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20 兄、王女と出会う

 アルフェトーゾ王国国王、コーネリアス・アルフェトーゾ陛下。

 年の頃は父上と同年代。こちらが子どもであることを差し引いても見上げるような長身の偉丈夫だ。

 表情は今は柔和であるが、それでもどこか威厳を感じさせる。この御方が本気で睨みつけたとき、目を逸らさずに済む者は数える程度しかいないだろう。

 

「さて、先程エドワーズに頼み事をしていたが、せっかくの機会だ。直答を許す故に申してみるがよい」


 にこりと笑う陛下。


「有り難き幸せに存じます」

 俺は頭を下げ、考える。

 どうお願いするべきだろうか。

 

 そもそも、この一件は主催側の落ち度ということになる。

 如何に子どもが勝手にやったこととはいえ――否、子どもの行動だからこそ、周囲の大人が気を付けなければいけない事案なのだ。

 それを結果的に怠った事に対する処罰については王城側の義務であり権利だ。被害者とはいえ、それに対して横槍を入れる権利は本来はない。

 

 と、ここまでは理屈上の話だ。

 理屈の上ではそうなのだが、やはり被害者とされた俺が己の不明を悔いているし、王城側としても明らかな怠慢ではないのだから、大事にしたくはないというのが人情であろう。


 ということで、せっかくお許しを頂いたので俺は真っ向からお願いをする事に決めた。


「陛下、この度は宴の開場を無用に騒がせてしまい誠に申し訳ありませんでした。これは全て、私めの勝手な行いによるもの。ベーヌ殿を始め、関わった方々には何卒寛大なる御処分をお願いしたく存じ上げます」


「ふむ……」

 俺の願いを聞いた陛下は顎を撫でる。


「酒を扱う卓に付いていた係の者には、適切な相手に給仕をする職責がある。そして、給仕長であるベーヌにはそれらを監督する職責がな。それらを全うできなかった以上、不問に処すのは正しい裁きと言えようか? これについてはどう考える?」


 ……人情に訴えよう作戦はあっさりと暗礁に乗り上げてしまった。

 どうする。

 何か失敗した家臣を許す故事でもひいて説得をするか。

 いや、陛下の表情を見るに、赦免の意思はあるように思える。

 では何故わざわざこんなことを言うのか。

 未来の王兄と呼んだくらいだ、ライヒアルト伝から、この状況に即した逸話でも引けということだろうか。

 目的は何だ。

 何か聞きたい事があって――、

 

「……陛下、私めをお赦しください」


「ほう?」


「有り体に言います。私めは、自分のせいで誰かが犠牲になるということに耐えられません。これは私めの我儘です。私めを赦す為に、関わった方々をお赦しください」


 俺はああだこうだと考えるのを止めて、直球を放る事にした。

 そう、相手は国王陛下だ。

 ならば、下手な小細工など無用。自分の非を、弱さをさらけ出してしまおう。


「ふっ、はっはっはっはっは!」


 陛下は満足そうに笑った。


「うむ、自分の為というのならば仕方あるまい。先刻も言ったが、余は子どもに対して無慈悲な王ではないのでな。アルダートン公爵家長子マルセルよ、お前の心を安んじる為、給仕長以下関わった者達を不問に処す」


「陛下の寛大なる御裁量に感謝致します」


 俺は再び、深々と頭を下げるのだった。


「ベーヌよ聞いての通りだ。此度のような事故を防ぐように対策を考えて改善し、今後も職務に励め」


「ははあっ!」

 ベーヌさんはその場に膝をつき、俺と同じく深々と頭を垂れる。

 どうにか一安心だ。



「さて、それでは余は戻るとしよう。アルダートン公と奥方、執務室で話をしたい」


 陛下は父上と母上を呼んだ。今回の件の話か、ミシュリーヌとエドワーズ王子の件だろうか。


「子ども達はここでしばらく待っているがよい。エドワーズ、もてなしはお前に任せる」


「陛下、ランベルト侯爵家とベステル侯爵家より、マルセル殿の容態について問い合わせがありましたがいかがいたしましょう」


 お付きの、結構偉いと思われる人が陛下に尋ねる。

 ガスパールとブルーノだろう。

 そういえば、後でまた会おうと言っていたのだ。

 あの2人にも心配をかけてしまったな。


「何故その二家が?」


「ランベルト侯爵家のガスパール殿と、ベステル侯爵家のブルーノ殿とは親しくしております故、心配してくれたのだと思います」


 俺が言うと陛下は得心した様子で頷いた。


「ならば、その2人もこの部屋に招くといい。使いはこちらで出しておこう」


 陛下はお付きの人に指示を出すと、父上母上と共に部屋から出ていった。



「マルセル兄は、陛下に気に入られたようだ。あの方があんな風に笑うのは珍しい」

 

 もてなし役に任じられたエドワーズ王子は侍従に何事かを伝えると俺の所に戻ってそう言った。


「お兄様、国王陛下と直接お話しした上に、気に入って頂けるなんて凄いですわ!」


 ミシュリーヌは尊敬の眼差しでこちらを見ている。

 

