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31 兄、魔術の法則を思い出す

「ヴォル爺……」


 いかにも唐突な登場だったが、俺はどこか納得していた。

 そう、きっとあの時も――


「――物事には順序がある。気になるのは分かるけれど、その記憶を思い出すとごちゃごちゃになるからまずはこっちに集中しましょう」

 黒髪の少女は何もかも見透すような表情でそう言った。


「……分かったよ」

 言いなりになるのもしゃくだが、確かに道理だ。

 俺はまず、3年前の過去の展開に集中する事にする。


「老師、周辺の情報操作、完了致しました。後の処理はロイエントールに任せてあります」

 ヴォル爺と同じ系統の服に身を包んだ女性が急にヴォル爺の背後に現われ、報告する。

 顔は帽子についたベールのようなものに覆われていてよく見えない。


「うむ。ではエミーリア、お前には倒れている子ども達の応急処置と記憶操作を任せる」

「承知いたしました」


「がああああああああああああああああああああああ!!」

 視力を取り戻したらしい過去の俺が、攻撃の目標をヴォル爺に変えて突っ込んでいく。


「ふんっ!!」

 それに対し、ヴォル爺が使ったのは拳だった。

 枯れ木のように細い腕から放たれた一撃は過去の俺の胴体を的確に捉え、10メートル以上も吹き飛ばす。

 7歳児とはいえ、ミシュリーヌの魔術で一回り大きくなっていた過去の俺をよくもまあ。

 これも何かの魔術なのだろうか?


 これだけの実力差があれば勝負はあっさり付くだろうと、自分の事ながら冷静に観戦を続ける、が――。


「――っ!」

 起き上がった俺を見て、ヴォル爺は表情を険しくした。

 過去の俺の体が、拳を受ける前よりも大きくなっている。

 殴られたダメージも大してなさそうだ。


「相手が強ければその分、力を引き出しおるか……。厄介な」

 どうやらそういう事らしい。

 過去の俺は、子ども達を相手にしていた時とは比べ物にならない速さで動き、ヴォル爺に迫る。

 ヴォル爺は攻撃を尽く回避するが、自分からは攻撃を仕掛けられないでいるようだ。

 問題は恐らく力の加減だろう。

 強過ぎれば俺が死んでしまうし、無力化できない程度ならば過去の俺の力を引き出すだけになってしまう。

 それからしばらくの間、俺の攻撃をヴォル爺がかわす、あるいは防ぐといった展開が続く。

 

「ヴォルフラム様! 治療班が到着しました!」

 俺が強化されたのを察し、倒れていた子ども達を離れた場所に移動させていたエミーリアが報告する。


「よし、これである程度なら無茶ができるの」

 ヴォル爺はニヤリと笑い――、


「死ぬでないぞ――《               》」


 何かの魔術を使ったのだろうが、過去の俺では何と言ったのか理解できなかったらしい。

 強烈な爆炎が発生した数瞬後、過去の俺の意識が消えたのだろう、目の前に広がっていた過去の世界が暗転した。






「…………………………」

 真っ暗――という程ではない、どこまでも広がる薄闇の中に俺は浮かんでいた。

 ふわふわするわけではないが何かの上に立っているわけでもない、よく分からない状態だ。

 

 隣にこの黒髪の少女が居なければ、混乱するばかりだったかもしれない。

 正体不明のプログラムじみた存在だが、そこは感謝である。


「急なことで驚いたかな?」

 黒髪の少女はこちらを気遣うような事を言ってくる。

 意外に人間味があるようだ。


「それは驚いたさ。自分の過去がろくなものじゃないとは自覚していたけど、こんな事までしでかしていたとは……。それに――」


 おれはそこではっとする。


「そうだ、ミシュリーヌはどうなったんだ!?」

 無事であることは分かっている。

 何せこれは過去の記憶なのだから。

 だが、あれだけの事件を引き起こす原因となったミシュリーヌだ。無罪放免というわけにはいかないだろう。

 一体どうなったのだろう。


「それじゃあ、あれから少し後の記憶を再現するよ。と言っても君はこの時意識が混濁していたから、完全には情報を把握できていないんだけどね」


 黒髪の少女がそういうと、薄闇の世界がやや明るくなった気がした。




「――とうわけで、この度の事件は隠蔽できております」

 言葉が響くと同時に、ヴォル爺の姿が浮かんだ。

 そして言葉が終わると同時に、ヴォル爺の姿は掻き消えた。

 どういう状況だろう。


「この時、あなたは半分意識が飛んだ状態だった。だから耳に入った音は再現できているけど、この時の映像は無く、今のあなたの記憶で補っている」

 黒髪の少女から補足説明がされた。

 半分意識が飛んでいたのに聞いたことを覚えているだけでも十分驚きだ。  


「教会には、いつも苦労をかける……」

 そう言って姿が現れたのは、何と国王陛下だった。

 この頃の俺は国王陛下の顔を知らないはずだが、今の俺は陛下の姿を知っており昔に聞いた声と結びつける事ができたから姿を再現できている、といったところだろうか。


「しかし、予想以上の魔力でした。ミシュリーヌ・マルセル共に、この幼さでここまでとは……」

  

