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33 兄、誓う

 互いに獣のごとく叫びながら、俺とガスパールは渾身の一撃を放ち合っていた。

 そんな場面で意識を取り戻したものだから堪らない。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 全力で制動をかけ、先刻までの自身が生み出した破壊力に抵抗する。

「せあああああああああああああああああっ!!」

 叫ぶガスパールと視線がぶつかる。

 それは攻撃の為の鼓舞の叫びではなく、己を止める為の焦りが滲む叫びだった。

 ああ、あいつも正気を取り戻したか。

 何となく、俺が魔術を解除したからガスパールの加護とやらも消えたのではなく、あいつが自分の意思で打ち破ったような気がした。


 って、俺はまだ魔術のことを覚えられているじゃないか!


 俺の袋竹刀は肩に、ガスパールの袋竹刀は胴に当たったが、それらによってもたらされた衝撃は年齢相応の一般的なものに過ぎなかった。

 ええい、そんなことはいいんだ。


「……マルセル、オレは――」

「ガスパール! 頼みがある!」


 我に返ったガスパールはどこか呆然としたように俺に声をかける。

 自分自身に起きた出来事が理解できないのだろう。

 しかし、申し訳ないがそれをフォローしている時間はない。

 早く、何らかの警告のメッセージを残さなければ。

 だけどなんと言おう。

 下手なことをしてガスパールの魔術的成長を止めてしまうような事態になってはいけない。というか、そもそも俺自身があまり早いタイミングで思い出すと魔力量が少なくなってしまう。これはミシュリーヌを守る上で不利益だ。

 けれど陰謀があるという情報を忘れてしまうというのもまた危険なわけで……。

 具体的な行動プランが浮かばないまま、気ばかりがせかされる。

 早くしないと××が再構築されて俺の記憶が次々に――



 ……記憶がどうしたんだっけ?



 霧に包まれるような感覚。

 いや、むしろ今まで通りの日常に戻るように思えた。

 この霧の中にこそ、いつもの日々が待っているんじゃないか。

 

 ――けれど、それでいいのだろうか。


 何かとても大切な、そうだミシュリーヌ!

 守ると誓った妹に関する、看過するわけにはいかない何か。

 それを、失う、訳には――



「お二人とも、素晴らしい技量でございました。これなら3・4歳年上の方にも決してひけをとらないでしょう。《それくらい》見事なお稽古でございました」

 


「ええ、本当に。その分、汗もかかれましたので今日はもうお屋敷に戻って湯浴みをなさった方が宜しいかと存知ます。ええ、その後ご昼食を召し上がったら、《お昼寝》なさるのもいいかもしれませんわ」


「そうですね、きっと《良い夢》が見られることでしょう」


 突然、厭に耳に通る声が聞こえた。

 ロイとエミだ。


 おいおい、あの猛烈な攻防が3・4歳上ということはないだろう。

 ないはずだ。

 ない――よな?


 ……いや、当人同士はもの凄い打ち合いを見せたつもりだけど、案外そんなものなのかな。

 最初ガスパールにぽんぽんやられて躍起になったから、派手にやり合ったように思えたのだろう。


 それに、風呂飯寝るというのは実に魅力的な提案だ。

 侍女が求められてもいないのに主人の行動に提言をするというのはいかがなものかとは思うが、いいことを言うじゃないか。

 

 ミシュリーヌは多少怒るかなと思い見やるが、どこか夢見心地な様子で頷いている。

 うんうん、侍女がちょっと差し出がましいことをしたくらいで怒らず受容できるとは、いい感じじゃないか。

 ガスパールやブルーノ達も特に気にしていない様子だ。

 良かった良かった。



「さあそれでは――」

「今日のことは――」


「これにて《お終い》と致しましょう」


 ロイ×××××とエミ×××の声が唱和する。


 ん?


 ロイとエミ、だよな……。 


 俺の従者とミシュリーヌの侍女は、何故だか普段は見せないような優しい笑みを浮かべていた。











「……なあロイ、唐突に思い出したんだが、お前は2年くらい前にもそんな風に笑っていなかったか?」


 12歳の誕生日を迎え、式典用のとてもじゃないが一人では身につけきれない衣装を着るのを手伝わせていた時、俺は鏡の中のロイが普段は見せないような笑顔をしている事に気づいた。


