Reaction 13
翌朝、次に二人の休みが合うときに、はしばみ亭に行ってみないかと、ロイに誘われた。
「実は、まだ一度も寄った事なくて、こないだダリルに会った時も、来いって誘われたんだ。それに、お前の育った街が、どんなところかも、見てみたい」
そんなふうに言われて、断る理由などなかったから、俺は素直に頷いた。
半月後、俺はロイと連れ立って、はしばみ亭の看板をくぐった。
「こんにちはー」
まだ、店が開いたばかりの時間で、他に客はいない。ホールにいたダリルさんが直ぐにこちらをみとめた。
「おー、ロイ!来てくれたのか!・・・あれ?ヒュー?」
俺が一緒に現れたことに、ダリルさんは不思議そうな顔をする。話してなかったのか。
「えーと、俺、いま、この人の部下で」
「兼、恋人、な」
と、横からロイが付け加える。
「え!?」
俺とダリルさんの声が被った。
「何でお前まで驚くんだ、ヒュー。冗談に聞こえるだろ?」
ロイに責められる。
「こんないきなりカミングアウトされたら、驚くでしょうが!」
「あー・・・えと、ともかく座らないか、二人とも?」
ダリルさんに促されて、窓際のテーブルにつくと、ポーラが水とメニューをもってやってきた。
あ、コイツがいること、すっかり忘れてた・・・。
「ロイ、妹のポーラです」
「はじめまして、ロイさん。兄が、いつもお世話になってます」
しおらしく挨拶しているが、何だか妙に目がキラキラしてるのが、コワイ。
「はじめまして、ポーラ。噂に違わず、可愛らしいね」
ロイの挨拶に、ポーラは満面の笑みを浮かべた。
「そんな、ありがとうございます。すみませんが、ちょっとだけ、兄お借りしていいですか?」
「どうぞ」
ロイが笑顔で返したので、俺はポーラに、厨房の近くまで引っ立てられた。
「何だよ・・・」
「兄さんたら、あんな美人をゲットしてくるなんて、隅に置けないわねー。あ、家のことなら、気にしなくて大丈夫よ、私が継ぐから。父さんたちに孫の顔もみせてあげるし」
一気にまくし立てられて、俺は辟易した。
「・・・お前。あっちこっちで、吹聴すんなよ」
「やぁね、そんなことしないわよぅ。仕事に障るでしょ?上官と下士官の秘められた恋・・・きゃ~」
妹よ、お前が一体何処に向かおうとしているのか、もはや俺にはついて行けない。
ふと、背後から刺すような視線を感じて、俺は振り返って視線の主に声をかけた。
「よ、ギル。久し振り」
ギルの視線は、俺たち兄妹ではなくて、もうちょっと先、窓際を見据えている。
「ヒュー、何でアイツ連れてきた?」
「俺が連れてきたんじゃなくて、ロイがダリルさんに誘われて、俺がついてきたんだけど?」
「あんなのと付き合ってるなんて、趣味悪りぃ」 なんだ、どうした、このあからさまな機嫌の悪さは!?
ギルバートが、誰かにこんな態度とるなんて珍しい。普段なら、嫌う以前に無関心でスルーだ。
「ロイの事、苦手なのか?」
「違う。『嫌い』なんだ」
おぅ、言い切った!?
ふいに、ロイがチラリとこっちを見て、薄くわらった。あれは、何かイタズラ仕掛けようとしてる時の目だ。
すると、ロイは立ち上がって、窓の外を指さした。ダリルさんに何か尋ねているようだ。
ダリルさんは、ロイの後ろから覆い被さるように身を乗り出して、示された方向を確認している。
―――そして、まんまとロイに挑発されたギルの機嫌は、さらに悪化したようだ。
俺は、ダリルさんを巡る、昔からの二人の関係性が見えたような気がした。
それはともあれ、ダリルさんがロイに密着している構図は、俺としても面白くない。
「・・・毒、仕込んだりしないでくれよ」
やりかねない雰囲気のギルに言い置いて、俺は窓際のテーブルに戻った。
ダリルさんがテーブルを離れてから、オレはロイに、さっきから気になってた事を聞いてみた。
「ロイ。ダリルさんが初恋の相手だとか、ベタな事言わないですよね?」
「―――妬いてるお前って、ホント可愛い」
ロイはニッコリ笑って、はぐらかした。
無事?に食事を終えて、はしばみ亭を後にし、ロイに港町を案内して回った。
市場や寺院などの観光名所を訪れて、最後に、小高い丘になっている岬の灯台に登った。
ゆっくり時間をかけてあちこち巡ったので、ちょうど、日没に差し掛かる頃になっていた。
「すげぇ、視界の殆どが水平線だ」
子供みたいにはしゃいでるロイに、俺も嬉しくなる。
「部屋からの夜景、初めて見せてもらったとき、感動したから、俺もロイに、何か綺麗な景色見せてあげたいと思ってたんです」
背後からロイを抱きしめて、海に日が沈んでいく様子を眺めた。
「ありがとう」
ロイが、ポツリと、呟いた。
「こんなふうに、誰かと二人で、のんびり綺麗な景色を眺めるなんて事、オレにはもう出来ないって思ってた。お前に出会えて、ホントに良かった」
俺は、ロイを抱きしめる腕に、少しだけ力を込めた。
「これからもずっと、一緒に、綺麗な景色、たくさん見ましょう」
「うん」
ロイとの約束を、ひとつ心に刻む。これからも、たくさんの約束をして、ひとつずつ叶えていきたいと願う。
俺たちは夕日が沈みきるまで、水平線を眺めていた。
fin.