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15 兄、宴の会場にて協力者を得る

 王都グラディオスの中心に、王城はある。

 名称は王城であるが、機能と構造から言えば実質的には宮殿だ。

 広々とした庭園は、真冬だというのに花が咲き乱れ、気温も春の暖かさである。

 勿論、これらの現象は魔道具によるものだ。

 パーティーに向けて華やかにということだろうが、中々に季節感を失わせる光景である。

 

 そんな庭園の奥には、きらびやかな建築物がどっしりと鎮座していた。

 前世の記憶からイメージするに、ベルサイユ宮殿をベースに、背の高い塔をいくつも追加したような外見である。

 陽光にきらめくその姿は、天上の光景のようだった。

 流石は王の居城。

 俺は感心しながら、両親とミシュリーヌと共に王城へと入った。


 パーティーは既に始まっていた。

 と言っても、正確にはまだ開宴ではない。序列的には下位である男爵・子爵家の者達が先に会場入りして場を温めておき、徐々に伯爵・侯爵・公爵家が現われ、揃ったところでいよいよ王族が登場して参加者にお言葉を賜り正式な始まりとなるそうだ。

 新しい参加者が登場するということは自分と同格か上であるので、先に参加している者達は同格や下位の者と談笑しつつも常に誰が訪れたかに意識を向けているとのこと。

 新しい参加者は大広間の前側中央にまず行き、それまでそこに居た者達は場所を譲って徐々に後方外側へと下がるという動きがマナーとしてあるそうだ。

 我が家の場合公爵家なので、王族の登場まではほぼ中央から動くことはない。

 同格の爵位でもその中で更に序列が存在するのだが、今回の新年パーティーのような無礼講を掲げた集まりではその部分はあまりあからさまにしない事がマナーとなっているらしい。

 なお、俺やミシュリーヌのような公爵家子ども達は最も自由で、大広間を好きに動いている。

 あくまでも公爵家の子ども達は、であり子ども全般ではない。

 そもそも男爵家は本人と奥さんのみで子どもは連れてきていないし、子爵家の場合親のそばから離れさせない。

 伯爵家についてはそれなりに動けるが外側への移動のみ許されている。

 侯爵家になると、公爵家と同様ほぼ自由となる。

 如何に無礼講とはいえ、子ども同士のトラブルは結構根が深くなるものなので、このような配慮がされているようだ。

 貴族の社交というのは、かなり神経を使うものなのである。


 大広間への入口。

 同行していた家令のイウンが俺達の到着を係の者に知らせる。


『アルダートン公爵様御一家の御到着です』

 

 決して大音量ではないが、はっきりと聞こえる声。

 恐らく、何らかの魔道具で拡声されているのだろう。

 大広間の中で参加者にも知らされた後、俺達はゆっくりと大広間に入った。


 大広間はその名の通り恐ろしく広かった。

 ざっとした目算だが、100m×200mくらいあるのではなかろうか。

 柱が何本もあり、その1つ1つに立派な彫刻が施されている。

 壁には数々の絵画が掲げられ、こちらもまた細緻な彫刻を施された大きな窓が並んでいる。

 天井も開放感を感じる高さで、ここにも神話の一場面と思しき絵が描かれていた。

 シャンデリアなのであろうか、宝石細工を魔道具で光らせていると思しき照明がいくつもあった。

 いくつものテーブルが並べられ、その上には料理と飲み物。

 城の使用人達が数多く優雅な動きで給仕をしている。


 大広間に一歩足を踏み入れると、周囲からの注目を感じた。

 流石にじろじろとぶしつけな視線を向けてくる者はいないが、さりげない視線は皆送ってくる。

 立ち位置や服装的に子爵と思しき人が何人か、俺達の進路には当然入らないものの近づいてきて礼と挨拶をする。

 父上はそれに対し鷹揚に頷いて見せるだけで、声をかけたりはしない。

 アルダートン公爵領の近隣の領主達だろうか。

 我が家の領地は規模が大きいので近接する中小貴族の領地が多く、その分交流の機会も多くなる。

 向こうの態度から察するに、大領主なのでこちらが頼られている事が多いのだろう。

 そういえば、思い返せば実家にも結構な頻度で来客があった。

 父上は領主としては、別段能力が低い訳ではないようだ。

 

 そのまま歩みを進め、中央前方の集まりに至る。

 公爵家の一団だ。


 やはり、他の貴族家とは格の違いが感じられる。

 ちなみに、男性貴族用の衣装は中世ヨーロッパおなじみのぴっちりとしたタイツっぽい奴ではなく、ひざ下までの裾のズボンである。膨らんだ肩当てもない。女性用の衣装も、定番のコルセットはかつては使われていたが古い流行であり、現在は使われていないとのことだ。

