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12 兄、好敵手と剣を交わす

「来たな、マルセル!」


 約束の時間に広場に着いた俺を、やる気満々といった様子のガスパールが待ち構えていた。

 やはり、木剣を突きつけてくる。

 結構無作法だと思うのだが、教育方針は大丈夫なのか武の侯爵家。


「来たぞガスパール」

 俺は普通に挨拶をすると、膝の屈伸を始めた。


「勝負を前に何をおかしな踊りをしている!」


「ああ、剣の勝負の前に、走りの方の決着をつけねばと思ってな」


「……そうだな。確かにあれは対等な勝負とは言えなかった」  

 意地で勝利宣言をしてはいたが、本人も負けを自覚してはいたようだ。


「それで、何周勝負にする? 前回は15周だったが」


「10周だ! きりがいいだろ。というか何だよ15周って!」

 どうやら昨日のガスパールは10周勝負を前提にしていたらしい。それならペースを崩してバテるはずだ。


「いいだろう。では行こう。ああ、お前もこれやった方がいいぞ」

 足首を回しながら、すすめる。


「オレにそんな珍妙な真似をしろと言うのか。大体何だそれは!」


「運動の前の慣らしだ。足首を挫いてこの後の勝負が出来ないなどと言われたら困るのでな」


「何だとっ!」

 ガスパールは憤慨しつつ、俺と同じように足首を回し始めた。

 案外素直なのかもしれない。


「よし、では今度こそいくか。そこの従者、合図を出せ」

 俺はガスパールの従者に言う。


「お前、人の従者を勝手に使うな!」


「うちのロイに合図をさせて、後でどうこう言われてはたまらんのでな」


「なっ!! そんなみっともない真似などせん! 2人一緒に合図しろ」


 面倒な事を言うガスパール。

 ロイは何やら嫌そうな顔をしたが、こちらにどうするかと視線を送ってくる。


「そうしてやれロイ」

「かしこまりました」


 そうして、ロイと向こうの従者のシドが何度かタイミングを合せ、スタートが告げられた。


 


 まず動いたのはガスパールだった。

 一気に走り、たちまち見えなくなる。

 

 センスとしては悪くない。


 この広場の歩道は円を描いており、中央に向かって高くなっているためある程度離れると姿が見えなくなる。

 相手がどの程度先行しているか分からないというのは結構プレッシャーだ。


 とりあえず、こちらは自分のペースを維持して走ることにする。前半の5周は慣れ親しんだ3キロを走るときのペースにして、そこから余力を投じよう。

 

