16 兄、友誼を結ぶ
ブルーノの助力を得ることに成功した俺は、彼に先導されて更に外側の伯爵家ゾーンへと足を運んだ。
別にどこかに区分けが書いてあるわけではないのだが、何となくどの辺りで線引きされているのかが分かる。
それは言葉遣いだったり立ち居振る舞いだったり、あるいは身に付けているものの品質や、組み合わせのセンス等だ。
知識で判別しているのではなく、無意識の感覚で分かるのだろう。
「この辺りで少し待ってもらっていいかな? 流石に君を子爵の集まりの方に連れていくのもなんだから、エンリオの方を連れてくるよ」
「ああ、すまないがそうしてもらえると助かる」
俺の返事を受けて、ブルーノは外側へ向けて歩いていった。
気遣いの出来る男、ブルーノ。
うん、出会った時の弱々しそうな反応から、心の中でとはいえさっきまで君付けで呼んでいたけど止めよう。
何かこう、口に出さなくても気づかれる気がする。
というか、彼を粗略に扱うとまずい事になる予感がする。
何でだろう?
得体のしれない警戒感を不思議に思いつつしばし待っていると、ブルーノが2人の少年を連れてこちらにやってきた。
「お待たせ」
「あ――」
俺は思わず声を漏らした。
ブルーノを中心に、右にニコラス・ラヴァン、左にエンリオ・ペンズが並ぶ。
まだ紹介を受けていないが、どっちがどっちかを俺は知っている。
二人とも俺の1つ下のはずだが、既にかつての俺並みのぽっちゃり感を出しているニコラスと、長身で痩せ型のエンリオ。
左右にこのコンビを控えさせ、一見にこやかに微笑むブルーノ。
この絵面は!
思い出した。
というか家名が違うから気付かなかった。
ブルーノ・パンタグリュエル。
後のパンタグリュエル辺境伯家の跡継ぎにして、原作ゲームの攻略対象だ。
属性は、智謀系毒舌眼鏡。
危ない危ない、彼は敵に回したらいかん奴だった。
確か、彼のイベントで侯爵家から母の実家の養嗣子になって云々という話があったはずだ。
恐らく、それはまだ先の話なのだろう。
今は眼鏡をかけていないが、視力もこれから落ちるのだろうか。
「どうかした?」
「ああ、いや、すまん。何でもない」
不思議そうに問いかけるブルーノに俺が返事をすると、両側の凸凹コンビが揃って一歩後ずさる。
「……聞いたか?」
「……ああ、本当に謝ったぞ」
顔を見合わせて囁き合う2人。
いやいや、今の場合のすまんは謝罪に含まれないレベルの日常会話だと思うんだけど、それでもこの反応かい!
「だから言っただろ2人とも、安心しろって。マルセル、こっちの丸いのがニコラスで細長いのがエンリオだよ」
何ともざっくばらんな紹介である。
ただ、言いようはあんまりだがそこに悪意は感じられない。
言われた2人も気にしていないようなので、親しみの現われなのだろう。
「わざわざ足を運ばせて申し訳ない。ブルーノから聞いているとは思うのだが3年前の件でお2人に詫びをしなければと――」
「あああ、いやいや、それには及びませんよ!」
「そうですそうです、子どもの時のことなのですから!」
俺が一歩近づいて頭を下げようとすると、慌てて止める2人。
「いや、しかしけじめとしてこういうのは」
「マルセル様――」
イウンがそっと声をかけてくる。
「マルセル様の己の過ちを償おうとする姿勢はご立派です。しかしながら、それはお相手の立場を慮れなければかえって迷惑になってしまいます」
イウンの諫言にはっと我にかえる。
先程のブルーノの時は、公爵家と侯爵家ということで俺が頭を下げたところで問題はない。
しかしこの2人は伯爵家と子爵家だ。
いかに子ども同士のやりとりとはいえ、いかに無礼講の宴の席とはいえ、公爵家の嫡男に頭を下げさせたということが公になるのは2人と、その実家にとって迷惑以外の何ものでもない。
「ありがとうイウン、俺はまたしても過ちを犯してしまうところだった」
小さく礼を言うと、イウンは深く礼をした。
「では2人とも、立場上詫びをできないので代わりといってはなんだが、今後は親しくしてもらえればありがたい」
「……え~っと、その」
「……公爵家のマルセル様と親しく、ですか」
妥協案のつもりだったのだが、まだまだハードルが高かったようだ。
考えてみると俺って友達と呼べる存在がほぼ居ないんだよな。
同年代とまともに会話したのなんて昨日のガスパールくらいだし。
