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 4 兄、運動と勉学に励む

ブックマーク・評価が凄い数になっていて驚きました!

感想・評価ありがとうございます、がんばります。

「マルセル様、先程の振る舞いはもしや」

 ミシュリーヌの部屋から戻る途中、ロイが話しかけてくる。

 従者が主人に自分の興味で質問するとは、中々度胸がある奴だな。

「ほう、気づいたか。そう、あれは演技だ。ミシュリーヌは微妙な年頃だから、ただ侍女を大事にしろと言っても素直に聞くまい。だから俺がわざと厳しく責めることで、自分からそうするように仕向けたのだ」 

 ここでとぼければ、ロイは俺に違和感を持つだろう。

 ならばむしろ得意げに披露した方が自然だ。

「マルセル様の深いお考え、感服いたしました」

「おお、そうか! あえて悪役を演じるというのはライヒアルト殿もされていたからな。おおそうだ、こういうのはさりげなく真実が伝わるものだからな……。ロイ、折を見てあの侍女に俺の真意を話しておけ。あくまで自分から言った事にしておくのだぞ」

 調子に乗ってみる。

「承知しました」

 ロイは苦笑を隠しながら首肯した。

「さて、それでは昼食まで運動するか。あとロイ、剣術指南のロイドに明日からまた来てくれるよう使いを出しておいてくれ。やはりライヒアルト殿といえば剣の腕だからな。これは外せん」

 9歳から貴族の嗜みとして剣の修練が始まっていたのだが、運動嫌いなかつての俺は怠けに怠けた。その上、己の職務を全うしようとする指南役に暇を出す始末である。

 これに関しては俺も悪かったが、そんなんを許可する親も親だ……。

 


 部屋に戻り動きやすい服装に着替えると、俺は館の東の庭に出た。

「まずは走るか」

 鍛錬場として使われているこの東の庭、一周はおおよそ100メートルくらいだろう。

「よし、目標は30周だ。俺は走っているから、濡らしたタオルと果物を用意しておけ」

 ロイに指示をすると、俺は走り始める。

 初日から飛ばしてもつらいので3kmくらいからいこう。


「はー、はー」

 10周を過ぎた段階で、俺はへろへろになっていた。

 ダメだこの体、まるで体力がない!

 自分の今までの生活の記憶を振り返って分かってはいたが、ここまでだったとは。

 そりゃあ没落後、民衆に追われて逃げるもあっさり捕まって殺されるエンドなんてのもあるわけだ。

 あー、あの時ミシュリーヌもあっさり捕まってたみたいだから、明日から一緒に走ろう。勿論ああなる気はないけれど。

「マルセル様、あまりご無理はなさらない方が」

 濡れタオルを手にして戻ってきたロイが、疲労困憊の俺を見て進言する。果物が入っていると思しき手篭を持ったカナも心配そうにこちらを見ている。

「そ、そうだな……、いや、30は無理だがもう1周は走るぞ。何せ俺は、王兄に、なるの、だから!」

 結局、根性で更に1周し、合計13周を走った俺は地面にへたり込んだ。

「どうぞ」

「うむ」

 差し出された濡れタオルで、汗だくの顔を拭う。

 気持ちがいい。

 そのまま首筋、腕と拭いていく。秋の涼やかな風が火照った体を冷ましていく。

「マルセル様、こちらもどうぞ」

 カナが手篭を差し出してくる。俺が一息ついたのを察したのなら上出来だが、ロイが目線で指示をだしていたようだ。

「ああ。――おお、オランジェか。これはいい」

 手篭にはオレンジとみかんの中間のような果物が10ほど入っていた。

「あっ、どうしましょう。ナイフを借りてくるのを忘れてしまいました」

 カナが己の失態に気づき、狼狽する。

 それを制すると、一つ手に取り皮を剥いていく。みかんよりは硬いが、わりと綺麗に剥けた。

「うむ、走ったあとのオランジェは美味いな」

 平民のような所作でオランジェを食べる俺に、二人は驚いたようだった。

「ふふん、お前たちは知らないか? かつてライヒアルト殿が病で苦しむ人々にためムラトンの町へ走った時の話だ。え~と、どこだったかな」

 俺は持ってきておいた本をぱらぱらとめくる。

「ああここだ。お忍びで領地視察をしていたライヒアルト殿はある行き倒れた男に薬草を託される。これを一刻の間に届けて欲しいと。それを過ぎれば薬効を失ってしまうのだと。そこからムラトンの町までは、大人が休まず走り続ければどうにか一刻という距離だ。お忍び故に騎乗していなかったライヒアルト殿は己の脚で走りに走り、無事刻限までにムラトンに辿り着き薬師に薬草を届けたのだ。その礼にと街娘が渡したのがこのオランジェで、ライヒアルト殿はその場で手ずから皮を剥き食したという」

