第3話 鬼火なんて怖くない?
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士狼兄ちゃんはいわゆる美少年ってやつで、背も鏡のおっさんの親戚だけあって、高くてカッコイイです。
今は色々事情があって、話すことができません。でもすごく料理とかお菓子作りが得意で器用みたいです(うちの母さんも、同じくらい器用だったらいいのに……というのは内緒)。
ただ、どちらかというと繊細な人かなっていう印象は最初だけでした。士狼兄ちゃんは実はすごく男っぽくて性格も結構きつくて……怒るとおっさんより怖いです。でも、すごく、すごく男前です。
やっぱり、おっさんの甥っ子なんだなって思いました。
穂崎達平の個人的日記より
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「おい、聞いたか! 昨日、作業に来てたおっちゃんが怪我したってよ」
隣のクラスの隆は、勇己と達平を見つけると勢い込んでそう言った。
しかし、二人は顔を合わせると「ハァ〜〜〜……」と、長く、長く息を吐いた。
「なんだよ、その反応はさぁ」
むっと顔をしかめた隆に、勇己は指をチッチッチと振って見せた。
「情報が遅いぞ羽貫兄よ。オレらのクラスには須川がいるんだぜ?」
あっと声を上げて隆は教室の隅へ視線を向けた。長い前髪で目が隠れてしまっている生徒は、このクラスはもちろん学年では情報アンテナとして有名な少年——須川真である。
なぜか誰よりも情報通で、人一倍学校内のことについて詳しいのだ。
「須川によると、どうも現場は旧校舎らしい」
テレビに出てくる探偵を気取った勇己だったが、達平は苦笑いを浮かべる。
「勇ちゃん、そりゃあ旧校舎だよ。学校じゃあそこしか工事してないもん。外で怪我したならこんな騒ぎにならないし」
「あー……まぁ、いいんだよ。細かいことは」
——勇ちゃん、結構テキトーだよね。
達平は胸中で思わず呟いたが、口には出さなかった。
旧校舎は築百年を越える建物で、二十年前までは使われていたものの、最近になって放置しておくのも危険だからと取り壊されることになったのだ。そしてその工事が始まった直後にこの事故である。
「突然足場が崩れたらしいぜ」
「上から物が降ってきたって聞いたけど?」
あれ? と隆が首を捻る。
「……どっちが本当?」
「どっちも本当」
気づけば背後に須川が立っていて、隆は飛び上がった。
「び、びっくりしたー」
「ごめん、思わず……ね」
「なぁなぁ、どっちも本当ってどういうことだ?」
勇己は須川へ身を乗り出し、好奇心で目を輝かせて聞いた。
「あぁ、怪我人は一人じゃなかったってこと」
須川の言葉にみんなが目を丸くする。
「えっ、怪我したのは二人ってこと? 別々の事故で?」
「正確には三人。校舎内を走ってたらこけて足を捻挫した人もいるから」
「……それって、どういう状況?」
「鬼火、見たんだって」
「お、鬼火?」
勇己は目を宙に泳がせた。
「勇ちゃん、火の玉のことだよ。人魂……とか。っと、人魂はちょっと違うんだけど。ほら、よく幽霊とかの周りに一緒に描かれてるようなやつ」
怪談に詳しい隆が、すかさずフォローする。
「真偽のほどはわからないけどね。それを見てびっくりして思わず逃げ出したって。一週間前のことだよ」
「へぇええ……。さすが須川! どこからそんな情報を仕入れるの?」
達平の素直な賞賛の言葉に、須川はふふんと鼻を鳴らした。
「普段の経路は内緒。ぼくの仕事の生命線だからね。でも、今回の場合は少し特別なんだ。その逃げ出した作業員ってぼくの親戚なんだ。怪我は大したことなかったみたいだけど、えらく興奮して喋ってたよ」
「はぁあ〜〜……」
「まぁ、旧校舎って前から色々噂があったからなぁ。なにがあっても不思議じゃないけど」
勇己は窓から身を乗り出し、グラウンドを挟んだ先にある赤茶の屋根の古びた校舎を見つめた。
「不思議だよ」
須川は、はっきりと言い切った。
「事件はみんな学校が休みの日に……しかも短期間に起きてる。しかも工事に入った作業員に集中して、さ。今まで怪談話はしょっちゅう噂になってたし、遊び半分で旧校舎に入った奴らだっていたはずだ。けど、今回みたいに何か起きたって話は無かったよね?」
三人はうんうんと頷いた。実は三人とも、二年生の時に上級生たちと連れだって旧校舎へ入ったことがあったのだ。もちろんその時にはなにも無かった。
「それは……つまり、工事が原因ってこと?」
「これは、あくまでぼくの推論だけど」
須川の目がキラリと光ったような気がした。もちろん前髪が邪魔で目さえ見えないけれど。
「あの校舎にいるなにかが、この工事を止めたがってるんだ。だから作業員を怖がらせてる。上から物を落としたり、組んであった鉄筋パイプを崩したり、果てには鬼火で……ね」
勇己はむっと目を眇めた。
「だとしたら許せねーなぁ。たまた今回は怪我で済んだけど、ヘタしたら死んでるんだぜ?」
その言葉に三人はハッとした。
「そうだよ。もし、このまま作業が続いたらどうなるんだろう」
「間違いなく、この何物かの抗議は激しいものになっていくんじゃないかな。今度こそ怪我じゃ済まないかもしれない」
須川の憂いを含んだ声に、三人は顔を見合わせた。そして誰からともなく深く頷きあう。
「……須川、そのおじさん、オレたちに紹介してよ」
2話が短かったので、3話まで連続更新しました。