↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

ドラゴンに乗り、異世界で移動商店やってます~元ダンジョンマスターの店長ドラゴンと従業員の日本からの来訪者は異世界を巡ります~

作者: どらいあい
掲載日:2026/10/11

 透き徹るような青空を、一体の青い竜が飛んでいた。

 俺はその竜の頭の上に座っている。普通なら落ちそうだが、不安定さも横風も殆ど感じないのでその心配はなかった。ただ地上の景色が前から後ろへとかなりのスピードで流れていくのを眺めている。


「う~わ、たっか……本当に壮大な景色ですね、シーラさん」


「もう何度も共に空を飛んでるだろうに、いい加減慣れろ。飛行魔法も併用してるのだ、落ちる心配はないぞ」


 その飛行魔法とかってヤツの原理もまるで分からないので心配ないと何度言われても、心配してしまうんですよ。何しろ俺のいた世界には魔法なんてなかったから。


 俺の名前は山田睦彦(やまだむつひこ)、二十五歳で新人サラリーマンとして小さな会社で働いていたんだ。


 そう、俺はこの世界の人間じゃない。そもそも日本にこんなドラゴンなんていないし、魔法はゲームかマンガの中だけの存在だったし。俺は突然、天の空に放り出された、意味はそのまま、普通に休日に出かけようと家のドアを開けたら家もドアも消えて、俺は上空何千メートルかも分からない空からスカイダイビングしていた。


 もう死ぬかと思った、大声を出しても誰も助けてくれない、それでも誰かに助けを求めて、泣き叫んで絶叫していた。そこを飛んでたまたま通りかかったのがこのドラゴンさんだった。名前はシーラさんである。


 シーラさんは変わったドラゴンで世界中を旅して商売をしている商人ドラゴンさんだ、長い年月を生きてるらしく様々な伝手で集めた魔法の品物やそれ以外にも物資とかも売って商売をしてるらしい。


 俺はこのドラゴンさんに救われた、そしてなんやかんやあり……今は彼女が店長をしてる移動商店の従業員として働いている。まあ日本に帰る手段とか皆目見当もつかないから、衣食住は保証してくれてるし。


 そんな訳で今日も今日とて、異世界の空を飛び、シーラさんが目指す場所にて商売のお手伝いをする日々を送ってます。



◇◇◇



「おっシーラさん、あそこが目的地ですか?」


「そうだ、紅葉と温泉の町で名前はユケムという。あそこでは近いうちに秋の実りと収穫に感謝する祭りが開催される、私達はそこに店を出して商売をするのだ」


 まだそれなりに離れているが街や周囲の木々は既に紅葉が進み、紅く色づいている。日本のそれを思い出して少しセンチメンタルな気分になるな、この世界にも季節があり、場所によっては日本の景色に近い物を見ることが出来る事が少し嬉しくもあり寂しくもあり。


 ふふ……さ、仕事だ仕事。頑張るとしますか。

 街の手前で着陸する、ドラゴンであるシーラさんはそのままの姿だと基本的に目立つし、ドラゴンだとバレると普通に街の人々はパニックになる。そこでシーラさんはある魔法を使うのだ。


「よし、下りるぞ」


「了解です」


 俺が頭から下りるとシーラさんの身体が光に包まれた、そしてその巨体が人間の姿に変化する。

 ドラゴンの時は青色の鱗を持ち、立派な角や翼を持っているが、人間の時の姿のシーラさんは肩にかかる長さの青色の髪と同じ色の瞳が特徴的な美人だ。


 服装は上流階級のお嬢様みたいな白を基調とした上品な服とロングスカートと黒の高級ブーツ、曰く、見た目で侮られないように、面倒くさいが必要とのこと。


 ちなみに俺は茶色の上着と黒のズボンと白のスニーカー、スニーカーだけは日本からの自前だが、それ以外はシーラさんから貰った物を着ている。

 従業員と言うより丁稚の少年みたいな服装だ、まあ従業員なのは変わらないか。


 人間の姿になったシーラさんが片手をかざす、すると馬と馬車が召喚された。馬車の中には今回、ユケムでの商いに使う商品が入っている。そして俺は肩掛け鞄から数枚の紙を取り出した。


「ユケムで扱う商品のリストは用意してるな? お前に管理を任せるぞ。ムツ」


「了解です、それじゃあ検品しますね」


 馬車に入り商品の有無の確認をする。シーラさんはその気になれば魔法で幾らでも物を異空間から出し入れ出来るが、ドラゴンの姿と同様に、そんな魔法を操る姿も人間に見られると無駄に騒ぎになった過去があるみたいで目立つのは嫌う。


