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 1 兄、因縁の地に立つ

 12歳の誕生日を祝う式典から数ヶ月後、俺はアルダートン公爵領の都市の一つであるテネレ-ツァの街に来ていた。

 この街は自宅のある公都カランドから、王都とは逆の方向に馬車で4時間程度の所にあり、やはり周囲を城壁で囲まれている。事前に資料は読んだのだが、これと言った特徴のない、アルダートン公爵領の中では比較的小さな方の街だ。更に6時間進んだ所にもっと大きな街があることから、その街と公都との中継地点としての必要性から発展していったのではないかと推測ができた。

 代官はテネレーツァ男爵といい、俺はその館に居るのだった。


「これはこれは公子閣下、お目にかかれて光栄で御座います。この街で代官を務めさせて頂いておりますテネレーツァと申します。ささ、長旅でさぞやお疲れでしょう。今日はゆっくりと体を休めてください」


 雇われ代官である男爵はわざわざ門の所で俺の到着を待っており、平身低頭で俺を迎えた。正直過剰とも思えるのだが、父上が僅かな落ち度で代官を解雇するのは相当有名なのだろうからこのような態度になるのも仕方がない。俺の機嫌を損ねまいと必死なのだろう。

 それは彼の家名からも分かる。本来、貴族とは家名を重んじる。しかし父は男爵を代官として雇う上でえげつない条件を付けたのだ。

 即ち、家名の変更。この男爵の場合、元の家名から街の名前であるテネレーツァへと変更する事を条件に雇われている。誇りを重んじる貴族ならばまず受けないであろう条件だ。

 それを受け入れるような面々は何らかの理由で領地を失ったり、没落しかけて貧しい生活を送っていた者が多い。つまり、もう後がなく自分に絶対服従の者を、父上はあえて心を折った上で代官に据えているのだ。

 これは推測だが、何度代官が解雇されても新しく現れるのは街と同じ名前を冠した代官なので、領民達に代官が変わった事を意識させにくくするような意図があるのではなかろうか。

 なので当然、彼は父の名代である俺に対しても同じく絶対服従の態度を示すだろう。

 だが、それでは困る。

 俺の意向に唯々諾々と流されるようでは困るのだ。


 俺はきっちりと姿勢を正す。


「出迎えありがとうございます。また、私は父の名代としてここに来てはおりますが無位無冠の身。男爵より街を治める教えを請う身です。よろしくご指導ください」


 俺が頭を下げると、男爵は目を白黒させてしまった。ふむ、前世の記憶を取り戻してからの2年間は品行方正にやってきたつもりなのだが、自領の街の代官にすらまともになった事を認識されていないとは。これは民衆の評判が非常に気になる……。

 何しろ今回俺が相手をするのはこの街の住民達なのだから。


 アルフェトーゾ王国の風習で、12歳を迎えた伯爵以上の貴族の男子は自分の家の領地にある街の一つで領地経営の勉強をする事になっている。

 その街が本来領主に払うべき税の一部を、領主の名代として息子が運用し、その街に必要なものを考えて政策を実行するのだ。

 期限は学園に入るまでだが、取り組み方はまちまちで、本格的に経営に乗り出してその街に長期滞在する者もいれば、最初に訪れて以降は全て書簡で代官と遣り取りをして終わる者もいるという。

 俺がどのようなスタンスで取り組むかはまだ決めていないが、ミシュリーヌの事もあるのでそこまでこの街につきっきりにはならないと思う。成長してただの我が儘娘ではなくなったとはいえ、どうしても公爵令嬢という立場故の振る舞いと、釣り目気味な所からもたらされる印象のせいでまだまだ誤解を与えてしまうような場面も多い。

 歴史の修正力的なものについてはまだそれと思える場面は無いが、いつ何時まずい方向に転がってもなんとか出来るように備えておかなければ。

 

 というわけであくまでもミシュリーヌ優先なのだが、この街の経営についてもできるだけ良い結果は出したい。少なくとも悪評を立てるのだけは避けなければ。

 

 何故かといえば、原作ゲームのとあるエンディングにおいて、俺とミシュリーヌはこの街で殺されているのである。

 

 前世の記憶によるとゲーム内における俺はこの街の各地に噴水広場を作り『黄金のマルセル像』を立てていた。その際、本来多くても1割にいかないはずの税の運用が3割を超えた事で後に特別な税を新たに課したり広場を作るために土地の強制収用を行ったり、噴水に最優先で配水するようにしたりといった事で、街の住民は多大な被害を被った。

