第4話 ベルシャトーへ!
放課後、隆の弟の実を除いた三人は早速行動を始めた。
達平は過去も調べておいた方がいいかも、と、図書館へ調べ物をするため別行動だ。
勇己と隆、そして須川は、怪我をした作業員のアパートへと向かった。
そのアパートは、電車で二駅先にあった。古くぼろぼろでこじんまりとした建物だったが、壁にはベルシャトーと書いてあった。
「家主が鈴木さんなんだって」
須川の言葉に思わず二人が吹いた。
「シャトーって雰囲気かよ」
——ピンポーン。
勇己がインターフォンを押すと、白いランニングを着た中年の男が出てきた。
「うおっ、なんだ……子ども?」
「信二おじさん、一週間ぶり」
ひょいっと二人の間から顔を出して須川。
「あぁ、真か。どうしたんだ? この子たちは友だちか?」
微笑む表情が、どこか弱々しい。相当事件が堪えているのか……と、勇己も隆も気の毒に思った。
「ぼくのクラスメイトの陽向勇己と、羽貫隆。おじさんの昨日の話、もっと詳しく聞きたくってさ。他に怪我した人のことも、できれば」
須川の言葉に信二は目を瞬かせた。
「お前えらく昨日は食いついてたもんなぁ。噂好きなのはいいけど、あんまり広めないって約束できるか? 工事請け負ってる会社からしたら、あんまり騒ぎになるのはよくないんだよ」
「おっちゃん、気持ちはわかるけど、これ以上騒ぎにならないためにも、勇己も隆も……ここにいないけど達平も協力してくれるんだ」
信二はまじまじと三人を見つめた。そしてふっと息を吐く。納得したというよりは、どこか諦めた調子なので二人は少し落胆した。いつだって子どもは大人に認められたいものだ。ただ、それはとても難しい。
信二は三人を招き入れ、ずっと敷きっぱなしだったのだろう煎餅布団を、部屋の奥へ追いやって座れる場所をつくった。全員の前に冷たいお茶を用意すると、ようやく腰を落ち着けて勇己を見つめた。
「で、何から話せばいいのかな」
「おっちゃんが怪我をした時のこと、教えてくれるか?」
「実はな、あの日俺が一番最後まで現場に残ってたんだが、日が暮れて帰ろうとしたら教室の電気が点いてるのに気づいて引き返したんだよ」
隆は首を捻った。
「あれ、旧校舎って取り壊しの最中なのに、電気通ってるもんなの?」
「取り壊しっていっても、学校みたいな大きな建物は簡単には壊せないんだ。決まった順序があって、それに沿って作業を進めるんだよ。まだあの時には電気が通ってた」
信二は遠くを見つめるような目をし、話始めた。
* * *
——その日の俺は機嫌が悪かった。先週入ったばかりの新人がミスを繰り返していたからだ。
もともと俺はそんなに厳しい性格ではない……と思う。他の同僚からは「お前は甘い」と怒られるくらいだしな。
でも、その新人に対しては我慢ができなかった。たぶん、仕事に対して全くと言っていいほど、やる気を感じられなかったのが原因だと思う。
とにかく、その日そいつは三度ミスをしていたから、きっと電気を消し忘れたのもそいつだと思った。わざわざ電気を点けた理由までは考えなかったけど。
君たちにはわかると思うけど、夜の学校……しかもあんな古い校舎だから結構怖くてね。懐中電灯片手に正直に言うとビクビクしながら電気の点いてた教室へ向かったんだ。
廊下の電気を点ければいいんじゃって? 基本的にあそこの電気周りは老朽化から怪しくって、ショートして万が一火が出たら大事も大事。できる限り校舎内の電源は使うなっていうお達しがあったんだ。前日は雨で、あちこち雨漏りしてたから余計に、ね。
そういうことだから、俺は懐中電灯に頼るしかなかったし、教室の電気を点けた奴にも猛烈に腹が立ってたというわけだ。
でもそんな怒りもすぐに吹っ飛んだなぁ。なんせギィギィ歩くたびの軋むし、妙な寒気はするし。要するに、恥ずかしいけど怖かったんだよ。
まぁ、そんなこんなで例の教室にたどり着いた時には、思わずほっとしてたね。ん? あぁ、場所か。旧校舎って、もちろん君たちは知ってるだろうけど、L字型になってるだろ? 電気が点いてたのは丁度その角にある教室だったよ。
で、さっさと電気を切って、さあ戻ろうかって時だった。
明らかに俺以外の足音が聞こえたんだ。ギィ、ギィ……ってさ。そりゃもう総毛立ったよ。でも、俺を追いかけてきた同僚ってこともあるだろ? だから俺も「誰だ?」って聞いたんだ。
でも、返事は無かった。その代わりに、廊下の突き当たりからアレが現れたんだ……!
