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Secret Garden

ひみつのはなぞの

「お前、もっと自分の身体を大事にしろよ?」


 私の顔を呆れた様な顔で眺めていたかとおもえば、大きく息を吸い込んで…やたらと大袈裟にため息を吐く。


「大体何であたしんちに(さとし)がいるわけ?」

「今日母ちゃん夜勤。それにしても酷い声だな…オカマかよ?」


 私はこいつが嫌い。大嫌いだ。

 私の心の中に土足で上がり込んで、グチャグチャにして居なくなって…そしてまた忘れた頃にこうやって目の前に現れて、また土足で…。


(ゆう)、久しぶりに聡くんに会ったのにそれは無いんじゃない?扁桃腺が腫れて真っ赤なのに独りカラオケに行くなんて…聡くんの言う通りよ?」

「熱がある訳じゃないし…喉が痛くてもカラオケに行きたかったんだもん。」


 最近やたら空気が乾燥しているため、一昨日から喉の調子が悪かった私。扁桃腺は真っ赤に腫れ、オレンジジュースとか酸味のある飲み物も出来れば避けたい感じだけど、言うほど酷くない。


 昨日見たくない光景を見てしまって、ずっとモヤモヤしていた。

 そんなストレスを発散する為に1人でカラオケに行き、3時間程熱唱。喉の状態は悪化したけれど、気分は晴れやかだった。せっかくストレス発散したはずなのに、こいつの顔を見たらなんか今度はイライラしてきた。


「そうイライラすんなよ、笑ってりゃ可愛いんだからさ?」

「あんたの口から可愛いとか…吐き気がするわ。」


 もう限界。こいつと一緒に食事を取るとか無理。

 私は脱いだばかりのトレンチコートを再び羽織り、玄関へ向かうべく2人に背を向けた。


「ちょっと、悠、どこ行くの?」

「みやびと約束。ご飯いらない。」

「せっかく心配してやったのに…冷てぇなぁ…。」







 そこかしこにイルミネーションが点灯し、街じゅうが光り輝く12月。街行く人は皆、どことなく浮かれた足取りで、土曜日のせいかカップル率も高い。


 私は誰かに喋ってスッキリしたくて、みやびに電話をかけた。

 本当は彼女と約束なんてしてない。

 電話はつながったものの、あいにく、みやび()()都合が悪いと言うので、仕方なく雅樹を呼び出し、話を聞いてもらうことにする。


「本当はみやびと一緒に遊びたかったんだけど。あーあ、残念。」

「急に呼び出しておいてそりゃ無いでしょう?で、どこ行く?」

「Secret Gard(バイト先)en…行ったら怒られるかな?今日はシフト入ってないし…。」

「まぁいいんじゃない?怒られたら怒られたで。ただ働きすりゃ済む話だし。」

「だよね?」


 私は雅樹の腕に自分の腕を絡めてくっつく。すごくあったかい。

 雅樹は身長が165cmと決して高くはない。でもスレンダーで、顔がちっちゃくて、全体のバランスが良いので、比較できるモノが隣にいなければ小さく見えない。むしろ、彼1人で写った写真なんかだと結構背が高そうにさえ見える。

