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星追い人  作者: 海山 遊歩
ローグとガレン- Rogue & Gallen -
1/5

1:1/5ジュレルノ壁内集落

<1>ローグとガレン- Rogue & Gallen -


 顎が外れるのではないかと思うほど大きな欠伸を浮かべた一人の青年が、日が暮れ始めた薄暗い林の中を歩いていた。林立している木々を避けながら、不安定な足場を悠々と歩き進めている。朱色の光に染まりつつある葉が、地面に影を落としていた。深い群青の色をした絹のような細い髪が、彼の視界で揺れる。彼の髪に葉が拾い損ねた光が当たると、赤く染まりつつある椛の色がふわりと浮かび、そして消える。ゆったりとした歩調の隣では、兎ほどの大きさをした角の生えた動物がせっせと歩いていた。白と淡い緑色の艶やかな毛が、優しい風に、ふわり、ふわりと揺れている。


「もっとゆっくり歩いてよ、ばか!」


 小さな男の子のような声が、その生き物から青年へと飛んだ。疲弊の色を滲ませた声を聞いて尚、青年は歩調を緩めない。そのかわり、青年は歩きながら生き物の首を手で摘み無言でウエストバッグの中へ押し込んだ。彼の手荒な行為に悪態を吐きながらも、生き物はバッグの口から頭を出して楽な体勢をとった。一定のリズムで揺られるそれは、揺り籠を思わせる。


「まだ村に着かないの?」

「喜びな、今日も野宿だ」

「さっさと歩けば着いてただろ!気分屋!」

「寝坊したのはどこのどいつ?」

「お前だよ!」


 青年は生き物の言葉に「そうだったかな」と頭を掻きながらほんの僅かにスピードを上げた。


「早く起きてれば、今日中に柔らかぁい布に包まれながら寝れるはずだったのに!ローグは日が高くなっても起きないし、野犬に襲われそうになるし、本当に散々だよ」

「野宿いいじゃないか。ガレンもたまには金稼ぎしろ」


 一人と一匹が(いさか)いを繰り返し、林から抜けた時には太陽が山の陰に隠れてしまっていた。名残ともいうべきトワイライトの光がちらちらと顔を覗かせている程度で、時間を経ずにそれもまた隠れてしまうだろう。ローグと呼ばれた青年は、林の出口近くに落ちている細い木々を拾って、山のような形を作り始めた。それを見たガレンという生き物は、心底疲れた表情を見せ、ウエストバッグからぴょいと地面に飛び降りると腰を下ろした。黙々と作業を続けるローグを横目に、丘の先へと視線を向けた。ぽつぽつと見える炎の光を、恋しそうに眺める。

 木のピラミッドを造り終えたローグはリュックを下ろし、中から黒茶色に変色している乾燥した葉を二、三枚取り出した。それをピラミッドの入り口ともいえる穴に入れ、葉を木の枝でカリカリカリと擦ると瞬く間にそれは火種になり、水が糸を伝うように火は木を伝い、静かに火が燃え移っていく様子を見て、ようやく腰を落ち着けた。ローグはリュックから肉を乾燥させた物を取り出し、ガレンの口元に差し出した。ガレンはそれを嬉しそうに口に入れてから、残りの部分を前足で器用に挟み、噛み千切る。ぶっ、と小さな音を鳴らして切れた肉を、ほとんど咀嚼することなく喉へ運んだ。


「明日はあの村に行くの?」

「あれが村なら。それにしても…」


 一度言葉を切って、山間(やまあい)に点々と見える炎の光の、更に上へ視線を向ける。完全に日が落ちてしまったせいで月明かりでしか見ることのできない、崖の上に聳え立つ大きな影。


