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Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第二部第四幕 剣と子どもと闘技場のお話
130/257

その2

 熱気が場を満たしている。歓声が耳を劈く。此処は西方大陸において、最大の規模を誇る闘技場。闘争都市ゲレーリオ。

 この町の特色の一つは、間違いなく世界最大と断言できる巨大闘技場の存在。町に闘技場があるのではない、闘技場の中に町があるのだ。


 町の人口は十万人程度だが、興行目当てに足を運ぶ旅人や腕試しに来る冒険者、商業関係の者らも居れればその数倍にまで膨れ上がる。

 彼らの為に用意された住居を始めとする生活圏。闘士向けの商品を売り捌く店舗に、夜の店など娯楽施設。町自体の規模が小さめの物とは言え、そうした全てを内包出来る巨大ドームだ。世界最大でない筈がない。


 そんな闘技場の内にある町。ゲレーリオのもう一つの特色は、他の西方圏にある町と異なり、人民による選挙制を採用していないことだ。

 闘争領主。その二つ名が示す様に、ゲレーリオを統治するのは闘技場の頂点に立つ人物だ。闘技場のチャンピオンこそが、この町の支配者になる。それがこの町の、古くからの風習であった。


 唯強いだけの闘士に統治など出来るのか、と言う疑念は無論あるだろう。強い力を持つ誰もが知性にも秀でると、そんな理屈は何処にもない。

 だが事実として、ゲレーリオはそれで成り立っている。闘争領主は名声だけの存在だとか、実際に統治するのは闘士のスポンサーとなっていた企業であるなど、様々な憶測もあるが闘士の多くはそれを気にしない。


 何故ならば、分かりやすい成り上がりの術であるからだ。強ければ地位と名声を得て、豪遊の日々を送れるのだ。今代の闘争領主エドムンドも、嘗ては奴隷闘士の身であった。そんな彼が今や、一国一城の主である。

 そうとも、此処では奴隷であっても、力があれば領主となれる。ならば誰もがそうなりたいと、夢を描くのは当然だろう。そう思えるだけの蜜が此処にはあった。……例え、それが敗れれば失われる砂城であるのだとしても。


「話には聞いていましたけど、凄いですね。誰も彼もが、夢中になって見詰めてます」


「西でも数少ない、明確な夢が見れる場所だしなー。領主まで行かなくても、此処で名が知れれば企業にスカウトされたりするらしいし、実力がありゃ立場に関係なく成り上がれる場所なんだ。見る側にとっても、人材発掘の場所らしいしさ」


 そんな闘争都市の一区画。複数ある大闘技場の一つを見下ろす観客席で、幼い少年少女は言葉を交わす。


 深窓の令嬢を思わせる、仕立ての良い青のワンピース。一見して裕福だと分かる程度に、凝った装飾のあるグレーの衣服。

 奴隷階層の少年にとっては、生まれて初めて着る上物。これで着る衣装が少女と逆だったらと、そう思わずには居られない。


「そうなんですか? でも、セシリ――」


「おう、お前ら。駄弁るのは良いけど、せめて呼び名は気を付けろ」


「――セシリアは、何処でそんなことを」


「……下級寮のチンピラ親父の中にも居たんだよ。昔、一攫千金夢見て、闘士やってたってーの。膝に矢を受けたから止めたーとか言ってたけど、ありゃ絶対実力不足だっただけだな」


 つい本名を呼びそうになって、エレノアに止められる男装姿の少女。キャロが慌てて言い直した名前に、セシリオはげんなりとした表情を隠さない。

 女向けの衣服など幾ら着心地が良くともひらひらとして落ち着かないし、頭に被ったかつらは蒸れてしまうから気持ちが悪い。ニヤニヤと笑う師を見上げて、疲れを隠さず少年は愚痴を零した。


「ってか、師匠。この格好、マジでどうにかなんねーの?」


「文句なら、選んだ駄猫に言え。けど、意外と似合ってるぜ? セシリアちゃんにカロルくん」


「うれしくねーよ」


「あ、あはは……けど、こんな変装で大丈夫なんでしょうか」


「堂々としてりゃ大丈夫だ。運良く、大闘技会の時期に来れたしよ」


 褒められてうんざりとするセシリオに、何と返して良いのか分からず乾いた笑みを浮かべるキャロ。

 同時に少女は、髪型と服装を変えただけで大丈夫だろうかと疑問を抱く。それに対しエレノアは、問題ないと断言した。


 理由は一つ、人が多いから。稚拙な変装であっても紛れる程に、そんな大量の人々が皆一つの事柄に注目しているから。

 熱狂と共に今も会場を沸かしている観客たち。彼らの目的は目の前で行われている闘技ではなく、明日より開催される予定の大闘技会に他ならない。


「西方大闘技会。ゲレーリオで年に一度だけ行われる、西方大陸で一番強い人を決める為の闘技会」


「例年通りなら、もっと前に終わってた筈だけどさ。今年は大物参加の話もあって、開催日が延長。登録も出来て、ラッキーだったよなぁ。師匠なら、結構良い所まで行けそうだし」