 鼻筋の通った綺麗な顔をしているし、身長にこだわらない女の子には…ものすごくモテる。


 だけど本人は女の子に言い寄られるのがすごく嫌だと言う。

 基本的に女の子からのボディタッチは非常に不快らしい。

 ただし、私は例外。フレンチキスまでなら許可しているし、許可されている。…まぁ滅多にしないけどね。


 それもあって、私と雅樹はかれこれ4年半以上彼氏彼女のフリをしている。

 正確には、恋人としてお付き合いをしていた時期もあったのだけど、やっぱりなんか違う…という事で、それ以来は親友として付き合いつつも、彼氏彼女のフリをしているのだ。


 私と雅樹の本当の関係を知っているのは、お互いの母親と、バイト先の先輩方。


 私にとって雅樹はかけがえのない親友でもあり、恩人でもあり、心の支えでもある。


 私が心を開ける数少ない友人。




 私と雅樹の出会いは6年前、中学2年生の時。ちょうど今くらいの季節だった。


 一方、大嫌いな聡とはかれこれ17年程の付き合いでいわゆる腐れ縁。





 ***


 父は自称風景写真家。あくまで自称。父の作品は見たことないし、どんな仕事をしているのか本当のところは分からない。

 幼い頃から家にはほとんど家におらず、時々フラリと帰ってきてはすぐにまた何処かへ旅立ってしまう謎の人。

 実の父親なのに仕事以外のことでも私は父をよく知らない。


 母は元デザイナー。

 と言っても、普通の洋服ではなく、ちょっと特殊な舞台衣装をデザインして仕立てていたらしい。本人はデザイナーではなくオートクチュールの「コスチューム職人」だったと言う。

 自由奔放で母親らしからぬ行動も多い変わり者だが、曲がった事が大嫌いで芯の強い人。

 今も時々変わったものを仕立てている。


 そんな一風変わった両親の元に産まれた私、江崎 悠(えざき ゆう)。20歳の大学生。

 我が家の中ではおそらく1番普通…あくまで我が家の中では…。




 物心つく前から住んでいるこの家は建て売りで、隣にはもう1件、色違いのそっくりな家が建っている。

 その色違いの家の住人が森永家。同じ時期に引っ越してきて、同じ歳の子どもがいるということで、ずっと家族ぐるみのお付き合いをしている。


「江崎と森永って…お互いお菓子のメーカーみたいな苗字ですね」なんて会話がきっかけで仲良くなったとかならないとか。




 私と大嫌いなあいつ、森永もりなが さとしはその頃からの付き合いだ。


 森永家の父は単身赴任で、母は看護師。小学生の頃は月に数回、夜勤などで森永家の母が不在の時、聡はうちで夕食を食べ、うちに泊まっていた。


 兄弟みたいに育ったせいか、元々なのかはわからないけれど、私は気が強くて、やんちゃで、服装も動き易さ重視、髪もベリーショートに好んでしていた為、小学校中学年位まで男の子とばかり遊んでいた。

 男の子とケンカしても勝てちゃう位強かったので、「暴力女」とか「オトコ女」とか「オカマ」なんてアダ名をつけられていた。

 名前まで男っぽかったので、修学旅行のバスガイドさんとか、校外学習でお世話になった大人とか、担任じゃない先生にまで男の子と間違えられる事も珍しく無かった。

 それがすごく嫌だったのを覚えている。


 流石に小学校高学年になると女の子の友達も多くはないけど出来たし、多少気を使って女の子らしい服装にしたりしてみたけれど、「気持ち悪い」とか「余計オカマっぽい」と仲の良かった男の子達に言われたりした。


「悠らしくないし…変。似合わない。オカマかよ?」


 聡に言われたこの言葉に1番傷付いていたなんて当時、誰にも言えなかった。


 私らしいってなんだろう…?