 大分前世における日本の美意識が反映されているなと感じた。

 さて、公爵家の皆様方、衣装の豪華さもそうだが、表情や振る舞いがごく自然だ。

 その意味では、自分はどう他人の目に映るのだろうか。

 今の俺は前世の記憶が蘇り、それまでの常識と人格に追加統合されたような状態である。

 表面上の振る舞いはそれまでの在り方をトレースできているが、内面は大きく変わっている。

 それまでの我儘放題の丸豚よりも、今のマルセルの方が人間として好かれるのは間違いない。

 しかし、公爵家の長男としては、あまりに前世の常識のままに行動しては違和感を与えてしまうだろう。

 自然な尊大さ、とでもいうものが必要になってくる。

 

 自然に振舞うというのは誠に難しい。

 それは、努力をすればする程に不自然になってしまうからだ。

 努力を全くしない事が最大の努力なのだが、努力をしないように意識することもまた不自然さにつながる。


 やってもやらなくても駄目なので考えないのが一番なのだが、それが出来れば苦労はしないという話だ。


 ……どうせ不自然になってしまうのなら、人間として好ましい振る舞いをしよう。


 俺はそう腹を括った。


「これはアルダートン公。お久しぶりですな」

 30代半ばと思しき長身の男性がにこやかに話しかけてくる。


「おお、ブレンスマイア公。お元気でしたか」

 父上もにこやかに応じる。

 格下には情け無用だが、同格の貴族に対しては極めて常識的なようだ。

 母上も、にこやかに挨拶をしている。


「そうだ、挨拶がまだでしたな。ブレンスマイア公、私の息子のマルセルと娘のミシュリーヌです」

 父上に振られ、俺は一歩前に進み出る。


「お初にお目にかかれて光栄でございます。ロドリグが一子、マルセルと申します」

 俺は礼法に則り礼をする。


「お初にお目にかかれて光栄でございます。同じくロドリグが一女、ミシュリーヌと申しますわ」

 ミシュリーヌも、きちんと挨拶ができた。


「おお、これはご立派な御子息に御息女ですな。我が家の子ども達にも是非ご挨拶をさせたいのですが、あいにくとどこかに行っておりまして、また後程」

 ブレンスマイア公爵は少し慌てたように言った。


「ははは、子どもには子どもの社交がありますからな」


「お父様、クローデット――ミュレーズ公爵家の御令嬢があちらにいらっしゃるのですが、お話してきてもいいでしょうか?」

 友達を見つけたらしいミシュリーヌが父上に許可を求める。


「おお、文通相手の御令嬢だな。勿論いいとも。行っておいで」

 父上は相好を崩して薦めた。

 ミシュリーヌは結構顔が広いのだろうか。

 

 おっと、俺の方でもやる事があるのだ。


「父上、私も何人か挨拶したい方がいるので、行ってきてよろしいでしょうか。あと、イウンについてきて欲しいのですが」

 

 父上がほう、といった表情になる。

 一人称を変えたからだろうか。


「ああ、行ってきなさい。イウン、こっちはいいからマルセルに付くように」


「かしこまりました」


「ありがとうございます。それではブレンスマイア公爵様、大変申し訳ないのですが、ひとまず私はここで失礼致します」

 俺が中座を詫びると、ブレンスマイア公は瞠目した。


「……本当にご立派な御子息ですな。我が息子にも見習わせたい」


「いやいや、ブレンスマイア公の御子息は大層才気溢れていると噂で聞いておりますよ」

 はっはっはと笑う父上。


 なるほど、父上があちらの息子の噂を聞いているように、どうやら俺関係の噂も飛び交っているのだろう。

 情報源は分からないが、恐らく俺が前世の記憶を取り戻す前の丸豚の時期の噂だろう。


 これは、中々に行動しづらいものがあるな。

 流石に面と向かってぶっちゃけた話はしてこないだろうけど、驚きを隠さなければならない相手に申し訳がないなぁ。


 俺は再度礼をすると、イウンを伴って外周へ向かって歩きだした。


「それではイウン、すまないがよろしく頼む。大体どこに居るかの目星は付くか?」


「ご安心ください。きちんと調べておりますので」

 イウンは穏やかに微笑する。

 なんというナイスミドル。


 

「あちらの、深緑色の上着の方がベステル侯爵家のブルーノ様でございます」


「おお、では早速」


 俺は同世代の少年の元にゆっくりと歩み寄る。


「失礼、貴方はベステル侯爵家のブルーノ殿で間違いないか?」


「そ、そうですが、貴方は?」

 俺の問いかけに、ブルーノ君は少し驚いた様子で答える。


 むう、普通にしたつもりなのだが警戒させてしまったか。


 すぐさま、ベステル家の家令と思しきナイスミドルがブルーノ君に耳打ちすると、ブルーノ君はびくりとして一歩引いた。


 どうやら俺が誰か分かったらしい。

 家令というのはどこの家でも相手が誰かを察知する技能を持っているようだ。


「お気づきの通り、俺はアルダートン公爵家のマルセルだ。3年前、ブルーノ殿を足蹴にしたこと、誠に申し訳なかった。この通りだ」

 俺は大げさで無い程度に、だが確実にそれと分かる位に頭を下げる。

 