「良い所、って甘くみんなよ馬鹿弟子が。これでも、実力だけはA級ってよ。手腕手管(トラップマスター)のお墨付きだぜ、殴り合いなら俺の方が強いってよ」


 年に一度。その年の闘技会で一定以上の評価を出した闘士か、C級以上の冒険者だけが参加できる西方大闘技会。

 名実ともに西の最強を決めると言う企画。この時期になると、ゲレーリオは人で溢れる。ましてや今年度は、冒険者ギルドの頂点。Aランクがもう一人、参加するのだ。話題にならない筈がない。


 常は一人勝ちを続けていた闘争領主も、今回ばかりは危ういのではないか。どちらが勝つか分からないと言う状況が、これだけの盛り上がりを生み出しているのだ。


「けどよ、何つーか。正直言って、いまいちじゃね。ここの闘士たちって。何か、俺でも勝てそうな奴がチラホラ見えるんだけど」


「生言ってんじゃねーよ、馬鹿弟子。……まぁ、カタログスペックで計れば、今のお前もそれなりだから、言いたくなる気持ちも分かんなくはねぇがよ」


 客席の盛り上がりに反して、闘士たちの実力は今一に見える。これまでに見た実力者たちを脳裏に浮かべて語るセシリオに、エレノアは苦笑しながらその頭をがしがしと撫で繰り回す。

 此処の闘士たちは、決して弱い者ではない。西の平均を超えるだけの実力はあるだろう。それでもセシリオが、そう見くびってしまう理由。それは彼の中にある、比較対象の問題だ。


 雷光の剣士エレノア。黒き白貌のルシオ。呪術師アマラ。冒険者として語るなら、正しく超一流の域にある実力者たち。彼らに比すれば、大多数の冒険者などは赤子未満。

 そもそも、ギルドに属する冒険者の多くはE級かD級だ。C級でさえ少数であり、B級などは町のギルドに一人居れば良い方だ。それ程に強者は数が少なく、冒険者とは本来強者の呼び名ではない。


 未開拓の地を冒険し、切り開いていく者。単純な強さ以上に、智慧を求められている。冒険にも実力が必要だった南と異なり、西の冒険者の強みは戦闘以外の分野にあるのだ。


「そもそも、冒険者全体の質が西と南じゃ違うんだ。出没する魔物の違いが、理由でもあるんだけどな」


「……魔物の違い、ですか? 南の魔物が強いというのは、良く聞きますが」


「魔王城があった場所だから、瘴気の絶対量が違うんだっけ。全体的に、強い魔物ばっかりって話だったような」


「それもあるがな。南方には人が少ないことも、理由の一つなんだ」


『人が少ないから、魔物が強い?』


 人を襲う魔物と言う存在。なのにどうして、糧となる人が少ない地の方が強くなるのか。

 普通逆ではないのかと、首を傾げる少年少女。幼い二人に教える様に、エレノアはその理由を語る。


「魔物は瘴気を糧とする。瘴気を生み出す手段ってのは幾つかあるんだが、一番簡単に増やす手段が人間の生命力を悪意で汚染して引き出すこと。だから魔物は人間を襲うって言われてんだが、人が居ない場所だと別の手段で補給するしかなくなんだ」


 アカ・マナフの存在が示す様に、瘴気とは人の悪意だ。それによって変じて、それを糧とし生きる魔物。彼らの主食は当然人だが、それがない場所では異なるモノで代用する。


「地脈から星の生命力を引き出したり、大魔獣の発する瘴気のお零れ貰ったり。それすら出来ない環境だと、アイツら共食い始めんだよ」


 例えば星の生命力。地脈において吹き出す力は、瘴気と本質的には同じ物。だが逆の属性を有している為に、余程強大な魔物か特殊な資質を持つ魔物にしか喰らえない物。

 或いは己より巨大な魔物のお零れを預かる小さな魔物。ベヒーモスに寄生していたオマールクラブの群れの様に、近くに地脈を喰らえる魔物が居る場合は弱い魔物が群れることもある。


 だが、そのどちらも得られぬ場合、魔物は共食いを始めるのだ。他の魔物が持つ瘴気を奪い取り、そうして己を強化していく。当然、弱い魔物は滅び、強い魔物はより強くなっていくのだ。


「んで、食えば食う程強くなるのは当然だが、より効率的に共喰い出来るように進化するっつーか、そう出来る奴が生き延びるんだ。適者生存って奴だな」


「だから、南は強い魔物が多いんですか?」


「そういうこと。それと、同じく共食いが理由で、特殊な異能を持つ魔物が少なくなってる。寧ろそういうのは、西方の方が多いわな。パラーシサーノとかグラーブサンクドとか、その辺は実感してるだろ?」


「アイツら、南方にはいねーの!?」


「おう。これも基本的な話なんだが、どんな異能にも干渉力と抵抗力があって必ず通る訳じゃないんだ。魔物同士でやり合うと、その辺特に顕著でよ。ヒビキ辺りならそれこそ無防備で寝てようが、西の魔物の異能なんて全く受けねぇだろうな」


 干渉力と抵抗力。エレノアがそれを意識するようになったのは、六武衆との戦いがあったから。生命の力で現実を書き換える。リアムが行った上位世界干渉こそが、あらゆる異能の根源とでも言うべき法則。

