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星追い人  作者: 海山 遊歩
ローグとガレン- Rogue & Gallen -
3/5

1:3/5赤い衣の少女

 水浴び場から部屋への道のりをのんびりと歩いていた、ローグとその肩に乗るガレン。そんな彼らに近付いてきたのは、青い衣を纏った年頃の少女二人だった。どちらもローグよりも少し年は若いようで、嬉しそうに駆け寄ってくる。


「今日来た旅人さんですよね?私、生まれてから旅人さんを見るのは初めてなんです!」

「私もです!その、宜しければお話を伺ってもいいですか?」


 月明かりのようにきらきらとした目で見つめてくる少女たちを見てから、ローグは思案した。


「明日宴があるらしいのでその時でもいいですか?今日は早く休みたいので」

「もちろんです!」

「やった、楽しみにしていますね!お邪魔してすみませんでした、ゆっくり休んでください」


 小鳥のような黄色い声を上げながら、二人仲良く通路を曲がって行った彼女たちを見送って、残された彼は疲れたように肩を落とす。


「モテモテですなあ。どっちが好みなの?髪の長い方?それとも短い方?滞在期間延ばしちゃう?ふぁっくる?」

「うるさいよ」


 下卑た笑いを浮かべているガレンの首を摘んで歩き始めた。ガレンが謝り始めるまで、ローグは彼を持った手を大きく振り子のように揺らしながら歩いた。

 部屋に着く頃には、ガレンはぐったりとしていて、ベッドに横たわった。


「それで、この宝玉のことだけど」

「それ、後じゃ…だめ?」

「だめ。周りに集落の人間がいない内に話さないといけないから。で、宝玉なんだけど…爺さんの話に出てきたあの話を連想させないか?」


 息が切れ切れのガレンの言葉を一蹴して取り出した宝玉の色はとても深く、深海を思わせるような緑がかった碧だった。


「それがどうしたの?」

「少しは考えるとかしない?」

「するだけ無駄、オレは教えてもらう専門だから」


 ベッドの上で、胸を張ってそう言い切ったガレンを一瞥して溜息を吐く。


「思い出してみな。爺さんは伝説と前置きしていたけど、宝玉は確かにここに存在していて、しかも持ち去られていなかった。そして水浴び場の穴」

「そういえばあの時、妙だなとか言ってたね」

「ただの”珍しい生き物”を連れている旅人に、水浴び場の注意をする時。普通旅人より生き物の心配をするでしょう。あれは僕たちの命の心配をしていたんじゃない。穴の先にある何かを見つけてしまうんじゃないか心配していたんだ」

「なるほどね。オレ水嫌いだけど」

「ここまで来ると、赤い衣を纏った踊り子が身を投げた話も微妙なラインだな」


 ベッドに腰を掛けて上半身を横たわらせたローグの腹の上に、ガレンが乗った。


「そんな昔話どうだっていいじゃないか。本当にその宝玉なのかもわからないんだから」

「まあね。でも伝説が本当にただの昔話でどうだってよかったら、こんな玉持ってきてないよ」


 リュックに玉を入れ換えてから細い息を吐き、目を閉じた。外はもう日の幕が閉じきっていた。

 ふとローグの目が覚めた時辺りは静寂に包まれており、灯り石の光もどことなく鳴りをひそめている。全体的に寂しげで心細い雰囲気が漂っていた。上半身を起こし、深呼吸を一つ。髪を掻き上げ、青みがかった目を入り口の方へ向ける。ローグの腿の上で、だらしなく腹を天井に向けて寝ているガレンの首を持ち、ベッドに置いて入り口へ向かい姿を消した。

 暫くして、ガレンは物音に気付いて目を覚ました。耳を動かし、小さく動く影を見遣る。その影は何をするでもなく、ただ入り口近くに立ちすくんだままだった。


「そこで何してるの?」


 そう声を掛ければ、「ひっ」という少女のものと思われる声が聞こえた。


「取って食う訳じゃないし、大丈夫だよ」


 その言葉に、少女は返さない。声を掛けるまでと同じように、ただ入り口付近で立っているだけで、言葉を発することも何をしようとすることもなかった。当初ガレンはその様子を不思議に思っていたが、次第に煮え切らないものを感じ始め、ほんの小さな刺を混ぜた言葉を向けた。