 その怒りは凄まじく、ゲーム内では没落した後、何故か慕われていると思いこんでこの街に逃げてきた俺と、一緒に居たミシュリーヌを血祭りに上げた程だ。

 そう、この街は原作ゲームにおける俺とミシュリーヌの鬼門なのだ。まあ、そもそも没落や逃亡という状況にはしないつもりだが、念には念を入れて万が一の事態の時に俺たちを保護してくれる拠点をつくっておきたい。


 しかし、確かにゲーム内の俺も悪かったとは思う。本来、《最初の施し》と呼ばれる跡継ぎの政策を、何も考えずに明らかに街の住人にとって不要なものを作ったのだから。重税や土地の強制収用で一家離散を招いたり、水不足に至っては直接触れられてはいなかったが死者も出たかもしれない。その罪は重大だ。

 だが、ゲーム内の俺の雑なことこの上ない指示をそのまんま実行した男爵にも責任の一端はあるのではなかろうか。

 主の息子に逆らったら怖いというのは分かるが、致命的な失策を犯さないように指導するのが本来の役割だろうに。その上、俺が税金を使いすぎて父上に上納する分に食い込んだからといって、増税することを決めたのは男爵だ。ゲーム内で男爵がどうなったかは知らないが、こいつも割とろくでもないぞ実際。


「男爵閣下、まず申し上げたいのだが、私は今回のテネレーツァでの領地経営の修行において、出来うる限り民の為になることをしたい――最低限、不利益を被らせることだけは避けたいと考えています。私のしようとしていることが間違っていたらご指摘をよろしくお願いしたい」

 というわけで、俺はきっちりと指導役を全うしてくれるように釘を刺すのだった。

 が――、


「私ごときに男爵閣下など恐れ多い! お父上から賜った名であるテネレーツァとお呼びつけください! それに聡明きわまりない公子閣下の成されることに間違いなどあるものですか! どうぞ、思うがままにこの街を導いてください。民衆もそれを望んでおりますとも」


 駄目だこいつ! こういう接し方でゲーム内の俺に言ったのなら、そりゃあ黄金の俺様像なんてもんも立てまくるわ!

 俺の機嫌を損ねない以外の事を考えてないぞ。しかもそういう態度がまさに機嫌を損ねているのが分かっていなさそうだ……。


「いや、男爵、私は――」

 

「はい! お食事はすぐにご用意できますぞ! おお、公子閣下もお年頃でしょうから、ご所望なら綺麗どころの女子の手配も致します!」

 もみ手をしながらゲスい事を言ってくる男爵。


 ……本格的に監査を入れる必要があるのではなかろうか。

 大丈夫なのかこの街は。これは、実地調査を気合いを入れてやらなければいかんな。奴隷制度なんてものはないこの国で、ほいほい女性を調達できます宣言はまずいだろう。代官の立場を笠に着て領民に害をなしているようなら、それこそ父上に報告して除かねばならん。

 というか、俺を何だと思っているのだ。

 少なくとも、前世の記憶を取り戻す前に関しても性的な意味での悪さはしていなかったのだが……。あー、今回俺が来た事って、この街の人たちにどんな風に思われてるんだろう。初期の印象がマイナスだと色々辛いぞ。


「とりあえず部屋に荷物を運ばせるので案内を頼む。あと風呂の用意もだ」

 馬車の旅以外の疲労を多分に感じつつ言うと、男爵はきびきびと侍女に指示を出し始めた。


「……ロイ、お前に色々と頼ることになりそうだからよろしく頼む」

「会計についてイアン様に多少手ほどきをして頂いた程度ですが、尽力いたします」

 部屋へと移動する廊下で、そんな事を話した。

 案内されたのは貴賓室だ。

 ここは基本的に、父上が領地の視察に来たときの利用を想定して作られており、この館の個人用の部屋としては最も豪華な造りになっている。

 部屋に入ると、普段からよく管理されているのが分かった。室内は清掃が行き届いているし、毎日とは言わないが定期的に窓を開けないとこもってくる臭気が感じられない。

 この部屋に対する一時しのぎではない手入れを見て、男爵への評価を判断するのはひとまず保留とした。領民への扱いがどうなのかは気になるが、父上への忠誠が厚いのであれば軽率な行動は逆に領民のためにならないだろう。

 翌日からの街の視察に意欲を燃やしつつ、俺は入浴と食事を終えて床についた。



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