003
気づいたら、白い部屋にいた。
「…ここは何処だ?」
私は誰?と続きそうな自分の言葉に少しだけ笑う。
「大丈夫だ、俺には藤澤惟吹という超絶カッコ良い名前があるからな。」
シーーーーン
一人でボケをかましても虚しくなるだけの惟吹であった。
何時までも先に進まないので惟吹は真面目に考え出した。
「あれ、俺何してたんだけっけ?」
ここに来る前のことが全く思い出せない。ここは誰かの家なのだろうか?
(…部屋っていっても白い壁だけだしなぁ、テーブルも椅子もねぇし。)
取り敢えず一日を振り返ることにした。
「今日はちょっと早めに家を出て〜、よっちゃん達と授業中に遊んで朝……ん?朝…何先生だっけ?
まぁ良いや、あのハゲに怒られて〜、屋上で飯食って〜、ーーーー」
一つずつ指を折りながら今日あった事を思い出す。
「ーーーそんで帰り道に啓ちゃんと別れて〜、……別れて?」
啓ちゃんと別れる時、啓ちゃんが「また明日な!」と爽やかな笑顔で手を振った光景を思い出した。
今まで普通に動いていた心臓が急に動きを早くする。
ドクン、ドクン
「…別れて、どうしたんだっけ?」
ドクン、ドクン
心臓の音がやけに煩く聞こえる。体から冷や汗が出る。思考が停止しそうだ。訳が分からなくて俺は遂に頭を抱えてしまった。
「……分かんねぇ、んだよこれ。
なんで、
なんで思い出せないんだよ‼︎‼︎‼︎?」
ドクン
そう叫んだ途端、ひときわ心臓が跳ねて体が燃えるように熱くなった。
「熱い、熱い熱い熱い‼︎‼︎あぁもう何なんだよ⁈」
次の瞬間、目の前が急に暗くなった。
もう自分が目を開けていないかと思う位の暗闇がそこにはあった。
「⁈」
(何だ⁈さっきまで目がチカチカする程白い部屋にいたってのに⁈
……まさか、まさかまさかまさかまさか‼︎)
体の熱さに耐えながらも自分の目に手を持って行き瞼を触る。目が空いている感触があった。何度も何度も目をこする。
「…何でだよ、何で俺何だよ。俺が何をしたっていんだ、畜生‼︎‼︎」
男のプライドなんてもう惟吹の中にはなかった。ただただ声を上げて泣いた。
惟吹は失明していた。
ーーーーーーーーーーーー
[ねぇ、泣いてるの?]
伊吹が暫らく泣いていた時、直ぐ近くで声が聞こえた。惟吹は俯いていた顔をバッと上げた。
そこには4、5歳であろうか、惟吹の子供の頃にそっくりな少年がら目の前にいた。しかし惟吹とは徹底的に違うところが一つあった。
(紫の…目)
その男の子の両目は紫色をしていた。
惟吹はそのことについて違和感を覚える。
(…何だ?…“懐かしい”?)
何故、そう思ったのかは説明出来ない。
惟吹はただ漠然と懐かしい感じがした。
ふと、惟吹はあることに気づいた。
(…あれ?今俺目が見えてる?
でも相変わらずあのあの男の子の周りは真っ暗なんだけど…)
惟吹はますます何が何だか分からなくなった。しかし目の前の子供はそんな惟吹に関わらず言葉を紡いでいく。
[お帰りなさい‼︎12年8ヶ月と11日ぶりだね‼︎俺ずっと待ってたんだ。でも、もうこれで大丈夫、ずっと一緒に居られるね‼︎]
そう言って惟吹の手を掴んだ。
その瞬間、言い知れないような不快感が惟吹を襲った。
(…っ⁈何だこれ、気持ち悪ぃ、)
惟吹は男の子に掴まれた手から自分じゃない何かが流れ込んでくる感覚に眉を顰めた。惟吹は耐え切れなくなって膝をついてしまう。あまりの気持ち悪さに顔さえ上げられない状態だ。
男の子はずっとニコニコ笑い、惟吹の顔を覗き込みながら話し続ける。
[大丈夫だよ、一緒になったらすぐに楽になるから‼︎]
男の子の嬉しそうな声が頭に響く。
惟吹はいつの間にか床に倒れていた。
惟吹の瞳にはまた暗闇だけが広がっていた。しかし、不快感は増すばかり。呼吸も荒くなる。惟吹は限界に近かった。
暫らく床に蹲っていたら、突然今まで惟吹を襲っていた不快感は無くなり、体が軽くなった。それと同時に不快感とは全く逆の、暖かい安心感に包まれる。
(…俺は、この感覚を、知って、いる?)
何故か、惟吹はこの感覚に泣きそうになる程の懐かしさを感じていた。疲労と共に眠気が襲ってくる。
もう、寝そうだという時に、頭の中にふと言葉が浮かんできた。
(……ただ、いま)
惟吹は遂に意識を手放した。
ーーーおかえりなさい、と誰かが
笑って言ったような気がしたーー