第一話 -9
ひっそりとした工事現場。
風に揺れる草木のざわめきだけが唯一の音。
誰もいないのだが、巧はその静けさにつられたのか、忍び込むようにこっそりとプレハブ小屋を目指す。
目的のプレハブ小屋はガラスが割れ、鍵も開いていた。
月明かりに照らされた内部には、壊れたスマートフォンが転がっていた。
「これは……瑞穂ちゃんのだ……」
周りを見渡すと、人が争ったような形跡があった。
「…………」
知らず知らずのうちに奥歯をぐっと噛みしめ、拳を強く握る。
――……シ……サ……カ……――
ふと、誰かの声が聞こえた気がした。
「……気のせいか」
誰もいるはずがない。もともと立入禁止である上に、深夜と呼んでもよい時間帯だ。
ここに他の手がかりはない。
ただの高校生の力ではもう限界か……
――…サノ……キ………カ……――
「…っ!」
プレハブ小屋を出ようとした巧に、また声が聞こえた。
「……瑞穂ちゃん…?」
――ワ……ミ…………ナ……――
気のせいではない。
この小屋のどこかに誰かがいる。
「瑞穂ちゃん……じゃ…ない……?」
んじゃ誰が……?
斉藤から聞いた話が頭をよぎる。
――……チラ…コ…!――
そして、
――サガシテイルムスメハ、コチラニ……!――
「……っ!」
はっきりと声が聞こえたと同時、空間が蜃気楼のように歪み、巧の目の前に一本の腕が出現した。
「あ……あ……」
あまりの恐怖に声も出ない。
巧は腰を抜かし、座りこんでしまった。
腕は何をするわけでもなく、宙に浮いている。
巧へと手を差し伸べているようにも見える。
――ハヤク!――
「……っ!」
恐怖で固まっている巧に、再度声が聞こえる。
――ムスメヲ タスケタクハ ナイノカ!?――
「……むすめ……!」
頭に浮かんだのは、幼なじみの女の子の顔。
「瑞穂ちゃんっ……!!」
巧はとっさに立ち上がり、宙に浮く手を握る。
腕の方も巧を二度と放さないかのようにぐっと力を入れると、
「え…ちょっ…うわああっ!」
巧を蜃気楼へと引きずり込んだ。