 魔物もそれは変わらない。彼らは己を構成する瘴気を使って、相手の存在情報を改竄しているのだ。例えばそれが速度低下の呪詛ならば、相手の速力が最初から半分の数値しかなかった。そう言う形に、相手の存在を塗り替えている。


 故にこそ、同じ力で抵抗が出来る。リアムが気で速度差を書き換えていた様に、究極的には闘気によって情報を改竄することも可能なのだ。

 最も、それは六武衆と言う闘気の扱いを極めた者だけが出来ること。大多数の人間では、気を纏って抵抗力を上げる。相手からの書き換えを通り難くする、と言うのが限界だろう。


「んで、干渉力と抵抗力ってのは、どうも相反しているみたいでよ。単純に強い魔物の方が、抵抗力が高い。色々干渉出来る奴ほど、抵抗力や基礎能力が低くなる。って言えば、どっちが有利か分かるだろ?」


「魔物同士の戦いなら、抵抗力が高い方が有利になる。だから共食いが起きる様な環境だと、魔物は単純に強くなっていく」


「ま、元の量が違えば、干渉力も抵抗力も高い奴とかも出て来るがよ。ロワノールスコルピオンとかは、抵抗力よりも干渉力の方が高い南じゃ珍しいタイプだ。或いはサーブロムとかみてーに、相性ゲ―を強要する奴なんかも居る。……逆に言うと、そのくらいになんねーと南方じゃ干渉型なんて生き残れないんだけどよ」


 強い魔物の多くは、単純な強さしか持っていないことが多い。それは強大な異能を手に入れると、反する様に個体としての強さが失われてしまうことが理由である。

 何故ならば、魔物とは内包する瘴気によって変じた物。自らを変じさせている抵抗力と言う力さえも、異能による攻撃に用いる干渉力に回せば、その存在自体が持つ格が劣化する。


 特にグラーブサンクドは良い例だろう。あらゆる病を感染させる。真面に通ればどんな強者でも殺し得るが、本体は村人でも素手で潰せる程度の強度しかない。

 巨大な魔物にしてみれば、路傍の石にすら劣る。小さな石にこけて転ぶ、その程度の危険さえもない。自ら望んで病を受けようと思わない限り、内包する瘴気の抵抗力だけで対処できる存在なのだ。


「対して西みてーに、魔物より人が多いところだと干渉型の方が活きて来る。単純な強さよりも、如何に効率良く人を苦しめるか。そういう方向性に変わってくのさ」


 人が多いと言うことは、敵が多いと言うことでもある。魔物と魔物で喰らい合えば全体量としての瘴気量は変わらないが、人が精霊術を使えば瘴気は浄化されるし魔法を使えば消費される。

 人間が奪い取った生存圏内で、力押しが出来る程の抵抗型が生まれることは稀だ。偶然発生したとしても、人も必死になって排除する。その関係上、弱い魔物が主となり、如何にして隙を突くかに魔物も特化する。


 パラーシサーノの様に、倒したと油断した瞬間に冒険者に寄生する。そうして内側から人里を滅ぼす様な、曲打ちが人間の生活圏には増えていくのだ。そして当然、魔物がそう進化するなら、人間もまたそれに対処できる様に知恵を凝らす。


「見たら石になる魔物とか、触れたら毒で汚染してくる魔物とか、条件を付けることで実際の保有瘴気量よりも干渉力を高めて、変則的な手段で攻めて来る魔物が増えていく。んで冒険者もそれに対応する形となる。……例えば、そうだな。近付いたら死ぬ。そういう魔物に遭遇したら、お前らはどう対処する?」


「えっと、距離を取って、精霊術で攻撃します」


「……近付いたら死ぬなら、近付いても死なないくらい強くなれば良いんじゃね? さっきの説明聞く感じだと、闘気で身を守ればいけそうだと思うんだけど」


「両方、正解。遠距離で仕留めるってのは正攻法だし、抵抗力を上げてのごり押しも悪くはねぇ。西の抵抗型の上限は、ルールジャンテだって言われてるんだが。南じゃコイツは下から数えた方が早い雑魚に分類される。そんな魔物が上限で、例題に出した奴は抵抗型より弱いとされる干渉型。その程度の瘴気で、即死って言う高度な干渉をしようってんだ。そりゃちょっとでも抵抗力ある奴なら、あっさり防げる程度の密度にしかならねぇよ」


 実際に、近付いたら死ぬと言う魔物は過去に発見例がある。E級D級の冒険者に多く犠牲が出た様だが、C級以上の冒険者にとっては唯の鴨にしかならなかったそうだ。

 気を習得することがC級になる条件なのだが、その重要性が特に分かる事例であろう。強化率は悪くとも、抵抗力を上げる術と言うのはそれだけで十分に重要となる。


「っても、そりゃ南でも上位の冒険者がする考え方でよ。カロルが言ったみてぇに、遠距離から仕留めるってのが正攻法だ。より正確に言えば、魔物の能力を見極めて、隙を突くのが一般的な冒険者のやり方って訳だな。誰も彼もが、気に目覚めるって訳でもねぇしよ」


