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23 兄、呆然とする

今回、更新が予定より遅れてしまいました。

心配させてしまった方々、申し訳ありません。

今後遅れそうな時は活動報告の方で告知していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 王城の侍女達の手際は実に見事で、ものの数分も経たずに新たな客人を迎える準備は完了してしまった。

 当然、そのわずかな時間の中で妙案など思いつくはずも無く、二人の入室を促すことになったのだった。

 こちらから、エドワーズ王子とパトリシア王女が来室していることを告げようかとも思ったのだが、それを察したらしいパトリシア王女に無言の圧力を加えられ、黙っているしかなかった。

 願わくば、外の扉の前にいる従者が気を回して伝えてくれればとも思ったのだが、結局二人はパトリシア王女の待ち構えるこの部屋に入ってくることとなった。


「おおマルセル、酒を飲んでひっくり返ったということだが大丈夫――!?」

 

 ガスパールは俺に声を掛けつつ、先客の存在に気づいて言葉を失った。

 一緒に入ってきたブルーノも、一瞬表情をひきつらせたあと余所行き仕様と思しき笑顔を作る。


「あらあら、ずいぶんとお久しぶりですわねガスパール様。そんな所に突っ立っておいでにならないで、こちらに来てお座りになったら?」


 パトリシア王女はお久しぶりを強調して軽いジャブを放つ。

 かなり効いたものと思われる。


「これは、パトリシア王女とエドワーズ王子が来客中とは露知らず失礼致しました。友の無事な姿も見られたので、私達はこれにて――」


「ご遠慮なさることはないわ。倒れた友人の為に見舞いに来た者を追い出すほど、私とエドワーズは狭量ではなくってよ」


 どこまで事情を掴んでいるのかは不明だが、即座に逃げの一手を打ったブルーノ。

 しかしまわりこまれてしまった!

 

 まずいなー、ブルーノならあるいはと勝手に期待をしていたのだが、いきなり脱出を図る辺りこれはもう駄目かもしれない。

 あ、どうなってんだよオイ的な視線を飛ばしてきている。

 こっちが知りたいよ!


「……せっかくの御好意を賜ったのだ、お言葉に甘えてご一緒させて頂こう」

 

 ガスパールはブルーノにそう言うと、円卓に着いた。その表情は硬い。

 促されたブルーノもガスパールの隣に座る。


 位置関係としては、俺とミシュリーヌが隣り合って座り、そこから一人分空けてエドワーズ王子とパトリシア王女、そこから二人分空けてガスパールとブルーノが座っている。なお、ブルーノと俺の席の間は二人分の空きがある。

 なんとなく、均衡状態が取れた配置だ。


 侍女がお茶を新しく入れ、カップに注いでくれる。


「まずは紹介しよう。こちらはご存知だと思うがエドワーズ王子殿下とパトリシア王女殿下。お二人も畏れ多い事に私を見舞ってくださってな。それから、

妹のミシュリーヌだ」


「ブルーノ・ベステルと申します。王子殿下王女殿下、お会いできて光栄です。ミシュリーヌ嬢、どうぞよろしくお願いします」

 ブルーノは自然に挨拶をした。お二人の存在は不意打ちだっただろうに、流石の適応能力である。


「ガスパール・ランベルトと申します。エドワーズ王子、お初にお目にかかることができ光栄です。ミシュリーヌ嬢、兄上にはお世話になりました」

 一方のガスパールは、完全にパトリシア王女を抜いた挨拶を展開した。

 何やってんだよ!

 うわぁ……、パトリシア王女の額に漫画的な表現の血管が幻視されたぞ。


「………………………………」

 

 重苦しい沈黙が、客間を支配しする。


 このままではいかん。

 俺はとりあえず状況を動かす意を決した。

 何だってガスパールがあんな態度なのか不明な為どう転がるかは分からないが、何もせずに押し黙っていては胃がもたない。


「二人とも、心配をかけたな」


「ああ、びっくりしたよ。会いに行っても姿が見えなくて、どうやら倒れて客間に運ばれたらしいって話だったからね」

 ブルーノもガスパールの態度に内心冷や汗ものだろうが、どうにか受け答えをしてくれた。


「間違って酒を飲んだ件も知っているようだけど、結構広まっていたか?」

 そうだったら困るなと思い聞いてみる。

 こちらでは解決済みだが、やはり王城の宴で公爵家の子どもが誤って飲酒というのはどちらにとっても外聞が悪い。


「いや、大丈夫だと思うよ。広間では倒れたことと運ばれたことくらいしか話題に出ていなかったからね」

 じゃあどうやって知ったかという話なのだが、突っ込むのは止めておこう。

 王子王女の前で、王城内に情報提供者が居るという話は不味かろう。


「噂に違わず、いい耳をお持ちのようですわね、ベステル侯爵家御令息?」

 釘を指してくるパトリシア王女。

 やはり察したか。

 すまんブルーノ、余計な事を聞いてしまった。


「ええ、何せ王室御用達の人材ですから」

 余裕そうに微笑むブルーノ。

 ん? どういうこと?

