番外編 麒麟-3
次の日。
男の子は来なかった。久しぶりの静かな病室。久しぶりの一人きり。
また次の日。
男の子は来なかった。足音が聞こえるとつい扉の方を見てしまうが、足音は病室の前を通りすぎていくばかりだった。
さらに次の日。
男の子は来なかった。
トイレから病室へ戻るとき、なんとなく病院内を歩いてみようと思った。
とある病室のまえを通りかかったとき、泣き声が聞こえた。
開きっぱなしの病室の扉。ふだんそんなことしないんだけど、なぜかこのときは中を覗きこんだ。
そこにいたのは、一組の親子。
ベッドに横になっている子ども。
その子にしがみつくように泣く母親。
その後ろで静かに涙を流す父親。
あぁ、あれは寝てるんじゃなくて――
ボクの命が終わるとき、もしお父さんがいたら、あんなふうに泣いてくれるだろうか?
もしお母さんがいたら、必死にボクの名前を呼んでくれるだろうか?
もしお兄ちゃんがいたら、薬間に合わなかったって悔しがってくれるだろうか?
もし妹と仲がよかったら、さみしいって言ってくれるだろうか?
一瞬そんな思考が頭をよぎるが、
「あ……」
子どもの顔を見た瞬間、ボクの思考は止まった。
ベッドにいるのは、毎日部屋に来ていた男の子だった――
「君は…?」
ボクの存在に気づいた父親が、声をかけてきた。
「あ、もしかして、この子と毎日遊んでくれていた……」
「あ、はい……」
「そうか……。数日前に急に悪化してね、ついさっき……旅立ったよ……」
「………」
ボクは何も言えなかった。
「この子の相手をしてくれてありがとう。最近『おねえちゃんがおねえちゃんが』って、毎日笑っていたよ」
お礼なんて言わないでほしい。
その子が勝手に来ていただけで、ボクは何もしていない。
ふと、ベッドの横に袋が置いてあることに気づいた。『おねえちゃんへ』と書かれた紙も一緒に置かれている。
「それは……?」
「ああ、この子が倒れる直前に準備していたものなんだ。『おねえちゃんに海の砂をあげるんだ』って。すまないね、砂なんて」
「もらいます……ください」
ボクはとっさに答えていた。
病室に戻った。
頭が真っ白で、何をしていたか覚えていない。気づいたらもう暗くなっていた。
もらってきた袋を開けてみる。
砂。さらさら。
そういえばずっと入院生活だから、海の砂にさわるのは初めてかもしれない。病気になるまえ海に行ったかどうかは覚えてない。
『おねえちゃんへ』と書かれた紙の裏には絵が描かれていた。
青い空。青い海。砂浜で笑ってる二人。これはきっと、あの男の子とボク。
「あ……」
ふと気づいた。
ボクは、あの子の名前を知らない――
今病室に行ってみても、すでに名札ははずされてるだろう。
「……聞いておけば…よかったな……」
この日、ボクは自分がまだ涙を流せることを知った。