「あんなでっかい像を建ててあるなんてな。何を崇めているんだか」

「そもそもあれ、像なの?変な神殿とかじゃなくて?」

「像だろ。しかも神様クラス」

「なんでわかるの?」

「英雄があんなでかく飾られるわけないだろ。精々、神の横にちょこんとそれっぽく飾られるだけなんじゃないか」


 干したフルーツと、水気も味気もないパサパサしたパンを囓りながら気怠げに言うローグを見て、ガレンは感心したように声を漏らした。そして、干し肉を噛み千切った。


「そんな評価を受けるだけなんて、英雄も遣る瀬ないねえ。実在するかどうかもわからない神の横にちょこんとしか置かれないなんてさ!人の世は世知辛い」

「重要なのは像の大きさじゃなくて、そいつが何をやり遂げたかに尽きるよ。僕はもう寝る」

「干し肉頂戴」

「木の根でも囓ってろ」

「本当に世知辛い!」


 ローグはリュックを枕代わりに横になり、それほど経たない内に寝息を立て始めた。ガレンが欲しがっている干し肉は彼の枕の中にあるため、ローグを退かせなければ中から取り出すことは叶わない。いつもより少し大きめの肉を寄越したからといって、今日の食事がこれで最後だというのは非常に不等である。そう結論付けたガレンは、ふて腐れながらも明日村に着いた時には豪勢な食事を要求しようと心に決め、欠伸一つ。燃えている火を地面の砂で掻き消した後、長く揺らめく尾でくるりと自身を覆い、腕の上に頭を置いて瞼を閉じた。

 翌日、朝日が瞼を叩いたため早く目が覚めたローグは、大きな伸びをしてから辺りを見渡した。皮脂で少しべたつく髪を人差し指で遊んだ後、重いリュックを背負った。バッグを腰に取りつけ、未だに寝息を立てているガレンの首を摘んでバッグに入れた。夢見心地のまま半目でバッグから顔を出したガレンは、取り立てて大したことは起きていないと、再び顔をバッグの中に戻して目を瞑り寝息を立て始めた。そんな彼をいいことに、ローグはリュックから干し肉を取り出し、しゃぶりながら肉を解し、食べた。昨日より速い歩調で丘の先にある集落を目指した。

 しかし、近付けば近付くほど家は見えず、かわりに威圧してくるように(そび)え立つ断崖と、その崖に虫食い穴のようにぽっかりと空いている空洞が見え始めた。昼頃ともなれば、崖の裾にぽつん、ぽつんと寂しげに建っている山小屋の出で立ちをした家と、家の周りを囲む広い畑が見えた。昨夜見た炎の灯りが崖の物だとして、平原に広がる畑を見る限り、中では数十人程度が生活しているのだろう。しかし、作物の葉はどことなく萎びているようにも見える。畑に植えられている植物のどれもが頭を下げ、葉は黄色く色を変えへなりと地面に座り込んでいた。近い内に掘り返されたと思われる(うね)も、土が白っぽくカサついているようだった。仰ぎ、高く腰を据えている崖を真下から眺めても、あの巨大な像が見えることはない。ローグは暫しその場に立っていたが、視線を感じたのか顔を僅かに動かし、小さな林に目を向けた。小さな手が大きな幹を掴んでいて、赤い服の裾が風に揺られてふわりと見える。この集落の子供だろうかとそちらに足を向けた時。


「…た、旅人様ですか?ようこそジュレルノ壁内集落へ!」


 しわがれた老人の声がローグの足を止めた。声のした方向へ体を向けると、山小屋から小走りで向かってくる、腰の曲がったふっくらとした体を青い衣で包んだ背の小さい老人の姿があった。髪は薄く、昇った日の光を淡く反射している。その光に目を細めた後もう一度木の方へ顔を向けるが、そこには誰もいなかった。


「こちらに宿はありますか?もしくは、泊めて頂ける家など」

「ありますとも、ありますとも!どうぞお好きな場所を申して下さい!我が集落は旅人様を大いに歓迎致しますよ!」


 にこにこと愛想の良い笑顔を浮かべ、蓄えた髭を愉快に揺らしている。ローグは大きく手を広げた老人に軽く会釈をした。


「あの、差し出がましいですが、出入り口に近い場所にして頂いてもいいでしょうか」

「…というと?」


 不思議そうな声を上げてローグの表情を見る。ローグはあくまでも淡々と「深い意味はありませんが、狭い場所は苦手でして」と言った。その言葉に納得したように再び髭を揺らした老人は、案内すると言って踵を返し穴へ繋がる岩で作られた階段へ、短い足でひょこひょこと走って行くその背中を、ローグは緩慢な歩調で追った。充分に追いつけた。