 だからユケムのかなり手前で地上に降りて、姿を人間に変えたり馬車や馬を魔法で召喚して人間の行商人をよそおう為に、色々と工夫をしながら世界を旅してるのだ。


 そして割と大雑把な性格だから商品の管理とかは苦手、無いならそう気付いた時にどっかに隠れてポポイと出せばええやろな精神のテキトーなドラゴンさんなので結局は普通に目立ってしまう事があった。


 それ以来、その手の見落としがないようにそこで扱う商品のリストの用意と商品の管理は俺がしてる。俺は細かい事が気になる性格なので、適材適所だ。


 なんでそこまでして、と思うが、シーラさん曰く趣味と実益を兼ねたライフワークとのこと。俺の個人的感想としては趣味と道楽でしょうにって気がしないでもないが俺も異世界なんて場所に来てしまった訳だし、どうせなら漫遊とかしてみたいくらいには興味もあるしで。結局はこのドラゴンさんに付き合ってる訳だ。


「よし、問題ありません。全ての商品があります」


「分かった。ではユケムに向かうぞ」


 馬車を操るのはシーラさんだ、俺にそんな技術はない。しがない元サラリーマンの営業だからね。

 シーラさんの隣に座り揺られることしばらく、俺達はユケムへと辿り着いた。


 お~~本当に紅葉が綺麗だな。空を飛んでいた時にも見たけど、街の至る所に紅葉樹が植えられておりこの季節には町が華やかに色づいている。


 シーラさんによるとここは温泉町としても有名で、一年を通して多くの旅行客で賑わう町なんだそうだ。そして一番賑わうのが、まさに今。秋の収穫祭と感謝祭を合体させた祭りである『紅夜明光祭(こうやめいこうさい)』の時期なのだ。


「早速、商店を開く場所を決めるぞ」


「はい、町の町長か今回の『紅夜明光祭』を仕切ってる人を探して許可と場所代を払ってきましょう」


「ああ、行くぞ」


 その後は町長の自宅を町の人に聞き、そこに向かう。『紅夜明光祭』では元から多くの行商人が町にきて収穫された様々な山の幸とかを仕入れたり。出店を出したりとして旅行者相手に稼ぐそうだ、俺達も出店を出しつつ祭りと買い物を楽しもうってのがシーラさんの方針だ。


 町長と話が決まり、割り当てられた場所にて天幕を設置する途中、少し気になる事があり俺はシーラさんと話をした。


「シーラさん、俺さっき今年の『紅夜明光祭』の準備をしてる人達と話をしたんです」


「ああ、ここに来る途中の広場で集まっていた者達か」


 そう、広場にて祭りの準備で忙しくしていた人達がいた。しかし忙しそうにしつつ何か困ってる様子だったのだ、普通なら無視する事かも知れないが、聞き逃せない事を言っていたので声をかけた。


 なんて言っていたかというと、「温泉が枯れた」と言う話である。

 これは由々しき事態だと考えるのは日本人なら当然の事である(確信)。


「な、なんだと!? 温泉が止まった!?」


「はい、そんな話が聞こえてしまい、気になってどう言う事なのか教えてもらいました。どうも数日前からこのユケムの温泉が次々と枯れているらしく、祭りは開かれるそうですがこの町の一番の魅力である温泉が全て枯れてしまって、今年は温泉での売り上げが絶望的だと言ってました」


「ふ、ふざけるな! こっちは『紅夜明光祭』もそうだが温泉を楽しみにこんな山の奥にある町まで来たんだぞ!?」


 それはシーラさん個人の方針でしょうに、無論、俺も温泉のある町に来て温泉に入れないとかふざけんなと思うけど。


「……帰るぞ、温泉にも入れないなら商売する気も失せた」


「ま~たそんな事を言う……落ち着いて下さい、温泉が自然に枯れたのかまだ分からないでしょ?」


「……何?」


「まああくまで俺の想像です、魔法なんて便利過ぎるもんがある世界ですしね、シーラさん自身が一度その温泉旅館とかに行って何が原因かを調べてみてはどうですか?」


 魔法とかの事について俺はさっぱりだ、しかしシーラさんはそっち方面は無双出来る。このドラゴンさんなら温泉が枯れた原因も直ぐに分かるだろう、もし自然にそうなったのなら俺達にはどうしょうもないが。


