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人狼

 その日、風森怜は奇妙な予感にとらわれていた。

 胸騒ぎというか、嫌な予感というか、そんなありふれた言葉では表現しようもない感覚に襲われていた。

 だからといって、楽天的な彼女のこと、ちょっと、帰り道のルートを変えてみるぐらいしか思いつかなかった。



 いつものように、新宿の『エンジェルプロレス』直営の焼肉店のバイトを終わって家路を急いでいたが、いつものドラックストアの前ではなく、ちょっと裏道に入ってみた。

 後で思うと、それがいけなかった訳だが、魔がさす時はそんなものである。

 彼女が気づいた時には、目前に奇妙な獣が姿を現していた。


 だが、後姿は確かに人のように見えた。

 茶色のコートのようなものを着た大柄の男が、狭い路地に立っていた。

 何故か、一瞬、怜には獣のように見えたのだ。


 その男の前には、ランドセルを背負った小学生らしい女の子が地べたに、ちょこんと座っていた。

 女の子の顔は、何とも形容しがたいものでも見たように歪んでいた。

 女の子の視線が、助けを求めるように、怜をゆっくりと捉えた。

 

「あなた……何なの?」


 怜は奇妙な質問を口にした。

 男は薄笑いを浮かべながら振り返った。

 黒髪に黒いサングラス、茶色のコートの下は黒のタートルネックと黒のGパン姿だった。


「獲物が二人になったか。悪いが命をもらう」


 男はそう言いながら、ゆっくりと怜の方に近づいてきた。

 命をもらうと言われても、この平和な日本では全く実感がなかった。

 この男は何を言ってるのか?と思っただけだ。


 だが、次の瞬間、風森怜の身体は凄まじい勢いで壁に叩きつけられた。

 男は突然の突進からショルダータックルを怜に仕掛けた。

 その威力が尋常ではなかった。

 怜の身体は十メートル近く吹き飛ばされて、壁に激突していた。


 苦痛で怜の呼吸が一瞬止まる。

 続いて、背中の激痛で怜は壁を背に崩れ落ちた。

 男は獲物に止めを刺すために、ゆっくり近づいてきていた。


 怜の身体は全く動かない。

 背中のリュックサックの中のタオル類によって少しは衝撃が和らいでるはずだがダメージが全く回復しない。


 本気のプロレスの試合でもこんなことはなかった。

 プロレスはショービジネスであるが、基本的に相手の技をわざと(・・・)受けないといけないという暗黙の了解があり、体力的には非常に過酷なものである。

 

 怜の所属している新興プロレス団体「エンジェル・プロレス」においてもそれは同様で、特に日頃、ヒール役の先輩たちに叩きのめされるのが日常になっている怜にとって、ほとんどの攻撃のダメージに身体が慣れていた。

 だが、この男の怪力は人の域を超えていた。


 怜は視線を上げて男の顔を見た。

 サングラスで表情は見えなかったが、口に奇妙な牙の様なものが生えていた。

 それはまるで狼の牙のようで、口元に残忍で嫌な笑いがへばりついていた。

 男は無造作に近づくと怜のジャージを掴んで左手で吊し上げた。

 右手は怜の喉首を掴んで締め上げる。


 「エンジェル・プロレス」の真っ赤なジャージ姿の怜の身体は干し柿のように宙に浮いていた。 


(何とかして逃げないと……)


 怜はほとんど無意識に両足を男の手に絡めると、そのまま身体を回転させて腕を決めにいった。

 男の腕には怜の全体重かかっていて普通ならとっくに倒れているはずだが、相当の怪力と足腰の強さか男はびくともしない。

 そのまま、今度はアスファルトの地面に背中から叩きつけられた。

 またも呼吸が止まる。

 怜の意識もほとんど飛んでいる。


 男は再び怜の身体を吊し上げると、そのまま頭からアスファルトに叩きつけようとした。

 が、またしても怜の身体は無意識に反応して、男の頭をヘッドシザースに決めてそのまま逆にアスファルトに叩きつけていた。

 試合のマットの上ならともかく、路上でこの技を使えば殺人技である。

 すでに怜の意識はほとんどなくなっていて、それが起死回生の一撃を産んだのだが、男は何事もなかったように立ち上がった。


 頭から血を流しているが、見る間に傷が塞がっていく。

 今度こそ、怜の身体を高く持ち上げて、路上に頭蓋骨の中身をぶちまけようとしていた。


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