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星追い人  作者: 海山 遊歩
ローグとガレン- Rogue & Gallen -
4/5

1:4/5決断

 宴が一段落し、部屋に戻ったガレンは不機嫌そうだった。その様子を疑問に思ったローグがジャケットやシャツを脱ぎながら理由を尋ねると、ローグに出された壇のテーブルに上がっていた料理が全て不味かったというのだ。その言葉に納得したローグは地面に手をつき、腕立てを始める。


「なんか知ってたでしょ」

「何が?」

「何がって、ローグは料理に全く口付けなかったじゃんか。知ってるよ」

「ああ、念のためにね」

「何?念のためって」

「毒入りだと怖いだろ?実際、何か入ってたみたいだし」

「薬草臭いと思ったらそういうことか!」

「壇の下の料理は美味しかったよ、そこそこね」

「騙された気分…」


 がっくりと項垂れたガレンを尻目に、汗の浮かんだローグが立ち上がって首を回した。


「そんな君に朗報だ」

「何…?」

「ある任務をこなせば、干し肉の塊一つを報酬として与えよう」

「何それ!やる!」

「宜しい。じゃあ、まず手始めに外に行って赤い服の女の子を探して遊んでこい」

「赤い服の女の子?」

「十歳くらいの。できれば話を聞いて、その内容を後で僕に教えて欲しい」

「ローグは?」


 大きな尻尾を振り回しながら首を傾げたガレンに顔を向け、人差し指を口元に当てた。


「旅支度」

「ふーん。そういえば昨日の夜ローグがいない時にその女の子が来たよ」


 ローグは考えるように視線を落としながら、ガレンに先を話すよう促した。


「声は出せるみたいなんだけど話せない理由があったみたい。残念ながら、あんまりお話ししてくれなかったな」

「……そう、わかった。でももう一回その子に会いに行ってきて」

「やっぱりー?」

「何かわかったら僕に教えて。よろしくね」


 ガレンはローグの部屋を後にし、外へ出るための道を駆けた。青い衣を纏った人間とすれ違うが、ガレンに関心を示すこともなく歩み去って行く。剥き出しにされている階段の段差を飛ばしながら下りて行くと、満天の星空が広がるその(もと)で、優雅に衣を舞わせながら踊る小さな影が目に入った。澄んだ声がガレンの鼓膜を震わせ、風が薄い中、歌は近くの木々をざわめかせる。


(あ。あの子に風が懐いてる)


 滑らかに尻尾を動かすガレンに気づかないまま、少女は暫し畑の横で踊り続けた。

 息が上がった頃に、彼女の目は、てとてとと近付いてくる生き物の姿を捉えた。


「…あなたは、確か旅人さんと一緒にいた子よね」

(まさか…昨日の夜はオレをローグだと思って話してたの?)


 上気した赤い顔に穏やかな笑みを浮かべ、少女は衣を膝の裏に挟んでしゃがんだ。そして、ガレンを手招いた。ガレンはそれに躊躇いなく近付いて、差し出された手に鼻をつけ、舐め上げた。少女、リアーはくすぐったそうに肩を震わせて、ふふっ、と吹き出した。ガレンの艶やかな毛並みを、慈愛溢れた優しいその手で愛撫した。


「旅人さんに飼い慣らされてるのかな?とても人懐こいのね」


 耳をピクリと動かしたガレンは、足に力を入れてリアーの膝へ前足をかけて、後ろ足で蹴り肩に飛び乗った。突然肩にかかった重さに驚きながら、リアーは首元で動くフワリとした尻尾に笑う。すくっと立ち上がった彼女は、くるくるターンを決めながらステップを踏む。ガレンは振り落とされないよう、前足と後ろ足に少し力を入れて器用にバランスを取った。


「すごいのね、落ちないなんて!旅人さんともっとちゃんと話すことができたら、あなたのお名前を訊けたのに。残念」


 ガレンは肩から飛び降り、リアーと目を合わせ、不思議そうに首を傾げた。


「不思議ね、あなたはまるで人の言葉がわかるみたい」


 目を細める。


「わたしみたいに赤い服を着た踊り子は旅の人と話してはいけないの。旅の人を生け贄にするということを、話さないようになんだって…」

(旅人を生け贄に?っていうことは、ローグが殺されるってこと?)


