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Dragon Travel Story  作者: SIOYAKI
第二部第二幕 竜と仲間達のお話
105/257

その1

 夜の帳を小さき炎が揺らめき揺らす。風に吹かれて消え掛けた火に、乾いた薪を一つと加えた。

 冷たい夜風を身に浴びながら、翳した掌に熱を感じる。原始的な暖房器具が、冷たい鱗を温める。仄かに揺れる朱に寄り添い、ヒビキはその目を僅か細めた。


 西大陸全土で指名手配。人の世を追われる立場になったのならば、今更に姿を人に合わせるは無意味であろう。

 肉体の変異も、多少の負荷がある。例えるならばキツメの服を、無理に身体に着込む様な物。その必要がないなら、行いたいとは思えない。


 故にヒビキは姿を戻した。黒き竜を思わせる巨大な爪と、臀部より生える大きな尾。長い銀糸の髪は夜風に靡き、異色の瞳が闇を照らす。

 不夜城を荒らした時に、着ていた衣服は破れてしまった。だから変わりにと着込むのは、下級寮にて貰った契約奴隷用の物。布で出来た安物衣装だ。


 過去に誰かが着ていただろう、汚れが目立つ布の服。背に負う翼を出す為には背中を大きく開く必要があるが、それ程に切り取れば壊れてしまいそう。

 故に少し窮屈に感じながらも、翼だけは変異魔法で形を変える。肩甲骨の部分に出来た小さな突起が、服を傷付けない様にと形を変えた悪竜王の翼であった。


 そんなヒビキはその瞳で、共に焚火を囲む者らを見詰める。西方南部の物流都市で、新たに加えた者らも含めて四人の仲間を。


「ふぃ~。漸く一息吐けたにゃねぇ。しっかし、西の連中もしつこかったにゃぁ」


「ヒビキに振り切られてこっちを見失ってた筈なのに、日が暮れるまでずっと探してるんだからなぁ。気が付けば、街道を大きく逸れちまってる」


 焚火を前に両の足を大きく投げ出し、はしたなくも大股開きをしている猫耳少女。ミュシャは両手を後ろに付いて、仰け反る様に倒れながらに愚痴を言う。

 そんな彼女の意見に合わせる様に、金髪碧眼の少女も相槌を打つ。エレノアの手元にあるのは、雷招剣と言う大剣のみ。白銀の甲冑は影の倉庫に、休息にも逃亡にも全身甲冑は邪魔になるのだ。


 此処はヘロネ・ゴーシオから北西に進んだ場所。街道を大きく外れた先、川を一本と挟んだ場所にある草原地帯だ。

 追手自体を撒けたのは、此処に来るよりずっと前。本来ならばその場所で、今後どう動くべきかを相談しておく心算であった。


 一先ず落ち着いたからと、互いに名を名乗り合う。互いが互いの現状と呼び名を知った段階で、しかし追手が近付いていた。

 彼らを見失った筈の西の賞金狙い達は、しかし諦めていなかった。見失ったのならば虱潰しに、そんな単純な対応策を取って来たのだ。


 己達を探す足音と語る声。三代は遊んで暮らせる賞金首と、彼らの瞳は我欲に淀んで歪んでいた。

 迎撃は容易いが、幾らやっても限がない。そう思わせる程の賞金稼ぎ達の数に、彼らは逃げの一手を選んだ。


 虱潰しに探るのならば、先ず行かないだろうと思う方向に。一気に距離を取ってしまう事により、捜索の手が及ぶ時間を遠ざける。

 そうして、二時間、三時間。北へ西へと道を外れ続けて、獣道すらないこの大草原。西では珍しい魔物の群生地へと逃げて来たのだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……。つっかれたぁ」