「ん? なら、闘気が使える俺って、結構強い?」


「カタログスペックなら、な。天狗にはなんなよ。今のお前じゃ、闘技場でやり合ってる奴らにも勝てねぇからよ」


 とは言え、誰もが気を習得できる訳ではない。魔法や精霊術でも似た様な事は出来るが、それも相応に高等技術だ。先にも言った様に、冒険者の多くはD級以下なのだ。

 そして、干渉型の魔物には例外なく陥穽が存在している。例えば先に上げた近付けば死ぬ魔物なら、近付かなければ死なないと言う様に。単純に強い抵抗型と違い、干渉型には攻略法が必ずある。


 D級以下の冒険者が主となる場所では、その攻略法を見付け出すことこそが冒険者に必要とされる技能。特に抵抗型が少ない西方では、必須とされる技術である。

 だからこそ、西方の冒険者は単純な強さでは測れない存在だ。例えセシリオが既にC級相応の能力を持っていようとも、彼らとやり合えば敗北するであろう。それ程に、西の冒険者は巧いのだ。


「言ったろ、質が違うってよ。南の冒険者が全体的に強い奴が多いなら、西の冒険者ってのは全体的に戦い方が巧い奴が多いんだよ。敵を見極める目と、良く動く手足と、知識を武器に戦っている。だから、性能で幾ら上回ろうと、あっさり嵌められて潰される訳さ。……とは言え、地力が違うからな。俺が負けそうな奴は、そうはいねぇよ。ここだと、やばそうなのは二人くらいか」


 エレノアは言葉を区切り、目を細める。この町にある五つの大闘技場が内、最大の大きさを誇るこの中央闘技場。

 その舞台で、戦いが終わった。だが観客たちは冷めやらない。どころか、更に更にと期待と熱狂が上がっていく。それも当然、その試合は前座でしかなかったから。


「さて、講義は此処まで。態々この場に来たんだ、本命を見逃す訳にはいかねぇだろ。お前らも、よく見とけよ」


 大闘技会の予選を明日に控えて、前日に行われるのはエキシビションマッチ。優勝候補たちが顔見せし、その武威を振るう瞬間。

 敵情視察として、それを見る為に此処に来た。実質A級冒険者であるエレノアが、敗れるとするなら相手はこの二人以外に居ないのだ。


「あれが西の冒険者。その頂点に立つ四人のAランクが一人だ」


 エレノアがそう言った瞬間に、大歓声が巻き起こる。闘技場の入り口から、ゆっくりと歩いて来たのは涼しげな容姿の美麗な人物。

 絵画の如く整った容姿に、肩口まで伸びた薄いブロンドの髪。まるでどこぞの王侯貴族を思わせる、男物の派手な軍服。程よく膨らんだ胸の双丘が、彼女の性別を示している。


 気取った足取りでモデルの如く、ウインクや投げキッスでファンサービスも欠かさない。そんな男装の美女こそが、冒険者の頂点に立つ四人の一人。

 風雅美麗(ヘッドターナー)セニシエンタ。誰よりも美しい容姿をしていると皆に語られ、誰よりも美しく戦うと皆が魅せられ、ギルドの代名詞とまで言われる程の華がある人物だ。




