Reaction 4
翌日から、俺は同僚と手分けして、捜査を開始した。
犯行現場は、常設市場の中心部にある、高齢の店主が営む貴金属店。盗まれたのは高価な懐中時計で、犯行時刻は日没の少し前、夕闇が迫り、建ち並ぶ店が灯りを点し始める頃合いだった。
ちょうど、同僚二人と巡回で通りかかった所、店主の叫び声が聞こえ、店を飛び出していく男を見かけた。
直ぐに追いすがり、犯人のシャツに手をかけたが、すんでの所で振り切られた。
その時に犯人の首筋から肩口にかけて、蠍を象った刺青が見えた。
他に覚えてる特徴といえば、肩より長いの赤い巻き毛だったことと、身長は俺と同じくらい、6フィートを超えていた。顔は見ていない。
店主の話では、犯人は、20代後半くらい、初めて見る客だったという。
商品をいくつか見たいと言われ、カウンターに並べて見せたところで、その内の一番高額な品物を掴んで逃げた。
その日は市場の周辺で、聞き込みをしたが、収穫は得られなかった。
翌日は、近辺で刺青を扱う店を3件ほど回ったが、どの店にも、犯人らしき客が訪れたことはなかった。
他の土地から流れてきた人間かもしれないとあたりをつけて、港と宿屋、飲食店なども回ったが、これも収穫なし。
そして、お手上げ感が漂ってきた3日目の夜。
同僚と交代で休憩をとろうと、偶然通りかかった路地の脇道、人通りのない道の先に、犯人に酷似した背格好の男を発見した。
―――の、だが。
男は誰かと睦みあっている最中だった。
ばつの悪い気分で、二の足を踏んでいると、男の相手の細い手が、男のシャツの肩口をはだけた。刺青らしきものが見える。
おそらく、アイツだ。
同僚を呼びに戻る間に、カップルの行為がそれ以上に及ばれても困る。俺は仕方なく気配を殺して、男の背後に近付き、手の届く距離で声をかけた。
「お取り込み中すみませんが、ちょっとお話伺えますか?」
刹那、男が反応して、相手を突き放し、俺に殴りかかってきた。
ビンゴ。
襲撃を避けてしゃがんだと同時に、男は俺と反対の方向へ、猛ダッシュ―――しかけて、前のめりにくずおれた。
「!?」
何が起こったか、即座に把握できなかった。蹲った男は、腹を抱えるようにして、地面に転がっている。
そして、その男の前に、スリムな人影が仁王立ちしていた。
「あ・・・・・・」
先程、男に突き放された相手が、男のみぞおちに膝げりを食らわせたらしい、事がわかった。
仁王立ちしていたのは、凄艶な雰囲気の美人で―――男だった。
「・・・えと、恋人、では?」
俺は、転がってる男を指して、美人に問う。我ながら、間抜けな質問をしている気がした。
「さっき、知り合ったばかりの、行きずりだ」
美人は、ひとつため息をついて、答えた。
もしかしたら、すごくマニッシュな女性かも、という淡い期待は、その声を聞いて裏切られた。やっぱり間違いなく、男だ。
しかも、行きずりって・・・。
「ええと、取り敢えず、ご協力感謝します」
「他に、何か協力しなければならない事はあるか?」
俺はためらった。
本来なら、調書とるために、任意同行を願い出るところなのだが、その場合、その前の行為、つまり行きずりの経緯から、お話してもらう事になる。
幸い一人だし、マニュアルに従わなくても、見咎める者はいない。
「いえ、お引き取り頂いて、結構です」
そうか、と美人は答えて、踵をかえす。
「あの」
思わず呼び止めてしまった。美人が振り替える。
「あー・・・、他人様のこういう事に、口を出そうという事ではないんですが、その、どんな相手かもわからない事もあるので、気をつけてください」
美人は、俺の言葉に一瞬毒気を抜かれた顔をして、ふと微笑み、また踵を返して立ち去っていった。
俺は、地面に転がった男を手錠で拘束しつつ、その姿が見えなくなるまで見送った。
・・・本当に、男にしておくのは惜しい、美貌の主だった。