「その、大丈夫、ですか。セシリオ」


 辿り着いて、焚火を起こして、暖を取れる様な状態に。そこまで休み続けて、漸くに声を出せる程度に回復した。

 大の字になって休んでいた褐色の少年は、何とか上体を引き起こす。そんなセシリオに寄り添って、蒼い少女は気まずそうに言葉を掛けた。


 セシリオが疲弊しているのは、歩けぬキャロを背負って此処まで来たからだ。

 少女を背負って二時間以上の逃避行。その小さな身体には、余りに大き過ぎる負担である。


 それでも、彼は選んだ。変わろうかと言うヒビキらに、首を振って自分で選んだ。

 男の子には意地があるのだ。例え子供であっても変わらない。それがどれ程に愚行か分かって、それでもセシリオはそうしたいと選んだのだ。


 苦しそうに荒い息をしながら、薄い布の服を汗に濡らしながら、それでも何処か満足そうに。

 そんなセシリオを見詰める瞳は、しかし不安に揺らめいている。箱入りで育った優しい娘は、気に病まぬ程に図太くも気丈でもない。


 動かぬ足を見詰める。筋を斬り裂かれた傷痕を見て、これが無ければ如何にかなったか。そう思考する。

 即座に浮かぶは否定の言葉。移動速度が速かった。年少二人を除いて誰もが、旅路にもう慣れていた。彼らも合わせてくれてはいたが、それでもキャロでは追い付けまい。


 足手纏いになっている。そんな実感を感じている少女は、その蒼い瞳を不安に揺らしていたのであった。


「えーっと、キャロ、だったかにゃ? その足、見せるにゃよ」


「あ、え、はい」


 己の傷痕を見詰めて、瞳を揺らしている少女。キャロの思考を如何に解釈したのか、ミュシャは近付き言葉を掛ける。

 言われるままに足を差し出し、その両足に刻まれた傷痕に皆が顔を顰める。特にセシリオは、怒りを堪えるかの様に小さな手を握り絞めていた。


「ん。このくらいにゃら何とかなるかにゃ~? 大地の精よ。癒したまえ」


 意識を切り替えて、ミュシャは傷を観察する。そうして如何にかなるかと結論付けると、指先に小さな光を集めた。

 呼び出したのは土の精霊。二小節の精霊術が、切り付けられた傷を癒していく。そうして数秒、光が収まる頃にはその傷跡は消えていた。


「ま、ざっとこんにゃもんだにゃ」


「古傷は基本治せねぇって、聞いてたんだけど。大したもんだな、こりゃ」


「変に癒着しちゃうと普通は駄目だにゃ。けど、この子。にゃんか妙に精霊術に対する反応が大きいにゃよねぇ」


 その手際の良さに、エレノアが感嘆の呟きを漏らす。そんな言葉に律儀に応えて、ミュシャは其処で一つ疑問を零す。

 確かに傷口としては比較的新しい物であったが、それにしても癒える速度が早過ぎる。亜人の少女が漏らした疑念に、キャロは恐る恐ると答えを返した。


「……多分、水の系譜、だからです」


 キャロと呼ばれるこの少女は、水の精霊王の血筋である。大いなる水の化身、世界を構成する四要素の一つの流れを汲む。

 その性質上、精霊術師としては最良の才能。そして、その術式の恩恵を強く受ける。逆に魔法の被害が増える分、一長一短と言う所であろうが。


「私達の祖。太母マリーアは水の精霊王。貴種たる蒼は、地上における水の全権保有者。その代行権の証、ですから」


 その上、血族の中でもキャロは特に別格だ。星の触覚と化した四属の王が、己の代行者と選んだ存在。それが貴種たる蒼と言う者。

 血筋の濃さと言う点では、亜人の見た目と化しているミュシャに劣るやもしれない。それでも肉体に宿る神秘性を問えば、どちらが上かは明白だった。


「にゃるほどにゃー。ミュシャん所と同じ精霊王の血筋かにゃ。……そう言えば、長老の爺って若い頃は濃い土の色の髪してたらしいしにゃぁ。あれが四属の証かぁ~」


「何で、今更思い出してんだよ」


「にゃって、長老ハゲだったんにゃもん。一族に栗毛や茶髪が多かったのは、その血が薄まった結果にゃんだろうにゃー」


 四大の精霊王は、結界維持の為に要からは動けない。故にこそ彼女らは、己の血筋からその代行者を選び出す。

 精霊王は己の血肉から、その眷属とでも言うべき命を生み出すのだ。そしてその眷属と人間達が、交わった時に生まれる者こそ四属の血脈。


 南が砂漠の守り人ならば、西は冷たい獅子を冠する血族。北に座すのは耳長人で、東は奇跡の巫女と彼女の守り人だった修羅の王。

