Reaction 1
「・・・天使がいる」
「何いってんの、兄さん。もう酔った?」
ホールで給仕をしていた妹のポーラが、俺のつぶやきに反応して、同じ視線の先を追う。
「やだ、可愛い・・・!」
俺と同じものが視界に入ったらしく、ポーラも思わずつぶやいた。
視線の先にいたのは、数年来の友人、ギルバートだ。
厨房と対面式のカウンターに腰かけた兄貴のダリルさんと、何かを話しながら、微笑んでいた。
「ギルバートさんのあんな笑顔、初めてみた・・・!」
俺も、ヤツのあんな表情は初めて見た。
気のいいヤツではあるんだが、普段から冷静沈着で、ポーカーフェイスを崩すことがない。整った顔立ちをしているせいで、ともすると、冷たい印象を与えがちなんだが・・・。
「あら。やっとくっついたのかしら、あの二人」
テーブルの向かいから、酒屋のおかみのヒルダさんが、兄弟を見てそう宣った。
「え?」
くっついた?どういうことだ?
ポーラがこそっと、声のトーンを落として話す。
「私、今日、ダリルさんが、ギルバートさんのおでこにキスしてるの、見ちゃいました」
「えぇっ!?」
キス!?
「それはまた、ずいぶんとあけすけだな」
俺の隣で、上官のジーン少佐が、冷静にコメントする。
「あの二人、そうなのか?」
このコメントは、ヒルダさんの旦那の、アレックスさんだ。
「そうよ、気づいてなかったの?」
「ぜんぜん」
「鈍いわー・・・」
ヒルダさんが、あきれたように言う。
俺は、やっと、驚愕の事実を認識した。
おそるおそる、信じられないものを見る気持ちで、あらためて厨房に視線を移すと、当のギルバートと目が合ってしまう。
ギルバートは、すっと表情を引っ込めて、厨房から俺に声をかける。
「どうした、ヒュー?飲み物とか足りない?」
「こっちは大丈夫でーす!」
俺が答える前に、ポーラが調子よく返事をする。
「邪魔しちゃダメじゃないの、兄さん!」
なぜかポーラに叱られる。
いやだって、・・・男同士だぞ。しかも、血のつながりがないとはいえ、兄弟だろ。
どうしたら、そんな事態になるのか、不思議でならなかった。
そこまで考えて、はっと気づく。俺は、隣の少佐をうかがった。
少佐は、昔、ダリルさんの恋人だった。
「私を気遣う必要はないぞ、ヒュー」
少佐は俺の視線に気づいて、可笑しそうにいう。
「昔から、あの二人が両想いなのは、知ってたからな」
そうなのか!?それもまた俺にとっては驚愕だった。
「少佐の旦那様になる方って、どんな方なんですか!?」 ポーラが、状況についていけない俺をあっさりと切り捨てて、話題を切り替える。
「少佐はやめてくれ。もうじきに、退役するんだから」
「はい、じゃあ、ジーンさんて呼んでいいですか?」
「ああ」
「男前でお金持ちの幼馴染よねー。商家の長男で、ナント3つも年下!」
自分も少佐と幼馴染のヒルダさんが、口をはさんで話を戻す。
「ヒルダ」
咎めるような口調だったけど、これは照れてるのだろうか。
「いいなぁ・・・!私も早く、いい旦那さん見つけたいです」
「ポーラなら、いくらでも見つかるだろ」
ポーラの夢見がちな発言に、アレックスさんが応える。
「そうよねぇ。これから毎日あの調子じゃ、ポーラもあてられちゃうわよね。ヒュー、あんた、同僚に、誰かちょうどいい人いないの?」
「いやー・・・」
ヒルダさんにつつかれたが、それ以前の話にまだついていけてなかった俺は、返答につまった。
「兄さんアテにしてたら、嫁き遅れちゃいそうだから、頑張って自分で見つけます!」
「あはは、確かにね」
妹にはコケにされ、ヒルダさんには笑い飛ばされ、俺は頭をかいてうなだれてるしかなかった。