Reaction 11
食卓を片付けて、ソファに並んで座わる。ふたりでグラスを傾けながら、のんびりと夜景を眺めた。
「そういえば、部屋で煙草、吸わないんですね」
アッシュトレーも見当たらない。
「部屋で吸おうと思ったことねーな」
「どうして?」
「うーん、基本的にひとりだから、かな。他人といるときは、会話の間を持たせたるのに、便利だったりするから」
相手が嫌煙家だと逆効果だけど、と笑う。
「好きで吸ってるんじゃないってこと?」
「いや?気分を落ち着かせるのにもいいし、嫌いだったら吸わないな」
つまり部屋にいるときは、誰かに気遣う必要も、気分を乱されるような事もないってことか。
あれ?じゃあ・・・
「他人を部屋に入れるのって、ロイにとっては珍しい事、だったりする?」
「この部屋に入れたのは、お前が初めて」
もっとありがたがれよ、と、小突かれる。もちろん嬉しかったけど、ふと、気になっていた事を聞いてみた。
「・・・俺、自分がなんでそんなに気に入られたのか、わかってないんだけど・・・これも理由、聞いていい?」
俺が真顔で聞いたので、ロイはちょっと考えて、口を開いた。
「―――やっぱ、あれかな、窃盗犯捕まえたとき」
なんかあったっけ?
ロイは俺のこと認識してたんだろうけど、俺の方はといえば、ただひたすら、ロイの美貌に目を奪われてた記憶しかない。
「オレに、気をつけろって、言ったろ?あんな事言われたの初めてで、びっくりしたっつーか」
・・・一度、ロイの恋愛遍歴は、問いただしておく必要があるかもしれない。
「今まで、自分じゃ余計な事言ったと思ってたんだけど、ロイにとっては新鮮だったワケっすね」
「なーんか、言い方にトゲない?」
貴方の過去に嫉妬してるんです―――とは言えず、俺はロイを抱き寄せた。
「気のせい」
「ふうん?」
抱き寄せた胸元から、ロイが面白そうに俺を見上げている。見透かされてるし、ったく・・・。
ロイの手が耳元に伸びて、俺の眼鏡を外す。
「あと、ついてる」
俺の鼻梁をなぜる指の感触が気持ちいい。目を閉じてされるままにしていたら、最後にチュっとキスをされた。
目をあけると、ロイの熱っぽい視線とぶつかる。
「明日は?」
「非番です」
「なら、泊まってけ」
「もちろん、そのつもり」
俺はロイの片手に、指を絡めて応えた。
それから俺は、週に2~3度、ロイの部屋を訪れるようにした。
二度目に部屋を訪れた後から、以前のとおり、職場でのクライヴ大尉の呼び出しもかかるようになった。
そこには動揺の『ど』の字も見られなくて、なんだか憎らしいほどだったけど、初めてロイの部屋を訪れてからのフワフワ浮かれるようだった気分が、ようやく日常に戻って、地に足をつけたような気もした。
そうして1か月ほど過ぎた、ある日のこと。
その日は、市中の警邏で、同期の同僚と、コンビを組んで回っていた。
「ヒュー、あそこにいるの、ダリルさんじゃね?」
ちょうど、常設市場の入り口付近を通りがかったとき、同僚が、少し先のカフェのオープンテラスに見つけた人影を指して言った。
「本当だ」
こちらに背を向けている誰かと、話をしているが、あれは―――ロイ!?
俺が同僚を止めるまもなく、同僚はダリルさんに駆け寄ってしまった。
「ご無沙汰してます、ダリルさん」
同僚が声をかけると、ダリルさんはこちらを認めて笑顔を向けた。
「おー、久しぶり。元気でやってるか」
俺も仕方なく近づいた。一緒にいたのは、やはり、ロイだった。
なんで?
「すみません、お話中のところ、お邪魔します」
同僚がロイに断ると、ロイは微笑を向けて、お気になさらず、と応える。
うん。気づかないよな、フツー。
「こいつら、入隊したとき、しばらく預かってたんだ」
ダリルさんが、ロイに説明する。ということは、ダリルさんも、ロイが俺の今の上司だって、知らないってことだ。
「今日はどうしたんですか?」
同僚が、ダリルさんに尋ねる。
「ああ、実家に呼び出されて、ちょっとな。―――ヒュー?どうした?」
さっきから一言もしゃべらない俺を、ダリルさんが訝しんだ。
「え?あ、いえ・・・」
「こいつ、最近カノジョできたらしくて、時々上の空なんですよ」
今、ここで、その話題を持ち出すかっ!?
「へぇー、それは是非ポーラに伝えて、安心させてやらないとな。よくヒューのこと、心配してるから」
「勘弁してください、ダリルさん・・・次に帰るとき、根掘り葉掘り聞かれそうで、怖いっす」
そして、今はロイがどんな顔してるか怖くて、視線が合わせられない。
「はは、わかったから、そんな情けない顔するな」
ダリルさんは、今のは聞かなかった事にすると、約束してくれた。
「ダリルさん、しばらくこっちいるんですか?だったら、他のヤツらも集めますから、飲みに行きません?皆、喜びますよ」
同僚が誘ったが、ダリルさんは断った。
「嬉しいお誘いだけど、今日はもう、このあと帰らないとならないんだ。お前らも、そろそろ巡回戻った方がいいんじゃないか?」
「はい、名残おしいけど、そうします」
「こっちに寄ることあったら、店寄ってくれよ。他の連中にも、よろしくな」
少しほっとした気持ちで、その場を離れようとしたとき、背後で、ダリルさんがロイに話しかける声が聞こえてきた。
「悪かったな、ロイ」
「いや―――」
・・・ロイって、呼んだ?