「あのさあ、何もないなら帰って寝れば?」


 そう告げれば、壁の岩を握りしめるような音がガレンの耳に届いた。ローグであったなら、その音に気付くことはできなかっただろう音。


「…話せないわけでもあるの?」


 影は僅かの沈黙の後に小さく頷いた。


「怖くて寝れないとかだったら、特別にオレを抱き締めて寝てもいいけど」

「ち、ちが…」

「なんだ話せるじゃん」


 ケラケラと笑うガレンに、少女はショックを受けてしまったようにしゃがみこんだ。


「話さないならオレにちょっと昔話させてよ。目も冴えちゃったし、丁度外は満天の星空だ」

「外、見えないのに…?」

「オレは特別なんだよ……―昔々のこと。まだ人が人でなかった頃の話」


 星の都と呼ばれる街が、この世界のどこかにあったとさ。その街に住む者たちは皆人の形をしていて、星の民と呼ばれていた。彼らは星には意志があり、この世界を望むように動かしているものだと信じていた。そして、その星の啓示を受け取り読み解く者を、民たちは未来が読める神官として崇めていた。そして神官を守るための守護神を四人生み出し、とても大切にしていたが、ある日突然星が星の民に牙を剥いた。神官が星の都の縁から身を投げて命を落とした。彼が遺した「神が降りた」という言葉を守護神は荒れ狂う民に伝えた。守護神は責められた。荒れ狂う民に殺された守護神もいた。けれど、星の民の長が守護神にこう命じた。「神を探し出し、星の都へお連れするのだ」と。残った三人の内特に傷の酷かった一人を都へ残して、二人は神を探す旅に出た。今でもまだ、彼らの旅は続いている。


「おしまい」

「…変なお話。旅人さんは、このお話をどこで?」

「ずっと昔に聞かされたような気がするけど、どこで聞いたのかはちょっと……というところで、誰か来たみたいだね。入り口の方からだ」

「えっ、あ…わたしが来たことどうか、秘密にしてください。…おやすみなさい」


 そう言うと、小さな影は静かに足音を立てながら走り去ってしまった。その足音が聞こえなくなった頃、部屋に戻ってきたローグは尾を揺らすガレンの姿を見留め、意外そうな表情を浮かべた。


「目を覚ますとは思わなかった」

「そういうこともあるよ。で、何してきたの?」

「ちょっと外に出て空を眺めてた」

「…そう。どうだった?」

「どう…快晴だった。雲一つない綺麗な星空だったよ」


 その言葉を聞いたガレンは、また愛想のない返事を一つ返した後にベッドの中心で丸くなった。直後横になったローグにベッドの端に追いやられ、結果として彼の傍で体を丸めることとなった。

 少し離れた場所で、旅人さんと呼ぶ。何度も何度も、声を掛ける。それでも彼は目を覚まさない。旅人さんとは誰だろう、白い靄のかかるぼやけた思考で彼はそう思った。


「旅人さん!」


 目に飛び込んできたのは青い衣を纏った見知らぬ中年の女。ゆっくりと体を起こすと、肩を落とした様子の女が扉の前まで歩いてからローグを手招いた。


「もうすぐ宴が始まりますよ!旅で疲れているのは仕方ないけど、もっと時間を守ってくださいね!その酷い寝癖直して、広間の方に来てください!」


 ぶつぶつと呟きながら出て行った女の背を見送ったローグは、大きな欠伸を一つしてからがりがりと頭を掻いた。布団の中に潜り込んでいたガレンが不快そうな目をして、息を吐いた。


「いつ始まるか聞いてないし、勝手に部屋に入ってきてるし、広間ってそもそもどこ?早くご飯食べたい、たらふく食べさせてよ」


 ローグはのそのそと靴を履き、リュックに入っていた水と手櫛を使って寝癖を直す。そして、小さなブラシでガレンの毛を梳いた。


「ローグ!それ、昨日俺の角磨いたブラシ!洗ってなかっただろ!」


 そう叫ばれたけれど、ローグは変わらず汚いブラシでガレンをブラッシングする。次に、ローグは昨日使用した布とはまた別の布に水を含ませ、それで顔を拭いた。伸びをして体を起こし、不機嫌なガレンを連れ場所もわからない広間へと向かった。

