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 8 兄、決意を新たにす

ひと空回り

 季節は冬に変わった。

 

 俺は夕食を終えて風呂から上がると、ロイに渡されたタオルで体を拭きつつ、腹や手脚を見る。

 3ヶ月ほど前は丸豚への兆しが見えていたが、今はすっきりと引き締まってきている。流石にまだ腹筋が主張する程ではないが、腕や脚にはのびやかな筋肉が感じられる。

 いい傾向だ。

 あまり自覚はないけど、成長期ということとバランスの取れた食事を考えれば、身長も伸びてきている気がする。ロイに聞いてみようかとも思ったが、毎日顔を合わせているのだから微妙な変化には気づかないだろうと思い、止める。聞いて変に気を使わせても悪いし。


 いい感じの肉体を育んでくれた、ここ最近の訓練の内容を振り返る。

 最近は、木剣での素振りや足捌きに加えて、型の動きも組み込まれ始めた。

 型というのは攻め側と守り側を決め、それぞれが定められた動きをするというものだ。

 習い始めの1週間程は、とてもゆっくりとした動きでお約束的に剣を振るうこの訓練に何の意味があるのかと疑い、丸豚モードで文句も言ったが、これが動きを覚えて速くなってくると大変だった。


 木剣で、決められた場所に来るとは言っても、速度があればそこには破壊力が生まれる。

 否が応にも真剣に集中して取り組むため、訓練が終わる頃にはへろへろになってしまう。

 しかし体力がついていないわけではない。相変わらず準備運動で30周走っているが、速さが上がり、疲労は少なくなった。

 

 こちらの体力に合わせた訓練内容をロイドは考えているのだろう。


 ヴォル爺は相変わらず、決まった量しか読み書きの練習をさせてくれないし、こちらの決意にもあまり反応を見せない。

 基本的に本の虫で、掴みどころのない酔っぱらいである。

 けれども、最近どこか関心を持って見てくれるようになった気がする。

 

 勉強では、前世と変わらない算術はもとより、他の内容についても覚えがいいと褒められるようになった。


 歴史については自国であるアルフェトーゾ王国の成り立ち。

 地理については王国内の主要都市や地形についてを少しずつ教わっている。


 理科的な分野についてはあまり体系的になっておらず、訓練の時に食べるオランジェの種類が変わったことを皮切りに果物の品種と収穫時期についての話をしばらくの期間勉強した。

 ミス・マリーもはじめは知らない部分があったそうで、朝から書物で調べたり時には町へ降りて調べたりしてくれた。 

 というわけで勉強については非常に順調なわけだ。

 

 しかし順調過ぎるとも言えるだけに、この辺りについては、春からミシュリーヌの勉強も見てもらう関係上もう少し調整が必要だな。


 ミス・マリーならば、ミシュリーヌに対して俺と比べてどうのこうのと言うことは無いだろう。だが、どうしても態度に出てしまわないとは言い切れない。

 そうなるればミス・マリーとミシュリーヌ、ひいては俺とミシュリーヌの関係が悪くなる危険がある。

 ここはどうにかもう少し手を焼かせなければいけない。


 礼儀作法については中々大変だが、新年には王城でのパーティーに出席する予定なので、きちんと修得しなければ。

 パーティーではいよいよエドワーズ王子とご対面である。

 原作ゲーム内では公爵家の威を借りるだけでなく将来の王子の義兄ということまで利用してやらかしていた丸豚ではあるが、今世ではいい関係を築きたいところだ。原作のエドワーズ王子はチュートリアル的ルートということもあり、温和で優しい上に悪には毅然として立ち向かうというまさに王子様。

 こちらがおかしなことをしなければ敵対することはないだろう。

 そんなことを考えながら自室へと戻る道すがら――


「一体どういうことなの! 今日届くという話だったでしょう!」


 ミシュリーヌの部屋の中から激昂した声が聞こえた。

 最近は使用人への態度が軟化してきたと思っていたが、まだ駄目か。

 相変わらず運動に誘っても来ないし、道はまだ遠いな。


 ロイの方を見やるとこちらの意を汲み、ミシュリーヌの部屋のドアをノックし訪いを告げる。

「マルセル様がお嬢様にお会いしたいそうですが、よろしいでしょうか?」

 

 室内でしばしどたばたとしたが、ややあって入室を促された。

「お兄様、淑女の部屋に急にお越しというのはマナー違反ですわよ」

 どうにか気を落ち着けたようだが、まだ怒りの余韻を感じさせる口調でミシュリーヌが言う。

「淑女ならば部屋の外まで響くような怒声は上げないだろう。何があったのだ?」


「……お兄様には、関係の無いことですわ」


 しまった。つい言葉じりをとらえるような言い方をしたせいか、態度が硬化している。

 出直すか、とも思ったが、来月には新年のパーティーなのだ。多少強く出てでも侍女に対して言葉を荒らげるのは良くないということをきっちり教えこまなければ。


「ミシュリーヌ。俺に関係あるかないかはどうでもよい。さっきの叫びが聞こえたが、何か届く予定のものが遅れたのだろう? それは運ぶ者の問題でこの場にいる侍女のせいではあるまい。悪くない者に怒声をぶつけるというのは淑女の姿ではないぞ」