 そんな血を引く者らに力を与えて、己の代わりに役を果たさせる。魔の討伐であったり、人の守護であったりと、役は四属其々変わるが、その本質は変わらない。


「んでよ。水の全権代行って何が出来るんだ?」


「あ、それ。ミュシャも気になるにゃね。ってか、水は癒しの象徴にゃし、自分で治せなかったんかにゃ?」


「……水の精霊術の効果を、受けるか受けないか任意で決められます。後は誰かが水を操ろうとした時に、妨害する事が出来るくらいで」


 代行者と選ばれた時、四属は彼らを祝福する。水の祝福を得たのなら、自然の水で傷を負う事などはなくなる。

 水の代行者を前に、水を操る事など不可能だ。全ての水は彼彼女の味方であれば、瘴気で汚染でもしない限りは操作も出来ない。


 だが、何もせずに得られる恩恵などはその程度。後は元の器がどれ程に優秀であったかと、それによって決まる事。


「後は、水系統の術式を使う時、血肉や体液が触媒として最良となるくらい。本人の能力値は、素の性能で決まるんです。……東の代行者は生身でも、炎の精霊王を倒せるくらいに強かったらしいんですけど」


 精霊術師としては最高峰の才能。その属性では並ぶモノがない触媒。そんなもの、本人が術式を知らねば活かせない。

 蝶よ花よと愛でられて、神の化身と崇められ、そんな少女に知識はない。戦う為の力がなくば、そんな体質は他者に狙われるだけの要素となろう。


 生かさず殺さず縛り付け、血肉を削り取っていく。それだけでも、水の精霊術や魔法を使う際の素材としては最高峰。

 同じ体質を産むかも知れぬ血筋に目を付けられたのかも知れないし、何等かの大儀式の触媒と狙われた可能性も存在している。


 キャロが狙われている理由は、それこそ無数に考えられる。それ程に、貴種たる蒼は有用だ。

 そんな体質を有しながらも、抵抗する力を一切持っていない事。それが少女が付け狙われる、最も最たる由縁なのかも知れない。


「ごめんなさい。役に立てなくて」


 少女は学べば、誰より飛翔出来たのかも知れない。それでも学んでなかったから、その見た目通りの手弱女だ。

 知識がないから、役に立てない。足りない知識はそれこそ山程、精霊術もそうならば、旅路に関する事とてそうだ。


「ごめんなさい。足を引っ張っちゃって」


 ミュシャとエレノアは旅慣れている少女達。戦闘と言う面でも決して、足を引いたりなどしない。

 セシリオと言う少年は、強い意志を持っている。戦う力は今はなくとも、西に関する知識を多く持っている。

 ヒビキと言う少年は、平穏無事な場に置いては役立たず。されど戦場と言う場面において、彼に比する者など居ない。


 故にこそ、完全なる足手纏いは唯一人。どんな場所でも、役に立てないのは少女だけ。

 キャロは何処か気まずそうに目を伏せながら、蚊の鳴く様な小さな声音で詫びるのだった。


「ごめんなさい。……私にもっと、力があれば」


 瞼を伏せる少女に対し、ミュシャとエレノアは言葉に詰まる。直ぐに言葉を返せる程に、二人はキャロの事を知らない。

 だから何が地雷となるのか、どう言葉を返すべきか。困った様に顔を見合わせる。そんな形で気を使われる事すらも、キャロにとっては重かった。


 じわりじわりと沈んで行く。そんな暗い超重力に、何処か顔を引き攣らせながら口にする。言うべき言葉は思い付かずに、紡いだ言葉は当たり障りのない代物。


「にゃ、にゃにも、そんにゃに気にする事ないにゃよ! にゃ、にゃぁ、エレノアッ!」


「お、応。そうだぜ、気に済んな。気にするくらいなら、これから変えていくのが健全だぜ」


「……ごめんなさい」


 だが青髪の少女は、気にするなと言われて、素直に割り切れる様な性格ではない。

 これから変われと口にされて、変わって見せると言う様な気概に溢れている様な者でもない。


 気遣いを受けていると言う事実に、更に申し訳なさそうに顔を俯かせる。

 そうして、謝罪の言葉を重ねる。そんな彼女の姿を見詰めて、口を開いたのは褐色肌の少年だった。


「キャロ。それ、なしにしようぜ」


「……セシリオ?」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ばっかりじゃ皆気が滅入っちまうよ。ましてや、キャロが悪いって訳じゃないんだしさ」