 喝采を浴びて、壇上に上がった男装の美女。対して逆の入り口より、上って来た冒険者の男は息を飲む。

 此処は既に敵地である。観衆の声援は女に対してのみであり、誰もが彼女の勝利を望んでいる。その空気に、先ず飲まれ掛けた。


 だが、如何にか意志を震わせる。分かっていた筈だろう。知っていて、この時を望んだのだろうと。

 そうとも、西の頂点が一人とのエキシビションマッチ。此処でその高みを知ることが、きっと己の為になる。そう信じて、この戦いを受けたのだ。


「さぁ、来たまえよ挑戦者。先ず一手、君からのそれを僕が受けよう」


 余裕か、油断か、自信か。腰元より細剣を抜き放ち、構えを取るセニシエンタ。その場から動く気はないのだろう。男の出方を待っている。

 其処に僅か苛立ちを抱きながらも、そう出来る程の実力を美女が持つのは確かな事実。ならばその余裕を崩してみせようと、彼は雄叫びと共に踏み込んだ。


「オォォォォォォォォッッ!!」


 相手は受けると言った。己の手にあるのは、身の丈程の大剣。相手の武器がどれ程に上物だろうと、重量さでは確実に優位だ。

 質もこの日の為に用意した、最高品質のそれ。体重を乗せた全力の斬り下ろしならば、その細い刃では防げぬ筈。そう信じて、一気呵成に振り下ろす。


 だが、当然の如く受け止められる。手弱女の様なその腕で、棒の様に細い剣が、武骨な鉄塊を完全に押し止めていた。

 その理由は、武器の質などではない。単純な技量だけでもない。女の身体から湧き上がる闘気が、刃の強度と女の腕力を強くしたのだ。


「では、返礼といこうか。防ぎ切ってみせなよ、挑戦者」


 湧き上がる闘気の量は、男が見たこともない程の物。英雄と、そう称される者は皆こうなのだろうかと男の背筋が一瞬凍る。

 そんな僅かな恐怖の情を、セニシエンタは見過ごさない。闘気の強化を速度重視に切り替えて、疾風と共に放たれるのは七連刺突。


 ほぼ同時の七連撃。咄嗟に構えた大剣は三発も防げぬ内にあっさりと吹き飛ばされて、残る四撃が男の四肢を浅く刃が切り裂いた。

 僅か二度の交差。それで理解する。実力差があり過ぎる。勝ち目など何処にもない。燃え上がっていた闘志が、見る影もなく衰えていくのを男は感じている。


「強い。噂以上に。これが、風雅美麗セニシエンタ」


「……成程、確かに。僕は強く美しい。君が戦意を喪失するのも、無理はない話だ」


 切り裂かれた膝を付いて、震える声で口にした言葉。頂点と言う高みを前に、怯えてしまった男の心。それを見抜いてセニシエンタは、しかし嗤うことなく真摯に問い掛けた。


「けれど、それで良いのかい? 名も知らぬ闘士よ。君はそれで諦めて、納得がいくのかな? だと言うのなら、君と語る言葉はない」


 分かっていたことだろうと。男は未だ無名の闘士で、女は西の頂点が一人だ。一対一で戦って、勝ち目がないのは当然だろう。


「君はこの場に立っている。僕と争うと分かっていて、此処に立っている。ならば、自信か慢心か、野心か無謀か、君にはそれを成した理由がある筈だろう?」


 それを分かって、男は此処に居る。そうではないのかと、セニシエンタは問うている。負けると分かって、それでも何かを求めたのだろうと。


「まだ数手。まだ数手でしかないんだよ。諦めるには、早くないかな? 全力で来たまえ。この風雅美麗が、迎え撃ってあげよう」


 ならば、怯懦で膝を付くのは早過ぎる。大地に落ちた大剣を細剣で差し示し、拾えと暗に告げている。

 その余裕。その言葉。言われる通りな自分自身。その全てに怒りを抱いて、男は大剣を手に取ると己の意志で立ち上がった。


「やってやる! やってやるんだ!!」


 理由はある。彼が此処に立ったのは、頂点を知る為に。今は辿り着けないのだとしても、知ることで至る場所への道を確かに見ようと。

 その点で言えば、この二度の交差で既に成果は手にしている。圧倒的な闘気量とそれを活かす剣の技量。どちらも十分、為になるものだ。


 だが、だからと言って、これで終わって良い筈がない。自分の手足はまだ動く、より高みへと行くために、限界すら見えていないのに膝を付くのは早過ぎる。

 それに何より、気取ったこの女に一泡吹かせてやりたい。あっさり諦めそうになった自分が、何より腹が立つ。そう抱いた二種の怒りがあればこそ、男は剣を振り上げ大地を蹴った。


「素晴らしい踏み込みだ。先を超えた全力の斬撃、先ずは見事と言わせて貰おう」


「舐めやがってッ! 涼しい顔してッ!」


「ああ、そうさ。今の君は、舐められる程度でしかない。悔しかったら、その手で、その剣で、君の誇りで変えてみせろ」


「オォォォォォォォォッ!!」


 前に進んで振り被る。思いっ切りに振り下ろす。退路などは考えない。全力で全霊で只管に前進を続ける。敵の攻勢を許せば、その瞬間に敗北すると分かっていたから。

 そんな怒涛の如き連撃を前に、受け止め受け流し後退しながら距離を取るセニシエンタ。優雅な笑みを崩さずに、その動きは正しく剣士の理想像。距離を取って僅かな所作で、彼女は男の動きを誘導する。


 此処は防がれるから、此処を攻めよう。此処ならば通るかも知れないから、ならば全力を込めよう。誘導された剣撃は、打ち込む側の理想位置。まるで師に手解きを受ける弟子の如く、男の動きは見る見る内に上達していく。

 腕の疲労も気にならない程、自己の成長を実感する。それでも男の剣は届かない。時折返される軽い刺突を躱す度、自分の体捌きが修正されているのだと気付く。其処に成長の実感と怒りを等分に感じながらも、やはり男は届かない。


「うん、今回はこの辺りが限界かな?」


「はぁ、はぁ、はぁ……オォォォォォォォォッッ!!」


 何度切り結んだか、十数か数十か百をも超えたか。荒い呼吸を必死に整え、男は疲れ切った腕でその大剣を持ち上げる。

 男の疲労度さえ見切り、これ以上の向上は望めない。そう判断したからこそ、終わらせようかと微笑む風雅美麗。その笑みを止めてやるのだと、一矢報いるのだと振り上げた剣を叩き付けた。


 だが、やはり剣は届かない。剣先の距離を見切られて、鼻先を掠める刃を微笑みながらに躱し切る。そうしてその後で、セニシエンタは舞う様に一回転して後ろへ跳んだ。


「王子は姫を追い掛ける。ガラスの靴を、その手にして」


「――っ!?」


 そして、呪を口にする。幻視したのは、ガラスの靴。透き通ったハイヒールをその足に、そうと思った瞬間に男の身体が勝手に動いた。

 まるでセニシエンタの後を追い掛けるかの如く、刃を振り下ろしたばかりの身体が前に進んでくるりと回る。無防備な背中が、風雅美麗の前に晒されていた。


「強制術式、ガラスの靴。君は僕の行動を繰り返す」


 それはセニシエンタが用いる独自魔法の一つ。硝子の靴を持って追い掛けた王子の逸話に則って、相手に己を追い掛けることを強要する魔法。

 全く同じ道を通って、相手を追い掛ける。それを強要された者は、セニシエンタの行動を繰り返す。意識に反して行われる行動は、致命的な隙を生み出す。故に。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