「……そうだな、引き上げるのは早計だった。先ずはこの目で本当に温泉が駄目になったのか見てくる、ムツはこのまま天幕の設置してくれ」


「分かりました、暗くなる前には戻ってきて下さいね、晩ご飯も用意しておきますから」


「……分かった」


 そして夜となった、俺は天幕は設置して、中で明日から店で販売する品物の準備と晩ご飯の調理をしていた。するとシーラさんが戻ってきた。


「お帰りなさい、温泉の件はどうでした?」


「ああ、ムツの言うとおり私が直接見に行って良かったよ。おかげで原因が大体分かった」


「それは凄い、流石は何千年とか何万年かを生きて、この世界最大の超巨大ダンジョンのダンジョンマスターも務められていたドラゴンの店長ですね」


「……それ、褒めてるのか?」


 いえ別に、肩書きが無駄に壮大過ぎて、ドラゴンだと分かっていても話し半分かそれ以下くらいしか信じれないんだよな、このドラゴンさん。


「まあいい、全ての温泉を見せてもらったが、間違いなく魔法で細工がされているな。恐らくは温泉の水脈を操り別の場所にその流れを誘導させている」


「……本当に凄いですね魔法って、そんな事まで出来るんですか?」


「まあな、しかし魔法を操る者がいればその痕跡を辿るのもまた容易ではある。明日にでも何処の馬鹿が仕掛けているのか確認しに行くぞ」


「分かりました、晩ご飯はもう出来てますよ」


「ほう、どんな料理なんだ?」


「このユケムで調達したチーズマッシュをベーコンとご飯と焼いてチーズリゾットに、甘蜜カボチャをポタージュに、青角鹿の肉で串焼きを焼きました。食後にはリンゴを焼いて蜂蜜に付けるデザートを用意してます」


「おお~これは中々に豪勢じゃないか」


「他にも拳大の岩栗やオレンジコーンに秋の時期にしか釣れない川魚もありましたね、仕入れたらそれらを使った料理も幾つか献立を考えてます」


「はっはっはっ! 私だけだと料理なんて炎で焼くくらいしか思いつかなかった、本当にムツは良い仕事をしてくれているな」


「シーラさんにはお世話になっていますから」


 一人暮らしでほんの少し出来た料理だが、異世界でシーラさんの移動商店を手伝ってる中で少しずつその腕が上達していったのだ。そして晩ご飯をたべつつ温泉の水脈の調査や、このユケムでは何を仕入れるかなどを話しつつ時間は過ぎていった。


 翌日、天幕の奥にて目覚めた俺は未だに寝ているシーラさんを放置してそのまま朝ごはんの用意をする。卵焼きとサラダとご飯で良いかな、ある程度簡単に作れる物にした。ちなみにご飯はこの世界の魔道具に炊飯器みたいなのがあるのでそれを使って用意してたりする。


 朝ごはんの良い匂いがしだすとシーラさんが起きてきた。彼女が着替えてる間に朝ごはんの準備は完了。パパッと食べ終わり俺達は温泉の調査に出掛けた。ユケムを出た段階で話をする。


「シーラさん、これから何処に向かうんですか?」


「既に当たりはつけてある。温泉の水脈に干渉してる魔法を探知して、その魔法を操る者の場所を割り出す」


 シーラさんが呪文を唱える。俺には何が起きてるのか分からないが、彼女には必要な情報が得られたのだろう。「犯人達が分かった」と言った彼女は『瞬間移動』の魔法を発動して俺と共に何処とも分からない森の奥へ来た。


 そして目の前には大きな洞窟の入り口があった。


「ここは?」


「犯人達の根城だ、ここに温泉泥棒の犯人達がいる」


 シーラさんが平然と進み出したので、仕方なく俺もついて行く。洞窟に入った。少しすると中で何者かの気配があることに気付いた。


 多分だが数がかなり多い、それに洞窟の中だからか、独特な匂いがする。いや、これは硫黄に近いような、まさか温泉か? しかしそれとは別の匂いもする気がする。そんな事を考えていると洞窟の奥へと辿り着いた。湯煙が上がるそこはかなり広い空間だった。


 そこには魔物がいた。黒い体毛と赤い顔を持ち、額に一本の角を生やした猿に近い姿の魔物で一角魔猿(いっかくまえん)と呼ばれる魔物だ。


 彼らは段々畑を思わせる形に洞窟の壁をくり抜いて作られた温泉に浸かっていた。俺達の登場にウキーウキーと鳴いている、これは警戒されてるのか?


