第四話 -11
清立区にある、民宿――
建物も内装もかなり古く、廊下は歩くたびにギシギシと音がする。
ここの大部屋に巧達はいた。
「すみません。この人数ですとここしか空いてなくて」
布団を敷き、咲を寝かせながら三森が謝罪する。
「いや、十分だよ。今からじゃ富士取区には戻れないしね。ありがとう」
「ありがとうございます、朱伽さん」
富士取区の終電時間は、治安の関係上恐ろしく早い。現在23時頃。動いているわけがない。
「すまぬ、わしらまで宿をとってもらって」
なずなが頭を下げる。
「そういえば、潜入後のことまったく考えてなかったね……」
巧が反省。
「……おなかすいた」
はらぺこなかなめ。
「余計なことかと思ったのですが、お役に立てたなら光栄です」
もっと良いホテルをとりたかったのですが……と、三森。いやいやそんな!となずなが頭を上げさせる。
「むぅ、見た目も性格も礼儀も良いとは……パーフェクトじゃな。パーフェクトなイケメンじゃ。パフェメンじゃ」
「何それ……」
巧の小さなツッコミを無視し、
「朱伽、大事な話があるんじゃが」
なずなは朱伽に話しかけた。
「うわぁ……」
なずなは朱伽にすべてを話した。
オロチを倒すために仲間を集めていること――
巧がオロチを倒せる者、スサノオであること――
巧の友人がオロチに捕らえられていること――
朱伽にも仲間に加わってほしいこと――
結果、朱伽ドン引きである。
「本気で……?」
「うむ。おぬしの持っていた槍は神器じゃ。神槍乱火。『朱雀』としての素質に十分じゃ。力を貸してもらえんか?」
「うーん……でも、オロチがいるから抑えられてる犯罪とかもあると思うんだよね~……」
「む、それは言い返せんのぅ……じゃが、やつの暴挙を放っておくわけにはいかん。今回、咲殿は命を奪われずに済んだが、殺されていてもおかしくはなかった。同じようなことを防ぐために、なんとかお願いできんか?」
懇願するなずな。巧も頭を下げる。
「まぁ、ちょっと落ち着いて」
そう言ったのは阿坂だった。
「話を聞くかぎりだと、かなりヤバい感じがするんだが?」
「激しい戦いになるじゃろうな」
なずなの返事を聞き、阿坂の目つきが変わる。
「なずなちゃん達には悪ぃが、そんな危険なことを朱伽にさせらんねぇな」
「………」
「今の生活、けっこう気に入ってんだ。それを壊すなら、たとえなずなちゃんでも俺はあでででででっ!」
朱伽が阿坂の頬を引っ張った。
「すぐケンカ腰にならない。三森も落ち着きなさい」
気付くと、三森がなずなをじっと見つめていた。
殺気立っているわけではない。いつもと変わらないのだが、朱伽にはいつもと違う何かが感じ取れたのだろう。
「……すみません」
三森はなずなから目線をそらした。
「何すんだよ、朱伽!俺達はおまえを――」
「あたしのことは、あたしが決めるわ。なずなさん、協力してあげる」
「ちょっ……待てっ!」
朱伽の突然の返事に、慌てる阿坂。
「バカか!危険だってわかるだろ!」
「わかるわよ。でも、咲さんを助けてもらった恩もあるし、今度はあたしが力になりたい。お願い!」
朱伽が手をあわせ、上目遣いで阿坂を見つめる。
「かわいくお願いしても――!」
「ね?」
「いや――」
「だめ?」
朱伽はさらに首をかしげる。
「………勝手にしろ!」
阿坂の負けである。
「やった!というわけでよろしく。でも条件があるわ。しばらくは咲さんの看病をしたいの。そのあとからでもいい?」
「うむ、基本はいつも通り生活してもらって構わぬ。攻め入るにはまだ仲間が足りぬからな」
仲間の一人である麒麟はかなめじゃ、と付け加える。
「あらためてよろしく、スサノオくんと麒麟ちゃん」
「こちらこそよろしくお願いします」
「よろしく」
朱伽と巧、かなめは握手を交わした。
「阿坂……」
三森は呆れ顔だ。
「いや、だって……おまえだってあれは無理だろ?」
三森は目を閉じ、先刻の朱伽のおねだり(?)を思い出す。
「……そうですね」
「意思が強いというか、頑固というか……朱伽はいつも突っ走っていくな。いつかコケんじゃねぇかって、見てて怖いときがあるぜ」
「そのときは、誰かが手を差しのべてくれるでしょう。朱伽さんは友人も多く、慕われていますから。……ですが、願わくば手を差し出す役目は我々が担いたいですね」
「……俺達、損な役回りだな」
「それも含めて、現状が気に入ってるんですよね?」
三森の問いに、阿坂は本当に楽しそうに笑った。
次の日――
民宿を出たところで巧、なずな、かなめは朱伽達と別れ、季里区へと戻った。
巧となずなは、なずなの家へ。かなめは病院へ。
それぞれなずな父、ナース長から、数日間の外泊についてこっぴどく説教されることも知らずに……
そして、咲のマンションでは――
「朱伽、パジャマ直したぜ」
「あ、サンキュー」
朱伽は阿坂からパジャマを受け取り、ボタンをチェックする。
「……ちょっと……阿坂?」
「なんだ?しっかりついてるだろ?」
「しっかりついてるけど……」
位置がおかしかった。本来の場所よりかなり下だ。ボタンとボタンの間隔がかなり狭い。
「ボタン穴の位置とぜんぜん違うじゃない!」
「あー、すまねぇ。直すわ。ボタン穴」
「違うっ!ボタンを直せって言ってるの!これじゃ胸見えちゃうでしょ!」
「はっはっは、俺とおまえの仲じゃないか」
「誤解を招きそうなこと言うなっ!」
「朱伽さん、咲さんの身体を拭いてあげて……二人とも何を騒いでいるのですか?」
「ち、違っ…!なんでもないっ!なんでもないんだからねっ!?」
状況を把握できない三森。
顔を真っ赤にして騒ぐ朱伽。
それを見て笑う阿坂の心は穏やかで、こんな日々がいつまでも続くようにと心で願った直後、朱伽の脚が阿坂の側頭部を蹴り飛ばした。