 その背を突いた一撃が、男の身体を吹き飛ばす。細剣ではなく、掌打によって。生身の格闘技ですら、この女は一流域。

 教本に載る見本に成る程に、誰もが手本としたくなるほど、綺麗で真っ直ぐな打撃が男の身体を大地に叩き付けたのだった。


「さて、これで終わりかな。悪くはなかったけど、今後に期待できる程でもなかったようだね」


 常に余裕。常に美麗。誰よりも華があるその闘争に、観客席が盛大に湧いた。そんな彼らにアピールする様に、セニシエンタは気取った素振りで片手を振るう。

 そうとも、これで終わりだ。観客は誰もがそう思っている。審判のカウントも始まって、10数え終わればそれで終わる。立ち上がったとして、この美女に対し何が出来るであろうか。


 誰も望んでいない。己は届かない。もう十分に、成果は得たのだと――そう思ったその時に、サポーター席から一つの声が飛んでいた。


「頑張って!」


 女が居る。同じ冒険者のパーティー仲間。彼女が信じて、立ち上がれと願っている。そう聞こえた瞬間に、剣を握る腕に力が入る。

 特別、劇的な理由がある訳ではない。冒険者になった理由は、よくある農村部の口減らし。Fランクから始まって、何時か共に上を目指そうと語り合った腐れ縁。


 だが、ああそうだとも、そんな理由で良い。目の前に至るべき頂きはあり、背には信じてくれている仲間が居る。ならば、立ち上がらねば嘘であろう。


「オォォォォォォォォッ! まだだァァァァァッ!!」


 この世界の人間は、限界点を超えやすい。そういう風に出来ているのだとしても、此処で限界を超えてみせたのは彼の意志だ。

 雄叫びと共に立ち上がり、だが走り出す程の力はない。だから、求めたのは遠くに届く力。答えたのは、世界に満ちる星の意志。


 元より、精霊術は使えた。とは言え、戦闘には役に立たないレベル。綺麗な真水をコップ一杯分作り出したり、暗闇で本が読める程度の明かりを付けたり、その程度しか出来なかった。

 それでも、今この瞬間にある光景は違う。水を作り出すと言う本質は変わらずとも、生み出されたのは十メートルにも迫ろうかと言う巨大な津波。それが闘技場を飲み干さんと、セニシエンタへと向かう。


「剣士である君が、詠唱破棄でこれ程の精霊術を。その極限状態で、よくぞ育った。ああ、やはり人間は素晴らしい」


 そんな津波を前にして、セニシエンタは悠然と歩を進める。審判を庇う様な位置へと進み、津波を見る顔は熱でもあるかの如くに上気している。

 この極限に、よくぞ其処まで至った。先に下した判断を敬意の言葉と共に翻すと、恋する乙女の如くに微笑みながらその手を伸ばして津波に触れた。直後、津波が消えた。


「……なん、だと」


 何が起きたのか、分かっている。彼女が触れた瞬間に、精霊の支配権を奪われたのだ。術の構成は崩されて、多量の水は大気の中へ溶けて消えた。

 理屈は知っている。より上位の精霊術師が、下位のそれを無力化する方法。術師としても一流域に至らねば、再現すらも出来ない技法。セニシエンタ程の使い手ならばおかしくはない。そうとも言えるが、それでも信じられないことだ。


 魔法使いが精霊術を使えば、発動用の触媒を浄化に巻き込み擦り減らしてしまう。精霊術師が魔法を覚えれば、精霊に嫌われ適正が落ちて弱体化する。それが常識。だと言うのに、この女はその双方を高いレベルで修めていた。


「僕は冒険者の頂点だ。まだ君が挑むには早く、ああけれどこの一時は無駄ではない。諦めなければ、何時かは届く。君の才を見た、この僕――セニシエンタが保証しよう」


 セニシエンタは決して、特別なことをしている訳ではない。唯単純に、遍く全てを鍛えられる限界点まで鍛えている。

 精霊術を身に付けた結果、魔法用の触媒を常に幾つも抱えていなくてはいけなくなった。そうなると分かって、最上位の精霊術までも習得している。

 魔法を学んだ結果、精霊術の適正値は下がった。そうなると分かっても、学ぶことを止めなかった。嫌われる体質になっても、心を開いてまた好かれれば良いのだと。


 もしも仮にどちらかに専念していれば、間違いなく歴史に名を残すだけの実力を得ていただろう。これ程に効率悪く鍛えても、西の頂点に至れたのだから。

 それ程の努力。どれ程に才能があっても、決して楽ではなかっただろう。だがその一切を余裕の笑みの下に隠して、美麗であり続ける女。彼女を見上げる男の瞳に最早怒りの色はなく、唯感嘆と称賛の念だけが宿っていた。


