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32 兄、帰る

「これが、あなたと魔術に関する過去」


 気がつけば、俺はまた黒髪の少女が隣に佇む薄闇の中に居た。

 

「…………状況を整理しよう」


 あまりに急にいろいろな情報が入りすぎて混乱している。

 こういうときはまず落ち着かなければ、とんでもない失敗をやらかす可能性がある。


「まず、俺は記憶を部分的に封印されていた。その理由は、魔術について知らせないためだ。何故知らせたくないのかと言うと、魔術について知識を深めると遠くないうちにその源が上位古代語にある事に思い当たり、魔力量の上昇がそこで止まるからだ」


「その通り。補足説明をすると、監督者の立場にある者は、孵化の兆候を察知することができる」

 黒髪の少女がそう言ってきた。

 頭の中で考えていたつもりが、声に出ていたようだ。まあここ自体が精神世界的なものなので大した区別はないのだろう。


「……いまいち専門用語のせいでわかりにくいけど、監督者っていうのはヴォル爺で孵化っていうのは魔術について認識すること、で合っていそうだな」


 俺の理解に対し、少女はこくこくと頷く。

 何だかここに来て、表情やら行動やらのバリエーションが増えてきた気がする。

 

「ブランシェの件については分かった。監督役としては、俺の魔力量の最大値が打ち止めになるのは避けたいだろうからな。だが3年前の記憶の封印は――」


「ミシュリーヌ・アルダートンの記憶の封印が主で、そのついで」


 ついでって……。

 まあ、記憶を操作する術があるのなら、子供に不可抗力で大人数を傷つけた記憶をわざわざ抱えさせ続けたりはしないか。


「それもある」

 すかさず相づちを打つ少女。


 ……今回は完全に考えただけだったつもりだが、心を見られているようで居心地が悪いなこれは。


「発話しようと思考しようと記述しようと、そこには言葉がある。それは他者を想定しての事。自分ではない誰かに知ってもらいたいが為に言葉を使う。それならば、対話をした方が言葉も浮かばれるというものだよ」


 少女は無表情のまま、少し胸を張って言った。

 一人静かに考えたい時もあると思うのだが、この状況ではままならないようだ。

 それならば、と覚悟を決める。



「父上やヴォル爺、それに国王陛下は、何を企んでいる?」



 再構築された記憶の中にあった、聞き捨てならない遣り取り。


 ――必要なこと

 ――育成

 ――計画

 ――調整


 陛下と父上・ヴォル爺の会話は断片的ではあったが、俺とミシュリーヌが意図的に傲慢で他者を見下すような人間になるよう育てられていたという可能性を示唆している。


 魔術の仕組みに気づかせたくない、というのは分かる。

 だが、その為に原作のマルセルやミシュリーヌのような性格にしてしまったのでは、せっかくの膨大な魔力量が泣くというものだ。


 それくらいの事が分からない人たちではない。

 それならば、狙いは別にあるはずだ。


「さあ、対話をしようじゃないか」


 魔術の仕組みの一部を自称する少女に、俺は語りかける。

 

「……………………」


 少女は沈黙を持って答える。

 言えないのか言わないのかは大きく違うが、それでもある程度の方向性は絞れる。


 やはり、急に親しみが持てるように変わったのは俺に余計な思考をさせずに流したかったからのようだ。


 ふと、視界が明るくなる。


 別に記憶の隠蔽解除を新たに行ってはいないのだが、今度映し出されるのはいったいいつの――。


『お、お兄様ー! やり過ぎではありませんの!?』


『マルセル! ガスパール! それ以上は危ない!』


 ミシュリーヌとブルーノが叫んでいる。

 それは、ついさっきの――否、恐らくはまさに現在の光景だ。


 二人が見守るその先では、俺とガスパールが、凄まじい勢いで袋竹刀を振り合っている。


「なんなんだ、これは……」

 その剣速は尋常なものではなかった。

 如何に安全性を高くして作られているとはいえ、あの勢いで当たれば場所によっては骨折は免れまい。内蔵の損傷や、最悪命の危険すら予感させるものだった。


 おかしい。

 どう考えても10歳そこらの子供達が繰り広げる剣戟ではない。


「あなたの強さは、ミシュリーヌ・アルダートンの行使した魔術によるもの」



――《負けないで》



 そのミシュリーヌの想いが込められた魔術は俺を強化した。

 無秩序な暴虐ではなく、目の前の難関を突破できるように自己を打ち克たせる力を与えた。


「それは分かる。だけど――」


「《魔に立ち向かう者》」


 ガスパールの強さは一体、と言いかけた俺は、その言葉を聞いて意識だけの身ながら怖気を感じた。


「3年前、術をかけられたあなたに挑んだ事で彼が得た加護。魔の力を有する者に対し、その力に呼応して自らの戦闘能力を上昇させる」


 そう、如何に沈黙を守ろうと、真実は露見するものだ。


 魔の力――か。


 

 俺にかけられた魔術とガスパールが保有する加護とやらが相互作用を引き起こした結果が、この凄まじい剣の嵐なのだろう。


 すでにお互いの一振り一振りが、当たれば嘘偽り無しの一撃必殺の威力になっている。


 しかし、何事にも限界は訪れる。


「っ! ガスパール!」


 俺は届かないと知りながら、思わず叫んだ。

 ガスパールの速度が遅くなったのだ。

 正確には、ガスパールの強化が打ち止めとなり俺の強化が完全に上回ったのだろう。


 今はまだ耐えているが、明らかにガスパールは劣勢に傾いていく。


 このままでは――、


「彼を助ける方法はある」


 何もかも見透かしたような、少女の声。


「今のあなたは負けない。それは自分自身にも、術者であるミシュリーヌ・アルダートンにすらも」


「どういうことだ」

「あなたは、自分にかかっている強化を自分で解除することができる」

 打てば響くという言葉のお手本のように、即座に返答が来る。

 と、いうことは、だ。


「その場合、俺の思い出した記憶はどうなるんだ?」


「あなたにかかっている魔術が再起動し、再び封印される」


 だと思ったよ。


 俺は即断で、強化の解除を決意する。


「もの分かりがいいのね……」

 少女の言葉に戸惑いめいたものが浮かぶ。


「ガスパールを見殺しにはできない。それにどのみち、本人は気づいていないようだけどミシュリーヌが魔術を使ったんだ。この件の記憶も封印されるんだろう」


「……………………」


 まただんまりか。

 思い通りに動くのは気に入らないし、父上やヴォル爺、国王陛下まで関わっている企みの存在を忘れてしまうのも正直怖い。

 だが、悲しいかな現状ではどうする事もできない。



「――今の俺は非力だ。流されるがままだ。だけどいつまでもそうだと思うなよ。ミシュリーヌは、俺が守る」


 少女を睨み、俺は自分自身にかかった強化の術を解除する術を組み立てる。


「《この身はただ、己の脚によりて立つ》」

 

 薄闇の世界が崩れていく。


「………………世界の」


「え?」


 少女の口から、初めて強い感情の込められたような言葉が零れた。


「世界の為――」


 その悲しみと決意に満ちた声を最後に、俺は光に包まれた。


長らく間をあけてしまいごめんなさい。


何を書いても言い訳になってしまうので、作品で返していけたらと思います。




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