 中学校に上がると、男子達とは以前よりも疎遠になった。とは言え、周りの女子達に比べたら男子とよく話していたし、仲は悪くなかったんだと思う。

 聡とはクラスが違ってもずっと変わらない関係だった。兄弟みたいに仲が良かった。

 私が女の子らしくないから、仲が良くても周りに冷やかされる事も無かった。体操服の私はどう見ても男の子にしか見えなかったし…。




 1年生の頃の私は活発で、割と正義感が強くて、相変わらず見た目は男の子っぽかったけれど、女子の輪の中にちゃんと入れていた。友達だって多い方だと思っていた。


 1年生の2学期入ってすぐ、私は特に仲が良いと思っていた子に恋愛相談をされた。


「悠ちゃんってさ、隣のクラスの森永くんと付き合ってるの?」

「え?ただの幼馴染みだって。兄弟みたいなもんだよ、兄弟。あいつ、私の事男だと思ってる節があるし。」


 自分で言っておきながら、ものすごく虚しかった。なんでだろう?昔からそんな事知っていたのに…口に出した途端、心にぽっかり穴があいちゃったみたい。


「良かったぁ…。実は、私、森永くんの事…」


 私は、彼女の恋が成就する様、協力することになった。

 すごく複雑な気持ち。

 仲の良い友人の恋を応援する事はなぜかすごく苦しかった。




 2学期の修了式の間際、つまりクリスマス直前、その友人エリカちゃんと聡は付き合い始めた。

 私が聡に探りを入れると、エリカちゃんみたいな子がタイプだと聡はアッサリ吐いたので、彼女に告白を勧めたのだ。

 告白するシチュエーションのお膳立てだってした。




「エリカと付き合えたのは悠のお陰、本当にありがとな。」


 私は聡からも感謝され、時々彼女についての相談も受けていた。

 聡から惚気話を聞くのはなんだか気分が悪かった。

 初めは、「彼女が出来たからって浮かれやがって」とか、「上から目線なのが腹立つ」という感覚だった。


 でも、2人が付き合い出して数ヶ月経ったある時、気付いてしまったんだ。




 私はずっとこいつが好きだったんだ…って。


 私、バカみたいだ…。自分で自分の首絞めてるじゃん…。っていうか気付くの遅いし。




 よりによって、聡が好きなのは、私と真逆のタイプのエリカちゃん。

 髪が長くて、お淑やかで、雰囲気が柔らかくて、花柄やリボンやベビーピンクが似合う、絵に描いたような女の子。

 華奢で細いのに、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでる。羨ましい。


 私はと言えば、下手したら男子よりも髪が短くて、ガサツで、眼つきも言い方もキツくて、花柄やリボンモチーフ、ピンク色の物なんて身に付けようものならオカマ扱いされる、細いは細いけど、華奢というよりも筋肉質で、出るところも引っ込むところも引っ込んでいる。ツルペタとかまな板とかそんな感じ。


 未だに服装によっては男子に間違えられるどころか、男子よりも漢らしいと、バレンタインにはチョコレートをたくさんもらった。もらったチョコレートの数がクラスで1番多いとか、聡の倍以上とか…全然嬉しく無い…。