「素晴らしい物を見せてくれた返礼だ。受け止めたまえ、これが風雅美麗(ヘッドターナー)セニシエンタの最大魔法」


 女の称賛に嘘はない。彼女は心の底からの喝采と共に、だからこそ最大の奥義を見せると決めた。剣で突けば終わる相手に、見せて良いと思えたのだ。


「今宵零時の鐘が鳴るまで、主役は一人連れ子の娘。南瓜の馬車に鼠の馬を。継ぎ接ぎの服は純白のドレスへ、ガラスの靴で駆け出そう!」


 細剣を天に掲げる様に、張り上げる呪文は五小節。嘗ての賢者や、悪名高き呪術師など、一部の頂点にしか使えない最上位魔法と同じ数。

 国一つを、たった一人で終わらせる。その頂きに、彼女は居る。円を描くように振り回した細剣をなぞる様に、空間に裂け目が生じる。そして其処を起点に、世界が塗り替わった。


「シンデレラ・ドレスアップ!!」


 純白の花が風に舞う。美しい白亜の城と、色とりどりの花が咲いたフラワーロード。それを背に立つ美女の姿は、派手な軍服から美しいドレスへと変わっている。

 これは国一つを滅ぼす大規模殲滅術式。複数人が協力して、漸く放てる戦略級より高位の最上位魔法。その術式を改竄し、一対一の決闘用に作り変えたもの。効果は単純、使用者の能力を極限まで強化すること。


 大国を一撃で消し飛ばす程の力を、自己強化にだけ向けたのだ。その強化率は最早先までの比にもならぬ程、既にして桁が一つ二つ違っている。故にこそ、その最後の一振りは目に映ることさえなかった。


「舞踏会の主役を前に、美しき花の如くに散るが良い」


 斬られた事実に気付くより前に、男は既に倒れている。そして塗り替えられていた空が戻って、観客たちの前には結果だけが明かされた。

 美しい花びらが風に舞う中、純白のドレスを身に纏った美女が微笑む。崩れ落ちて意識を失くした男の姿が、勝敗を明らかにしている。誰が見ても間違いなく、西の頂点は遥か高みにあったのだ。


「ありがとう。挑戦者たる君に感謝を。今日もまた、素晴らしい戦いだったよ」


 闘技場に落ちた花を一つその手に取り、唇を落としながらに微笑み語る。素直に素晴らしかったと、気絶した男に治療の精霊術を掛けながら、セニシエンタは勝利を此処に宣言した。


『キャァァァァァァァァァァァァァッ!!』


「ああ、観客の皆もありがとう! 君たちの声援こそが、僕と彼に対する最大の賛辞だ!!」


 無数の花に包まれて、満面の笑みと共に感謝の言葉を張り上げる。両手を広げて、気取った歌劇の様にアピールする。風雅美麗は何処までも、ただ美しく在り続けていた。




 そんな冒険者の頂点が一人の戦いを見て、セシリオとキャロは感嘆の言葉を漏らしていた。


「なんつーか、すげぇ。色々な意味で」


「あの人、あの試合の中で現代の最上位魔法と、精霊術の最高技法を使ってました。幾ら同時併用じゃないって言っても、相反する力を納めるなんて、大変なんてものじゃない筈なのに」


「それが風雅美麗セニシエンタだ。あらゆる分野で、超一流と呼べるだけの技能を持つ。一つ一つはそれこそ専門家に劣るが、文字通り何でも出来るのが売りって言うAランク冒険者の一人さ」


 剣も格闘も魔法も精霊術も、超一流の域まで磨き上げている冒険者。何よりも彼女の凄い所は、誰もの見本に成れる程に美しいその技巧だ。

 見ているだけでも為になる。参考になったのは、セシリオやキャロだけではない。エレノアですら、学ぶ所が多いと称賛する程に優れた技術を全ての分野で修めている。


 剣技の技量は、エレノアの師である“最南端の騎士”シャルロットにも迫る程。精霊術の技法は、貴種であるキャロが驚嘆する程で、貴種の血族である筈のミュシャよりも上であろう。

 魔法も然り、素のセシリオを大きく超えている。彼の“呪術師”アマラや“賢者”ルーカスにも迫るのではないかと言う程。そしてその闘気の総量も、目算するだけでも今のエレノアより上だ。


 正しく、万能の天才。風雅美麗セニシエンタを評するならば、そう語るしかないだろう。冒険者の頂点が一人と、名乗るに足りる実力者。間違いなくA級の四人の内でも、一・二を争うのが紅一点の彼女であろう。


「んで、コイツも有名な話だが。セニシエンタと戦った相手は、必ず大成するって言われてる。相手に限界を超えさせて、それを真っ向から打ち破り、それでも諦めを抱かせない。二つ名の通り、最も美しいと称される冒険者でもあるのさ」


 意識を失くした男を背負おうとするサポーターに声を掛け、彼を連れ出す手伝いを始めるセニシエンタ。汗に塗れた男に拒否感を見せることもなく、共に手を貸した彼女は涼しい顔で退場していく。

 そんなセニシエンタの逸話の一つが、エレノアが口にした対峙した相手が必ず大成すると言う事。冒険者ならばB級以上に、或いは他の分野の才を見出してその方向へ。語られる理由も、今の戦いの中で分かった。


 セニシエンタは、兎に角動きが綺麗なのだ。剣を結べば、戦いの中で正しい振り方を教えてくれる。その動きを真似るだけでも、一段階も二段階も成長出来る。攻撃面だけではなく、防御や回避の面でもあらゆる動きが手本となる。

