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14 兄、妹の衣装を見立てる

 昨日、ガスパールとの快い交流の余韻に浸りつつ一日を終えた俺は健やかに眠りにつき、爽やかな朝を迎える――はずだったのだが。


「お兄様ー! 早く起きてくださいましー!」


 俺を目覚めさせたのはミシュリーヌの声だった。

 レディが朝っぱらからこんな大声とは如何なものか。


 しかし何があったのだろう。

 

 俺の部屋の外で控えているであろうロイも、ミシュリーヌ付きのエミもいるだろうに自分で起こしに来るとは。


「今起きたぞ。着替えるから少し待ってくれ」


 言いつつ、昨日は気付かなかったが、たくさんの服が用意されていたことに気づく。

 ああ、今日は昼から王城で新年を祝うパーティーだからか。

 普段着ている服も上等なものだが、パーティー用の服はそれに輪をかけて豪華絢爛だ。

 これ一着で、平民の家族がどれくらい食べていけるのだろうかと考える。

 だがまあ、こういった凄まじい金をかける貴族がいるからこそ、服飾技術のレベルが維持向上し文化に結びつくのだと思えば、一概に無意味な出費と切って捨てることもできない。

 文化を担うのは貴族の勤めでもあるのだ。

 とはいえこれだけあると流石に目移りするな。


 とりあえず、うっかり朝食の時に何かこぼして汚れても困るので、まずは普段の服に身を包む。


 さて、一体ミシュリーヌに何が起きたのやら。


「着替え終わった。入っていいぞ」


 言い終わらぬうちに、ロイを押しのけてミシュリーヌが入ってきた。


「お兄様! 今日着ていくドレス、どれが一番いいか一緒に選んでくださいませ!」


 簡潔に要件を告げたミシュリーヌは俺の手を取るとぐいぐいと衣装室へ連れていった。


 お兄ちゃん、ご飯まだなんだけどとは言えない気迫であった。



 さて、我がアルダートン公爵家の王都屋敷は本宅よりは当然小さいのだが、衣装室に関しては本宅よりもずっと広く、衣装も多い。

 何故かと言えば、社交の機会が多いのはやはり王都の方だからだ。

 父上と母上は年の半分くらいは王都に滞在し、王族貴族との交流という仕事をしている。

 その為には、様々な衣装が必要になるというわけだ。


 今回の新年を祝うパーティーは、王城で開かれる催し物の中ではもっともくだけた性質のものである。

 厳粛なものではなく、あくまでも楽しいお祝いということで無礼講ということになっている。

 だが、勿論文字通りの無礼講ではなく、そういう看板を掲げるから公爵や侯爵はこの辺り、子爵男爵はこの辺りの礼儀のラインまでで交流しましょうねというお約束があるのだ。

 

 そういうわけで、公爵家の子女である我々兄妹としても、当然与えられた役割があり、然るべき服装というものが求められる。

 が、ミシュリーヌが気にしているのはそういった公爵家としての云々ではない。

 

「お兄様、殿方目線から見て、どのドレスが一番可愛いと思いますか!?」


 エドワーズ王子に可愛いと思われたい一心である。

 いじらしさも感じるのだが、それ以上に気合が入りすぎていてちょっと腰が引けてしまう。

 これ、この勢いで行ったらエドワーズ王子も同じく引いてしまいかねない。


 どうにか軌道修正を図りたいものだ。


「ミシュリーヌがいいと思っているのはどれなんだ?」


「わたしの好みとしてはこの辺りですわ」


 見事に赤主体のドレスばかりである。


 うん、原作ゲームでもミシュリーヌと言えば赤だったもんなぁ。

 色が与える印象というのはかなり大きい。

 そして、着る者の印象により良いイメージを想起させることもあれば悪いイメージを呼び起こすこともある。


 原作ミシュリーヌの場合、釣り目がちな険しい表情と相まって「攻撃的」「恐怖心を与える」「怒り」と言ったマイナスのイメージが強かった。

 今のミシュリーヌが赤を着てもそこまで酷いイメージにはならないが、本人のエドワーズ王子にベタ惚れ状態を鑑みれば、興奮と積極性を高める効果が悪い方向に発揮されそうで怖い。


