Reaction 3
静まりかえった部屋の中、コツコツと硬い音が響く。クライヴ大尉が、デスクをペンでつついている音だ。
神経質そうな指先が、一定のリズムを刻み、無機質な執務室の中で、威圧感を醸しだしていた。
「・・・ヒュー。お前、今日の警邏中、窃盗犯、取り逃がしたってな?」
漸く開かれた口から発されたその言葉と口調は、聞く者の血を凍らせようとでもしているかのようだ。
「はい!申し訳ありませんでした!」
俺は、今日もクライヴ大尉の執務室に呼ばれて、叱責をうけている。
ここのところ、何かとネタを拾われては、日を置かずに呼び出される事が続いていた。
「『でした』?過去形にしてんじゃねぇ」
俺の返事に、クライヴ大尉が、間髪入れずに指摘する。眼鏡の奥から、鋭い眼光で俺をひと睨みする。
「犯人の容姿は覚えてんだろうな?3日以内に捕まえてこいよ」
「・・・」
んな、無茶な。
「返事は?」
「はい」
凄まれて、仕方なく返事をする。
「―――行ってよし」
「失礼します!」
クライヴ大尉の執務室を出て、緊張の糸が切れ、小さくため息をつく。
これでまた3日後に、呼び出しか。
そう考えて、いかん、とひとつ頭をふる。後ろ向きな事を考える前に、あの窃盗犯への対処を考えねば。
ともあれ、今日の仕事はこれで終いだ。俺は、夕闇が迫る暗い廊下を、寄宿舎に向かって、歩きだした。
「よー、おかえり。今日は早かったなぁ」
食堂で同期のヤツらに声をかけられる。俺もカウンターで自分の食事のトレイをとって、連中がたむろっているテーブルに腰掛けた。
「ああ。無茶言われたけどな」
「なんだって?」
「今日取り逃がした窃盗犯、3日以内に捕獲してこいってさ」
そりゃ大変だと、他人事のようにはやし立てられ、ムっとする。
「お前らだって、その場にいただろ!?」
と、今日の巡回で一緒だった二人の同僚をにらむ。そうなのだ、今日の失態は、別に俺一人の責任ではなかった。
「仕方ないだろ、お前ご指名だったんだし」
「まぁまぁ、俺たちも手伝うからさ」
「その発言が既に他人事だっつんだよ」
なんで俺だけ・・・と、ブチブチ文句を言いながら、塩気の多い食事をかきこむ。
「それはそうとして、ヒュー、呼び出しって、・・・毎回叱られてるだけか?」
仲間内の一人が、遠慮がちに、しかし興味深そうに聞いてくる。
「何だよ、代わりたいならいつでも代わってやるぜ?」
「いや、そうじゃなくて!」
電光石火で否定して、声を潜めて続ける。
「うちの従兄が、前にクライヴ大尉の駐在してた砦にいるんだけどさ・・・」
「うん?」
「その、大尉、ソッチ系だって噂があるって」
「ソッチ?」
「―――男色」
「え!?」
俺を含めて、何人かの声がハモって、食堂中の注目を集めてしまった。俺たちは、周りを気にして、顔を寄せあい、ひそひそと話を続けた。
「マジで!?」
「あの堅物が!?あり得なくね!?」
「いや、オレもあくまで噂だって、聞いたんだけどさ・・・」
―――と、全員の視線が、吸い寄せられるように、俺に集まる。
オイ・・・冗談じゃねぇぞ。
「俺は特に、色目使われた覚えは、ねーけど?」
妙に緊迫した空気が途切れる。
「そうかぁ」
「だよなぁ」
それぞれ、ちょっとガッカリした様子で納得(?)する。全く、何期待したんだコイツら。
クライヴ大尉の、まるで型にはめたような、知識階級ぽいオールバックに縁の細い眼鏡の組み合わせの、冷淡な風貌が脳裡に浮かぶ。
ソッチどころか、色恋沙汰とは真逆の鉄面皮と、容赦のない口調を思いだして、俺はげんなりしてしまった。
「もう、ヤツの話は止めてくれ。只でさえ美味くない飯が不味くなる・・・」
俺の本気で嫌そうな声に、わかったわかった、とか、対策考えような、とか、口々に慰められる。
俺は少しだけ機嫌を取り直して、食事を続けた。