 2年生になって、私は聡と同じクラスになった。エリカちゃんは違うクラスだ。

 1年生の時のクラスはイジメも無くて、みんなが仲の良いクラスだった。


 2年生のクラスはそうじゃなかった。

 結構早い段階から、ある女子が無視される様になってしまった。

 初めは、その子が所属していたグループから外され、そのグループの子達が無視をする、その程度だった。

 それがいつの間にかクラスの大部分の女子に広がり、一部の男子と無視を始めた子達が物を隠す、汚す、壊すようになり、本人に聞こえるように悪口を言うようになった。


 私は普段、3人のグループだったので、誰かとペアになって何かするときは、必ず彼女に声をかけた。

 それが仲良くしていた子達や、イジメを始めた子達の反感を買ったらしい。

 嫌がらせをしていた男子に、ハッキリ意見したのも良くなかった。目の前で彼女の机に落書きしているのを見て、黙っていられなかったのだ。




「オカマの偽善者」


 ある日、机にそう大きな文字で書かれていた。

 その日からイジメが始まった。

 彼等は暇で、暇つぶしのターゲットが彼女から私に移っただけ。

 そう思えば別にやり過ごせた。


 それに気付いた聡が、注意してくれたので、表面上はイジメがなくなったかのように見えた。


 実際はより陰湿で、酷いものになっていったなんてあいつは知らない。


 気にかけてくれたのは嬉しかったけど、「余計な事しやがって…」なんて気持ちの方がはるかに大きかった。

 悔しいので、学校には休まず通った。


 私は自分からクラスメイトと距離を置いた。

 あいつが気にかけてくれて、頻繁に声をかけてくれたが迷惑以外の何物でもなかった。




 2年生の夏休み直前、聡の彼女、エリカちゃんの携帯ストラップが無くなった。

 聡と初めてのデートの時に買ったっていう2つ1組のストラップで、彼女の宝物だった。

 彼女は泣いて大騒ぎしていた。


 それが、翌々日、私の制服のポケットから出てきたものだから、私が犯人だと皆に決めつけられた。

 もちろん身に覚えなどない。

 ティッシュが欲しいから1枚分けてくれと、ある男子に言われ、ポケットからティッシュを取り出した時、金属音を立てて床に落ちたのだ。

 声をかけてきたのは私が嫌がらせを目撃して意見した男子のうちの1人だった。


 彼に声をかけられた時点で嫌な予感はしていた…残念ながらその予感は的中してしまった訳で…。

 おそらくその前の体育の時間、着替えたとき誰かに仕込まれたのだろう。


 その場に聡も居て、あいつまで私を疑った。


 私に対するイジメは再びエスカレートした。

 イジメが酷くなった事よりも、聡に疑いの眼差しを向けられた事がショックで、聡と顔を合わせるのが嫌で翌日から学校に行けなかった。

 あいつのそんな顔を思い出すたび、私は吐き気に襲われていた。会ったら吐いてしまう自信があったほどに。




 そのまま夏休みに入り、あっという間に2学期が始まった。それでも私は学校に行けなかった。

 毎日、ただ部屋にこもって過ごした。

 何をして過ごしていたかなんて記憶にない。




 流石に中学生になると、聡がうちに泊まることはなくなっていたけれど、夕食は時々食べに来ていた。そんな時、私は部屋に鍵をかけて引きこもった。


 ある日を境に聡が謝りたいとうちにほぼ毎日やって来るようになったけれど、私は絶対に会わなかった。インターホンが鳴るたび、顔を合わせるのが怖くて部屋の鍵をかけた。


「聡くん、謝りたいらしいわよ。疑って悪かったって。」


 母に何度も言われたが、私はそれを拒んだ。

 どうしても会いたくなかった。




 そんな生活が3ヶ月も続くと、流石に変わり者の母でも心配になったらしく、時々私を外に連れ出すようになった。


 そんな時よく連れて行ってもらったのが今のバイト先のSecret Gardenだ。

 普通中学生が親と一緒でも行くような店じゃないけれど、ちょっとした料理も飲み物も美味しくて、お店の人もみんな面白くて私はそこが大好きになった。

 そんなお気に入りの場所で雅樹と出会った。




 同い年で不登校の引きこもり。

 雅樹との出会いは偶然ではなかった。


 私の母と彼の母は若い頃親しくしていたらしい。

 結婚・出産後はお互い忙しく、なかなか連絡を取れずにいたけれど、この店で再会したのをきっかけに、また連絡を取り合うようになったそうだ。


 同じ境遇の子どもを持つ母親同士によって引き合わせられた私達。

 あっという間に私と雅樹は意気投合した。




 綺麗な男の子。

 それが彼に対する第一印象。不登校の引きこもりには見えない、お洒落でモテそうなタイプ。


 好きな食べ物、よく聴く音楽、好きな漫画や本などが一緒で、長時間一緒にいても会話に困ることは無かった。


 そのうちに、誰にも言えなかったお互いの悩みや秘密、心の内まで打ち明けられるようになり、私と雅樹は親友になった。




 自分では長い間自覚がなかったけれど、私はコンプレックスの塊だった。

 平気なフリをずっとしてたけれど、女の子らしくない自分が大嫌いで、女の子っぽくなろうと努力をしても、周りに否定されては挫折するというのを繰り返していた。


 それをハッキリ自覚したのは、聡への気持ちに気付いた時だった。


 聡が好きな事も、自分が大嫌いなことも、今まで「オカマ」とか「気持ち悪い」ってバカにされて辛かった事も、イジメの内容も雅樹に打ち明けた。


 雅樹も、彼の悩みや秘密を打ち明けてくれた。

 雅樹の悩みに比べたら、私の悩みなんて本当にちっぽけだった。




 雅樹は私を変えてくれた。


 一緒に買い物に行ったり、美容院に行ったり、ストレッチしたり、女の子らしくなるため、雅樹が色々アドバイスしてくれたお陰で、私が男の子に間違えられる事は随分少なくなった。