 俺はもう1つ剥いて、1房口に入れる。

「なので走るのとオランジェは相性がいい。厨房に、今後オランジェを絶やすなと伝えておけ」

「は、はいっ!」

 カナは弾かれたように館の中に入って行った。

「ロイ、風呂の用意をするように伝えろ。こう汗をかいたのでは流石に気持ちが悪い」

「――承知しました」

 ロイは一瞬怪訝そうにする。

 それもそのはず。これまでの俺は大の風呂嫌いだったのである。

 原作ゲームでは成長してもそれは変わらなかったようで、体臭を誤魔化すために大量の香水を使用していたという。

 現代日本の衛生観念を思い出した俺から見れば悪夢のような状態である。

 でもこれ、史実の中世辺りだと実は普通なんだよな。水が体に悪いという認識があったそうで。リアル貴族の嗜みが嫌がられるとか皮肉か。

 なおこの世界、結構日本ナイズされているようでトイレも普通にある。けっして窓からアレが降ってきたりはしない。

 心から良かったと思う。


 風呂から上がってさっぱりした俺は自室で本を読んでいた。

 もちろん王兄のエピソードを仕込むためである。

 この『王兄ライヒアルト伝』お子様向けの簡略版とは別に、中学生向け的な内容が濃くなったものも存在する。

 今後に備えて何かしら仕込んでおかなければ。

 俺は昼食の用意ができるまで読書にふけった。


「というわけだミス・マリー。俺に王兄に相応しい知識と礼法を教えてくれ」

 昼食後、勉強の開始時刻に学習室に居た俺(それまでは自室で食後の昼寝をして起きてこないのが常だった)に、ガヴァネスのマリーが心底驚いた顔をしたので例によって宣言しておいた。

 ミス・マリーはとある男爵家の次女なのだが家が没落して働きに出ることになり、その優秀さが認められて我が家で働いている。しかしながら、とにかく自分のしたいことしかしないかつての俺が相手ではその優秀さを発揮することができないでいた。

「なるほど、大変よい心がけですわ」

 ようやくやる気になった俺を見て喜んだようだが、目は笑っていない。どうせ3日もあれば元の木阿弥だろうという諦観が漂っている。

「ああ、では早速頼む。まずは算術だな。ライヒアルト殿は行列が出来て難儀をしていた商家の丁稚を手伝い、一度に10人の注文を正確に計算したという。俺もそれくらいにならねばいかん」

 先ほど仕込んだネタを披露するが、聖徳太子かよ王兄。

「分かりました。それでは商家で買い物をする問題でよろしいですか?」

「おお、丁度いいな。そうしてくれ」

「それでは――これはどうでしょう?」

 ミス・マリーは帳面にさらさらと問題を書いていく。

『1アージェのパンと3アージェの腸詰を買うと合わせて何アージェでしょう』

 1+3である。

 しかしここでまともに答えてはマルセルらしくない。

「俺はそんな安い買い物はせん」

 そもそも公爵家の長男なので買い物自体しないのだが、何故か金に関する知識はきちんと刻まれていた。俗物である。

「……では、1ゴルトの紅玉と3ゴルトの碧玉を買うと合わせていくらでしょう」

「おお、それならやる気が出るな。答えは4ゴルトだ」

 自信満々で答える。まあ、これくらいは正答してもよかろう。というか前にもやったから復習だこれ。

「正解です。ちゃんと身についておられましたか。では次です」

 どこまで理解しているかを確認する、いい先生じゃないか。

『6ゴルトの青玉と9ゴルトの金剛石、合わせていくらでしょう』

「これは手を使えば余裕だ」

 俺は両手を広げて6を数えて指を折り、そこから更に9数えながら指を折った」

「5だな」

 またも自信に満ちた顔を見せる。

「う~ん、惜しいです」

「何だと! ここに指が5本立っているだろう!」

 納得いかんと手のひらを突きつけると、ミス・マリーはそっとその手を包み込む。

「マルセル様、大きい数だと判断して指を使えたのはお見事です。あとは数え方を少し直しましょう」

「……少しか、ならよかろう」

「ではいきますね。初めの6、これはその通りです。そこから1,2,3,4、ここでいくつになりました?」

「10に決まって――、あっ」

「ふふ、お気づきになられましたね。そこから5,6,7,8,9で5本なので――」

「15だな!」

「素晴らしい。正解です」

 ミス・マリーは拍手をしてくる。

 先ほどまでの暗い目ではなく、教え子の気づきに喜ぶ明るい目をしていた。

「そしてマルセル様、とっておきの方法をお教えしますわ。先ほどマルセル様は5と答えてしまいましたが、それを間違いだと簡単に気づける方法がございます」

「何だと! 教えろ!」

「ふふふ、まず青玉だけで6ゴルトしますよね。そこからもう1つ買うと6ゴルトよりもどうなるはずですか?」

「もちろん多くなる。ん、そうか!」

「そうです。数える前に、答えが6より大きくなるのは実は分かるのです。よって、5という答えはどこかで間違っていると知ることができます」

 ミス・マリーはにっこりと微笑んだ。

 実に丁寧な指導法である。ただ正答を言うのではなく納得できるよう理屈を教え、おまけとして確かめのやり方も教える。

 簡単なことを理解できるように教えるのは難しい。

 ミス・マリーにその力があるのか試してみたが、確かな実力を感じた。

 この人ならば、来年からミシュリーヌのガヴァネスになってもらって間違いはないだろう。

「これはいいな! もっと教えてくれ」

「マルセル様がやる気を出してくださって、本当に嬉しく思います。では、10のまとまりをつくる練習をしましょう。9に何を足すと10になりますか?」

「1だ」

「では6には?」

「えーと、7,8,9,10……4!」

「お見事です! それでは――」

 こうしてミス・マリーとの勉強の時間は過ぎていくのだった。

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