 それと同時に、以前にも一度そんな表情を見た事を思い出す。


「あれは、そうだ王都だ。確かガスパールと勝負したときだったな」 


「あの時は良い稽古を見せて頂きました」

 副装品をそこかしこに取り付けながら、ロイは言う。


「……あれはいい勝負だった。自分に結構剣の才能があるんじゃないかと勘違いしたくらいだからな」

 あれから2年、特別な事情が無い限り稽古をし続けているが、どうにも伸び悩んでいるというのが現状だ。

 剣術指南のロイドは、剣の才は数年で分かるようなものではありませんと言ってくれてはいるが、何となく自分にぴったりと合っているようには思えなかった。

 もっと他に、自分に適正のあるものがあるような――というのは言い訳か。


「しかし、俺はともかくガスパールがなぁ……」


 あの日以降から今日まで、俺はガスパールと剣の稽古をしていない。

 大貴族同士にしてはちょくちょく会いはするし、ブルーノと共に親友と言って差し支えない存在ではあるのだが、何故だか剣を交わす事はなかった。

 一度だけ、ガスパールに最近の実家での修練の様子を聞いたときは、相変わらず素振りと武具磨きだと笑って言っていた。


 好敵手のそんな状況も、いまいち俺が剣に燃えることができない一因かもしれない。

 それでも、もはや習慣と化したので続けてはいくだろう。


 鏡の中の自分を見る。

 もともと異様に巨大な肉塊になり果てるだけのポテンシャルを持った体だったので、適切な栄養バランスと運動によりなかなかの体格に成長していた。

 同年代と比べても頭一つくらい大きく、この豪奢な衣装の上からでは分からないが、適度に筋肉がついて引き締まった体になっている。


「私ごときが僭越不遜とは存知あげておりますが、誠ご立派に、ご成長なされました」


 ロイが改まって言う。

 この2年でロイともそれなりに慣れはしたが、主人と従者という関係は小揺るぎもしなかった。

 そんなロイがこんな事を言うとは、珍しいこともあるものだ。


 何かが、思考をよぎる。


「――これで、まずは一安心でございます」

 予期せず染み出たような、直ぐさま消え入りそうな呟き。


 それを不思議には思ったのだが――、


「マルセル様のお召し替えはお済みでしょうか? ミシュリーヌ様がお会いになりたいそうです」

 扉の外からそう声がかけられた。


「もう少しで終わるから、待たせるのも悪いな。通してくれ」


「かしこまりました」

 ロイはいつもの表情に戻り、扉の外の取り次ぎに伝える。


 ややあって――


「まあお兄様、まだお着替えの途中でしたのなら遠慮しましたのに……」

 部屋に通されたミシュリーヌは俺の姿を見るなり申し訳なさそうに言った。

 おお、淑女がいるぞ!


 途中と言ってもあとは副装品を付けるだけなので気にしなくていいと思うのだが。

 そんな事を言うと――


「もう、そういうわけには参りませんわ。いくら兄妹とはいえ、男性のお召し替えの最中に入るなんて淑女にあるまじき――」


 それから暫し、ミシュリーヌによる怒濤の淑女論が展開された。

 何だろう、語れば語るほどの当の淑女という在り方から遠ざかっていくような……。

 神妙に聞き入るふりをしつつ、我が妹を眺める。


 10歳。

 まだまだ子供っぽい所もあるが、確実に『女の子』から『少女』へと変わりつつある。

 この2年でずいぶんと心身共に成長したなと思う。


 ただの我が儘ではなく、確固たる自分の考えを持ち、それを通す為に努力できるような場面が増えた。

 身分が下の者にも、立場は立場としてわきまえさせた上で配慮をできるようになった。


 気が早い気もするが、これならば原作のゲームのような末路は辿らずに済むだろうと期待している。

 

 ……本当にそう思うのだが、何故だか漠然とした不安もまた、同時に自分の中に存在している。


「――ってお兄様、真面目に聞いてらっしゃいますの」

 聞き流されていた事を察知したミシュリーヌが怒りのポーズをとるが、俺はそっと頭を撫でた。


「な、何ですの突然!」

 最近子供扱いすると怒るようになってきたので、しばらくやっていなかったのだが、構わずぽふぽふと撫でる。


「今日の式典をもって、俺は一応とはいえ大人扱いになる。兄として大人として、ミシュリーヌの事を守るからな」

 真っ正面から瞳を見つめ、宣言する。


「ほ、本当になんなんですのよー! 一体ー!」

 混乱に拍車のかかったミシュリーヌが腕をわたわたと振りながら叫ぶ。

 おいおい、淑女はどこに行った淑女は。


 とはいえ、どうしてこんな事を言ったのか計りかねるのは当人たる俺も実は同じだ。


 だけどこれは大切な誓い。

 その想いを胸に、俺は貴族の一員となる12歳の誕生日を祝う式典に臨んだ。



9月中にはと思ったのですが、暦が変わってしまいました……。


次話より第2章になります。

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