで女子トイレの前に、辿り着いたセシリオはまた気付く。


「女子トイレに、居るのか……? ってか、入るの? 入口で待てば良い様な、けど何かあったらどうしようッ!?」


 数瞬悩んで、腹を括る。こっち側に居ると言う保証はないのだから、扉越しに声掛けくらいはしておかないと最悪不味い。

 そう判断して、別世界へと飛び込んだ。使われていない古い物とは言え、男子禁制の場所。極力周囲を見ない様にしながら、扉を一つ二つと叩いて声を掛けていく。


「げっ、こっちじゃなかった。……誰も居ないのは、良かった様な、悪かった様な。とにかく、男子トイレの方だな!」


 不安的中、と言うべきか。こちら側には居なかった。そうと理解した直後、男子トイレへと向かう為に入口を出る。

 女子トイレに入るよりも、気分的に楽だと考えるセシリオは既に混乱の極み。今の自分の容姿を考慮する余裕もなく、人が居た時の結果も全く考えられない。


「って、何で入り口が逆に付いてんだよ! 普通、左右に並べとくもんだろこんちくしょう!」


 出て直ぐ左に行こうとして、其処が壁だと気付いて毒吐く。くるりと足を軸に方向を変えて、ぐるりと周囲を一周する。 

 この焦りも杞憂であって欲しいと、そう思いながらに辿り着く。其処には顔を真っ赤にして俯いたまま、男子トイレから出て来る想い人の姿。


 ほっと一息を吐いて、声を掛けようとして気付く。少女の更に背後から、伸びて来る大きな手の存在に。


「はぁ、良かった。此処に居た。――って、キャロッ!?」


「なっ!? セシリ――」


「おっと、喋るなよ。お坊ちゃん」


 背後から口と鼻に布を押し付けられる。其処に漂う独特の臭気は、過去にも一度嗅いだことがある薬品のそれ。

 そうと気付くよりも早く、意識が薄まり遠のいていく。下卑た男の顔を見るよりも前に、キャロはその意識を手放していた。


「お嬢ちゃんも、友達か? コイツはラッキーだ。目を付けてたガキが二匹も、こんなに簡単に手に入りやがった」


「……何だよ、お前」


「子どもを売る、悪い悪い犯罪者さ。おい、お前ら。そのガキも捕えろ」


 闘技場の裏手にある、人気がない公衆便所。其処に居たのは、薄汚れた布の服を着込んだ無精髭の男。

 彼の指示に従って、建物の影から出て来るのは同じく二人の成人男性。ビア樽の様に太った小男と、ひょろ長く痩せこけた男。


 リーダー格であるのだろう。意識を失くしたキャロを捕まえている男の指示に従って、彼らがその手を伸ばして来る。

 状況が読めない。コイツらは何なのか。どうすれば良いのか。混乱しつつも、捕まる訳にはいかないと。セシリオはその手を躱す。


「ちっ、こいつチョコマカと!」


「このガキ。早いっすよ兄貴!?」


「はっ、おっさん達が遅いんだよ!!」


 動き辛い服装では条件が悪いから、躱しながらに服を破く。スカートを括って、両足が自由になる様に。

 小柄さ故の機動力で振り切りながら、相手の実力を推し量る。敵の危険度はどれ程か、今の自分に出来ることがあるのか。


(コイツら、気も使えねぇ素人だ。なら――俺一人でも如何にかなる)


 追い掛けて来るデブとノッポは、動きが完全に素人だった。武器を持っているだけの一般人。冒険者としては、F級に当たる最底辺。

 何故に犯罪行為をしているのかと問えば、それ以外に仕事がないと答える様な。そういう相手であるのだと、この僅かな時間で判断した。


 ならば勝てる。己達を追い掛けて来た猟犬の手勢でないのなら、セシリオが負ける筈がない。彼は細かく動きながら、その拳を握り打ち込んだ。


「ぐぇ!?」


「ぎっ! こ、こいつ、人の、玉を」


 でっぷりとした腹を打たれて、痛みに悶絶する太った男。慌てて手を伸ばした所、懐に入られて股間を蹴り上げられたノッポの男。

 互いに醜い悲鳴を上げて、転がり続ける無様な彼らから視線を外す。目的は唯一つ、大切な人を取り戻す為に。真っ直ぐと、リーダー格の男へと駆けて行く。


(この隙に、キャロを――)