* * *
「鬼火! 鬼火が出たんだ!」
思わず勇己と隆が身を乗り出すと、信二は苦笑いを浮かべた。
「そう。もう、びっくりして校舎の外へ逃げ出したよ。まぁ、そのせいで足を挫いちゃったんだけどね。……ただ、今にして思えば俺の幻覚だって可能性も」
「なんだよ、ちゃんと見たんだろ?」
しっかりしてくれよという風な勇己に、信二は頭を掻いて笑った。
「いやぁ、それがあの後みんなにそんなわけあるかって言われて、しまいには自分も信用できなくなってね。元々そんな体験なんてしたことないし。初めてだから確信できないんだな」
「そんなもの?」
「人間、一瞬の出来事を後から正確に思い出すのは難しいもんだよ」
須川の慰めに、少しほっとしたような表情を浮かべた信二だったが、ふと何かを思い出したように顎に手をやった。
「あの鬼火、そういえば想像してたのとは違ったな……」
「どういう風に?」
すかさず隆が食いついた。
「なんていうか、炎っていうよりはやわらかいっていうか、不思議な色だったな」
「だったらますます霊的なものっぽいな」
勇己が訳知り顔でうんうんと頷いた。
「人魂と鬼火とは別物っていうのが定説らしいし、もしかしたら見え方も違うのかも。今回のがどっちかはわかんないけど……」
こちらは隆のマニアらしい意見である。
「君たちは信じているのか? その……幽霊ってやつを」
信二が戸惑い気味にそう聞けば、勇己と隆は顔を見合わせた。
「いたって不思議じゃないだろ? もちろんいるって断言はできねーけどさ。昔の人たちがあんなに話を残したりしてること考えたら、妖怪だって幽霊だって、いたって不思議じゃない」
だろ? と笑う勇己につられるように、信二も「そうだな……」と、弱々しく笑った。
「信二おじさんが鬼火を見たのが一週間前。別の作業員二人が怪我したのは一昨日と昨日……。悪化してるってことかな?」
「俺の場合はともかく、昨日と一昨日の事故は警察の人が来たみたいだけど、どっちも器具の緩みが見つかったみたいで、そのせいだってことになったみたいだね。ちょっと信じられないけど」
「今回のことで工事って中止になるかな?」
唸った隆に、信二は少し複雑そうな表情を浮かべた。
「工事現場ってのは、多少の差はあれ怪談とかがあるもんなんだよ。今回みたいに鬼火が出たとか、怪我人が続けて出たりってね。でも、それじゃ今の会社は立ち行かないだろ? しばらく休工にはなるかもしれないけど、続くだろうね。昔はそういうことには過敏で、手を引く会社もあっただろうけど」
聞けることをできるだけ聞いた三人は、きちんと礼を言った後で部屋を後にした。
ただ、去り際に勇己が思い出したように信二にこう聞いた。
「教室の電気、結局点けっぱなしだったのは例の新人の人だった?」
「いや、それが聞いたら、そいつじゃ無かった。でもみんな違うって言うんだよ。あれも霊のしわざだったのかもな……」