Reaction 10
ロイの部屋の周辺の道を、しっかり頭に入れて、俺は寄宿舎に戻った。
同僚たちに見つからないようにと、早番の出勤時間を避けて帰ったというのに、運悪く連中の1人にかち合ってしまった。
「おぅ、大胆!朝帰り!?」
「声でけぇよ!」
俺は慌てて周囲を見回す。他に人影は見えず、ほっとする。
「ついにヒューも大人の階段登っちゃったかぁ」
「なに言ってんだ、ばか!」
彼女もちのヤツなので、その余裕からか、俺をからかってくる。
狼狽える俺を、ニヤニヤしながら眺めて言った。
「首。キスマーク、見えてるぜ」
はっとして、首筋の思い当たる箇所を押さえるが、もう遅い。
「独占欲の強いカノジョだなぁ。お前も、満たされた顔しちゃって、まぁ・・・」
「―――いいから、とっとと仕事行け!」
「はっはっは、ごちそうさま~」
俺の肩をポンポンと叩いて、門を出ていく。
これ以上誰かに出会わないよう、俺はそそくさと、自分の部屋に戻った。
部屋でひと眠りして、寄宿舎の食堂で昼飯をとってから出勤すると、何人かの同僚から、意味ありげにからかうような視線を送られたり、直接話を聞かれたりした。
もう広まってやがる。暇人多すぎ!俺は、貝になりきるしかなかった。
俺が頑なに話す気がない事を悟ると、2~3日で同僚たちも飽きたか、それ以上つついてくることはなくなった。
その間、クライヴ大尉から呼び出される事もなかったし、努めて平静を装って過ごせたのではないかと思う。
別にロイに釘を刺された訳じゃなかったけど、もしも職場でバレたら、この関係は終わるんだろうと、直感的に思っていた。
それに、そうなったときにダメージがでかいのは、俺よりロイの方だろう事も、容易に想像がついた。
プライバシーを守るために、ほかに何ができるか考えて、仕事帰り、常設市場に立ち寄ってみた。 丁度いいものを見つけて購入し、ついでに酒と惣菜なんかを買った。そのまま、ロイの部屋を訪れるつもりだった。
4日ぶりに訪れた部屋の前でノックをすると、待ち構えていたようなタイミングで扉が開いた。
俺の顔を見上げて、何かをいいかけたロイが「お?」と、言葉を止める。
「似合います?」
「―――誰かと思った。学生ぽく見える」
市場で買った伊達眼鏡は、そこそこウケたみたいだ。
「入れよ」
「お邪魔します」
招き入れられて、リビングの窓のむこうの景色に目を奪われる。
「すげぇ」
先日よりも早い時間だったので、光の量が圧倒的に多かった。温かい色の光の粒が海まで続く、ノスタルジックな夜景に、続く言葉を失う。
「一緒に見たかったんだ。今夜こなかったら、マジで執務室に呼び出してやろうかと思ってた。」
・・・アブなかった。
「俺も、早く来たかったけど、この間の朝帰り、同僚にみつかっちゃって。暫らくからかわれて大変だったんですよ」
「まったく。ガキの集団だな」
普段からその集団をとりまとめているロイは、さもありなんと仕方なさそうに笑う。
「晩メシは?」
「まだです。適当に買ってきたんだけど」
と、手荷物をみせた。
「サンキュ。じゃ、準備するか」
俺が市場で買ってきたデリと、ロイが作ってあったシチューや煮込料理なんかで、なんだか豪勢な食卓になった。
これ、もしかして、俺がいつ来てもいいように、つくっといてくれたのかな。一人分にしては多いよな。
意外なマメさに驚いて、心が温かくなった。
「料理するんですね」
しかも、美味い。俺は、よく煮込まれたシチューに舌鼓を打った。
「一人暮らし長いから、それなりにな。お前は?」
「できません。寄宿舎暮らしだと、必要に迫られないんで」
「今度教えてやろうか?」
「はい、でも、俺はロイの手料理食べさせてもらってるほうがいいなぁ」
甘えんな、と、額を小突かれたが、気に入った?と感想も聞かれたので、俺は盛大に頷いた。
「それ、かけてると、余計若くみえるな」
急に変えられた話題に、一瞬何の事かと思ったが、俺は眼鏡をかけっぱなしだったことに気づいた。
「ロイの真似。ここに来るとき、知り合いに会っても判らないように、ちょっと印象変えられたらと思ったんだけど、じゃぁ、成功かな」
「ああ。ますます可愛い」
4日ぶりに、からかわれて、俺は耳が赤くなるのを感じた。
「ロイは眼鏡かけてると、老けて見えますよ。俺、クライヴ大尉の事、一回りは歳上だと思ってましたから」
「ムードねぇこと言わない。大人の魅力全開、だろ?」
自分で言うか。てか。
「いや、あれは冷血っぽくて、怖いっすよ・・・」
「ははは。オレの隊は悪ガキどもが多いからな。隙見せたら、ナメられるだろ?」
我ながら、否定できない。
「クライヴ大尉、この3日、俺の事呼び出さなかったですね?」
「ん。大した案件も起こらなかったのと・・・流石に、職場でお前の顔見たら、ちょっと、動揺しそうだったから・・・」
予想外の答えに、またドキドキしてしまった。ロイは、テーブルに頬杖ついて、そっぽを向いている。
なんつーか、可愛い。またひとつ意外な一面を見てしまった。
「―――それ、おかわりは?」
照れ隠しか、俺の空いた皿を示して聞く。
「もう腹いっぱいっす。ごちそうさまでした。片付けちゃいましょ?」
ロイは頷いて、立ち上がった。