 引きこもってすっかり筋肉は落ちてしまったのも良かったのかもしれない。

 腕や脚の筋張った感じは無くなったし、雅樹と食べるご飯は美味しくて、多少脂肪がついたせいか、体型も割と女の子らしくなった。




 お互い学校に戻れるように努力だってした。

 初めはほぼ毎日、お互いの家を行き来し、一緒に勉強するだけだったのだが、1月の終わりには、一緒に不登校の生徒が通う支援施設に通いはじめた。


 そして春が来て3年生になった4月、お互い、それぞれの学校へ通えるまでになった。


 進級してクラス替えがあったのも大きい。

 幸い、聡とは違うクラスになった。気まずいけれど、顔を合わせて世間話は出来るようになった。




 雅樹とのある約束が私の支えだった。その約束のため、どんなに辛くても平気だって思えた。


 別々の学校へ通っている間も、私達はお互いの家を行き来したり、出会った店に入り浸ったり…流石に中学生が出入りするような店じゃないので奥の休憩室みたいな部屋にいた訳だけど…。他の色んなところにも一緒に出かけたりしていた。


 夏休みは泊めたり泊まったりして、ずっと一緒に過ごした。


 私は雅樹に依存して、雅樹は私に依存していた。

 すごく心地よい関係だった。






 3年生の2学期頃になると、もう誰も私を男扱いしなくなった。

 それどころか、2年生の時、私に嫌がらせをしてきた奴に告白された。あの日、ティッシュをくれと言ってきた男子だ。

 もちろんお断りした。彼氏がいると嘘をついて…。

 すると、彼は当時の事を謝り、聡の彼女のストラップの件をはじめ、私がイジメられた本当の理由を教えてくれた。


「あんな事したんだから断られるのはわかってた、謝るきっかけが欲しかった…謝れて本当に良かった…って自分勝手だよな。」


 最後にそう言って彼は立ち去った。




 その日、私は家に帰らずそのまま雅樹の家に行った。


 悔しかった。

 腹が立った。


 私は雅樹にその日のことを話した。

 泣きながら、辛い気持ちも、苦しみも、怒りも全部吐き出した。


 実は、私をイジメていた首謀者は聡の彼女、エリカちゃんで、ストラップも自作自演だった。

 聡が私を構うのが気に入らなくて、聡の気を引きたくてやった事だった。

 そんな子と自分の好きな人の仲を取り持ったとか…どんだけバカなんだ、私。




「悠、あのさ…本当に付き合っちゃおうよ?お互いの為に。」


 落ち着いた私に、雅樹はそう言った。

 驚く私に、彼は続けた。


「おれ、悠の事大好きだし、悠となら…大丈夫じゃないかって気もする…。悠はあいつを忘れるために、おれは自分と向き合う為に、動機は不純かもしれないけど…ダメかな?」


 雅樹はとても真剣な顔をしていた。


「私も、雅樹の事、大好きだよ…。でも、本当に雅樹はそれで良いの?無理してない?」


 私は1人の人間として、雅樹が大好きだったし、彼を尊敬していた。


「無理は…多少してる。でも、1度無理する必要があるんだと思う。…悠なら…もしダメだった場合でも…また親友に戻れるんじゃないかなって…そう思うのは都合が良すぎるよね?」