 

 いささか冷たいかとは思ったが、今後のことを考え、たしなめるように言った。


「――っ、お兄様の、莫迦ぁ!」

 

 ミシュリーヌは目に涙をためてそう叫ぶと、寝室への扉へと消えていった。


「……マルセル様、ご無礼を承知で申し上げますが、今夜はお引き取りをお願いしたく存知ます」


 ミシュリーヌ付の侍女のエミがこちらに頭を下げる。

 怒鳴られた当の本人なはずなのだが何故だろう、こころなしか俺を責めているような雰囲気だ。


「分かった。……ミシュリーヌの事で困ったら他の者を通じて言うがいい。兄として話をしておく」


 一応そう言ってみたのだが、反応は芳しくない。


「お心遣い、ありがとうございます。それではお休みなさいませ」


 エミの言葉に見送られ、いや追い出され、俺は自室へと向かった。


「なあロイ、俺は何か間違えただろうか?」

 弱気になったので聞いてみる。


「いえ、マルセル様は正しいことをお教えになられました……」

 そうは言うものの、ロイも何だか複雑そうな顔をしている。何というか、間の悪さを嘆くような感じだ。

 何か知ってるのだろうか。


「……明日、何かミシュリーヌの機嫌を直させるようなことをしてみるか」

「大変素晴らしいお考えだと思います」

 一も二もなく賛同するロイ。

 こいつ絶対何か知ってるな。でも聞いても言わないだろう、この雰囲気。


 何となく釈然としないものを抱えながら、俺は眠りについた。




 翌朝。

「おお、雪が……!」

 窓から庭を見ると、そこは一面、真っ白な雪で覆われていた。

 深夜に降り積もったらしく、今は青空が見えている。

 きらきらと陽光が反射し、眩しい。


「よし、これで行くか」

 雪を見た俺はある考えを思いつき、ロイを呼び寄せた。



 朝食を済ませた俺はすぐに部屋に戻る。

 なお、最近朝食をミシュリーヌと食べることが多かったが、今日は時間を外し、既に食べ終えたということだった。

 まあ予想のうちだ。

 俺は早速いつもの運動着に着替える。

 普段はそこで終わりだが、今日は防寒着を着こみ、手袋と帽子も用意する。


 丁度こちらの準備が終わったところで、ノックの音。


「入ってくれ」

「失礼いたします。マルセル様、お嬢様の方は準備が整ったとのことです」

「それはいい。こちらも準備ができたところだ。行くとしよう」



「お兄様、一体どういうつもりですの? こんな所に連れ出して」


 東の訓練場にエミを伴ってやってきたミシュリーヌは不満げに言った。

 やはり昨日の事が尾を引いているようだ。

 だが、こちらの言った通り、できるだけ動きやすいかつ暖かい格好をしてきてくれていた。


「せっかく雪が積もったのでな、一緒に雪人を作ろうではないか」

 これぞ俺が雪を見て思いついた、一緒に雪だるまを作って仲直りしよう作戦である。

 なお本作戦実行の為、ロイドには今日は訓練を中止にすると伝えておいた。


「雪人を! できますの?」

 一転、興味深い表情になる我が妹。

 