 そう方針を決めて4周目。

 ゴールに控えていた向こうの従者がどこか嬉しげな表情をしていた。

 と、思ったら背後に気配。

 おお、周回差をつけられたようだ。


「ずいぶんとのんびりだな、マルセル」

 俺の姿を捉えてからの加速で無理をしたのか、隣に並ぶガスパールの息はだいぶ荒い。


「ああ、何事も始めはじっくりと、飽きずに腰を落ち着けるのが大事だからな」


「………………」

 嫌味が通じないと悟ったのか、ガスパールは黙った。


 4周目、5周目はそのまま、並んで走った。

 そして6周目。

 スタート位置を越え、俺は貯めておいたスタミナに火を着ける。


「っ!」


 ガスパールが食いついてくる。


 が、半周程でじょじょに後退し、俺が7周目に入った時には後ろに居なかった。


 ロイが微笑み、シドは驚いた顔になる。

 何を張り合っているんだお前たちは。


 俺は快調に飛ばし、9周目の半ばでついにガスパールを捉える。

 ちらりと振り返ったあいつは驚愕の表情を見せたが、すぐに前を向いて走りだした。

 逃がしはしない。

 俺はここで更に加速。

 10周目、最終周に入る手前で抜き去ると、そのまま一気に――とはならなかった。

 ガスパールも意地を見せてついてくる。

 わざわざ後ろを振り返りはしないが、足音と息遣いが伝わってくる。


 だがそれも、最後の半周に入ったところで途切れた。


 俺はゴールするとロイからタオルを受け取り、深呼吸をしながら付近を歩き、クールダウンをする。


 本当は果物と水分補給もしたかったのだが、ライバルのゴールを飲み食いしながら迎えるのは何か違うと思ったので、やめる。


 息が整い出した頃にガスパールがやってきた。

 流石に呼吸は荒いが、昨日程大変な状態ではない。


「いい勝負だったな」


 俺は自家製スポーツドリンクをまず自分でコップに注いで飲み、もう1つのコップにも注いですすめる。


「………………」

 

「俺は干からびているお前と剣の勝負をするつもりはないぞ」

 断られそうだったので先手を打つと、ガスパールは無言で受け取り、それでも飲んだ。




 お互いの息が落ち着いた辺りで、ガスパールは再び木剣を取る。


「勝負だ」


 走りで惜敗したせいか、表情が硬い。


「待て、今回の勝負ではお互いこれを使う」


 俺は二振りの棒状の物を手にしてそう宣言した。


「……何だそれは?」


 ガスパールは怪訝な顔でそう尋ねた。




 

 その正体は袋竹刀である。

 

 木剣で勝負をして万が一にも大怪我をするさせるといった事態になってはたまらないので、王都のアルダートン公爵家別邸を出入りしている職人に無理を言って作らせた一品。

 別に前世の俺は柳生新陰流を習っていたとかそういう訳ではなく、歴史ものの漫画を読んで出てきたのを覚えているといった程度の中途半端極まりない知識だった。しかし、こういう狙いでこういう性質の道具を作りたいというリクエストに職人が見事に応えてくれたのだ。

 竹っぽい植物が細工素材としてあったので、何種類かの細さに割ってもらい、それを革職人の所に持ち込んで強度や柔軟性を考慮して最適な物を作り上げることができた。

 年の瀬だというのに本当に申し訳ないので、餅代の意味を込めて多めに報酬を弾んだ。


 なお、その安全性は身を持って確認済である。

 

 昨晩のこと――


 俺は完成した袋竹刀を持ってミシュリーヌの部屋を訪れた。

 

「ミシュリーヌ、お前のおかげでいい道具を思いついた。これなら痛くないとはいかないが、安全に剣の腕を競うことができる」


 礼を言いつつ、袋竹刀の構造や特性について説明をした。すると、


「本当に、これで叩かれても怪我をしませんの?」


 ミシュリーヌがそれでも心配そうに聞いてくる。


「ああ、大丈夫だ。何なら試してみるか?」

 俺はミシュリーヌに袋竹刀を渡して、叩いてみるよう促す。


「そんな、お兄様を叩くだなんて……」


「職人達と試しながら作ったんだ、大丈夫だ」


「それでは……」


 ぺしっ


 叩くというよりは当たったという程度の衝撃。


「ははは、もっとしっかり振らないと試しにならないぞ」

 俺は鷹揚に笑う。


「それじゃあ、えいっ!」

 持ち直し、力を込めて振るミシュリーヌ。


 べしっ


「はは、かゆいくらいだ」


「えいっ!」


 べしっ!


「うん、まあ多少」


「えいっ! やあっ!」


 ばしっ! ばしっ!


「あ、えーとそろそろ」


「それっ! それっ!」


 バシッ! バシッ!


「み、ミシュリーヌ?」


「はあっ! てりゃあっ!」


 バジンッ!! バヂッ!!


