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第1話 水鏡神社へようこそ!

 橙色に染まる神社の境内。


 初夏でも裏に竹林があるためか、ひんやりとした空気が時折駆け抜けて気持ちがいい。やんちゃ盛りの少年——陽向勇己にとって、ここはお気に入りの遊び場だった。

 勇己はくせっ毛であっちこっちにハネた髪と、きりっとした男らしい眉が印象的だ。最近はお気に入りのキャップを常に被っている。頭で考えることはあまり得意ではないけれど、勇気と覇気なら人一倍。

 幼なじみで一番の親友である穂崎達平を筆頭とした四人は、声を上げながら境内を駆け回っていた。


「ねぇねぇ、勇ちゃん。最近、鏡のおっさん見ないね」


 そう言ったのは達平。栗色の髪が風で揺れている。小さな顔と対照的に大きな眼鏡がチャームポイントだ。

 社の前の階段に座り、近所では唯一の駄菓子屋「ふじた」で買ってきたラムネを飲んでいた勇己は、意志の強さを表したような目を瞬いた。


「あー……、そうだなぁ」


 そう言いつつ、遊ぶことに夢中で気づいていなかった勇己である。

 ちなみに、鏡のおっさんというのは、この水鏡神社の神主のことで、その気前の良さと男前な態度から、勇己たちの憧れの存在だ。


「鏡のおっさん、東京に出かけてるらしいぜ。母さんが言ってた」


 麩菓子をもぐもぐと食べながら言ったのは羽貫隆。隆はこの神社の三軒となりにある羽貫家の次男坊だ。短く固い髪がつんつんと上を向いている。 


「東京!」


 みんなが一斉に声を上げた。田舎とまではいかないが、とても都会とは言えない町で育った子どもたちには、東京は憧れの分かりやすい対象なのだ。


「いいなぁ。お土産で東京ばなな買ってきてくんないかなー……」


 以前姉が買ってきてくれたお菓子を思いだし、勇己はごくりと唾を飲み込んだ。


「ぼくはヒヨコがいいなぁ……」


 控えめに自己主張したのは、羽貫家の三男坊……ようするに隆の弟の実である。兄とは違って臆病で甘えたがり。他の三人と比べるとどうしてもまだ小さいので、みんなは、ちぃ、と呼んでいる。


「う〜ん」


 しまいには四人そろって、もらえるアテもない土産にひとしきり悩んでいた時だった。

 びゅうと、冷たい風が吹き抜けた。そろそろ日も暮れようかというころ。騒いでるときには平気だった物陰や竹林の奥の闇暗がりが不気味に思えて、四人は揃ってぶるりと震える。


「なぁ、あの旧校舎の話……本当だと思うか?」


 勇己はこの妙な雰囲気に、数日前に耳にした噂を思い出していた。


「放課後の旧校舎に行くと、廊下の奥からおいで〜、おいで〜ってされるヤツ?」


「そうそう、それでその廊下の先へ行くと引き込まれちゃうんだよな」


 なぜか嬉しそうに続けたのは隆。怪談話が好きらしい。


「どこに引き込まれるの?」


 実が不思議がって身を乗り出すと、三人が三人とも首をかしげた。


「そりゃ、廊下の奥だろ?」


「それだと怖くないんじゃない?」


「じゃあ教室」


「それこそ、それで? ってやつじゃん」


「……壁の中に。そこへ引き込まれたら、白骨になるまで誰一人外へは出られないんだ……」


 突然会話に入ってきたのは、低い低い、男のかすれた声で——


「ぎゃあああああああ—————————ッ!」


 一斉に上がる悲鳴。その声に顔をしかめ耳を押さえたのは、黒いタイトなTシャツにジーンズという姿の、いかにも男前な男だった。


「鏡のおっさん!」


「よう、ガキども。それと誰がおっさんだ、誰が!」


 ニカっと笑った顔に、四人はほーっと息を吐いた。そして小学生から言わせれば、三十歳になる男は十分におっさんだろ、と思った。口には出さなかったが。


「まったく、びっくりさせんなよう。心臓止まりそうだった!」


「そうそう。どうしてくれんだよー!」


 やんややんやと抗議をする小学生四人組をなだめながら、鏡のおっさんこと各務竜司は苦笑いを浮かべた。


「おまえ等がくだらんことを言ってるからだ」


 言って少し厳しい目つきをすると、四人に目線を合わせるため屈みこんだ。百九十近い長身でがっしりしているために、そういう格好をすると非常に迫力がある。そしてどう見ても神主には見えない。思わず身を引いた子どもたちに、


