Reaction 12
親しげだった、ダリルさんとロイ。ダリルさんの実家も、代々軍役の旧家だし、家柄を考えると二人が知己の可能性は高い。
でも、だったら何で「クライヴ」ではなく「ロイ」と、偽名で呼んだ?
それだけがどうしても府に落ちずに、あれこれ余分な想像を掻き立てられていく。
次々と襲ってくるマイナス思考の波に呑まれて、俺はロイの部屋を訪れる事ができなくなってしまっていた。
そうして、ダリルさんに出会った日から、1週間が過ぎた。
「ヒュー、クライヴ大尉がお呼びだぞー」
同僚の一人から暢気な声をかけられて、俺は文字どおり飛び上がった。
「お前、何かやらかした?クライヴ大尉、えれぇ、機嫌悪そうだったぞ」
に・・・逃げたい。
「これ以上機嫌損ねないうちに、早く行けよ」
俺は重たい足を引きずって、クライヴ大尉の執務室へ向かった。
普段より空気がひんやりしているような気がする執務室で、俺はいくつかの業務指示を受けた。
「―――以上だ、行ってよし」
業務の話だけで切り上げられて、俺は立ちすくむ。
「・・・どうした?もういいぞ。持ち場に戻れ」
正面から、視線がぶつかった。
返事が出来ないでいる俺に、一拍おいて、ロイが折れた。
ふっ、と、はりつめていた空気が軽くなる。
「ヒュー」
ため息をついて、立ち上がり、俺に近付く。
「オレに聞きたい事、あるんじゃないか?今晩、来いよ。待ってるから」
そう言って、俺の背中を軽く叩き、もう行けと促す。
その表情は、いつも部屋で見ているロイのもので、俺はロイに気を使わせた事に、ますます落ち込んだ。
その夜、ロイの部屋をノックすると、やっぱり待ち構えていたようなタイミングで、扉が開いた。
「・・・こんばんは」
「待ってた」
招き入れられて、座れと、ソファを示される。
ロイは俺に発泡酒を、自分には蒸留酒をグラスに注いで、俺の隣に座った。
「何で、来なかった?」
「すみません」
ロイの口調には、俺を責める色などなくて、むしろ気遣っている様子だった。
俺は情けなくなって、暫く黙っていたけれども、ロイはゆっくりとグラスを傾けながら、俺が話し出すのを、待っていてくれた。
「―――つまらない、ヤキモチやいたんです。あとは自己嫌悪と。ロイがダリルさんとどういう関係なのか、判らないし・・・それと、自分がロイにとって、どんな存在なのかも、判らなくて・・・ここに来る勇気が出なかった」
そこまで話して、俺が口をつぐむと、ロイは少し考えてから、口を開いた。
「ダリルとは、実家が隣同士で、幼馴染みだ。この間は、実家に戻るって手紙貰って、久し振りに会う約束をしていた」
ロイは、真っ直ぐ俺の目をみて話している。そこに嘘や誤魔化しがないことは判った。でも。
「『ロイ』って、呼ばれてたのは、何で?」
やっぱ聞かれてたか、と、ロイは目を反らしてボソっと呟く。
途端に不安そうにした俺に、ロイは詫びるような視線を向けた。
「名前の事、見栄はって、お前に説明してなかったオレが悪い。こっちが本名なんだ」
「・・・え?」
「だから、ロイが本名で、クライヴが偽名」
偽名で士官なんて、できるのか?
ロイは続けた。
「昔、お前くらいの頃な、その、なんつーか・・・痴情の縺れで、相手に刃傷沙汰おこされて、軍内にも話が伝わっちまったんだ。でも、ダリルの親父さんが、騒ぎが大きくなる前にもみ消してくれた。そんで、暫く頭冷やしてこいっつって、辺境に飛ばされて、その時に名前も変えてな。それからは、特定の相手と、長く付き合うことはしなくなった―――って・・・呆れたか?」
俺は慌てて、首を横に振った。
「・・・ホントに?」
こんなに不安そうなロイの目は、初めて見る。
「ちょっと、驚いたけど」
俺の答えを聞いて、ロイは、安堵した表情で、ソファに深く座り直して、目を閉じた。
「お前の足が遠退いた理由、見当ついてたけど、お前にこの話聞かせるのが怖かったんだ。お前の不安、取り除いてやるのが先なのに。―――ごめんな」
俺は、叱られた子供みたいに、ソファでうずくまってしまったロイの正面に膝をついて、ロイの手をとった。
「俺も、ごめんなさい。そんなふうに、ロイが悩んでるの、知らなくて、自分が傷つくの怖くて、逃げてた。ダリルさんと比べられたら、絶対敵わないとか、そんなことばっか考えてて」
ロイは静かに首をふる。
「オレの素行の悪さ知ってたら、当然の反応だ」
「そんなことない。この部屋の鍵を預けるくらい、ロイは俺のこと信用してくれてるのに、俺はそういう大事なこと、見えなくなってたから」
「ヒュー・・・」
ロイの惑うような視線が、俺を捕らえる。
「大事なこと、見失わないようにするから、これからも傍にいて、いいですか?」
ロイは、感極まったように、俺の頭を抱き寄せた。
「こんなイイ男、手放す訳ないだろ」
俺も、ロイの背中を抱きかえして、告げる。
「好きです、ロイ」
「オレも、好きだよ、ヒュー」
そうして、どちらからともなく、誓うみたいに口づけた。