 そして、彼女の性格だ。相対する相手に全力以上を出させる様に、そういう試合運びをする。どんな相手でも底が見えるまでは付き合い続けて、だから彼女との戦いの中で戦士は己を知るのである。それこそが、何よりも成長に繋がるのだろう。


 彼女が立ち去った後、清掃員が出て来て後片付けを始める。花びらに包まれた闘技場だが、彼らは決して嫌な顔をしない。

 場合によっては血と臓物や、死体の後片付けをせねばならないのだ。それを思えば、大量の花の片付けなどは苦にもならない物である。


 そんな清掃が始まって、それでも観客たちは立ち上がらない。まだ舞台は終わっていないのだと、彼ら彼女らは知っているのだ。

 エレノアは目を細めて待つ。己が戦うであろうもう一人、敗れるかも知れない相手。詰まりはそう、この闘争都市の頂点に立つ男の試合を。


『オォォォォォォォォッッ!!』


 その男が姿を現した瞬間に、野太い歓声が上がった。黄色い声援を受けていたセニシエンタとは、まるで真逆なその応援。

 真逆なのは、それだけではない。美しいとしか評することが出来ないセニシエンタに対し、彼は何処までも武骨で筋肉質で醜い容姿をしていたのだ。


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」


 大きく音が聞こえる程に、息をゆっくりと吐き出す巨漢。その身長は成人男性である筈の対戦相手が、子供に見える程に巨大な物。三メートルを優に超えている。

 まるで野生児の如く、乱雑に伸びた剛毛。潰れた鼻に、四角い顎。子どもの胴程に太い首と、それ以上に膨らんだ全身の筋肉。オーク、或いはオーガ。そんな怪物にしか見えない、醜い巨人が其処に居る。


 彼こそが、闘争領主(バトルロード)エドムンド。鬼の亜人を父に持ち、奴隷の母から生まれた混血児。生まれてから今日に至るまで、勝ち続けて来た貪欲なる闘士。

 相対する男は震えている。闘争領主の噂と、その身が発する威圧感を前にして。それでも挑もうとするのは、勝利した時に得られる物の多さと、直前に起きた試合の結果が故。


 勝てないまでも、善戦してみせる。全力で、出来る限りを。そう思い、剣を握る手に力を込めて、開始の合図を待つ。そして、合図が鳴ったその直後、起きた出来事は先とは真逆の展開だった。


「オォォォォォォォォッッ!!」


 巨人が迫って来る。そう感じた瞬間には、その拳が男の顔を貫いている。歯が飛び、骨が折れ、それだけでは済まずにその身は大地に叩き付けられた。

 そして、それでも終わらない。地に伏して気を失った男に向けて、巨人のもう一つの腕が落ちて来る。闘技場の中央にクレーターが生まれて、そしてたった二発で蹂躙は終わった。


「……あれ、死んでるんじゃ」


「いや、息はある。それだけ、だろうがな」


 震える声で、生死を確認するキャロ。それ程に、無残な姿を晒す挑戦者。血塗れの姿を見て、エレノアは語る。生きてはいる。だがそれだけなのだと。


「セニシエンタが相手を必ず大成させる人物なら、あの男はその真逆。戦った相手を必ず再起不能にしてきた、闘技場の支配者」


 怯えるキャロと、息を飲むセシリオ。冷静に語るエレノアも、エドムンドの厄介さには気付いている。

 その筋肉の鎧は伊達ではない。動きこそ遅いが、亜人の血が生む魔力と闘気の量と合わせて、間違いなく全冒険者の中で最高の腕力と耐久力を持っている。


 この男は重戦車だ。どれ程の攻撃にも怯まず近付き、拳の一撃で全てを押し潰す。耐えて近付き殴ると言う行為を、何処までも突き詰めた果てにある戦士の極致。こうした狭い空間では、最も敵に回したくない部類である。


闘争領主(バトルロード)エドムンド。セニシエンタが万能の天才なら、エドムンドは足を止めて殴り合うことだけに特化した人物。闘技場って限られた空間で、最も力を発揮するタイプの戦士だよ」


 慌てた救護員が駆け出して、全身の骨が砕けた男を担架に乗せて運んで行く。そんな姿を興味なさそうに、一瞥しただけで視線を外したエドムンド。

 闘技場の中心に立つ巨漢は、大木の様な己の腕を振り上げる。拳と共に語るのは、この戦いの結末を告げる勝利宣言。己こそが頂点なのだと、彼は高らかに宣言した。


「俺こそが、チャンピオンなのだァァァァァッ!!」


 男が領主の座に就いてから、二十五年。闘争領主(バトルロード)、未だ健在。その身に敗北は、一度足りとてありはしない。

 己こそが最強なのだと誇る男は、誰の挑戦でも受けるのだと胸を張る。そんな姿を前にして、観客席から喝采と歓声が沸き上がった。


 そうとも、これこそがチャンピオンに相応しき栄光。この栄光は、決して誰にも渡さない。頂点は、唯一人で十分なのだから――――






因みに、魔王にも干渉型・抵抗型の区分はあります。

アリスちゃんみたいに権能が強い子が干渉型で、ヒビキくんみたいに殴り合いで強いのが抵抗型です。


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