 握る拳に怒りを込めて、抱いた感情を向ける相手は彼女を捕えた者達に。

 キャロと言う少女は悪くない。力がないからと彼女を狙う、そんな者こそ悪人だろう。それがセシリオの抱いた想い。


 そんな悪人達の所為で、恋した少女の瞳が揺れる。大好きな彼女の顔が暗くなる。それがどうしても、少年には我慢が出来ない事だった。


「ごめんなさ――」


「ほら、また言った」


 だが、セシリオは未だ幼いのであろう。気に入らないからと口を挟んで、更に謝罪の言葉を重ねさせてしまう。

 儘ならぬ結果に苛立って、そんなセシリオの苛立ちにまた謝罪する。キャロのその行いが更に苛立ちを募らせると、それはそんな悪循環。


「キャロが謝る事じゃねぇじゃんッ!」


「けど、だけど、……ごめん、なさい」


 怒りたい訳ではない。気まずくなりたい訳ではない。不快にさせたい訳ではない。だけどやり方が不器用だった。


 不貞腐れた様に、そんな自分にすら苛立つセシリオ。そんな彼に謝罪を続けるキャロ。

 どうしたものか、いっそ心威を使うべきかと悩むミュシャ。エレノアはいっそやらせておいた方が良いのではないかと、開き直って不干渉。


 そんな中、ぼんやりとした少年は口を開く。ふと思い出した様に、口から零したのは嘗てに聞いた受け売り言葉だ。


「……受け売りだけど、良く聞く言葉」


 思えばこの少女は、過去の自分と何処か似ている。引っ込み思案で暗い性格。そう言う所が、何処か似ていた。

 何かが出来なくて、何も出来なくて、謝る事ばかりしていた頃。最初に出来た親友が、口にした言葉が確かにあった。


 何かの漫画から引用したと彼は言ってはいたが、由来なんてどうでも良い。

 その時に感じた想い温かさこそ、確かに大切な物。そんな想い出を思い返して、微笑みながらに言葉と紡いだ。


「ごめんなさい、より、ありがとう。――そっちの方が、嬉しい、よ?」


 誰だって、謝罪されるよりも感謝された方が嬉しい筈だ。そう言った友に、素直に共感した。

 それはきっと、万人に通じる真理の一つ。ヒビキのそんな言葉を聞いて、セシリオもニヤリと笑うのだった。


「お、兄ちゃん良い事言うじゃん。そうだよそうだよそう言う事だよ。ありがとうって言われた方が、十倍嬉しいし百倍やる気が出るねッ!」


 ごめんなさいごめんなさいと、暗い顔で言っている姿を見るのが嫌だった。だけど上手くそれを説明出来なかった幼い少年。

 そんなセシリオが言いたかった事は、つまりはそう言う事なのだ。故に少年は我が意を得たりと同意して、ヒビキの言葉に賛同した。


「……うん。ありがとう」


 少しの沈黙。その後に、盲を拓かれたとばかりに目を見開く。そうしてキャロは、感謝を言った。

 まだ何処か慣れない言葉使い。どこかおずおずとした態度。それでもそんな少女の感謝に、少年達は満足そうに笑みを浮かべる。


 焚火を前に、手を当てる。日差しの中で、寝転がる。そんなじんわりとした温かさ。

 彼らの遣り取りは、そんな種類の暖かな物。少しずつ、皆の壁が溶けていく。そうと感じるからこそ、見詰める少女達も笑みを浮かべて――


「とは言え、そっちの男二人は反省にゃよ。にゃんで、一日二日で信じられない額の賞金首になれるにゃか?」


「お前らはごめんなさいしてろや馬鹿野郎共。……事情は考慮するが、せめて相談の一つはしとけってんだ」


『ごめんなさい』


 されど、一晩で賞金首になったのは許し難い案件だ。感謝で誤魔化して良い事ではない。

 ごめんなさいよりありがとう。されど、ごめんなさいをしないといけない事もある。野郎共の所業は、つまりはそう言う類の物。


 笑っているのに笑っていない。そんな少女達の矛盾した瞳を前にして、少年達は揃って即座に頭を下げる。

 良い事を言った直後の情けない有り様に、青い瞳の少女は僅か呆気に取られて――しかし、くすりと笑うのだった。






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