「いいか、好奇心だけでそういう噂のある場所へ行くんじゃないぞ。そういう話にはホラもあるが、なにかしら理由があることだってある。……いいな?」


 と、噛んで含めるように言った。操られるようにコクコクと頷いた四人に満足すると、竜司はすっくと立ち上がった。


「よし! 話を聞くいいガキにはご褒美だな。オレの甥っ子を紹介する」


「甥っ子!?」


 言われて、ようやく四人は竜司の背後に少年が立っていることに気づいた。それくらい、その少年の存在感は薄かったのだ。……圧倒的に目立つ竜司がいるせいとも言えないことも無いが。


「各務士狼。お前たちよりちょっと年上の、十四歳だ」


 竜司は少年の肩を軽くたたいてそう言うと「よろしくしてやってくれ」と続けた。

 自然と小学生の視線が紹介された少年——士狼に集中する。

 黒い髪に見慣れた勇己から見ても黒々とした髪に、同じ色の目は少しきつめ。日に焼けた肌が印象的な竜司と違って色白で、ひょろっと背が高く柳のよう。なぜかこの季節に、薄手とはいえ長袖を着ている。


 そんな士狼を、勇己は「人形みたいなやつ」と思った。自分たちを見下ろす整った顔が、なんの表情も浮かべていないのが理由だった。達平は「テレビで見るような美少年だ!」となぜかドキドキし、隆と実は同時に「おっさんと似てない」と少しがっかりしていた。


「よろしくな!」


 勇己は屈託無く笑いかけたが、当の士狼は一瞬それを不思議そうに見つめただけで、すぐに視線を逸らした。

 思わずむっとした勇己を無視し、士狼は持っていた大きなスポーツバッグを軽く上に上げて竜司を見る。竜司は少しだけ困ったような顔をし、すぐに微笑んだ。


「部屋は二階の突き当たりだ。一人でわかるか?」


 士狼は返事を返さず、ただ小さく頷いて社務所の方へと歩いて行ってしまった。


「なんだよ、返事くらいすればいいのに。愛想ないんだな」


 何ごとにも素直で、いい意味でも悪い意味でも正直な勇己がむっとして言った。竜司はみんなの憧れである。だからこそ士狼の態度が気に食わなかったのだ。それは達平も隆も同じだったようで微妙な空気が流れる。実だけはなにがなんだかわからないようで、じっと兄を見上げていたが。


「……まぁ勇己、そう言うな。あいつにも色々あるんだよ」


 そう言った竜司は、今まで勇己たちが見たこともないような表情を浮かべていた。そして、やけに姿勢が正しい士狼の姿が見えなくなってから、竜司は再び口を開いた。


「いいか、これから言うことを真剣に聞いてほしい。……お前たちだから言うんだぞ」



  *



 ショック、だった。

 勇己はベッドに寝転がり、じっと天井を見つめていた。


 ——士狼はな、少し前に心に深い傷を負って、それが原因で喋ることができないんだ。


 両親は既に亡くなっていて、引き取った養子先でも事情があり、その家にいることもできなくなったために叔父の竜司が引き取ることになったという。

 そんな事情なんて考えもしなかった。だからといって言い訳にはならない。「普通はわからない、それが大人でもな。だから気にするな」と竜司は言ったが、勇己は後悔した。だからこそ明日は自分自身を変えようと思う。変えよう、と思えば変わるのだ。それは子どもだからこその、純粋すぎる単純な考えなのだろう。でも本気で思っている今なら変えられると、勇己は信じている。それが大切だった。

 いつか士狼も変わって、負ったという心の傷が治ればいいと思った。


「なあに、寝るんなら電気消しなさいよ」


 勇己の姉、咲子がドアから顔をだして言った。


「あのさ。姉ちゃんのクラスに転校生って来た?」


「はぁ? 来てないわよ」


「そっか」


 それきり何も言わない弟を、咲子は不気味そうに見てドアをばんっと閉めた。


「早く寝なさいよ!」


 勇己はもそもそと起き、電気を消してベッドへ飛び込んだ。目を閉じて深く息を吸う。


「……うん」


 夢も見ずに眠った。



  *



「今日も神社に行こうぜ!」


 勇己は、昼休みに達平にそう声を掛けた。達平も深く頷いた。それを見て、達平も昨日の夜自分と同じように考えたのだろうと勇己は気づき、嬉しくなった。

 達平は隆にも声を掛け、放課後には昨日と同じメンバーで神社へと向かうことになった。


「あ、先にふじたに寄っていこうよ」


 達平の提案に、みんな揃って歓声を上げ走り出す。

 夏休みまであと一ヶ月。

初めて投稿させていただきました。以後どうぞよろしくお願い致します。

まだまだ導入部だったりします。「ん?」となった方、すみません。

士狼の生い立ち等は、おいおい話の軸になっていく予定です。

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