「ううん…私にとってはすごく有難い。もしダメだった時、また親友に戻ってくれるなら良いよ?今の関係が壊れるのが1番嫌だ…。」




 そして、私と雅樹は男と女として付き合う事になった。


 唇を重ね、身体を重ね、私達はより深い関係になっていった。

 けれど、お互いがどこか違和感を覚えていた。敢えてお互い口に出さず、寄り添い、支え合い、長い時間を共に過ごした。






「悠、そいつ誰?」


 冬休みのある日、雅樹と手を繋いで歩いていた私は街中でバッタリ聡と会ってしまった。

 雅樹を見るなり不機嫌そうに訊いてきた聡に私は腹を立てた。


「悠、落ち着いて…。初めまして。悠と付き合ってます。藤谷 雅樹(ふじや まさき)です。」


 私を宥め、自己紹介する雅樹。聡は更に不機嫌そうに顔をしかめる。


「こういうのが悠のタイプだったんだ…こんな時期にフラフラして余裕だな。受験生なのにさ。」

「受験勉強はちゃんとしてる。…自分だって彼女いるくせに。雅樹、行こう。」




 その後も、我が家に夕食を食べに来た聡と雅樹が顔を合わせる機会が数回あったが、聡の態度は毎回最悪だった。

 そして、それが原因で私と聡は喧嘩して、それから聡がうちで夕食を食べる機会は随分と減ってしまった。

 学校で会っても目も合わさず、口もきかなかった。






 そして、春になり私と雅樹は同じ高校に進学した。

 聡とは違う高校だ。


 私と雅樹の約束、それは同じ高校に通い、3年間クラスメイトとして過ごし、一緒に卒業する事。

 同じ高校の1クラスしかない学科に進んだ私達は、3年間クラスメイトとして、彼氏彼女のフリをして楽しい高校生活を送った。


「彼氏彼女」ではなく、「彼氏彼女のフリをして」高校3年間を過ごした私達。

 高校の入学式の直前、私と雅樹は男と女としてお付き合いするのをやめた。

 その頃はもう、違和感を見過ごすことは出来なくなっていたのだから…。


「雅樹…もうやめようよ。前の関係に戻ろう?」

「悠はやっぱ気付いてたんだね?」

「まぁね…だからさ、無理しないで。」



 そして、私と雅樹はみやびと出会った。



 雅樹の抱えていた悩み。

 それは雅樹自身、自分の性別が男なのか女なのかわからない、つまり性同一性障害。


 周りにずっと隠してきた生き辛さから、彼は思い悩み、不登校になった。

 私は雅樹の男性的な部分と女性的な部分、どちらも受け入れた。

 私は1人の人間として、雅樹が大好きだったから。


 雅樹は、男の子みたいだった私を、女の子に変身させてくれた。

 自分がしたいけれど出来ないことを、私が代わりにする事で、彼は満たされ、バランスを取っていたのだ。


 彼自身、女性になりたい願望があるものの、そんな自分が受け入れらなかったせいで、彼自身が女の子の格好をする事はなかった。


 自分が男性であると再認識する為に、私と男女の関係になった。


 そういう関係を半年程続けて、ようやく彼自身が本当の自分がどちらであるか理解し、それを受け入れる決心が出来たのだ。




 それがはっきり分かり、私の部屋で、彼は変身した。

 私が雅樹と一緒に選んだ服は、雅樹の着たかったものばかり。

 一緒に選んだ服を着て、かつての私よりも長い髪をコテでちょっぴり巻いてピンで留め、メイクをした姿はとても生き生きしてとても可愛いかった。

 私なんかよりずっと綺麗だ。


「ねぇ、『みやび』…って呼んでもいい?」

「みやび…?」

「そう、雅樹の『雅』の字ってそう読めるでしょ?今日からこっちの時はみやび。どう?」

「みやび…うん、良いね!」

「前の関係に戻ろうって言ったけど、やっぱり訂正。新しい関係になろう。」


 私は雅樹…もといみやびに提案をした。


 新しい関係。

 私の女の子の親友、みやび。

 表向きは私の彼氏で、実際は親友の雅樹。

 1人だけど、2人の親友。




「悠はそれで良いの?あたしとしては最高の関係だけど…周りにカミングアウトする勇気はまだないし…悠が彼女って事にしていてくれたら何かヘマしてもカモフラージュになるから…。」

「うん、そうしたい。だから今までみたいに時々甘えてもいい?あ、エッチはナシでいいから…。」

「いつでも甘えて。悠に甘えられると嬉しいし。エッチだって別に悠がしたいなら良いよ?…でも雅樹の時限定ね?」

「ううん、本当にそれはナシで良い。むしろナシでお願いします。」


 私達はそんな不思議な関係を4年半以上続けている。






 高校卒業後、別々の学校へ進学した私達。

 お互い、新しい友人も出来た。


 かつて入り浸っていた店で一緒にバイトを始め、お互いの家はよく行き来しているし、まとまった休みには一緒に旅行に行ったりすごく仲良くしているものの、以前ほどお互いに依存する事は無くなった。