「シーラさん、あの一角魔猿達は……」


「ああアレはな。本来、洞窟の入り口で見張り役をするべきだった個体まで温泉に入っていて私達が来たことに気づくのが遅れたらしい。そして誰が見張りだったか、言い合いをしているな」


「そ、そうですか」


 なんというか、この異世界の魔物ってさ、妙なところが人間くさいんだよね。ちなみに魔物と言っても普通に話が通じる場合も多々ある、商売人としては今回の件も話し合いで何とかしたいところだ。


 シーラさんが前に出て口を開く。


「お前らの群れのボスを出せ、話がある」


「……それはオレだが、なんだキサマは?」


 段々状の温泉の一番たかい所で温泉に入っていた、一際大きな一角魔猿が温泉から上がり、こちらに向かってジャンプしてきた。そしてひとっ飛びで俺達の目の前に着地する。背丈は俺の倍近く高く、多分三メートル以上はあるな。体毛が濡れていて筋骨隆々だ。


「オレはエンコ、この群れのボスだ。人間共、お前らはここに何をしにきた?」


「理由は簡単だ、お前が妙な魔法で水脈に干渉し、温泉をこの洞窟まで引っ張って来たな。おかげで近くの人間の町の温泉が枯れて迷惑している」


「ふん、そんな事か。人間の町がどうならんと知った事か。文句があるなら……」


 近くの一角魔猿が何かをボスであるエンコに放り投げる。それは鬼の金棒を思わせる大きくて黒い鈍器だった、それをシーラさんに突き付け……次の瞬間にはシーラさんが人差し指を数度奮ってその鈍器を三枚に下ろしていた。エンコと他の一角魔猿の目が見開かれる。


「……っ!?」


「悪いが、温泉をお預けされて私はか~な~り、苛立っている。余計な問答も行動もせずにさっさと魔法を解け」


「……フン、上等だ! このエンコを舐めた事を後悔させてやる!」


「ああん?」


 エンコは全身から殺気と魔力を放ち、臨戦態勢を取った。シーラさんもシーラさんで煩わしくて不愉快なのかイラついた顔をしている。

 これはダメだな、怖いが、こう言う時に頑張るのがドラゴン移動商店の従業員の仕事である。多分。


「落ち着いてください、シーラさん」


「ムツ、コイツらは私を怒らせたんだ」


「分かってます。けど俺達は単なる商人として、或いは半分観光客としてここに来ました。血が流れるやり取りなんかが目的ではないでしょう?」


「む、それはそうだが……」


「ならここは任せてください」


 シーラさんが静かになる。さてっ次はこのエンコと言う魔物と話をする。


「エンコさん、俺達の目的はそちらの群れと争う事じゃなくて温泉を元に戻して欲しいだけなんですよ」


「ふざけるな小僧、そっちの女は恐らく違うが、お前は人間だろう。ただの人間の言うことを何故オレ達が聞かなければならないんだ!?」


「そっちの方が賢い選択だからですよ。シーラさん、天幕に運んである商品のリストから『霊水の水瓶』をここに魔法で運んでくれますか?」


「はぁっ!? 何故アレをここに持ってくる必要があるんだ! まさかコイツらに渡すつもりか!?」


「そうです。まあ正確には買ってもらいます」


 俺はシーラさんと小声でやり取りをする。そもそも魔物の群れのボスを力で脅せばこうなる事は分かりきっていた。力でボスになった者は力に屈した瞬間からその群れでの居場所を失うのだから、例え勝ち目がないと分かっていてもシーラさんに従う可能性は低い。

 シーラさんって基本的に周りに従わない存在が殆どいなかったのか、こう言う機微にも疎いんだよね。


「そこで俺は別の選択肢を用意する事にしました、群も全滅せず、ボスの面子も守れ、それなりに得をしたと群れの魔物達にも分かる選択肢を」


「う~~それが『霊水の水瓶』を売りつける事か」


「そうです」


「おい、さっきから何を二人で話しているんだ?」


「それじゃあシーラさん、お願いします」


「……分かった」


 シーラさんが呪文を唱えるとその手に翡翠色の美しい水瓶が現れた。それを見たエンコの表情が変わる、魔法を扱えるようだし、この『霊水の水瓶』が強力な魔力を帯びている事が理解出来たのだろう。


「この『霊水の水瓶』をそちらに金貨五百枚で売ります」


「金貨五百だと!? 払えるか」


「でしょうね、ならその代わりに温泉の水脈を元に戻してください。ああ、それと今後はその人間の町に不利益になる行動を起こすのを全て辞めて下さい」


「……何故そこまでオレ達がお前の言うことを聞く必要があるんだ?」


「俺達は悪徳商人じゃありません、商品を買う時も売る時も常に『適正価格』で扱いますので。それくらいはして貰わないと割に合いません」


 ちなみにこの『霊水の水瓶』は普通に売るなら金貨五百枚でも安いくらいだ、それくらいしてもらっても若干は赤字である。まあその赤字部分、以上の黒字を『紅夜明光祭』で稼がせて貰うつもりだけどね!