 パトリシア王女は一瞬驚いた顔をするが、面白そうに微笑む。


「それを言ってしまって良かったのかしら?」

「せっかくお与え頂いた機会ですので、恭順の意を示そうと思いまして」

「――とりあえず、この部屋に関わる従者と侍女が蝙蝠で無い事だけは分かったわ」


 何やら意味ありげに牽制し合う2人。

 これはつまり、ブルーノへの王城に居る情報提供者の中に、ブルーノの情報を王城へ流す言わば二重スパイのような者が居るという話なのだろう。

 そしてそれをお互い把握し合っている、という事か。

 ……情報のじの字も意識していないであろうアルダートン家的にはかなり怖いんですけど。


「まあ、これまでのパンタグリュエルの家は情報を重視はしても弄びはしていないそうですから、深く追求はしませんわ。御祖父様の行いに感謝なさることね」

「今度会った時には肩を揉んでおきます」

 そう言って頭を下げるブルーノを見て、パトリシア王女は笑みを深くした。


「あなたも、なかなか面白そうですわね――どこかの猪頭に掴んでいる情報範囲を暴露されたのに、落ち着いて対応できましたもの」


 はい来た。

 来ましたよガスパールへの攻撃。

 


 原作で何度も見た光景。

 ここからガスパールが反撃してお互いヒートアップしていくのだ――が?


「………………………………」

 ガスパールは、黙ってお茶を飲んだ。

 どうしたガスパール?

 そこは王女ともあろう方が倒れた客人の部屋にいつまでも居るとは感心できませんなとか嫌味の応酬をする所だろう!

 いや、しないでくれて助かるんだけどさ。


 パトリシア王女も、反応の無いガスパールに肩透かしをくらったようで、不機嫌そうな顔を見せる。


「………………………………」

 追撃はせずに、お茶を飲んで押し黙るパトリシア王女。

 空気が重いっ!

 

「お姉さま……」

 そんなパトリシア王女を、ミシュリーヌは気遣わしげに見つめた後、キッと顔をガスパールに向ける。

 何をする気だ妹よ!

 エドワーズ王子も何やら心配そうだ。気が合うな未来の弟!


「ガスパール様、兄のお見舞いに来てくださり感謝いたしますわ」 

 

 ミシュリーヌはすっと頭を下げた。


「ガスパール様の事は、大変失礼ながら友人達との噂で聞いておりました。武門を誇る名家の跡取りとして日々訓練に励む立派な御方だと、将来はさぞ誉れ高い王家の騎士となるだろうと。そんなガスパール様と兄が親しくしていると聞いて、本当に嬉しく思いましたわ」


 そこで、ミシュリーヌは一度大きく息を吸い、


「それなのに、先程からのパトリシアお姉さまへの態度は一体何なんですの! どんなご事情がおありなのかは存じませんが、無礼にも程がありますわ! もしパトリシアお姉さまの方に誤解があるなら解く努力を、ご自分に非があるなら謝罪をするのが、あるべき騎士の姿ではありませんの!?」


 ばぁんと円卓に手をついて言い切った。

 

 ここで、俺は内心目を見張っていた。

 この流れるような主張の元ネタに気づいたからだ。

 

 『王妃リディアーヌ伝』

  

 あの本の中にある一節――お互い些細な誤解からすれ違っていた臣下の騎士の恋人達の仲を修復した話で使われたのが今のミシュリーヌの言葉の原典だ。  

 初めは、意気投合した『お姉さま』の敵に対する攻撃だったらどうしようかと思ったが、状況を見極めて言葉を選べたようだ。

 というか、薦めた本をちゃんと読んでいてくれてお兄ちゃん嬉しい。


 と、いかんいかん、浸っている場合じゃなかった。


 ただの癇癪をぶつけられた訳ではないとはいえ、割と痛いところを突かれたであろうガスパールはどうするのか!