 大嫌いだと言いつつも、時々目の前に現れる聡の事がなんだかんだ言いつつ、今でも好きな私。


 雅樹との良い関係のお陰で、気持ちに余裕が出来た私は、高校2年の時、みやびの仲介もあり、聡の謝罪を受け入れ、一応仲直りをした。


 もちろん聡はみやびと雅樹が同一人物だなんて知らない。言える訳ない。


 聡には親友だと言ってみやびを紹介した。


 みやびに会えばにこやかに挨拶するくせに、雅樹に会うと不機嫌な顔になる。聡は頑張って顔に出さないようにしてるつもり…らしいけど。




 聡と私は以前のような関係には戻れていないけれど、普通に顔を合わせ、普通に話せるようにはなった。

 でもやっぱり、彼の些細な一言で私は傷付いている。

 なのに心配されたり、可愛いとか期待させるようなこと言われてはなかなか思いを断ち切れない。


 あいつへの感情が「大嫌い」だけならどんなに楽だろう…。

 同じくらい「好き」でもあるからこそ、苦しいんだ。



 聡への好意は、雅樹に対する好意とは全くの別物。

 自分でもよく分からない。不思議。




 結局聡とエリカちゃんは中学を卒業する直前に別れた。どうやら、私に告白してきた彼が彼女の秘密を打ち明けたらしい。

 仲直りした時、聡自身が教えてくれた。


 今も付き合ってる子はいるみたい。

 一昨日、女の子とイチャイチャしてたし。

 あー、なんか腹立つ。彼女がいるなら期待させるようなこと言うなっつーの。






 ***


「あら、今日はシフト入ってないのに…丁度良かったわ…2人共手伝って!」


 かつて入り浸っていた店で今は私達のバイト先、Secret Garden 。

 看板は出していない、マンションの一室を改造して作られたまさに「秘密の花園」。

 一見さんお断りの飲み屋で、ショーなんかは行っていないタイプの店。カウンター越しの接客をするいわばスナック。従業員が私以外は皆、生物学上は男性だったりする。


 お客様もそのほとんどがセクシャルマイノリティーと呼ばれる人達。


 基本、ママの知り合いじゃない限り、女性とノンケの男性は紹介があってもお断りの店なので、私も勝手にそういう人種だと勘違いされている。

 声は元々低いし、一番初めにここに来た時は本当に男の子みたいだったから、その頃を知っている常連さんも勘違いしてるみたい。


 私の母は、自称「コスチューム職人」時代、この店のママが昔出していたオカマバーのショーのコスチュームを一手に請け負っていて、その時の相棒が雅樹の母だったらしい。


 私と雅樹が出会う少し前、この店がオープンして、そのお祝いに来たときに2人は再会したとか。

 この店が私と雅樹を引き合わせてくれたのだ。

 悩める私達を受け入れ、話を聞いて、たくさんのアドバイスをくれたこの店のママは私にとっても、雅樹にとっても、みやびにとってもかけがえのない恩人。




「着替えはいいわよ、ハルカはこっち手伝って。みや…じゃなくて雅樹はテーブル片付けてもらえる?急にエレンが来れなくなっちゃって困ってたのよ〜!」


 賑わう店に入り、客が私と雅樹だと気付いたママは、怒るどころかウェルカムだった。

 私は店では「ハルカ」と呼ばれ、いつもは白シャツに黒ベスト、蝶ネクタイにパンツでバーテンダーをしている。カウンターからは絶対出ない。

 一方の雅樹…もといみやびは、普段は可愛らしい格好でウェイトレスをしている。


「ハルカちゃん、私服も地味ー!今度一緒にお買い物に行ってコーディネートしてあげるわよぉ?」

「ダメよ、ハルカに手を出しちゃ。ママのムスメみたいなもんなんだから!」

「えー?買い物くらいいいじゃない?」


 私はおネェ様方にすごく良くしてもらってる。

 ここで働くおネェ様方には、かつてのコンプレックスも、聡の事も、雅樹との事も、全部バレてしまっている。雅樹やみやびと、中学〜高校にかけて入り浸って店の奥や洗い物しながら話していた事は全部聴かれていたらしい。