 ガレンは、地面に丸い深い色を落とした彼女を見上げた。

 リアーが浮かべた愛らしい花のような笑顔は、しわくちゃに歪められた表情に埋まってしまった。不自然に、中途半端に上げられた口角から紡がれた声は、水気を帯びていた。


「最近は、雨が降らないの。泉の水も最近は(かさ)が増えないってみんなが言ってて、みんなわたしのことを見るの。わたしが生け贄として死ねば、水が増えるって!まるで当然のことみたいに…お母さんを強引に連れて行って、あの暗い穴に落として…みんな笑うの…っ!」


 へたりと崩れた彼女の手を伝ってほろほろと落ちる雫を、ガレンは舌で舐めとる。顔から手を離しガレンを見るリアーの目は、赤く充血していた。小さな体の彼は、頬と頬を擦りつけるように頭を押しつける。


「ごめん、ごめんね…わたしが死んでれば、君のご主人様は死なずに、済むのに……ごめんね…わたし、どうしたらいいか…わかんないよ…」


 ぎゅうっ、と抱き締められたガレンは、小さく息を吐いてリアーの腕からすり抜けた。その時、彼のピクリと耳が立つ。


「どうしたの?」

「ローグ…?」


 ぽつりと呟いたガレンに、リアーは目を剥いた。


「…あなた、昨日の」

「ねえ君、申し訳ないって思うんだったら俺に着いて来て。絶対だよ」

 掛けられる声のまま頷いたリアーは、走り出したガレンの後を慌てて追った。




「随分、手荒い歓迎ですね。僕、何かしました?」

 溜め息を吐きながら、ローグは肩を竦めた。きつく縄で縛られた腕をごそごそと動かすものの、微かに擦れる程度で緩む様子はない。指でパンツのベルトループ辺りを触る。こつ、と当たるその感触を確かめてから指を下ろした。


「旅人さんは賢明です。多勢に無勢ですから、大人しくして頂いてありがたい」

「…お褒めに頂き光栄です」


 ガレンが部屋を出たところを見送り、ローグが泉へ行こうと支度をしている最中、部屋に押しかけられた。それぞれの手には包丁や棍棒やクワなどの鈍器や凶器が握られていて、顔は緊張で崖の表面のように険しく強張っていた。降参という意思表示として、彼はジャケットを羽織ってから両手を軽く挙げ、屈強そうに見える男に、両手を後ろに縛られた。それが十数分前のことである。それから泉の方へ連れて行かれ、ゴポゴポと泡立つ濁った水を見せられた。部屋に充満する腐臭にも似た臭いに、思わず空嘔吐する。


(あの宝玉は、この泉の濾過(ろか)装置の役割を果たしていたのか)


 集落の人間が静かに囲む水浴び場の泉を見て、ローグは息を吐いた。


「私たちには、もう時間がないのです。箱に残っている水も、私たちが生きていくには足りない。もう残り僅かです。畑の作物も水が足りず萎びています。生きるためには仕方がないことなのです」


 老人がそう静かに紡いだ。


「だから、僕を生け贄として殺すんですね」

「やはり、旅人さんは賢明でしたな。食事を口にしなかったのもそのためでしょう」

「ガレンが食い散らかしてすみませんね」

「あの生き物のことなら心配しないでください。私たちが責任を持って世話をしましょう」

「それはありがたい。あいつ大食いなんで、ここが飢饉に見舞われるかもしれませんが」


 茶化すように言えば、静観していた男の一人がローグへ殴りかかろうと動いたが、他の者に止められた。水浴び場から出た彼らは、老人を筆頭に例の穴へ向かう道を進んで行く。通路にあった壁画は、ある赤い衣の女性が穴に落ちたところを最後に、消えた。その絵はとても新しかった。うっすらと灯り石に照らされる人間の表情は、いたって自然な表情を浮かべている。

 ぱらっと、上から砂と土が頭の上に落ちてきた。

 それからまた歩いて行くと、開けた景色が先に見え、それに沿って列が横に割れ始めた。穴を囲むように設けられた溝と、落下防止のためと思われる柵が立てられていた。上にも空いている穴を見上げた時、そこにはぽっかりと丸い星空が、見えた。


「やっぱりそうだったんだ」


 ローグは小さく微笑みながらそう呟いた。

 ローグの後ろに控えていた男が腕を引き、強引に向かい側の祭壇らしき場所へと引き摺るように連れて行った。その祭壇の上の壁面には大きく、踊り子と思われる赤い衣を纏った女性が、聖母のような温かい笑みを浮かべている絵が描かれていた。


