第二話 -2
用心し、トイレにこもること約1時間。
巧はかなめの部屋へと戻った。
「あ、やっと戻ってきた」
「え?」
「ご飯」
可動式のテーブルがベッドの中心に設置され、その上には朝食が並んでいた。
いかにも病院食といった感じのメニュー。
よく見ると、1皿1皿の量が少ない。
理由は明白。
当たり前だが、病院の朝食は入院患者の分しか出てこない。
巧の分はあるはずもなく、かなめが1人分の朝食を半分に分けたのだ。
「あ、僕は自分で何か買ってくるから」
何の病気なのかわからないが、入院患者のご飯を分けてもらうわけにはいかない。
巧は、財布を持ってきていないことにふと気付いた。が、一食くらい抜いても平気だろう。
が、
「だめ」
ベッドの枕の方にちょこんと座るかなめは、テーブルの向かい側を指差して、巧に座るように促す。
「でも……」
「おなかすいた」
「…………」
根負けした巧は靴を脱いでベッドへ上がり、正座した。
「いただきます」
「……いただきます」
そう言って食べ始めるかなめの顔は、無表情ながらどこか楽しそうに見えた。
朝食も終わり、かなめはぼんやりと外を眺めていた。
「………」
「………」
沈黙に耐えきれず、巧も外へ目をやる。
まったく知らない風景。
どこかの田舎なのだろうか?大きな建物はあまりなく、田畑が目立つ。
「あの……聞いていい?」
「……?うん」
巧の問いかけに、かなめが返事をする。
「ここはどこ?」
「柳市」
「えっ!?」
「……?柳市の季里区」
その言葉を聞き、巧はもう一度外の景色を眺める。
柳市 季里区――
それは、巧や瑞穂が生まれ育ち、今も住んでいる街の名前だった。
しかし巧の知る季里区は、柳市の中心部とも言える区域で、都会ほどではないにしろまぁまぁ栄えている。他の区ならまだしも、季里区に田畑が広がる風景は存在しないはずなのだ。
「偶然同じ名前の街…?」
そのとき、ノックもなしに1人の女性が入ってきた。
「おはよう2人とも!……ん?なんじゃなんじゃ?驚いた顔して」
この特徴のある話し方からして、誰なのかは言わずともわかるだろう。
今日も制服の着こなしがきわどい。
「あ、あの……」
「まぁ落ち着けスサノオよ。お互いの名前もまだ知らんじゃろ?」
そう言いながら靴を脱いでベッドに上がり、あぐらをかく女性。
「わしは山田なずな。山田神社で巫女をやっとる」
手を差し出すなずな。
巧はその手を握り返しながら、あるキーワードを聞き逃さなかった。
山田神社――
巧の住む柳市にも同じ名前の神社がある。
風景は違うのに、同じ市名に同じ神社の名前?――
「かなめはもう自己紹介したのか?」
「まだ」
かなめが軽く姿勢を正し、
「はじめまして、津薙かなめです」
ぺこりと頭を下げる。
「あ、えっと、空島 巧です。高校2年です」
巧もつられるように頭を下げた。
「巧か。良い名じゃな」
「空島……巧……」
「よろしくお願いします。山田さん、津薙さん」
「堅苦しいのぅ。呼び捨てで構わん。同い年なんじゃし」
「へっ!?」
『同い年』の単語に、巧はすっとんきょうな声を上げた。
無理もない。
目の前の女子高生2人……1人は高校生とは思えないほどスタイル抜群で、もう1人は中学生と言った方がしっくりくる幼さなのだ。
「なんじゃ、変な声を上げて。とりあえず、呼び捨てじゃぞ、巧」
「巧」
2人が巧の顔を覗き込む。
「わ、わかった……えっと……なずな、かなめ」
普段誰かを呼び捨てにすることの少ない巧は、顔が少し熱くなるのを感じた。
「うむ、よろしい」
なずなは満足げに笑いながら、立ったままの巧をイスに座るよう促した。
「さて、まず何から話そうかのぅ」
「あ、あのっ!ここは……柳市なんですか?」
悩むなずなに巧が声をかける。
「さっきも言ったが同い年じゃ。敬語はいらん」
「え?あ、はい……じゃなくて……うん」
「うむ。よし、んじゃそこから話すか」
かなめが飲み物を準備する中、なずなは話し始めた。
「ここは柳市。ただし、お主の知る柳市ではない」
「……?」
「並行世界。パラレルワールド」
「は?」
「わしも異世界からお主が来るまで半信半疑じゃったが」
「……はぁ」
「あとで街を案内しよう。話を聞くより実際に見た方がよかろう?」
巧の頭にハテナマークが浮かぶ中、なずなはどんどんと話を進める。
「五行は知っておるか?」
「五行?…あ~、聞いたことはあるかな。なんか風水とかの」
「ふむ。その反応からして、五行もこちら側だけらしいのぅ」
「……?」
「そう、風水とかの木火土金水のやつじゃな。
こちらの世界では……そうじゃなぁ……超能力みたいなものも五行と呼ぶ」
「超能力?」
「昨日のかなめの剣もそうじゃ。かなめが五行の力で作り出したものじゃ」
かなめを見ると、無表情だがちょっと得意気な顔で見つめ返してきた。
「五行についての詳しい説明は、今は省くとしよう。一気に言われてもわからんじゃろ」
なずなは、難しい顔をしている巧を見ながらお茶を一口飲むと、何かひらめいたようにパッと顔を明るくした。
「巧、お主テレビゲームは好きか?RPGとか」
「え?あぁ、まぁ」
「ならそれに例えるのが分かりやすかろう。
お主にとって、この世界はゲームの舞台じゃ。五行は魔法、ケイム・エラーがモンスター」
何を言い出したんだろう?
巧の頭にさらにハテナマークが並ぶ。
「お主は異世界からきた勇者じゃ。
さぁ!仲間を集めて魔王を倒し、囚われの姫を助けに行こうぞ!」
なずながビシッと窓の外を指差す。
「……いや、僕はただ行方不明の幼なじみを捜しに来ただけなんだけど……」
「なんじゃ、ノリが悪いのぅ……。
わかっておる。そのついでに魔王をちょちょいっと倒すだけじゃ」
「いやいやいや……魔王とか、誰?」
巧の質問に、なずなの顔から笑顔が消えた。




