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第一話 -2

「ただいま」


瑞穂は玄関を開け、呟いた。


「……?」


普段「おかえり」と声をかけてくれる母。しかし、今日はそれがない。

かわりに、リビングから何やら賑やかな声が聞こえてくる。


「あ、おかえりなさい!」


トイレから出てきた人物に、突然声をかけられた。


髪を金色に染めた、チャラい感じの男。まったく知らない人だ。


「え?あ…えっと………」


瑞穂が戸惑っていると、リビングからもう1人の男が歩いてきた。


白髪混じりの髪。背が高く、スラッとしている。こちらは見覚えがあった。


母の彼氏というべきか。再婚候補の相手だ。


瑞穂の実の父親は、数年前に他界していた。


この男は、夫を亡くして落ち込んでいた母をずっと支えてくれていたらしい。

今では一緒に住んでいる。


しかしこの男、なかなか働こうとせず、毎日家でのんびりしているのだった。


「ああ、帰ってきたんだね。おかえり」


「………仕事はどうしたんですか?」


瑞穂は男と目を合わせないまま、冷たく問う。


「いや、今日はまえの職場の仲間達が集まってくれてね。会社が創立記念日で休みらしくて」


「それで、こんな明るいうちからお酒ですか」


2人の男とはそれなりに離れているが、それでもアルコールのにおいは瑞穂まで届いていた。


「ははは……どうだい?リビングで一緒に」


頭をかき、苦笑いしながら母の彼氏が言う。


「私、未成年ですから」


「ジュースもあるよ」


「いえ、いらないです。…母はどうしたんですか?」


母もリビングにいるのだろうか。


「ああ、急な仕事だって。今日は徹夜かもって言ってたよ」


「そうですか…」


ふとスマホを見ると、メールの着信が。

メールは母からで、仕事で帰れないかも――という内容だった。


瑞穂の母は、亡くなった夫の代わりにとある会社の社長をしている。


しかし、瑞穂と過ごす時間が減ることのないようにと、瑞穂の帰宅する時間に合わせて出来る限り自分も仕事を切り上げ、あとを従業員に任せて自宅で瑞穂を待っていた。


今回のように朝まで帰れないというのは初めてだった。


「夕食の時間までにはリビング片付けるから」


「いえ、今日は塾ありますから。夕食適当にすませますからごゆっくり」


瑞穂は階段を上がり、自分の部屋へと向かった。



部屋の扉を閉め、バッグを適当に投げ、ベッドに倒れこむように横になる。


うっすらと聞こえてくる、リビングからの話し声、笑い声――


「……うるさい…」


耳をふさぐように、瑞穂はクッションで顔を覆った。




「……ん?」


瑞穂は目を覚ました。体育祭の疲れか、あのまま寝てしまったらしい。


時間は――?


うとうとしながら起き上がろうとしたとき、違和感を感じた。


お酒のにおい――


目をひらくと、そこには金髪の男がいた。

瑞穂に覆いかぶさるような体勢で。


「なっ…ちょっと――!」


大声を出すまえに、男の手が瑞穂の口をふさぐ。

両腕も、男のもう片方の手でおさえつけられてしまった。


「大丈夫、優しくするから」


そう言うと、男は瑞穂の首すじに舌を這わせる。


気持ち悪い――!


「んんーーっ!んんーーっ!!」


必死に抵抗する瑞穂。

そのとき、片腕が男の拘束から逃れた。


とっさに近くにあった目覚まし時計を手に取り、男の頭へ叩きつける。


「痛ってぇっ!ちょっ…!」


2回3回と続けて叩くと、男が頭をおさえながら離れた。


そのすきに、瑞穂はバッグを持って部屋を飛び出る。


「あっ!ごめん!待って!」


男が何かを叫んでいるが、聞く義理などない。


階段を降りきったところで、母の彼氏に鉢合わせた。


「なんだなんだ?なんかあっ――」


「さわんないでっ!!」


様子の違う瑞穂を落ち着かせようと思ったのか、肩に手をおこうとした母の彼氏に対し、瑞穂は今までのうっぷんが爆発したかのように叫んだ。


玄関へ走り、靴をはいて外へ飛びだ

す。


ただひたすら走った。家から逃げるように。


「はぁ…はぁ…はぁ……」


たどり着いたのは、無人の小さな公園。

子供達は近所の大きな公園へ遊びに行くのか、こちらは遊具にサビが多く、いたるところに雑草も生えて、使われている様子がない。


なぜここに来たのかわからない。

ただ、ふと昔のことが頭をよぎった。


それは、父との記憶。


小さい頃、この公園で遊んだ。

ボール投げをした。父は、ボールを優しく投げ返してくれた。

かけっこをした。父はゆっくり走り、わたしに勝たせてくれた。

かくれんぼをした。ここには隠れる場所なんて少なく、父を見つけるのは簡単だった。


「はぁ……はぁ……ぐっ…うぅ……」


ブランコで遊んだ。父は、いつも背中を押してくれた。

すべり台で遊んだ。父は、滑ってくるわたしを笑顔で迎えてくれた。


「うぅ……ん……はぁ…ぐすっ…」


中学生のとき、父を亡くした。毎日泣いていたが、母と一緒に強く生きていくと決めた。

高校に入り、母から知らない男を紹介された。母は幸せそうだった。


「う…ふぇ……ん………ぐ…」


ある日、母から再婚の話を聞かされ、男が同居するようになった。


家にわずかに残っている気がする父のにおいが消えそうで嫌だった。


それでも、頑張ってくれている母の幸せのためにと、我慢した。


リビングから、父がよく見ていたニュースの音が消えた。

キッチンの、父がよく飲んでいたお茶の香りは、コーヒーにかき消された。

バスルームには、父が使っていたものとは違うシャンプーやリンスのボトルが置かれるようになった。


我慢できた。

いろいろ変わってしまっても、自分の部屋だけは変わらなかったから。

父が勉強を教えてくれた机も。

父がプレゼントしてくれたぬいぐるみも。

寝るまえに父が作り話を聞かせてくれたベッドも。


でも――


「ぐすっ…うあぁ……お父…さぁん……」


今日――

その部屋すら汚されたーー


「あ…う……ぐっ……んん…んん……」


瑞穂は口をおさえた。

ひざから崩れ落ち、涙がとめどなく溢れ、それでも、せめて嗚咽だけはもらさないように。



決めたんだ…強く生きていくって――

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