 相手が状況を理解する前に、走り抜けて一発を。僅か悩むのは、何を撃ち込むのかと言うこと。

 悪竜の牙は駄目だ。確実に相手が死ぬ。セシリオとしてはそれでも良いが、先に約束したばかり。例え意識がなくとも、この子の前でそんなことはしたくない。


 ならば拳に闘気を込めて、骨を砕く威力を撃ち込むまで。そう意識を定めたセシリオは、思いっ切りに振り抜いて。


「おっと残念。闘気が使えるガキとか、居るとこには居るもんだな。マジ、ビビったわ」


(ちっ、この野郎。コイツだけ、動きの速さが違う。冒険者崩れか何かかよ!?)


 ナイフで防がれ、距離を取られる。動きの速さが先の二人とは違っている。的確な判断力もあるようで、荒事の経験も豊富なのだろう。

 気の存在を知りながら、使わなかったことからD級以下。恐らくは大成できずにドロップアウトした冒険者だが、だからこそ判断力には秀でている。


 セシリオの性能はC級以上。自分では勝てないと判断すると、男は当然の如くそのナイフを掌中の少女に向けて口を開いた。


「んじゃ、月並みだが。この坊主の命が惜しけりゃ、動くなクソガキ」


「……大人の癖に、格好悪くねぇのかよ」


「格好付けて食ってけりゃ、それに越したことはないんだけどなぁ? こっちの方が楽なんだし、稼ぎになるんだわ」


 最初の一手で失敗した。セシリオやキャロは年の割には強いが、経験の差を覆す程の絶対的な力はない。

 奇襲を受けて一人潰され、その時点でほぼ詰んでいた。そんな状況で相手の生死を考えて加減などしてしまえば、こうなるのも当然のこと。


 殺す気でやっていれば、などと今更に言うのは負け犬の遠吠え。奇襲を受けて、判断を過ち、当たり前の如く詰まされた。

 これ以上、打開などは不可能だ。少なくとも、この冒険者崩れが油断しない限りは。故にセシリオは、両手を上げて投降した。


「くっ、降参だよ。糞野郎」


「よしよし良い子だ。良い子にしてりゃ、手は出さねーよ」


「キャ――カロルにも、手は出すなよ。いざとなりゃ、破れかぶれで玉砕してやるッ!」


「おうおう、了解了解。言われなくても、態々後遺症がない薬だって使ってやってる。商品傷付ける馬鹿が、何処の世界に居るんだよって訳だ」


 男に従いながら、考える。彼らは追手とは無関係な、犯罪者であろう。猟犬の手先としては質が悪く、何より二人の素性に気付いていない。

 恐らくは奴隷商。その関係者に囲われている、冒険者崩れの犯罪者。人身売買の商品として、子どもを求めているなら暫くは猶予が出来る。商品に乱雑な扱いはしないと、その程度の理性はあると判断した。


「おい、お前ら。一体何時まで寝てんだよ! ボスが待ってる。そのガキも捕えて、見付かる前にアジトへ戻るぞ」


「う、うっす。良くもやってくれやがったな、雌ガキ」


「へ、へへ。人の玉、思いっ切り蹴りやがって。使えなくなったら、どうすんだよ」


 悶絶していたところを、蹴り上げられて立ち上がる下っ端二人。彼らを見て、セシリオは判断する。

 盗賊の様な姿の男も三流だが、この二人はそれ以下だろう。理由があれば商品を傷付ける様な、雇い主の意向すらも読めない愚者。


 内心で舌打ちする。捕まる判断は早かったかと。とは言え、今更に出来ることなどそうはない。精々この馬鹿たちの意識がキャロに向かわぬ様に、適度に敵意を稼いでおく程度が限界か。