 今日はお疲れでしょう、どんな国や街を回りましたか、一人で旅をしているのですか。歩きながらそう話しかけてくる老人を、相槌などで当たり障りなく受け流す。そのことに気付いていない様子の老人は、階段に行くまでの間だけでなく階段を上っている最中、果ては集落の通路が始まる場に於いても、二の句を継がせないほどの質問攻めで忙しそうだった。ローグは老人を見遣ることなく辺りを見回していた。崖の中の通路は想像していたよりも広く大きかった。ローグはそれに安堵したような息を吐き、綺麗に整えられた通路をじっくりと眺める。丁寧に削られた壁には、褪せてくすんだ色で絵が描かれていた。


「それは(くすのき)(いし)と顔料で描かれた絵かな」


 控えめな音が聞こえたと思い、ローグはガレンを肩に乗せた。


「樟石って?」

「クスノキっていう木が数百年という時を経ると石になるの。それが樟石。息を吹きかけてみなよ、面白いことが起こるから。ほらほら」


 ぐりぐりと、固い角の生えた頭をローグの頭になすりつける。「痛い」と言い、ガレンの首をつまんで左腕に収めた。


「おや、動物をお供につけておいででしたか。それにしても珍しい出で立ちですな」

「異国の生き物で、懐いたので連れて来ました。大食いで本当に困っています。そういうところも可愛いのですが」


 首の裏を撫でながらしれっと言ってのけた彼を、恨めしげな視線で見るガレンに気づかないふりをしながら、流れていく壁の絵に視線を戻した。壁内へ入って少し、入り口から程近い穴へと通された。


「ここが一番出入り口に近い場所になります。もし何か不自由があったら遠慮なく申してください。住民も喜んで手伝いますよ」

「わかりました、ありがとうございます。あの、いくつかいいですか」

「ええ、構いません」

「ここに来る前に子供を見掛けたのですが」

「子供ですか?もし赤い服を着ていたのなら、リアーですな。あの子は外に出るのが好きですから………、旅人様に何か?」


 怪訝そうな様子で、下から窺うように見上げる老人だが、ローグはふるりと首を一度横に振ってから口を開いた。


「特に。木の陰に隠れていたので、照れ屋なのかなと」

「ああ、そうでしたか!それならば良いのです!あの子はあまり人と話すのが得意ではないようで、私たちにもあまり顔を見せてくれないのですよ。旅人様を見るのは初めてでしょうし、驚いてしまったのかもしれませんな。それに年頃でもあります。見目麗しい旅人様に見とれていたやもしれません」


 楽しそうに笑い、ひとしきり声を上げた後「他には?」と笑みを戻した。


「この崖の上には何かありますか?街や、集落など」

「残念ながら、私共は崖の上のことは何も。申し訳ありません」

「そうですか、ありがとうございます。ゆっくりさせて頂きます。あ、最後に」

「なんでしょう?」

「水を浴びる場所はありますか?」

「ええ、もちろんですとも。準備を終えたら参りましょう」


 ローグは大きな荷物を部屋に置き、最低限の物をウエストバッグに入れて、老人の案内で崖の奥へと進んでいく。入り口にあった炎の光とは違う(とも)り石の薄い光が、広い通路を照らしているがやはり限度というものがあり、心許ない。薄暗さが壁に描かれた絵を不気味に照らし上げている様だ。奥に進んで行けば行くほど壁に描かれている絵は発色が良く、はっきりと描かれていた。ローグは灯り石の近くで一度立ち止まり、ゆらゆらとした不安定な光に浮かぶ絵を指でなぞった。度々壁画に登場する、深淵を連想させる黒い窪みへ頭から落ちている、赤い衣を纏った女の姿。表情や服の模様が多少違うだけで、身を投げ出している様子は同じ。そして、時々赤い衣とは違う、旅の服を着た女には見えない姿も間々描かれていた。窪みからは、手招きをするような線が渦巻いている。絵をじっと見つめていたローグに気付いた老人は、ぱたぱたと足音を立てながら戻ってきた。


「どうしました?」

「いえ、色褪せていないと、もっと綺麗なんだなって。これは何が描いてあるんですか?」

「それは”ミコト送り”の様子ですね」

「ミコト送り、ですか」


 それに頷いた老人は、この集落に昔からある伝説なのだと言い、話し出した。




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