 そう、俺の挨拶したい方というのは、正しくは謝罪相手である。

 3年前に働いた悪行とはいえ、放っておくのは良くない。

 

 普通に振舞うだけで驚かれる状態になっている中でこんなことをすれば目立つというのは分かっているのだが、ここで機会を逃してしまえば、もはやお互い忘れてしまうだろう。そうして有耶無耶にしてしまうのは避けたかったので、やってしまう。


「え、えええっ!?」

 さっきよりも格段に驚きを示すブルーノ君。

 

「……君、本当にあのマルセル・アルダートン?」

 思わず素に戻ってしまったようで、ブルーノ君は敬称も付けずにフルネームで呼び捨てる。

 

 おお、完璧っぽかったあちらのダンディ家令が凄い焦った顔に。

 どうやら、ブルーノ君がこんなミスをやらかすとは予測していなかったようだ。


「一昨日も似たような事を言われたが、俺は正真正銘そのマルセル・アルダートンだ」

 気にしていない事を示すべくこっちも言葉遣いを崩すと、ようやく自分の非礼に重い至ったブルーノ君が慌てて頭を下げる。


「……虫のいい話で恐縮だが、俺の謝罪を受け入れてくれたということでいいだろうか?」


「ああっ、それは勿論! あの時は確かに痛かったし怖かったけど、大した怪我でもなかったから」


 ガスパールと出会った後、自分の悪行が気になった俺はイウンに3年前のことを何か覚えていないかと聞いてみたのだ。


 初めは言葉を濁していたイウンだったが、新年のパーティーの時に問題が起きてはいけないからというとついに詳細を教えてくれた。

 結論から言えば、ちょっとしたアザや打ち身程度で大きな怪我もなかったそうで、あの後早々に父上がイウンを通じて相手の家々に話をつけ、家同士としては解決済みとのことだった。

 だがしかし、それではいそうですかという訳にはいかない。


 そう、俺は必ず、彼らに謝罪をしなければならないのだ。

 心の奥の何かが、必死で訴えている。


 なので俺は、自分の過ちは自分で受け入れると主張し、イウンに当時の被害者を確認してもらったのだ。

 軽いとはいえ、怪我をしたのはブルーノ君を入れて3人。

 あの広場なので公侯爵だけかと思ったが、あとの2人はブルーノ君の所に挨拶に来ていた伯爵家と子爵家の子ども達だったそうだ。


「許しを頂いて感謝する。……あと、申し訳ないのだが、残りの2人への謝罪に同伴してもらえないだろうか。俺だけで行くと、向こうを萎縮させてしまいそうでな」


「ニコラスとエンリオにも謝るの?」

 かなり意外そうな目で俺を見るブルーノ君。


「それはそうだろう、同じく俺の被害者なのだから」

 俺がそういうと、ブルーノ君は大変に複雑な表情で何やら考え事をしだした。


「……やっぱり信じられない。あのマルセル・アルダートンとは思えない」

 胡乱気な眼差しでぼそっとつぶやくブルーノ君。


「言われても仕方がないとは思うのだが、半年程前に妹がエドワーズ王子と婚約してな。それで色々と我が身を振り返ったんだ。具体的にいうと王兄ライヒアルト様を目標にしているので、相手の家格で差別などしないことにした」


「それにしたって、噂を聞いていた身としてはびっくりだよ。相当凄いって聞いてたもの」

 俺の耳元に口を寄せ、ひそひそと伝えてくるブルーノ君。

 そんな噂が流れていることを当人に知らせていいのだろうかと思うが、そこは勿論、知らせても大丈夫と踏んだのだろう。

 向こうの家令には声が届いたらしく、目を白黒させている。

 ダンディズムが台無しである。

 このブルーノ、大人しげな雰囲気だったが従者のロイと同じく切れ者の才覚を感じる。


「ああ、俺もそれに気づいてな。このまま単独で出向いても怖がられて終わりだろうから、是非にお願いしたい」


「……ふうん、いいよ。何だか本物の君は面白そうだ」


 こっちが彼の素なのだろう。

 ブルーノは楽しげに笑うと、俺の要請を受け入れてくれた。


 よし、周囲の目が多少気にはなるが、仲介役を得られたのだ。きっちり詫びを入れてこよう。





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