「ああ、ヴォル爺の所で読んだ古代語の絵本に描いてあっただろう? 一人では無理だからな、ミシュリーヌにも協力して欲しいのだ」


「仕方ないですわね、手伝ってあげますわ。あれは大きいですものね!」


 目に見えてわくわくしているのが伝わってくる。

 やはり子供は雪ではしゃぐものだな。

 俺自身も、体の方に引きずられているらしくどこか気分が盛り上がっている。


「ではまず脚の段を作ろう」

 俺は足元の雪を持って固め、核になる部分をつくる。

 幸い固まりやすい雪が降ったため、少し転がすとどんどんまとわりついてくる。


「お兄様ばっかりずるいですわ! わたしもやる!」

 ミシュリーヌが慌てて主張したのでゆずると、意気揚々と転がしていく。どんどん大きくなってミシュリーヌの太もも辺りの高さになると、動きが鈍くなった。


「お兄様ー! 手伝ってくださいませー!」


「ああ、今行くぞ!」


 どうやら機嫌は良くなったようだ。


 その後、二人がかりで1段目の雪玉を訓練場わきの屋根がかけられている下まで動かした。

 大きさは俺の胸あたりまでになり、最後のひと押しはロイの手を借りることとなった。


「どうしてここに置くんですの?」


「屋根があって日差しを防げるからだ。雪や氷は暖かくなると溶けてしまうからな。少しでも長持ちさせたいのだ」


「……絵本の子もおまじないをかけていましたわね」


「《未だ 誰でもない 君よ だから 僕が――》」

「《名前を 贈ろう 僕の 友達》」

 俺がヴォル爺の所で読んだ上位古代語の絵本の一節を引用すると、ミシュリーヌが途中から引き継いだ。


「《それは 冬の 訪れを 知らせる

  それは 春の 目覚めを 告げる 

  だから 季節が 許すまで――》」

 歌うように、ミシュリーヌが暗唱する。


「《そばに 居よう 僕の 友達》」

 最後の一文には俺も参加した。


「絵本とはいえ上位古代語の暗唱がもうできるのか。偉いぞミシュリーヌ」


「いいお話でしたから、すっと心に入ってきましたのよ」

 これくらい当然ですわ的な反応がくるかと思いきや、しおらしい事を言うミシュリーヌ。

 

「さあ、お兄様、お腹と頭も作ってあげましょう!」

 それから俺とミシュリーヌは、雪人に関する童話の暗唱をしながら胴体、頭を作った。


 胴体は二人で乗せられたが、頭は高くて大変だったのでロイとエミ、タオルと頼んだ物を持ってやってきたカナに乗せてもらう。

 そうして、カナに厨房から持ってこさせた人参を鼻にし、比較的丸い小石を目にする。頭には古くなった鍋を乗せた。


「完成だな!」

「可愛いですわ!」


 ミシュリーヌと2人、作った雪人を満足して眺める。


「あの絵本のように、動き出したら素敵ですのに――くしゅん!」

 おっと、いけない。


「ミシュリーヌ、すぐに風呂に入って温まるんだ。結構汗をかいたはずだからな。そのまま冷やすと風邪をひいてしまう。カナ、用意を急いでくれ!」

「かしこまりました!」

 いつになく俊敏に行動するカナ。やればできるじゃないか。


「作っている最中は気づきませんでしたけど、こんなに汗をかいていましたのね」


「結構いい運動になったな。今日は訓練を中止にしたが、同じくらいは汗をかいたかもしれん。疲れただろう」


「疲れましたけど、何だか気持ちがいいですわ」

 すっきりとした表情で、ミシュリーヌは言う。


「やっぱりもっと――――」


「ん? 何か言ったか?」

「何でもありませんわ!」

 何事かをつぶやいたようだったが、ミシュリーヌは慌てて否定する。


「お風呂に入ります!」

 宣言し、ミシュリーヌは館へと戻った。


 俺はミシュリーヌが出るまでただ待っていても冷えてしまうので、雪中での足捌きの練習に取り組んだ。



 その日の夕食後、俺は部屋でミシュリーヌを待っていた。

 向こうから来るのは珍しいが、何やら見せたいものがあるとか。

 一体何だろう。

 迎える準備の為、ロイとカナが控えている。

 ノックの音。

「お嬢様がマルセル様にお会いになられます」

「準備はできております。どうぞお嬢様」

 ロイが扉を開け、迎え入れる。


「なっ!?」


 入ってきたミシュリーヌの格好を見て、俺は驚愕の声を上げた。

 ピンク色に染められてはいたが、紛れも無く俺が使っているのと同じ種類の運動用の服であった。

「ミシュリーヌ、それは……」

「お兄様のお誘いをあんまり断り続けるのも悪いと思ったので、用意しましたの。流石に剣は振りませんけど、王妃リディアーヌ様が、国王陛下の危機を知らせる為にその脚でお走りになったという話がありましたから」


 今の格好に慣れていないことも相まってか、頬を染めるミシュリーヌ。


 そして、俺の中で昨日の出来事の真相が明らかになった。


「すまない、ミシュリーヌ! 昨日怒鳴っていたのはそれが予定通り届かなかったからなのだな!?」

 俺は思いっきり頭を下げた。


 俺の意をくんで運動に参加する為に取り寄せたものが来ずに怒っていたのに、それを当の俺に叱られては立つ瀬がないというものだ。

 エミも、ミシュリーヌの気持ちを分かっていたからこそあのような態度を取ったのだろう。

 ロイもそれを知っていたはずだ。


「いいんですのよお兄様。お兄様のおっしゃる通り、何の罪もないエミを怒鳴ったわたしが悪いんですも……っふえっ、ぐっ」

 ミシュリーヌが泣き出した。

 昨日の悲しみを思い出したのと、自分の気持ちを分かってもらえた事への安堵なのだろう。

 俺もそれにつられて目が熱くなり、気づけばミシュリーヌを抱きしめて泣いていた。


 妹の真意に気づけず、表面的な事を賢しらぶって説教してしまうとは、俺もまだまだ未熟。

 もっと立派な兄になる決意をしながら、俺はミシュリーヌを抱きしめ続けた。


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