3 兄、妹の道行きを示す
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「ところで、ミシュリーヌはもう朝食を済ませていたか?」
着替えをしながらロイに尋ねる。
「はい、先ほどお済ませになられておりました」
「そうか。俺が食事を終えてしばらくしたら会いに行くと向こうの侍女に伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
「では行くとしよう」
アルダートン公爵家では、家族揃っての食事は夕食のみで、朝食と昼食はそれぞれでとる。
当然従者達は別なので、広い食堂室とテーブルに一人なわけだ。
それにしても――
「多いな……」
大きな白パンに、鳥肉と思われる焼き物、ハムとソーセージがどっさり、スープにも肉が入っている。
対して野菜はあまりない。スープに玉葱と人参が見える程度だ。
これでは太るのも当たり前、というか健康に悪いだろう。
前世の感覚を得た今では異常に思えるが、そもそもこのメニューは自分自身が言い出したことに思い当たり額を押さえる。
そうだ、はじめは野菜も出ていたのに、どうせ食べないから出すなと言いだしたのだった。
「ロイ、厨房にすぐ出せる野菜料理があったら出すように言ってくれ。あと、コックを呼んでくれ」
「はい、直ちに」
ロイが厨房に向かってしばし、サラダの乗った皿を手にしたキッチンメイドと、コックの女性が姿を表した。
「……マルセル様、朝食に何か不手際がありましたでしょうか?」
不安げな様子でこちらを見ている。
そういえば、料理に文句をつけたことが一度や二度ではなかったな。
我ながら、自分の口に入るものを作る人にあんな態度をとっていたとは頭が痛くなる。
「いや、そういうわけではない。コック、名前はなんと言ったか?」
「ヘレンでございます」
名を問われ、更に表情が暗くなる。
「それではミセス・ヘレン、今後、今日の昼食から俺の食事のメニューを変えて欲しいのだ。まず量だが、パンと肉類は今までの半分の半分でいい。代わりに野菜と豆を使った料理を増やしてくれ」
「それは、勿論仰せの通りにできますが、よろしいのですか?」
「ああ、ライヒアルト殿は決して大食はせず、時には庶民と同じようなものを食べていたそうだからな。俺も見習わねば」
「は、はあ……」
「そうだミセス・ヘレン。今までずいぶんと俺の我儘で困らせてしまっていたな。すまない」
「ええ!? いえ、そんなもったいないお言葉を……」
ヘレンは俺の豹変ぶりについていけてないようで、慌てている。料理を持ってきたキッチンメイドも呆然としているようだ。
「では、神と、料理を作ってくれたミセスヘレンに感謝をして頂くとしよう」
俺は祈りを捧げるとまっ先にサラダを口に運んだ。
別に不味くはないのだが、わざと口をしかめて食べる。
「おい、もう少しなんとか――! ……いや、何でもない。美味いぞ、野菜。王兄たるもの野菜くらい食べなければな」
思わずまた文句をといったていでヘレンの方を睨みつけた後、慌てて野菜を頬張る。
その後、今までの自分と比べると極めて控えめな量のパンと肉を食べると俺は食事を終えた。
礼を言って食堂室を出ると、奥の厨房から喧騒が起きたよう気配がした。
間違いなく、俺の変わりようについての話をしているはずだ。
館で働いている使用人達からさりげない視線を感じるようにもなったので、侍女のカナから話が伝わり始めたのだろう。
いい傾向だ。
これで話が浸透すれば、いちいち変わった理由を説明する手間が省けるというものだ。
部屋に戻った俺は再び本棚を探す。
既に持っているはずだが、こういうのは贈られるということに意味があるのだ。
目当ての本を見つけた俺は暫しページをめくって食休みをする。
迎え入れる方は準備があるから、余裕を持って訪ねるのがマナーだ。
さてそろそろと思ったが、ふと考えが浮かぶ。
もう使うことはあるまいと思っていたが、一応アレも持って行くか。
「さて、行くとしようか」
ロイに告げると、俺はミシュリーヌの部屋に向かった。
「マルセル様がお嬢様にお会いになられます」
妹の部屋をロイがノックし、訪いを告げる。
「準備はできております。どうぞマルセル様」
部屋の中から侍女が招きいれ、それを受けてロイが扉を開ける。
……面倒くさい。
単に兄が妹に会いに来だけなのだが、まあ仕来りというものだから仕方がないか。
「いらっしゃいませお兄様」
ミシュリーヌはにっこりと笑って歓迎の意を伝えてくれる。
さらさらの金髪に深紅の瞳。
悪役補正のせいなのかやや釣り目がちだが、そんな事は何の問題にもならない美少女である。
うーむ、この妹が将来的には悪逆非道な令嬢になり、破滅の道を転げ落ちていくとは到底思えん。
「……何をしているの、早くお兄様をこちらへご案内しなさい」
「す、すみませんお嬢様! マルセル様、どうぞこちらへ」
叱責された侍女が慌てて俺を招き、椅子を引く。
……いや、そんなに遅く無かったと思うよ?