ミシュリーヌは着々と文通したり集まりで友達を作ったりしているというのに、お兄様はこの有様である。
「寂しいなー、僕のことは誘ってくれないのかい?」
固まる2人を置いといて、ブルーノからかうような口調で言って来た。
「いや、ブルーノとはもう友達になれたつもりだったのだが……」
あれだけ素の状態を見せてくれたから君はもう友達枠に入れてるんだけど、勘違いだったのだろうか。
だとしたらこっちこそ寂しいのだが。
俺の言葉を受けたブルーノは一瞬驚いた顔をした後、自然な笑みを見せた。
「事が後先になったけど、よろしくねマルセル」
ひょいと突き出された手を取り、俺は握手をした。
後のキレ者眼鏡も、子どもの頃は案外普通だ。
「というわけで2人とも、僕がマルセルと友達になった訳だから、ある程度覚悟を決めるんだよ。これからの集まりでも結構顔を合わせる事になるだろうから」
「そ、そんな~」
「……善処します」
ブルーノの言葉に、困惑するニコラスと、諦めたらしいエンリオ。
まあ急にはむりだろうけど、仲良くしてくれると嬉しいのだが。
それから暫し、やはり子ども同士だからなのか間に入ったブルーノの話術が巧みなのか、俺たちは結構打ち解けることができた。
談笑を重ねていると、ふとニコラスがブルーノに耳打ちする。
ブルーノは話を聞いていたようだが、突然ぶふっと噴き出してから、俺の方に向き直った。
「ねえマルセル、君って結構ふくよかだったはずだけど、一体どうしたんだい?」
そういうことか。
どうやらニコラスは俺のダイエット法について聞きたかったが、直に尋ねるのもはばかられるので間を通したらしかった。
「半年ほど前から、食事の量を半分程度に減らした。内容も、それまでは肉類中心だったが、野菜や豆も食べるように変えた。あとはやはり運動だな。剣の訓練も再開したから」
「半分っ!!」
内容を聞いて、絶望の声を上げるニコラス。
まあ、それまで普通に食べていた量の半分というのはつらいかもしれない。
「いきなりだと続かないだろうから、少しずつ減らすというのもいいんじゃないか?」
「あー、それなら出来るかもしれません」
俺には敬語だが、一応普通に会話はできるようになった。
と、今度はエンリオがブルーノに耳打ち。
普通に聞いてくれていいのだが、エンリオは子爵家だし、敷居が高いのだろう。
エンリオの話を聞いていたブルーノが、興味深そうな表情になる。
話を聞き終わると、俺の方に近づいて今度はブルーノが俺に耳打ちしようとしてくる。
周りに聞かれたら不味いネタなんて――、実家及び自分の過去の所業に山ほどあるな……。
一体何を聞かれるのやら。
「……赤獅子のランベルトの、ガスパールと一戦交えたっていうのは本当?」
王都での出来事だとはいえ、昨日の情報が既に入っているのか。
恐ろしい伝達能力だ。
これなら、俺が改心したという噂ももう少し広まっていてくれてもいいと思うのだが、世の中ままならないものだ。
「ねえねえ、どうなの?」
わくわくといった言葉が似合う様子で聞いてくるブルーノ。
さてどう答えるべきか。
一緒に稽古をしただけなので一戦交えたというのは大げさなのだが、変に何も言わずにおかしな想像をされて話が広がっても俺とガスパールにとって良くないからな。
「あの樹の広場で、一緒に剣の稽古をしただけだ。一戦交えたという訳ではないよ」
「ふうん。僕はまだ剣は習っていないけど、稽古でも打ち合うんでしょ? どっちが勝ったの?」
「俺の完敗さ。流石は赤獅子の――、いや、流石はガスパールだ」
俺はミシュリーヌへの返答と同じく、自分の負けであると教えた。
あの場ではお互いに引き分けと言ったのだが、今後を考えればガスパールが俺を相手に引き分けたというのも結構外聞が悪くなる可能性が高い。本人同士がそう認識していても、問題は周囲がどう考えるかだ。
ガスパールはあのマルセル・アルダートン程度に引き分けるなんてと思われるだろうし、俺に関しては大法螺吹き野郎扱いされて終わるのが目に見えている。
あの日の勝負の真実は、俺達の記憶に刻まれていれば、それでいいのだ。
と浸っていたところ――。
「おお、噂をすれば何とやらだね」
「へ?」
ブルーノが見ている方向をひょいと見やると、当のガスパールがこっちに向かって歩いてきていた。
「おお、そこにいたかマルセル」