 向かう途中、同じ行き先の男に出会(でくわ)し一緒に行くことになった。食料や水を手に入れる場所や、必要な物を揃えるための場所を教えてもらったローグは、頭の中で財布の金勘定を始め、そうこうしている内に、広い場所に着いた。男とはそこで別れ、昨日この集落に来て最初に会った老人に連れられるまま、数十人が雑然と立っているテーブルの前に儲けられている壇上へと立たされた。壇上に置かれたテーブルの上には、一目で大衆用に作られた料理とは材料も凝り様も明らかに違う料理が、所狭しに並べられていた。視線を移し広間全体を見渡すと、声を掛けてきた少女二人、先程広間まで来た男、眉間に皺の寄っているローグを叩き起こした中年の女を見つけた。そして青々とした景色に、文字通り紅一点、赤い衣を纏った、たった一人の年端もいかない少女が隅に立っていた。


「それでは、旅人様の来訪を祝し!」


 盃を低い背で高々と上げる老人を横目に、控えめな高さで盃を上げた。そこで歓声が岩に反響し、耳に届く。それに眉根を寄せたローグに気づくはずもなく、周囲は盛り上がる。


「さ、旅人様もぐいっと一杯」

「僕、酒だめなので遠慮します」


 ローグは丁重にお断りして、席を立った。そして肩に乗っていたガレンが移動して料理を貪り始めた。そういえば、とローグは昨日朝からガレンに何も食べさせていないことを思い出した。頭を撫で、残念そうにしている老人に軽く頭を下げてから、大衆の方へと足を運んだ。壇を下りたローグにこぞって近寄る青い衣の民は、さながら獲物を取り囲む獣のようでもあった。ローグは全員に一歩退くように告げてから、訊かれたことに答え始める。くたびれた表情をしながら、右から左へ、左から右へ、前から後ろへと銃弾のように行き来する言葉を丁寧に返す。


「この集落の昔話はお聞きになりました?いやあ、本当にあの踊り子様には感謝してもしきれない!なんならその詩を今ここで私が(そら)んじましょうか!」

「結構です」

「どうして旅をし始めたんですか?昔から旅をしたかったとか?」

「必要に迫られたので」

「今までどんな国に滞在しましたか?」

「生き物がたくさんいる国や、豊かな水や自然に囲まれた国など色々な国を回りました」


 ここの集落に住んでいる人のほとんどが長い間洞窟で暮らしていたからなのか、ローグより頭一つ、二つ分身長が低かった。そんな彼の視線は、部屋の隅にいるあの少女の元へ向かう。たった一人ぽつんと立っていて、皿の料理をちびちびと噛みしめるように食べている。そして少女と目が合った時、彼女はとても悲しそうな表情を見せてから、花が萎れるようにゆっくりと俯いた。


「旅人さんは」

「すみません、こちらからもいいですか?」

「は、い……なんでしょう?」


 桜の花のようにうっすらと色づいている女に、ローグは言葉を続ける。


「祭りの中心となるあの、大きな穴とはどこにあるんですか?」

「あれはこの崖のずっと奥の方にあります。泉へは行かれましたか?」

「行きました」

「その泉へ入る扉の横に、もう一つ道がありましたでしょう?そこの道を進み、分かれた道が出てきます。そこを右、左、左、右、左、右の順で進んで行くと辿り着きますよ。一度ご覧になりますか?」

「この宴が終わり次第、是非」


 ローグは頭で順序を反芻させながら、場所を少し移動した。そして、今度はそこそこ年のいった男の方へ近寄る。


「よお、旅人さん。楽しんでるか?」

「はい、とても。ところで一ついいですか?」

「なんだ?」


 きょとんとした表情を浮かべた男を見遣ってから、口を開いた。


「この祭りが最後に行われたのはいつですか?」

「そうだなあ、俺がまだ30代の頃だから…大体4年前くらいじゃないか?」

「その前のことは覚えていますか?」

「もう一つ前は多分10年以上前だったと思うぞ?あの時は期間が短かったなあ…」


 目を細めながらそう言った男に一言礼を述べると、彼は手を横に振ってから、前髪で隠れたローグの目を見る。


「どうしてそんなことを?」

「単純な好奇心ですよ。若い方々はあまりこの祭りに馴染みがないようでしたし」

「そうでしたか。まあ、古臭い風習ですよ。あんまり深く考えず、祭りのいいとこ取りでもしてください」

「そうします。ありがとうございました」


 男は朗らかに笑って、近くに置いてあった数が少なくなっている肉料理にフォークを突き刺し、口に運んだ。そしてローグもそれに倣って、口に運んだ。




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