 お店はいつも以上に賑わっていて、私と雅樹は私服のまま働いた。何人かの常連さんは、雅樹がみやびだって気付く人もいて、気付かなかった常連さんが驚愕しているのが面白かった。


 ここのバイトはいつも楽しい。

 バイトを始めた頃、ハルカは無口で無愛想なキャラって事になってたのに、楽しくてつい笑っちゃうことも多くて、今ではツンデレキャラって事になっている…そのキャラも崩壊しつつあるけど…。


 今日も楽しくて、あっという間に時間が過ぎていく。


 深夜1時を過ぎた頃、「悪いけどこれから貸切なのよ」と、最後のお客様をママが追い出し…ではなくお見送りして、店を閉めた。




「今日はどうしたのぉ?みやびじゃなくて雅樹が来るなんて珍しいじゃない?」

「悠が今すぐ来いって言うから…。」

「またどうせあれでしょ?例の彼絡み。悠もいい加減素直になりなさいよ、だから年齢イコール彼氏いない歴なのよ!」

「彼氏いた事だってあるもん…」

「雅樹はノーカウントよ!ノーカウント!」


 ママと雅樹にはママの好きなピンクレディをグラスに注いで出す。

 私はボトルのまま、ベルギービールをあおる。

 私はきっと不貞腐れた顔をしている事だろう。


「だいたいそういうところがダメなんじゃない?なんで女のあんたが1番男前なのよ!?」

「雅樹ぃ…ママが怒った…。」

「悠、甘える相手間違ってるわよ!」


 私がママに怒られながらも雅樹に抱きついて甘えていると、ドアが開いた。


「ママー、無理言ってごめんね。」

「良いのよぉ…1度会ってみたかったし。」


 聞き覚えのある声。

 店の中に入ってきたのは私の母と、あり得ない人物だった。


「悠…みやびちゃんと一緒じゃなかったのかよ…」

「なんで聡が…ママ、良いの!?」


 混乱する私に対して、穏やかな表情のママ、雅樹、そして母。

 聡は不機嫌そうに眉をひそめる。


「ママも雅樹もこいつが来るって知ってたの!?」

「悠、ごめんねさっきママに聞いた。ほら、もう抱きつかないの。」


 そう言って雅樹は抱きつく私を離した。


「彼、あんたに話があるらしいわよぉ?でも、その前に…誤解を解いたほうが良いわねぇ…。まぁいいわ、悠は2人にも何か出してあげて。」

「悠、喉が渇いたからスクリュードライバー頂戴。聡くんも同じので良い?」


「喉が渇いたから…」って言うなら水で良いじゃん!?と突っ込みたいのを堪え、母のリクエストでスクリュードライバーを作る。

 聡も頷いたのでそれで良いだろう。


 グラスに氷とウォッカ、オレンジを絞って注ぎステアする。スライスオレンジとミントを添えて3杯作る。

 いつの間にか、ママと母は奥のソファに移動していたので、2人に出してからカウンター越しに聡にも出す。


「バイトって…ここでだったのか?…それにみやびちゃんとこいつが同一人物ってマジかよ…。」

「雅樹…話したんだ…。」

「うん。彼には言うべきだと思って。悠の為にも。」




 私は聡とちゃんと向き合った。

 雅樹が、私の為に秘密を打ち明けたように、私も、逃げずに、ちゃんと伝えなければ。




 Secret Garden…。

 そこは、本来の自分らしくいられる場所。

 ヒミツを打ち明け、私達が成長するきっかけを手に入れた場所。


 不思議な力を秘めた、ヒミツのハナゾノ。

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