燃えるような赤髪に、やはりそこかしこに朱色をあしらった服をびしっときめたガスパールが現れた。
その後方には従者のシドが控えている。
「ああ。ガスパール、元気そうで良かった」
大きな怪我をしないように設計したとはいえ、何事も完璧ではない。
少し心配していたが、ガスパールは大丈夫だったようだ。
「そういえば、すまない。昨日使わせてもらった例の訓練用の剣、そのまま持って帰ってしまっていた」
「気にするな、俺も言われなければ思い出さなかったくらいだ。昨日の思い出にそのまま持っていてくれ」
本気で忘れていた俺はそう応じた。
「ありがとう、あれはオレの誇りの象徴となるだろう。お前という男に敗れ、そして起き上がったという、な」
何の屈託もない、晴れやかな表情でガスパールが宣言した。
ブルーノの目が見開かれ、凸凹コンビは大きく口を開け、周囲の大人達はピクリと反応した。
「いや、待てガスパール、あれは勝ち負けとかそういうものではないだろう! 第一、今のお前に俺は間違いなく勝てないぞ」
俺は慌ててガスパールに迫る。
今のガスパールは、ゆったりと落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
昨日の勝負をする前までの尖った所が削れた、訳ではない。
自身の刺を覆うくらい、他の部分を大きく成長させたのだろう。
「だとしてもだ、オレが一歩進めたのは紛れも無く、お前と出会って戦い、負けることができたからだ」
言うなり、ガスパールは片膝をついて、真っ直ぐに俺を見る。
「感謝を。これからの私の成すことの半分は、貴公の功だ」
俺は唖然とするが、周囲はもっとだろう。
これは下位の者が上位の者に対して親愛や忠誠を示す時に姿勢である。
爵位の序列上、確かに公爵家は侯爵家よりも上なので問題は無い。
問題はないのだが、現実的にはむしろ逆というか、実態としては侯爵家の方が力が強い家が多く、同格であるという意識がある。
なので公爵家としては相手を下に置こうとし、侯爵家としては相手と並び立とうという意識があるのだ。
厳格な式典などでは流石に規定通りの序列だが、多少崩れた宴等の場合まず侯爵家は同格としての扱いを求め、そのように振舞うし、公爵家は序列をつくろうと動く。
そんな、デリケートな問題なのだが我が友よ、なんて事を軽々としてくれるのか。
周囲は徐々に起きている事態に気づき始め、ざわざわとしだしている。
今更なかったことにはできまい。
それならば!
「立ってくれ我が友よ」
俺はガスパールを立たせると、
「貴公のその言葉こそ我が最大の功だ。そしてここに誓おう。共に並び立てるだけの男になると」
その両手を握って深々と頭を下げた。
これは相互礼と言われる、同格の者に対しての礼である。
ガスパールがこちらを格上扱いしてきたので、こちらとしては同格扱いをする、落としどころとしてはこれで勘弁して頂きたいというところだ。
が、やはり周囲のギャラリーがわいている。
ええい、好きにさせておこう。
「そうだガスパール、こちら、お前にも縁がある方々でな。紹介させてくれ」
「これはお初にお目にかかる――のではないな。ああ、あの時の!」
俺と違い、ガスパールはしっかり覚えていたらしい。
「ベステル侯爵家のブルーノだよ。3年前は世話になったね」
「いや、事が起きてからやってきただけだからな、オレは何もできていなかったさ」
「またまた、あの時は結構胸がすく思いだったんだよ、君があの時のマルセルを一喝してくれて」
「……本当にすまなかった」
「あはは、もういいって。過ぎてしまえば思い出だよ。ところでさ、本当のところはどっちが勝ったの? マルセルもガスパールも自分が負けたって言うし――」
凸凹コンビは格上なので恐縮しているようだが、ブルーノは適応して会話を弾ませてくれている。
周囲も、俺達の楽しげな様子に多少は毒気を抜かれたのか騒いだ空気が収まってきた。
このままスルーして貰えればいいのになと思いつつ、俺は友人達との会話を楽しむことにした。
活動報告の方でもお知らせしましたが、今回はお待たせして申し訳ありませんでした。
今後、多忙でいつも通り投稿できない際も、活動報告にて予定をお知らせしたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。