「……どうせ、使う相手なんていねーんだろ。潰れちまえよ」


「何だと、この糞ガキが!? テメェの穴で使ってやろうか!」


 不自然じゃない様に毒吐いた言葉に、過剰に反応するノッポの男。今にも手を出して来そうな辺り、ド三流以下の小物だ。そんな奴に捕まった無様を嘆きながらに思う。


「だから、商品傷付けんなって言ってんだろ屑どもがッ! 警備が来る前に、とっとと退くぞ!!」


『は、はいッ!!』


(俺やキャロの正体はバレてない。この程度の奴らだけなら、如何にか出来る。だから、今は耐えて隙を待つんだ)


 きっと隙は出来る。コイツらは一人を除いて素人でしかなく、更に言えばキャロの手札も隠し通せている。

 それに、自分たちには師も居るのだ。セシリオ達の不在に気付けば、彼女がきっと動いてくれよう。打開の策は、幾つもある。


 だから、今は機を待とう。縄で括られ袋を被せられ、運ばれながらにセシリオは一人決意していた。






 セシリオ達が攫われてから、暫くの時が経った後。傷を治療したエレノアは闘技場を出て、休憩室を前に首を傾げた。


「全く、どこ行ったんだ。アイツら、此処で待ってろって言ってたのによ」


 何処にもいない同行者。行き成り攫われたなどと、そんな発想は普通は生まれない。なまじ二人とも実力があるから、そう簡単に遅れは取らないだろうと。

 暫く探していないなら、気付けていたであろう。それでも初動に時間が掛かる。その遅れが何を生むか、何にせよ不都合が生じていた筈だ。エレノアが、一人であったのならば。


「ふむ。闘技場前の待合所か。誰かと一緒に、来ていたのかい?」


「……何で、付いて来てんだよ。セニシエンタ」


 その女が其処に居るだけで、まるで空気が華やいだ様な。背に巨大な花園を幻視させる女の言葉に、エレノアは嫌そうな顔をする。

 何故かは知らないが、この女は予選が終わってからずっと付き纏って来ているのだ。まるで親しい知人の様に、軽い声を掛けて来る姿に苛立つ。何で付いて来るのかと、問い掛けに返るのはふてぶてしい言葉であった。


「何、さっきも言っただろう? 君の恋物語に興味があるのさ。これでも、女心は残っていてね」


「帰れ」


「やれやれ、連れないね。……良ければ、君の知り合いを探す手伝いもするけど?」


 他人の恋話を聞いて、茶々を入れる為に付いて来ている。胸を張ってそう語る女を、半眼になって睨み付ける。

 誰が話すかと、頑ななエレノアにセニシエンタは提案した。探し人が居るのなら、それに対する手伝いをしようかと。


「どっか探せば見付かんだろ。中央ほど、治安が悪い訳でもねーだろうし」


「それは早計だな。カーニバルの裏では、得てしてろくでもない輩が蠢くものだ。大なり小なり、そういう人種は何処にでも居る」


「……町の中で、やらかすかよ」


「町の中だからさ。特に行政府の手が大会に釘付けされている時期なら、多少の無茶も通るからね」


 一瞬考えて、拒否したのはこの女に借りを作りたくはないから。色々と気に入らない彼女は、ぶっ飛ばすだけの目標で良い人物だ。

 深く関わる気はないと、不要と答えるエレノアにセニシエンタは指摘する。如何にかなると言う考えは、楽観が過ぎる物であろう。


 そして事実、彼女は知っている。今この町は治安が悪化しており、それを解決する為に動いている者も居るのだと。


「それに、此処最近噂になっていたのさ。人身売買を行う組織が、勢力を拡大しているとね。……噂だけじゃない、都市上層部もそれを掴んでいる。だから、大規模な掃討作戦が行われる予定だよ。僕も協力を求められているんだ」