 せっかく意見を求められたのだから、違う方向に持っていくようにしてみよう。


「前回エドワーズ王子にお目にかかった時は、どんなドレスだったんだ?」


「あの時はこちらのドレスでしたわ。エドワーズ様に綺麗だねと褒めて頂いたんですのっ!」

 その時の興奮が蘇ったのか、感情を抑えきれずにバシバシと背中を叩いてくるミシュリーヌ。

 むう、先日の一件のせいで、お兄様は叩いてもいいものという認識がされてしまったのだろうか。

 それは困るのだが……、まあ今は仕方あるまい。

 そう割り切り、堪え忍ぶ。


 ミシュリーヌが指したのはやはり赤のドレスだった。

 本人的にも、既にトレードマーク的な位置づけになっているのだろう。


 これは恐らく、ミシュリーヌの中では既に決まっているのだろう。

 アドバイスと言いつつ、無意識下ではあるが実際は後押しをして欲しいだけなのだ。


 このままでは、自分の存在とミシュリーヌの内面の変化はともかく、記号レベルでは原作と同一の流れになるだろう。

 別段、ミシュリーヌが8歳の時の新年を祝うパーティーで何が起きたというエピソードが詳細に語られたわけではない。

 しかし、エドワーズ王子がミシュリーヌに対し、親同士が決めた婚約者であるという以上の感情を持たなかったというのは動かしがたい事実である。

 それではまずいのだ。

 

 ミシュリーヌ=赤。

 この固定観念が構築される前にどうにかしたい。


 だが聞いてくれるだろうか。

 あれで結構頑固なところがあるから、殿方目線から見て赤以外のドレスを薦めても受け入れてくれるだろうか。


 思い悩む。

 

 別に服の色位気にしなくていいじゃないかと侮るなかれ。

 無意識に継続的に訴えかける記号というのは、気づかないだけに恐ろしいのだ。


 まるで――《      》


 ……何の事を考えたんだっけ?

 何かに似ていると思ったのだがド忘れしてしまった。


 その代わりに、ふと違うことを思い出した。


「そういえば、どうして昨日のうちに聞いて来なかったんだ?」

 

 ふと疑問を呈する。


 ファッションにこだわるミシュリーヌの事だから、俺のように今朝気づいてどれにしようかと考えたわけではないだろう。


「私だって、本当は昨日お聞きしたかったですわ! でも――」


「でも?」


「……お兄様、なんだか凄く満足そうというか、大事な気持ちに浸っているような気がして。邪魔してはいけないと思って」


 ああ、それで昨日は大人しかったのか。

 勝負の結果も聞いて来なかったし。

 こっちの事情を考える事がちゃんと出来るようだ。

 

 ふっと、俺の肩が軽くなった。

 先程までの心配が消えてゆく。


 ミシュリーヌはこうして、相手の状況を想像して気を遣う事が出来る子なのだ。


 きっと、俺の助言も無碍にはするまい。


「ありがとうミシュリーヌ。そしてすまなかった。勝負の事で心配をさせたというのに、知らせもしなかったなんて」

 

 俺は自分の不明を恥じ、頭を下げる。

 俺の方こそ、俺を心配してくれていた妹の気持ちを想像できていなかったではないか。

 

「いいんですのよ。帰ってきた様子で、大丈夫だというのは分かりましたから」

 微笑むミシュリーヌ。

 なんていい子なんだと感動すら覚える。


「それで、お兄様は勝ったんですの? あの素敵な武器で、ガスパール様をボコボコに出来たんですの?」

 興奮気味に拳を握って聞いてくる我が愛しの妹。


 えーとね、ボコボコにしたりされたりしない為の素敵な武器なのだよ……。

 これはアレだ、赤い服を前にして興奮してしまったに違いない。

 きっとそうだ。

 だからドレスはやっぱり赤以外にしよう。

 そうすれば万事解決だ!