「有り難き幸せではあるけど、緊張した~」


 俺は再び、ベッドに寝転んで伸びをする。


「ねえお兄様、お酒を飲んだときって一体どうなったんですの?」

 そういえば、とミシュリーヌが興味深げに聞いてくる。

 前世の記憶的には、適量なら気分が高揚して楽しくなれるのだが、子どもの身では意識が飛んで起きたらあの割れんばかりの頭痛だ。

 そんなことは無いと思うが、まかり間違ってミシュリーヌが試してみてはいかんからな。大げさに言っておこう。


「記憶はなくなるわ頭は痛いわで散々だ。ライヒアルト様は酒豪だったと言うことだが、こればかりは流石に真似はできそうにないな」

 俺が大げさに頭を抱える。


「まだ頭が痛いんですの!? イウン! さっきのお水をお願い!」


「いや、大丈夫だ。思い出して頭を押さえただけだ。それにしてもイウン、さっきの水は何かの薬が入っていたのか? すぐに楽になったが」


「こちらは、お城の方で用意して頂いた回復薬でございます。なんでも、二日酔いに効果が出るように調整されているとか」


 硝子瓶を手にしたイウンがそう説明をした。

 そんなものが開発されているということは、この世界の人々も結構酒好きなのだろう。


「宴でお酒が進みすぎて体調を崩す方は結構いるらしくて、この時期は客間に常備しているそうですよ」

 エドワーズ王子から補足が入る。

 いくら無礼講とはいえ、大人が飲みすぎて王城の客間で休むというのは礼儀作法的にどうなんだろうか……。

 俺はそこら中の部屋で深酒にやられてうめく貴族が横たわている様子を想像してげんなりする。


 そんな事を考えていると、この部屋のドアが叩かれた。


 ガスパールとブルーノだろうか。連絡を受けて来たにしてはずいぶんと早い気がするが。


「パトリシア王女殿下がエドワーズ王子殿下に御面会をお求めです」


 違った。


 えーとパトリシア王女殿下といえば、エドワーズ王子とは同腹の姉の第三王女で、原作ゲームではガスパールの婚約者――ライバル令嬢として登場したはずだ。


「姉上が? どうしたんだろう」

 エドワーズ王子は訝しげな表情になる。

 確かに、一応とはいえ倒れた公爵家の息子を休ませる客間にわざわざやってくるというのはおかしい。


「エドワーズ様のお姉さまですの!?」

 そんなエドワーズ王子とは対照的に、ミシュリーヌは嬉しそうに驚く。


「ミシュリーヌはこの前王城に来たときにお会いしていたのか?」

「いいえ、今日が初めてですわ!」

 何やら気合を入れている我が妹。


 おおっと、原作ゲームでのミシュリーヌとパトリシア王女の関係は言うまでもなくかなり冷え込んでいたのだった。

 ミシュリーヌの言動に対し弟の婚約者に相応しくないとするパトリシア王女と、それに反発するミシュリーヌという図式だった。

 幸いミシュリーヌはだいぶ丸くなって来ているし、今から初対面なので何とかなるだろう。

 あ、そうか。弟の婚約者の顔を見に来たのかもしれない。


「ミシュリーヌ、最初が肝心だからな。失礼のないようにするんだぞ」


「もう、大丈夫ですわ! ああ、でもちょっと鏡を見て身だしなみを整えますわ」

 あたふたと侍女を伴って客間の鏡の前に行くミシュリーヌ。


「俺もベッドの上だと失礼だな。ええと、イウン、服を持ってきてくれ」

 ベッドに寝せる時に着替えさせられたようで、俺は寝巻きのような楽な服になっていたのだった。

 国王陛下とは目覚めからの流れだったので着替えられなくても仕方がなかったが、これで王女殿下をお迎えするわけにはいくまい。


「……準備をするので少しお待ちいただいてくれ」


 てんやわんやの俺達兄妹の様子を見て、エドワーズ王子が気をきかせてくれた。

 ありがとう未来の弟。


 どうにか身支度を整えた俺がミシュリーヌを見ると、我が妹は鏡に向かってにっこりと微笑む練習をした後、目尻を下げようと試みていた。

 ……やはり釣り目がちなのを気にしていたか。


「準備はいいかミシュリーヌ?」


「ええ、あまりお待たせしてもいけませんものね」


 まだ未練があるのか目尻をむにむにと触っていたミシュリーヌだが、気を取り直して鏡の前から戻ってきた。


 その間に、エドワーズ王子の指示を受けた侍女により客間のテーブルにお茶とお菓子が並べられている。

 あちらも準備が整ったようだ。


「お招きしてくれ」

 エドワーズ王子の言葉を受け、侍従の一人が扉ごしに向こうへ準備が出来たことを告げ、ややあって扉を開いた。


 そうして、侍女達を引き連れたパトリシア王女が客間に入ってきた。


 青みがかった銀髪と、落ち着いた翠色の瞳。

 年齢は王子とは年子なので9歳のはずだ。ガスパールと同い年でもある。まだ幼いが、凛としたたたずまいを感じさせる表情だ。

 原作では、俺様なガスパールに対し負けずにぶつかり合うような激しい面を持っていたのでさもありなん。


「突然の訪問にもかかわらず招き入れていただき嬉しいですわ」

 微笑むパトリシア王女。

 ただ微笑んでいるだけなのだが、どこか威厳を感じるのは陛下譲りなのだろうか。


「姉上、一体どうなされたのですか? この客間は体調を崩されたアルダートン公爵子息に静養頂いていたのですが」

 遠回しにパトリシア王女を諌めるエドワーズ王子。

 まあ、実際はもう元気とはいえ俺を寝せる為の客間だから、王女とはいえ訪ねてくるのは無作法に当たるだろう。


「非礼はお詫びしますわ。宴の席では会えなかったので、是非お会いしたいと思いましたの。弟の婚約者様と――その兄上様に、ね」


「まあ!」


「これはこれは、光栄に存じます」


 ミシュリーヌは嬉しそうにしたが、俺は品定めをするような視線を受けて内心冷や汗をかいた。

 何か、嫌な予感がするのだが……。







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