Reaction 7
俺は、話を反らす事にした。
「ロイは、普段何をしている人なんですか?」
「仕事?・・・うーん、憎まれ役、かな」
「え?なんすか、それ」
「他人の仕事チェックして、あれこれケチつけるんだ」
ロイの説明は、よくわからなかったが、職種を言わないあたり、詳しく話すつもりがないんだろう。
「楽しいですか、それ?」
「どっちかっていうとSだから、あまり苦にはならないな」
にこやかにそんな・・・Sなのか。
「それから、オレのつけたケチに、ちゃんと結果だして貰えた時は、言った甲斐があったって思うよ」
「なんか、それって、じれったいですね。結果でてくるかどうかは、相手次第ってことでしょ?」
「そうだな。まぁ、そういう役割だから、仕方ない」
「ふうん?大変そっすね。でも、ロイみたいな人にケチつけられても、俺なら、ホイホイ言うこと聞いちゃいそうだ」
ロイは、なんとも言えない複雑な表情で、苦笑いする。
「ウソつけ。いつも厭そうな顔してるくせに」
「え?」
いつも?
きょとんとした俺に、ロイはジャケットの内側から、何かをとりだしながら俺の名前を呼んだ。
「ヒュー」
まただ、何かがひっかかる。これ・・・既視感?
「いい加減、気付け。観察眼が足りないぞ、お前」
ロイは、とりだしたフレームの細い眼鏡をかけて、長めの前髪をサラリと後ろに撫で付けてみせる。
俺はそこに見知った顔を認めて、全身の血の気がひいた。
「ク・・・!?」
―――クライヴ大尉。
クライヴ大尉は、完全にフリーズしている俺を後目に、ひとつため息をついて「目、覚めたか?」と宣った。
そして、前髪をおろし、眼鏡をはずす。その姿は、紛れもなくロイだ。
憧れの人が、普段から口うるさくてウザい上司だったなんて。俺は文字通り頭を抱えた。
「・・・すいません、ちょっと混乱してて・・・」
「うん」
あまりの事に思考が働かず、俺はそのまましばらくそうしていた。
ロイ・・・クライヴ大尉は、沈黙の落ちる間、新しい煙草に火をつけて、のんびりと燻らして、ときどきグラスを傾けていた。
クライヴ大尉の落ち着きぶりに、俺は、だんだん、恨みがましい気持ちがつのってきた。
「今日のこれは、・・・からかってたんですか」
それを聞いて、クライヴ大尉は、深く煙を吐き出す。
「からかってなんかいない。それに、困ってるんだぜ」
眉根を寄せて、クライヴ大尉は、俺を見つめる。そんな表情も悩まし気で、ホント質が悪い。
「だいだい、お前のせいで、オレは二度も心臓が止まるような思いをしたんだからな」
「何がです?」
まだ恨みがましく尋ねた俺に、クライヴ大尉は口元へ煙草を運び、軽く吸った。
「お前が、窃盗犯に声をかけてきたときと、さっきの店で男に絡まれてたとき」
「あ・・・」
偶然なら、そりゃ確かに、驚いたよな・・・。
「その上、お前、全然気づかずに、感動したとか、熱心に語ってるし。―――可愛いっつったのは、あれ、本心だからな」
改めて言われて、顔が火照る。
どうしよう。
この人がクライヴ大尉だったとわかっても、嫌じゃないみたいだ、俺。目が反らせない。
「―――出ようか」
クライヴ大尉は、煙草を揉み消して、立ち上がった。
店を出て、クライヴ大尉は、入り組んだ路地裏を、迷わずに歩いていく。
後ろをついていきながら、まるで猫の散歩みたいだと、ぼんやりと思っていると、ある一角で立ち止まって、俺を振り返った。
「ちゃんと、ついてきたな」
「話、途中だったから・・・」
「そうだな」
クライヴ大尉は、一歩近付いて俺を見上げた。
間近で向き合ってみて、あらためて身長差を認識する。
そういえば、仕事で執務室に呼び出される時は、この人はデスクに座ったままだから、こんなに華奢だって印象がなかったんだ。
「オレの正体がわかって、お前はどう思ってるんだ、ヒュー?」
俺を見上げた美貌は、弱い月明かりに照らされて、儚げに映る。
「クライヴ大尉」
「ロイ、だ」
「偽名でしょう、それ」
「オレは、こんな質だからな。公私は完全に分ける主義だ」
それを聞いて、俺はなんとなく、腑に落ちた。あの仕事中の型に嵌めたみたいなスタイルは、ブラフなんだな。
「・・・じゃあ、ロイ」
「うん」
「俺も、困ってます。やっぱりあなたの事は、綺麗だと思うし、種明かししてくれた事、俺・・・嬉しかったみたいだ」
クライヴ大尉は、怪訝な顔をした。
「そこは、お前としては、怒ってもいいとこなんじゃねぇの?」
「だって、俺を信用して、話してくれたんでしょう?」
もし、俺がを陥れようと思ったら、いくらでもゆすれるネタだ。
クライヴ大尉は、ちょっと驚いた顔をして、満足そうに笑った。
「そういうとこ、お前らしい。普段ぼんやりしてるっぽいのに、割と真相を見抜いてたりする」
「友人や妹には、よく、天然だって、からかわれますけど」
俺は、照れ隠しに、そう言った。
「どうする?このあと」
クライヴ大尉・・・ロイに、そう尋ねられて、俺はドキリとする。いちいち、色っぽいんだよな、この人。
「せっかくの機会だから、もう少し話がしたい、ですけど・・・」
そろそろ日付が変わる頃合いだ。
「明日は非番だから、オレは何時になってもかまわないぜ。続きはオレの部屋でな。この上だ。」
と、ロイは、目の前の古い共同住宅を示した。
部屋、と聞いて、ますますドキドキしたけど、俺は遠慮せずに、ロイの後についていくことにした。