 

「いや、俺の完敗だったよ。だけど、とても嬉しい勝負だった」

 

 俺はあの爽やかな一時を、大切な時間を思い出す。


「……負けてしまいましたのに、……嬉しい。つまり、お兄様は打たれるのが……!」


 違う、そうじゃない。


 止めてミシュリーヌ! お兄ちゃんの素敵な思い出から厭な裏を想像しないで!


「それで、ドレスの話なのだが」


「そうですわ! ドレスですわ!」


 新たな扉の求心力も強かったが、エドワーズ王子への想いの方がより強力であった。

 ありがとう王子!


 というわけで、俺は衣装室を見て回り、ある一着の前で足を止める。


「ミシュリーヌ、こっちへおいで」


「いいのがありましたの?」


 俺がミシュリーヌを招いたのは、ピンク色を基調とした可愛らしいドレスの前だった。


「う~ん、昔はピンクのドレスも着ていましたけど、もう子どもっぽく感じますわ。普段着ならまだしも、王城のパーティーで着るドレスには……」

 やはり難色を示す。

 運動着はピンクだったからと淡い期待を抱いたが、そう簡単にはいかないか。


「確かにミシュリーヌはもう立派なレディだが、周りから見ればまだ子どもだ。無理に大人びた格好をしてると思われてしまうよりは、子どもらしくて可愛いと思われた方がいいと思う」

 

「周りの大人の方々より、エドワーズ様がどう思うかですわ!」


「うむ、そこだな。……これは個人差があるのではっきりとは言えないのだが」


「……なんですの?」

 

 俺が真剣な表情になると、ミシュリーヌの表情にも緊張が走る。


「男というものは、優しかったりキリッとしたりしている年上に憧れる時期もあれば、可愛い年下を好きになる時期もある」


「ふむふむ」


「ミシュリーヌとエドワーズ王子は同い年だ。なので年上お姉さん系か年下可愛い系かを選ぶことになるのだが、男としては本物の年上のお姉さんには憧れても、お姉さんぶっている同年代にはあまり惹かれない可能性が高い」


「そ、そうなんですの!?」


「男としては、本物の年上になら甘えたいが、同年代の前ではむしろ頼られたいものだ」


「……なるほど」


「なので、赤でレディぶるよりは、ピンクで自然に振舞う方がいいと思う」


「う~ん、確かに一理ありますわ。……ですけど、やっぱり赤も~」

 

 迷い始めたミシュリーヌ。

 もうひと押しだ。


「それにミシュリーヌ、赤いドレスでは、せっかくのお前の綺麗な深紅の瞳が目立たないぞ」

 俺はミシュリーヌの目を見ながら言った。

 金の髪、白い肌と相まって、ミシュリーヌの深い紅の瞳はとても印象的だ。


「私の、瞳ですか?」


「ああ、せっかくの綺麗な赤なのに、ドレスも赤では目立たない。ピンク色の中に赤があれば、とても目を引くと思うが――」


「このドレスにしますわ!」


 即断即決であった。


「あんなに迷っていたのに、ずいぶんとあっさり決めたな」

 思わず口にしてしまう。


「ええ、目立てばきっと、エドワーズ様も私の瞳を見てくださいますもの!」


 笑顔で言うミシュリーヌ。

 

 ん?


 どういうことだろう。


 ミシュリーヌは、この前はドレスも赤だったから目立たなかったんですわね~と独りごちている。

 ……エドワーズ王子は、前回の婚約の時にミシュリーヌと目を合わせなかったのだろうか。

 第一印象があまり良くなかったのではという懸念はあったが、まさかそこまでとは……。

 

 しかし、いかに婚約時のミシュリーヌが軌道修正前の我儘娘だったとはいえ、目も合わせないというのはどうなのだ。

 

 兄として引っかかるものを感じつつ、俺はパーティーへの準備を進めた。




 

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