 はらはらしつつ見守ると、ガスパールは俺とミシュリーヌを交互に見ると、この部屋に入ってきて初めて小さいが笑顔を見せた。


「まったくアルダートン兄妹には、世話をかけっぱなしだな……。ミシュリーヌ嬢、ご助言感謝する」


 そう言うと、ガスパールは残っていたお茶を飲み干し、パトリシア王女に向き直る。


「パトリシア王女殿下、今の、そしてこれまでの私の無礼な態度をここに謝罪する。申し訳なかった」


 それはなんのてらいもない、武骨で真っ正直な謝罪だった。

 ガスパールは頭を下げた姿勢のまま、ぴくりとも動かずにいる。


「……まず顔をお上げなさい。言い訳があるのなら聞いてあげますわ」

 言葉は高い所からな風を装ってはいるが、内心あまりにも直球な謝罪に動揺しているらしいことが見て取れる。


「……言い訳にもならないが、黙っていても何も伝わらないからな、ならば聞いて頂こう」

 ガスパールは頭を上げて、パトリシア王女を見つめた。


「まず私が、自分がパトリシア王女の婚約者候補とされていると意識したのは、先程の宴で国王陛下のご挨拶が終わった後だった」


 予想的中である。

 やる気あるのかランベルト侯爵家!

 だが意識したという言い回しは何か不自然だな。


「父から、婚約者候補なのだから挨拶くらい行ってこいと言われて、寝耳に水だったのでどういうことかと聞いたら、父には王女と初めて会った日の前夜に伝えただろうと言われてしまってな。誠に面目もない次第なのだが、私はその頃剣の修行の事で行き詰まっていて……。今にして思えば、剣と関係の無い話題は無意識のうちに聞き流してしまっていたような気がするのだ。なので、はっきり言うと婚約についての話を聞いた事を覚えていなかった」


 自分の所為かーい!

 すみませんでしたランベルト侯爵家。

 いやでも自分とこの息子がそれらしくない態度とってたら注意くらいしろよ!

 ……我が家の教育方針に盛大なブーメランがぶっ刺さりました。

 何なんだよ貴族の家って! 基本放任なの!?

    

「聞き流していた……、私との婚約の話を……」


 完全に無表情になり、つぶやくパトリシア王女。

 何やら、物凄い圧力が彼女の中で高まっていくのを感じる。


「本当に、お詫びのしようもない。それからこれまで、王女殿下とお会いする機会が度々あった事がどういう意味を持っていたのかと、その時に自分がどういう態度をとってしまったかを一気に思い出して……、今更どの面を下げて挨拶に行けばいいのか分からなくなって……」


「結局来れなかった……と?」  


 ガスパールは神妙な顔で頷いた。

 

「この部屋の侍女・従者達は、呼ばれるまで部屋の外で待機していなさい」


 何の感情もこもっていない声で、パトリシア王女は告げる。

 侍女従者のみなさんは流石に動揺するが、二度は言いませんとの言葉に素直に従い、退室していく。


 その重い扉が閉じられた。

 

 パトリシア王女は無言のまま席を立つと扉に近づき、内部の音声を外に漏らさない為の魔道具を起動させる。

 そうして、能面の様な顔のまま円卓に戻り、ガスパールに近づく。


 状況を察したガスパールは自身も席を立ち、真っ直ぐに向き直る。

 

「確認します、ガスパール・ランベルト。貴方は剣の事を考えるあまり、自身の婚約――それも相手が王女である婚約話を聞き流した。それで間違いありませんわね」


「――その通りだ」


 ぎゅっと、パトリシア王女の拳が握られる。


 誰もが次の瞬間訪れる惨劇を予想し身を竦めて見守る中、ソレは起こった。


「うっ、くくっ、ぷふっ」


 恐らく、本人を除く全員が、状況を理解できなかったであろう。


「もっ、ダメっ! あっはははははははははははははは!」


「……パトリシア王女?」

 ガスパールはこの場にいる王女以外の全員の気持ちを代表して問いかける。


「もー、なんなのよアンタ! 何かと思ったら聞き流してたって! あっはははははは! もーおかし過ぎ、っははははははははは!」


「誠に返す言葉も……、っははははは! 今更格好もつかんな、我ながらおかしいわ! はははははははは!」


 一緒になって笑い合う2人を、俺達は呆然と見守るのだった。


   

 

 

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