死地
「怜ちゃん、下がって」
動きの止まった黒虎に秋月玲奈が突進する。
秋月流柔術奥義＜朱雀脚連弾＞で蹴撃する。
が、黒虎はむっくりと起き上がって復活する。
そこへ絶妙なタイミングで神沢勇が追撃する。
黒虎が腰を浮かした動きに合わせて背後に回りバックドロップを放つ。
さすがの黒虎もダメージでしばらく起き上がれない。
ふらふらと立ち上がるタイミングで、さらにジャーマンスープレックスで背後に投げる。
そして、三連発。
「全く、ダメージがないみたいね」
神沢勇は再び立ち上がりつつある黒虎をみてため息をついた。
「怜ちゃん、もう一回、＜玄武落とし＞やってみて」
秋月玲奈が怖いことをいう。
「いや、二回目はちょっと……」
風森怜はいやいやをする。
「＜玄武落とし＞って、脳天砕きに似ているよね？」
この危機的状況においてでも、神沢勇はのんきに質問してくる。
「……そういえば」
怜もついつい納得しそうになる。
「違うから、全然、違うから。＜玄武落とし＞は＜玄武落とし＞よ」
玲奈は強く否定する。
「Uooooooooooooooooooo！」
黒虎が月に向かって吼える。
咆哮しながら、徐々にその身体が膨れ上がり巨大化していく。
月の呪力が黒虎に注入されているのか、その姿は高層ビル群に迫ろうかという高さになっていく。
「無理です。＜玄武落とし＞、無理です」
風森怜は涙目になっている。
「これは無理ね」
神沢勇もさすがに同情する。
「無理っていうことで、逃げるわよ」
秋月玲奈は逃走に移ることにしたらしい。
三人は巨人と化した黒虎から逃れようと必死で駆け出した。
周囲には人の姿はなく、月の光に照らされた三人の足音だけが響いている。
これではどこに逃げても、隠れても容易に発見されてしまう。
おそらく、呪的結界空間に入り込んでしまったのだ。
この場所はもはや新宿であって、新宿ではない。
黒虎か、何者かが創り出した世界である。
「まずいわね。ひとまず、地下に逃げるわよ」
秋月玲奈たちは地下鉄の構内に逃げ込んだ。
だが、巨大な爪が行く先の地下鉄のホームの屋根を破壊して、大穴が空いた。
穴の向こうに黒虎の赤い目が不気味に輝いていた。
仕方なく、階段を登って地上に戻る。
そこにも黒虎が追いすがってくる。
もはやこれまでかと思われた時、逃げ続けている玲奈の横に黒い影が現れた。
「お待たせ」
背中に直刀を背負った黒ジャージ姿の少女である。
「カオルちゃん、遅いよ。大変だったんだから」
秋月玲奈はほっと一息ついた。
道術士の風守カオル、そっち方面の専門家が到着した。
