Reaction 2
その日、俺は、少佐と、少佐の旧知のヒルダ夫妻とともに、はしばみ亭を訪れていた。
俺は、普段はここから船で1時間ほど離れた、城下町の寄宿舎で暮らしているが、一昨日から少佐のお供で、この故郷の港町に戻ってきている。
はしばみ亭は、3年前まで俺の上官だったダリルさんが、退役してお祖父さんから受け継いだ食堂だ。妹のポーラが、1年ほど前から、ここで雇ってもらっている。
今夜は、ダリルさんの計らいで、店を貸切りにして、酒宴を開いてくれたのだった。
少佐はもうじき、結婚を機に、退役を決めていた。
だが、少佐の退役にあたって、後任人事で揉めているらしく、少佐は他の任務のついでに、ダリルさんの父親でもあるケネス大将から、ダリルさんを軍に連れ戻すよう、直々に司令を受けてきたのだった。
この件、少佐の予想通り、ダリルさんは断った。
少佐も、この伝令の成功角度が低いことを、あらかじめケネス大将に断ってあると言っていた。それでも少佐が引き受けたのは、最後にダリルさんに会いたかったからなんじゃないかって、俺は勘繰っていた。
でも、さっきの少佐の発言を考えると、それもあったかもしれないけど、寧ろ、二人が心配だった・・・って、ことなのかな。
恋愛経験のない俺には、少佐の女心は、よくわからなかった。
ましてや、男同士でそういう・・・ってのは、俺にとっては全くの未知で理解不能の領域だ。
俺は、あらためてギルの事を思い返してみた。
軍の士官候補生になると、中等科の途中から、城下町にある指定校に編入し、寄宿舎生活に入る。ギルとは、そこからの付き合いだ。
ギルは一般課程だったから、カリキュラムは違ったが、家族が軍役だという噂を聞いて、俺の方が興味をもったのだ。
ギルは、当時からあまり他人に興味をもたない素振りで、俺が近づくと、初めは少し煩わしそうにしていた。
でも、俺が懲りずに何度も話しかけると徐々に打ち解けてけきて、そうやって付き合っていく内に、実は存外お人好しな一面があるとか、俺の方でもギルに関して色んな事が判ってきて、今では気の置けない友人の一人になった。
・・・はずなんだが。
さっきの、幸せそうな微笑みを浮かべたギルは、俺の知ってる友人のギルとは、全くの別人だ。
更にギルに関していえば、普段のあの調子からして、色恋沙汰にうつつをぬかしている姿は、想像しにくい。
ダリルさんにしたってそうだ。
少佐と付き合ってた訳だし、それから、もっと昔は、女関係結構やんちゃしてたって、先輩たちから聞いたことがある。
でも、両刀だなんて噂は、一切耳にしたことがない。
―――それが、なんで、よりによって!?
俺はあらためて、そういう前提で、二人を眺めた。
二人とも、十人並からかけ離れたレベルで見目が良いせいか、不思議と気持ちが悪いとは感じなかった。
・・・けど、おでこにキス・・・って。
「えぇ~っ!?」
「兄さん、煩いわ」
俺が叫んで抱えた頭を、ポーラがトレイで容赦なくはたく。
「純情青年には、刺激が強すぎる話だったみたいね?」
「友達なのに気付かないなんて、鈍すぎですよ」
俺はまた、ヒルダさんにからかわれ、ポーラにはバッサリ切り捨てられた。
もろもろ、衝撃の大きかった一夜があけて、少佐と俺は船で城下へ戻った。
少佐は、まっすぐにケネス大将のところへ報告に行き、ついでに、決めてきたという後任について教えてくれた。
「クライヴ大尉だ、面識はあるか?」
「いえ」
「―――噂を聞いたことは?」
「いいえ?」
噂?
「そうか。今は東の砦の中隊長をやっている人物だ。キレものだが、少々規格外で・・・」
そこまで話して、少佐はしげしげと俺の顔をみて、ため息をついた。
「・・・まぁ、普段から用心はしておけ」
「はい?」
用心?どういうことだろう。
その意味は、件のクライヴ大尉が着任してから、嫌というほど思い知ることになる。