「流石はアルダートンの血統、と言うべきだろうな。のうロドリグ?」


「……この度は誠に申し訳ありませんでした」

 今度は父上の姿が浮かんだ。

 その姿には己の保身は一切浮かんでおらず、国王への心からの謝罪である事が伝わってくる。

 ミシュリーヌをエドワーズ王子の婚約者にして何やら悪だくみをしていた姿との落差が凄まじい。

 この父上ならば、たとえ俺とミシュリーヌを処刑しろとと言われてもそれが王命ならば粛々と受け入れただろう。



「よい。時期尚早ではあるが、必要な事だ」

 死人こそでなかったがあれだけ貴族の子どもが傷ついた事件を、陛下は必要な事だと割り切る。


「引き続き、あの2人の育成を宜しく頼む」


「ははっ!」

 父上が頭を下げると陛下は後ろを向き、そのまま消えた。


「……ヴォルフラム老、予定外の記憶の隠蔽だったが、計画に支障は無いか?」


「何とも言えぬな。耐性が付いてしまえば魔力量が予定より下でも、隠蔽を解かれる危険はある」


「――それでは、より愚かになるよう調整が必要か……」


「念には念を入れるべきであろうな。望むものは全て与え、何不自由なくさせれば余計な事に関心は持つまいて」


「監視も厳重に行う必要があるか……」


 その会話を最後に、2人の姿も消える。



 ――記憶の隠蔽と、魔力量。


「――そうだ、ブランシュの時も!」


「《隠蔽解除》」

 こうやって魔術を行使できている時点で答えは分かっているようなものなのだが、俺はあの夜の記憶の復元を試みた。




 視界は暗闇の空間から、夜のアルダートン公爵家の敷地に移る。

 今度は、過去の俺のすぐ後ろについた位置から再現された世界を観察している。


 謎の光を見て、その正体を掴むべく東の訓練場に来た俺が目にしたのは――、


「ブランシュ!?」

 過去の俺が叫ぶ。

 そうだった、あの夜俺は見たのだ、雪だるまであるブランシュが楽しそうに踊っている光景を。 

 それだけならば、幻想的な光景で済んだのだが、雪だるまが動くという光景は俺の前世の知識を賦活せしめた。


「これは――、魔術!! そうだ、原作では土人形を自在に操作する魔術があった」

 そう、俺はあの夜に、この世界における魔術の存在を思い出した。


「……何で俺は忘れてたんだ。魔術だよ魔術!」


 この世界における魔術は、上位古代語を媒介に行使される。

 言語知識が豊富であれば豊富であるほどに、高度で複雑な魔術を扱うことができる。

 学園での勉強も座学はこの言語関係が中心だ。


「ミシュリーヌと一緒にやった上位古代語のおまじないが魔術として働いたんだ。だから溶けもしないでこうして踊ってる」

 ブランシュは、肯定するかのように軽快にとびはねていた。


「そうそう、それで中々面倒な設定が――っ!」

 俺は次々に湧き出てくる記憶の中にとんでもないものを見つけ、絶句する。


「……これって、思い出したらダメな奴だ」


 だが、俺は思い出してしまった。

 この世界における魔術の原則を。


 魔術の技能は後天的な訓練で上達することが出来るものの、その魔力量の最大値は意図的な訓練では増やすことができない。


 魔力量は、上位古代語の書や詩、歌に慣れ親しむ事で増大する。



 

 ただし、その事実を意識した以降は適応されない。




 何も知らずにただ本を読めばそれだけで魔力は増えるが、魔力を増やす為に本を読んでも魔力は増えないというわけだ。



「どうしよう……、ここで魔力の最大値が止まったら最悪、学園に入れないなんてことも……」

 途方にくれる過去の俺。

 この時は自分のやらかした事の大きさに泣きそうだった。

 


「――やはり、こうなってしまいましたか」

 そんな過去の俺の前に、やはりヴォル爺が現れた。


「ヴォル爺! いや、今のは――」

 前世の知識に由来する独り言を聞かれたと思い慌てる過去の俺。

 

「……マルセル様の豹変にも興味はありますが、今は時間が惜しい」


 ヴォル爺が持っていた杖をひと振りすると、過去の俺は綺麗に意識を失い、世界は再び暗転した。







予告なしでずいぶん間を開けてしまいました。

お待たせしてしまってごめんなさい。そして待ってくださってありがとうございます。

次回はもう少し早く投稿したいと思います。


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