「だとすれば、最悪もあるか。……はぁ、忌々しいが、アンタに頼むわ。セニシエンタ」


 それに巻き込まれれば、確かに面倒なことになるだろう。エレノアは思考を改めると、嘆息を吐いてから頭を下げた。

 頼るのは嫌だが、最悪の可能性は確かにある。そうでなかったとしても、その時は考え過ぎたと笑い話にすれば良い。そう切り替えた彼女の言葉に微笑んで、セニシエンタは任されたと一つの魔法を行使した。


「ホルスの使いよ。薔薇の持ち主の下へ、我を導きたまえ」


 薔薇を媒介に、探し人を探す魔法。取り出した花の花弁が落ちた時には既に、何処に行けば良いのかが頭の中に浮かんでいる。

 セシリオとキャロ。エレノアが探す少年少女たちは今その場所に。顎に手を当て、目を閉じて思考する。もしかしたらと、思い浮かべた地図の地点に、女は思わず口を閉ざした。


「…………」


「おい、見付かったのか?」


「ああ、だけど。これは――嫌な予感が的中した様だ」


 言って目を開き、懐から地図を取り出す。赤いペンで印がつけられているのは、此処ゲレーリオの区画図だ。


「コイツは、この町の地図か?」


「そう。そして、この位置に反応があった。此処はね、掃討予定の組織の隠れ家と推察されている場所だよ」


「アイツら、捕まったのかよ。……それだけの実力者が居たのか、それとも何かヘマやりやがったのか」


「どちらにせよ、急いだ方が良いだろう。時間は余りない。掃討作戦の決行は、今夜の予定だからね。最悪、戦いに巻き込まれる可能性がある」


 数年前から一斉摘発を企んで、小規模な者らが集まる様に意図して残しておいたその空隙。其処に今居座っているのは、大規模な人身売買組織だ。

 裏では幾つかの企業にも繋がっていると、そうであるから手出しするにも順序が要る。下手をすれば、大企業を敵に回してしまう。その為の下準備が漸く出来たのが数日前で、決行は今夜となっていた。


 それまでに、貴重な人材は企業側が吸収する形で手打ちとなっている。だからこそ、一斉摘発が起きる前に救出しないと不味いことになるであろう。

 ゲレーリオの上層部が素直に人質を返却すればそれで良いが、変装に気付いた誰かがおかしなことをする危険もある。また企業側の人材に、ノルテレーヴェの関係者が居ない保証もない。その撤収に巻き込まれて、回収されてしまえばアウトだ。


「ちっ、急ぐしかねぇか。悪ぃが、支払いは後でなッ!」


「待ちたまえ。僕も共に行こう」


 慌てて駆け出すエレノアに、セニシエンタが提案する。共に行こうと、手を貸してあげようと、それを断る理由がない。

 純粋な善意とは思えないが、悪意がある訳でもないだろう。ならばA級冒険者の協力は、百人力と断言できる程に力強いものである。


「……礼は言わねぇぞ」


「構わないさ。その代わり、面白そうな恋話を一つ追加で、情感を込めて語ってくれると嬉しいね」


「却下だ。ふざけてると置いてくぞ」


「それは残念。では暫し、真面目に行こうか」


 エレノアは一つ頷いて、セニシエンタが示した区画へと駆け出して行く。そんな少女の背に続いて、微笑みを浮かべたままの女も駆ける。

 時刻は夕刻、日暮れ前。救出のタイムリミットは今夜零時。敵は多くが数合わせの素人だが、規模だけは大きな犯罪組織。状況は悪いが、解決は不可能などではない。


 高位の冒険者が二人も居るのだ。ならば無傷で救ってみせよう。そう心に定めて、彼女たちは夕暮れの町を行く。






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