第一話 -1
某県 柳市――
雲ひとつない…とまではいかないが、快晴といえよう。
陽射しは少し強めだが、涼しい風が暑さをぬぐいさってくれる。
桜の木々がほぼ緑に染まりそうな中、とある高校からにぎやかな声が聞こえる。
体育祭が行われているのだ。
学年別クラス対抗で競いあい、優勝したクラスには、商品として学食無料券(一人三枚)が贈呈される。
今やっているのは競技ではなく、応援合戦。
各クラス毎にチアやダンスなどのパフォーマンスで応援をし、体育祭を盛り上げるのだ。もちろんこれも点数に加算される。
今は、2年2組のチアリーディング。
このクラスにはモデル体型の女子が集められているのだろうか。すらりとした長い美脚を高く上げ、男子の目線をくぎ付けにしていた。
2年3組の出番はもうすぐ。
準備しているのは学ラン姿の生徒達。このクラスは昔ながらの男くさい応援でいくらしい。
その中にいる「応援団長」と書かれたたすきをかけている男子生徒が、
「おえっ」
緊張のあまり、えずいた。
彼の名前は空島 巧。
成績まあまあ、運動神経人並み、身長平均より低めで童顔な、特に目立った特徴のない平凡なメガネ高校生だ。
「おいおい、大丈夫かよ空島?」
「う、うん…」
気弱な返事。
なぜこんな彼が応援団長なのか。
無理やり押しつけられたわけではない。
選ばれたのだ。
じゃんけんの敗北という、運のなさによって…
『次の応援は――』
アナウンスが校庭に響きわたる。
「気合い入れていくぞ!空島!」
「お、おう!」
3組の学ラン男子が、歩を進める。
「ふふっ、なにあれ?」
「挙動不審すぎじゃね」
2年3組応援団長、ガチガチである。
左右の手足が同時に出ているのを基本動作として、なんかもういろいろやばい。
「おえっ」
えずく。
周囲からくすくすと笑い声が聞こえるなか、3組が定位置へ。
「巧ちゃ~ん!」
声が聞こえた。
巧がその声の方を見ると、そこには一人の女子生徒が。
雲雀野 瑞穂。
巧の幼なじみだ。
少し茶色がかった髪は、肩にかかりそうなくらいの長さ。毛先が汗で濡れ、学校指定のジャージでスポーツドリンクとタオルを持っている姿が、活発な性格を現しているようで様になっている。
ファイトッ!
瑞穂が、ぐっと拳をにぎりながら口を動かす。
「……」
それをみた巧は、無言でうなずいた。
先程までとは違い、落ち着いている。
巧は大きく息を吸い、
「――――っ!!」
青い空へと声を張り上げた。
午後三時――
体育祭が終わり、いつもより少し早い下校時間。
すでに学校に残ってる生徒は少ない。
静かな校舎内の、普段使われていない教室から声が聞こえる。
「よぅ、空島ぁ」
教室にいたのは、四人の男子学生。名前は大内、斉藤、小林。それと、巧である。
この三人組、カツアゲやら他校の生徒を病院送りにしたやら、あまり良いうわさを聞かない。
「えっと……なに…?」
急に無理やり連れてこられた巧。完全に気圧されている。
「今日の体育祭、空島君のクラスが優勝だってねぇ。おめでとう」
「え?あ、うん…」
「おかげでうちのクラス負けちゃったよ。気晴らしにぱーっと遊びに行こうかと思うんだけどさぁ。金がなくて」
「空島君、応援団長だったよね?つーことは、勝ったのは空島君の応援のおかげだ。つまり俺らが負けたのは空島君のせいだよね」
「え?いや…」
完全な言いがかりである。
「ちょっと金貸してくれるだけでいいんだよ」
「今持ち合わせないから…」
「あ゛ぁ?」
3人に睨まれ、完全にビビってしまう巧。
「いや、本当にちょっとしか持ってなくて…」
そのとき、教室の入り口の戸がガラッ!と開かれた。
そこに立っていたのは、雲雀野瑞穂。
「巧ちゃん、帰ろ」
そう言いながら歩いてくると、半ば強引に巧の手を引いて教室を出ていく。
「なんだよ雲雀野ぉ。男同士の友情の邪魔すんなよ」
斉藤が声をかけるが、瑞穂の足は止まらない。
「そういや雲雀野。このまえ夜に駅前で見かけたぜ」
「何だ?夜遊びかぁ?」
「男?それとも援交?」
「マジで!?」
不良達が勝手に盛り上がる中、瑞穂は少しだけ振り向く。
「塾に行ってるだけだけど。バカじゃないの?」
「んだとっ?」
不良達を無視し、瑞穂は教室の戸を思いっきり閉めた。
「いい、巧ちゃん。あんなやつらに従っちゃダメ」
帰り道。
瑞穂が巧に詰め寄る。
「いや、ちょっとお金貸してってだけだから――」
「このまえも貸してたよね?返してもらった?」
「あー……」
「ほら!それがいつの間にかエスカレートしていくんだから!
あいつら、同じクラスの村上君が学校来なくなったから、ターゲットを巧ちゃんに変える気なの。負けちゃダメだよ!」
瑞穂の顔が巧にぐっと迫る。
学校一とまでは言わないまでも、「可愛い」といわれる部類に入る瑞穂。
その顔が、あとちょっとで触れてしまいそうな距離にあったら、
一般的な高校生男子としてはドキッとしてしまうだろう。
巧も例外ではない。
「う、うん。大丈夫だよ」
そう言いながら赤面した顔をそらす。
「本当かなぁ…。巧ちゃん優しすぎるからなぁ」
瑞穂がジト目で巧を睨んでいる。相変わらず顔が近い。
「……」
「……」
「……ふぅ」
無言の巧に、瑞穂は諦めたかのように顔を離した。
「まぁいいわ。からまれたら、また私が助けてあげる」
「はは…」
瑞穂の性格なら、あの3人にケンカ売っても不思議ではない。
瑞穂との付き合いが長い巧は一瞬でそんなことを思い浮かべ、苦笑いしかできなかった。
「そんなことより、体育祭の応援。スカッとしたなぁ」
そのときのことを思い出しているのか、瑞穂は笑顔で歩き始める。
「え?」
巧も追うように歩き出す。
「みんなガチガチに緊張してる巧ちゃんを笑ってたのに、応援始まったとたんにポカーンとしちゃって」
そのときの巧は応援に必死で、まわりの反応がどうだったかなどはまったく気にしていなかった。
「巧ちゃんって応援上手だよね。なんかこう…心に響くっていうかさ」
「なんだそりゃ」
そんな会話をしてるうちに、「雲雀野」と書かれた家の前に着いた。
「んじゃ巧ちゃん、また明日ね」
「うん、また明日」
巧は自分の家へと歩きだし、瑞穂は家へ入っていく。
家に帰り、くつろぎ、夕食を食べたりテレビを見ているうちにいつの間にか夜が更け、寝て起きればまたいつもの一日が始まる。
そんな日常が待っていると、このときの二人は信じて疑わなかった――