「状況、わかってんのか?」


 野太く逞しい声を掛けられ、ローグは相槌を返した。


「もちろん。そこまで馬鹿じゃないよ」


 詩の合唱が始まった。

 穴に声が(こだま)し、様々な音が交錯する。


「あんたは、僕に死んで欲しい?」

「死ねば俺たちが生きられるからな」

「そうだよな。でも、僕はここの人たちが死ねば生きられる。お互い様なんだからわかってくれるよね」


 ローグの手に握られた小型のナイフを喉に突き立てられた男は、目を剥き、口を動かしてから手を掴もうと腕を上げた。しかし、ナイフは抜かれたことによって、血も気力も失せた男は、青い衣を掴まれそのまま穴の底へと落とされた。ローグは、細かな切り傷と擦り傷で赤くなった手を労るように、撫でた後、もう片方の手首に結ばれた縄を切り落とした。そして、ゴミを捨てるように穴の中へと投げ入れた。聖なる詩の合唱が、阿鼻叫喚となった。空気を裂くようなソプラノの金切り声や、咆哮を思わせるバスの怒号など様々だ。そして逃げ惑うように、人が通路へと捌けて行った。

 そんな中老人が顔中に脂汗を浮かべ、笑う膝で一歩一歩ローグに近付いてきた。


「な、なぜこんなことを」

「こんなこと?僕は自分の命を守るために彼を殺した。それだけだよ」


 鼠ほどの小さなナイフをくるくると弄び、飄々とした態度でそう答えた。


「綺麗に聞こえる伝説でも、実際は違うんでしょ。宝玉は盗まれていなかった。けれど雨は降らなくなってしまった。王は水神に仕えている踊り子に責任を移し、生け贄としてこの穴に落とすことで救われようとした」


 玉の汗を浮かべ、目を白黒とさせる老人を見ながら淡々と続けた。


「その子孫、爺さんだよね?箱の中にある泉の奥深くに何があるか知った上で、僕に忠告したんでしょ?」

「ま、さか……いず、いずみが濁ったのは…」

「僕が宝玉を外したから」

「じゃあ、雨が降らなくなったのは…」

「それは知らない」


 それほどの時間を経ずに戻ってきた集落の民は、怒り狂った般若の面持ちで凶器を手にしていた。ローグを捕らえようとした時とは質の違う、恨みが籠もった顔。ローグの両脇から、じりじりと近付いてくるその目は、ほとんどが白く剥かれていた。月明かりに照らされた凶器の数々が、鈍い光を帯びて存在を主張している。


(さすがに無傷じゃ済まなそうだな)


 現状に焦りを覚えたからなのか、体が熱を帯び始めるのを感じたローグの額に、うっすら汗が湧いた。生唾をごきゅりと飲み、息を吸った。


「ローグ!」


 上から降ってきた小さな影に笑みを漏らし、「ナイスタイミング」と地面を軽く蹴った。

 ガレンは小さく舌を打ち、体の至る部位の筋肉を蠢かせ、徐々に質量を増やした。口は優に人一人を飲み込むことができるほど大きく、堅固な角は羊の角のように渦を巻き、毛は風に靡くほど長く伸びた。逞しい足に生えた爪は、岩肌を抉ることができるほど大きく強い。ふっさりとした長く大きな尻尾を自在に扱い、暗い穴へと真っ逆さまに落ちるローグの体を(はた)き上げ、自身の体にしがみつかせて岩に爪を立て止まった。


「助かった。怪我はしたくないんだよな」

「だったら無茶せず、最初からオレを頼っておけばいいのに!」

「いいさ、今更どうこう言っても変わらない」

「オレはこれからの話をしてるの!」

「はいはい、それはこれが終わった後にな。上に上がってくれ」


 ガレンは言われた通り、ハーケンのように岩肌に爪を突き立てながら悠々と上った。ローグはガレンの毛を握りしめ、振り落とされないよう力を入れた。溝のすぐ上で留まったガレンに満足そうに笑ったローグは、驚愕と憤怒、そして困惑が広がっている彼らを見下ろした。そして、穴を覗く小さな影を見上げ、声を上げた。


「君の運命を変えてやる!」


 影はハッとしたように少し動いた後、口を一文字に結んだ。


「生きたいか!当然のように人の犠牲になりたいか!選べ!」


 柔らかいその手から血が滲む。小さな少女は、叫んだ。


「生きたい!死にたくなんて、ない!」


 満天の星空から、雨が落ちた。





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