第2話 よろしく友だち五号!
その日は創立記念日で、勇己と達平、そして隆とその弟の実……ようするにいつもの四人組は、朝から水鏡神社に集まっていた。
朝から暑い日だったが、この神社に限っては比較的涼しく過ごしやすい。
少年たちは御神木である楠の周囲をぐるぐると走り回って遊んでいた。それを竜司は微笑ましく見つめていた。
今日は普段着でなく、きちんとした神主の格好をしている。ただ、長身とがっちりとした体躯、そしてなかなか見られないほどの男前な容姿のせいでどこか浮いて見えるのだが……。そんなことを露とも気にしていない(四人組には、やんややんやとからかわれたが)竜司はふぅと息を吐いた。
昨今こうして外で遊ぶ子どもも少ない。外にいても、公園に友だちといても、携帯ゲームで個々に遊んでいる子が多いという。そういう現実を少し寂しく思いながら、同時にこうして境内で無邪気に遊ぶ子どもを愛しく竜司は思った。
「おーい、羊かんがあるぞ。ガキども、食うか?」
竜司の声に、ピタリと動きが止まる。一瞬の間をおいて四人が同時に本宅へと駆けだしてきた。
「食う、食うー!」
「羊かんだいすきっ」
「はいはい! オレ二個ね!」
「……いじきたないよ、兄ちゃん」
その部屋は境内に面していて、大きな和室だった。神社に来るお客さんを通すための部屋で、子どもたちが来ると決まって竜司はその部屋を使った。明るく境内に面していて、回り廊下を挟んだガラス戸を開け放てば開放的で気持ちよく、なにより涼しい。
きゃあきゃあ言いながら座卓を囲む少年たちの前に、竜司が大きな麦茶の入ったボトルと、細い竹の筒を数本乗せた盆を運んできた。その後ろに、コップを人数分持った士狼が続く。
竜司と違い、士狼は至って少年らしい格好だ。灰色のフード付きのシャツに(やはり長袖である)黒のジーンズという、年頃にしては少し地味な趣味ではあったが、元々竜司とは系統は違うが美少年である。その容姿は損なわれず、むしろよく似合っている。
士狼はこの家へ来てから、何かと竜司の手伝いをするよになった。喋ることは相変わらずなかったが、そんな少年のささやかな好意を、竜司は何も言わずに受け入れていた。子どもたちも、事情を知っているからか、うまく距離をとって士狼と交流を続けている。
一向に落ち着かない子だちの前に、手際よく麦茶と謎の竹筒が並んでいく。
「なんだこれー」
のぞき込んだ達平が歓声を上げた。
「中に羊かんが入ってる! すごーい、凝ってるっ」
勇己が「おおっ」とのぞき込めば、隆はごくりと喉を鳴らした。実が喜々としてスプーンを持てば、竜司はふふんと笑った。
「美味そうだろ! これは士狼の自信作だぞ」
「まじでっ!」
一斉に尊敬の眼差しを向けられた士狼は、微かに頬を染めて目を伏せた。照れているらしい。
「器用だなぁ、士狼は。おっさんとは大違いだぜ」
勇己がしみじみと呟けば、竜司はむっと目を眇めた。
「おっさんはやめろっての。それにお前ら、士狼は年上だろうが。呼び捨てってのはどうなんだ?」
「なんだよ、今更。いいじゃん親しみがあって」
「うーん、でもまぁ、確かにそれとこれは別かも」
苦笑したのは、人一倍竜司に憧れている達平である。苦笑すると、勇己がううんと唸った。
「じゃあ、士狼兄とか?」
達平の目が輝いた。
「それいい! オレ、お兄ちゃんが欲しかったんだ」
「……ぼくは、弟の方がいいなぁ」
すでに二人の兄がいる実がしみじみ呟けば、みんながどっと笑った。ただ、士狼だけが複雑そうにその様子を見ていた。
*
綺麗に羊かんを平らげた勇己たちは、さっさと部屋へ戻ろうとする士狼を呼び止めた。
「士狼兄、あのさ。これ、オレらからのお祝い!」
四人がめいっぱいの笑顔で差し出したのは、小さな、けれどきちんとラッピングをされた包みだった。
「おっさんの家族になること、あと、これからオレたちの友だち五号になることの……さ」
珍しく普段の無表情ではなく、純粋な驚きの表情を浮かべて士狼が竜司を見れば、竜司は穏やかに頷いた。
「開けてみたらどうだ?」
うながされ、士狼が丁寧に包みを解けば、中からは小さく薄い青色の表紙のリングノートと、そのリングの部分にオレンジの紐で結ばれたボールペン。
「ほら、これでオレたちに言いたいことがあったら、ちゃんと言えるだろ? 一方通行って不公平だもんな」
士狼の、いつもどこかぼんやりとした目が、感情に確かに揺れるのを見ながら、竜司はこの少年達を甥っ子と会わせたのは正解だったと確信した。
子どもは無邪気だ。純粋だからこそ、時に残酷に人を傷つけることだってある。けれど同時に、大人には踏み込めないラインを、いとも簡単に踏み越える勇気と目を持っているのだ。
——少なくとも、この子どもたちは士狼を追い込んだ大人たちとはまるで違う。
「これで、お話するのは簡単。ねっ」
実が筆談の手本をして見せる。たどたどしく書きこまれたのは、「うれしい?」というもの。
ペンを受け取ると——相変わらずの無表情ではあったが——士狼は「すごく。ありがとう」と返した。心なしか黒い瞳が優しく見えた。
照れて笑う実の後ろで、三人はハイタッチをしていた。
「じゃあさ! 外でキャッチボール! なっ、やろうぜ?」
「勇ちゃん、境内は球技は禁止だよ。缶蹴りだと思うな」
「えぇ? 鬼ごっこだろ!」
「ぼく、縄跳びがいい……」
四人が同時に、これがいい! あれがいい! と自己主張を始めたものだから、騒がしいことこの上ない。
「おいおい、お前らいきなりだなぁ。まぁ落ち着けよ」
ひきつった笑いを浮かべる竜司の側で、士狼は小さく笑った。
声はない。ちゃんと見ていなければ見逃すような変化。
それでも少年たちは、目を輝かせた。
彼らに『友だち五号』ができた瞬間だった。