多分、ミシュリーヌが俺に話しかけたから、その返事を受けて案内しようと思ってたんじゃないのかな。
さりげなく軌道修正と行きたかったけれど、もう少し強めに干渉する必要がありそうだ。
「やあミシュリーヌ、王都はどうだった?」
妹は1週間前から王都に行っており、昨日帰ってきたのだ。
「王都はいつも通りでしたわ。それよりもお兄様聞いてください! エドワーズ様って本当に素敵なのですよ!」
先ほどの侍女への厳しい態度はどこへやら、デレまくりでのろける我が妹。
ゲームでのミシュリーヌも王子への愛が凄かったもんなぁ。
残念だったのは、それが重荷としてしか伝わらなかったことだけど。
そこからかなりの間、俺は妹のエドワーズ様トークに相槌を打ち続けるのだった。
「さてミシュリーヌ、エドワーズ王子の事はよく分かった。今日は俺から婚約祝いを贈ろう」
「まあ、何かしら!」
笑顔の妹に、俺はロイから受け取った本を渡す。今から考えれば包装くらいするべきだったかも。
「これは――本ですの?」
「そう、『王妃リディアーヌ伝』だ」
「お兄様、私、もうこの本は持っていますわよ?」
にわかにつまらなそうな表情になる妹。
「うむ、それは分かっている。本そのものではなく、心構えを贈りたいのだ」
「心構え?」
「そうだ。昨日ミシュリーヌとエドワーズ王子の婚約を父上から聞いて俺は決意したのだ、王兄ライヒアルト殿のようになってみせると」
「はあ……」
「なのでミシュリーヌ、お前はリディアーヌ様のような淑女を目指すのだ!」
「ええっ?」
いきなり高テンションの俺についてゆけず、ミシュリーヌは目を白黒させる。
「お前のエドワーズ王子を慕う想いはよく分かった。だがな、お前が想うだけでは駄目だ。王子にも同じように想ってもらえなければ嫌だろう?」
「そ、それは勿論ですわ!」
そんな事は想定もしていなかったのだろう。ミシュリーヌは慌てて首肯する。
「ならばお前も、王子に愛される淑女になるのだ。そのための目指すものがリディアーヌ様だ」
俺は鷹揚と頷く。
妹付きの侍女達は突然の話の方向に唖然としている。
よし、行けそうだ。
「俺は王子の兄としてライヒアルト殿を目指す。共に頑張っていこうではないか」
ミシュリーヌに向けて笑いかけると、俺は席を立った。
「さて、それでは王兄らしく、剣の修練をするとしよう」
そのままつかつかと扉へ歩いていき、止まる。
あまりにも咄嗟の行動。
「この部屋に入った時もそうだが、ミシュリーヌ付きの侍女は職務怠慢のようだな」
言わんとすることに気づき、侍女が慌てて寄ってくる。が――
「せっかく我ら兄妹が新しい道を歩む門出だというのに、水を差すか」
俺は腰に差しておいた鞭を取り出し、振るう。
空を切る鋭い音が響き、侍女は身をすくませる。
「無能め、たっぷり鞭をくれてやった後は剣の試し斬りに使ってやる」
「ひっ、ひいぃ」
絶望し、呻く侍女。
そこに、
「お、お待ちになってお兄様! 王兄たるもの、みだりに侍女を傷つけてはいけませんわ!」
善し。
予想通り、我が妹は兄の暴虐を止めに入った。
侍女に多少意地悪な態度はとっていても、殺されるのを無視するほどではまだない。
「おっと、そうだな、その通りだ」
憑き物が落ちたかのような態度を見せると、俺は鞭をしまう。
「ありがとうミシュリーヌ、危うく王兄への道が遠のくところだった。お前はむしろ近づいたのではないか? 使用人をかばうその優しさ、まさにリディアーヌ様だ」
俺は愉快そうに笑う。
「では今度こそ行くか。そこの侍女、ミシュリーヌに許されたのだ。自分の仕事をするがいい」
「はっ、はいっ!」
我に返った侍女が扉を開け、俺は妹の部屋を後にした。