「ちょ! 痛い痛い! そこまでだ!!」

 何かこう、瞳が厭な光を放ちつつあったミシュリーヌから必死で袋竹刀を取り返す。


「あらっ、やだ私ったら……」

 荒くなった息を恥じ入るミシュリーヌ。


 何だか、妹の余計な扉をフルオープンしてしまった気がしないでもない。

 

 どうしよう。


 どうしようもないので、俺は強烈な連打を受けてちょっと痛くなった背中をさすりつつ眠りについたのだった。


 翌朝起きると背中に痛みは全く無かったので、袋竹刀の機能は問題ないことが分かった。


 ミシュリーヌが「お兄様、昨日のアレもう1回やっていいですか?」と聞いてきたのが大問題ではあるが。


     

   

 

  

 そんな、今後への不安と引き換えに作った袋竹刀である。

 ガスパールに文句は言わせん。


「子供の力とはいえ、木剣で打ち合って下手をすれば大怪我だ。お互い、それは不味いだろう。そんな心配をして剣技を十分に発揮できないのは詰まらん。その点これならば、気兼ねなく相手を打てる」


「……いいだろう」


 ガスパールは木剣をシドに渡し、俺の袋竹刀を受け取った。


「先にしっかりと当てた方の勝ち。かする程度は無視。判定はお互い。これでどうだ?」

 俺はロイドに聞いた、騎士団のよくある稽古の条件を提案する。


「心得た」

 ガスパールの方も、これが公的なルールであることを知っていたようで受け入れる。


「あと、今回突きは禁止とする。この武器でも、突いてしまうと怪我の可能性があるからな」

 ガスパールが頷いたのを見て、俺は袋竹刀を中段に構える。


「では、始めようか」


「行くぞ!」


 互いに戦闘開始を確認。

 

 ガスパールが一気に飛び込んでくる。


 速い。


 俺は真っ向から打たれた一撃を剣で受けながら、距離を取る。

 向こうの性格から、連続して打ってくるかと思いきや、中段に剣を戻して構える。

 意外に慎重だ。

 流石は武の侯爵家といったところか。


「はあっ!」


 今度は俺が仕掛ける。


 こちらも、真っ向から頭を狙って打つ。

 向こうは動かず、その場で剣で受ける。

 鍔迫り合いになり、俺はタイミングを見て相手の剣を払いながら下がる。

 追撃は無い。


 再び距離が空き、互いに中段で構えてにらみ合う。


 ガスパールが距離を詰め、一閃。

 俺は回避し、距離をとってから反撃。これも防がれる。


 

 何か、引っかかるものがあった。


 ガスパールの一撃は確かに速い。


 しかし攻めが単調で妙に隙が多い。


 こちらを誘う為にあえてなのかと思っていたのだが――。


 そんな馬鹿なと思うが、試すことにする。


 

 またもや向かい合い、ガスパールが打ちかかる。


 俺は半歩下がって回避すると、ガスパールの剣が振り切られたのと同時にカウンター気味に打ち込む。




 俺の一撃は、あっさりとガスパールの頭に当たった。




「……もう1本」


 構えを解かないガスパール。

 その表情は、凍ってしまったかのようだった。


「応!」


 俺は再戦の意思に応える。


 だが、結果は残酷だった。


 俺は完全にガスパールの隙を見抜き、打ち終わりに被せてのカウンターを決める。


 頭、腕、胴、脚、当たる当たる当たる。


 その度に再戦を申し出るガスパール。


 

 10回を越えた辺りで、ガスパールが表情を歪ませて遮二無二に打ち込んで来る。


 ここまでだな。


 俺はやはりそれを交わしながら、最後の一撃を打ち込んだ。


 ガスパールはその場に座り込む。


「父上のっ、うそつき……」


 消え入るような声でそういうと、ガスパールはぼろぼろと涙をこぼした。


「……お前、剣の訓練を受けていないのか?」


 俺の問いに、ガスパールは頷き、そのまま泣き崩れた。

投稿を始めてから1ヶ月になりました。

続けられているのは読者の皆様のおかげです。


今後とも、3~4日ごとの投稿のペースですが、じっくり続けて行きたいと思っているのでどうぞよろしくお願いいたします。

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