「……」


「まあこの『霊水の水瓶』の能力を見てから判断して下さい」


 俺は『霊水の水瓶』に目の前の温泉を汲んでから地面に置いた。そして「霊水よ、湧け」と口にする、すると水瓶の中から温泉が湧き出し始めた。それを見たエンコが驚き、シーラさんが渋い顔をする。


「この『霊水の水瓶』の中の霊水はこの水瓶の中に入れた水と同質の物を無限に湧き上がらせる魔法が込められています。これがあれば水脈を魔法で弄る必要もなくなります、ちなみに『霊水よ、止まれ』と命じると止まりますから」


「こ、これをオレ達にだと?」


「……本当ならそれで私が温泉を無限に楽しめる筈だったんだぞ?」


 そう、こんな魔道具が商品のリストにあって、わざわざ持ち込んだのは。実はシーラさんがこっそり温泉を拝借して個人的に楽しもうと企んでいたからだ、そんなシーラさんには悪いけど、売る気はなくても商品ではあるので管理を任された以上は好きにさせてもらおう。


「う~~~」


「まあまあシーラさん、もしここで力ずくで解決しようとして、万が一群れの魔物達に逃げられたら、どうせユケムの町の人々が逆恨みされる、そんなオチになる可能性が高いでしょ? 余計な問題が起こっても困るじゃないですか」


「………うむ」


「どうですか? やり合うメリットがないのはお互い様ですし、これ以上、変に話を拗れさせたくないんですよ」


「ふん、その気になればその女がどうとでも出来るからな?」


 まあその通りである、シーラさんは面倒くさがりなので一角魔猿を全滅させるとか、逃がさないようにするとか、普通に嫌がる。けどその気になれば魔法でこの洞窟ごと吹き飛ばせばいいって事でもあるからね。


 さっきの金棒を三枚に下ろされた時点でエンコはシーラさんの実力の片鱗くらいは理解してるのだろう。こちらが譲歩してるのがあくまでも俺が商人としてここに立っているからだ。


「困ったリーダーとして変なプライドに固執し群れを全滅させるか。賢いリーダーとしての選択をして得を取るかって話ですよ、こっちは温泉に入れて、町で普通に商売が出来ればそれで良いんですから」


「……分かった」


 しばし悩んだエンコだが、魔法を解除してくれた。ちなみに『霊水の水瓶』の使い方としてお気に入りの酒とかを増やしたりも出来ると伝えたら、とても嬉しそうな顔で「お前、頭いいな!」と褒められた。どちらも最低限、水瓶に入れる量は残しておく必要がある事は念押しして説明をして、一角魔猿の洞窟を後にした。


 その後は問題なく温泉も復活、シーラさんは何度も温泉宿に足を運んだ。他にもユケムの町の民芸品店を回り、様々な物を買った。


 町の『紅夜明光祭』の準備も進み、祭りの夜の灯りとして重宝されるランタンの燃料となる魔石や個性的なランタンを制作する町の人々の為に、ランタンの装飾品に使える商品なども事前に仕入れていた俺達の店の商品は飛ぶように売れた。後は商店を営業しつつ出店も出して俺も料理の腕を振るった。


 『紅夜明光祭』が始まり一週間ほど過ぎ、結果として中々の収益を上げた、このユケムの町での商売は成功と言えた。


 ユケムの町の人々には余計な事は言わない、シーラさんは元から目立つつもりもない、単なる商人としてこの町に来ている。それは俺も同じなので、これでいいのだ。


「ふう~本当にいい湯だった」


 『紅夜明光祭』の最中のユケムは余所の都市や街からも多くの旅行者や行商人が訪れる、予想以上に賑わっている。売れる物は殆ど売り捌いたので俺も温泉や立ち並ぶ屋台で買い食いなどを楽しみつつこの祭りを過ごしていた。


 日が暮れて夜になるがその賑わいはむしろ盛り上がっている、ユケムの町の人々が用意したランタンに火が灯され、紅葉し、紅く色づいた町の中と外の木々を明るく照らし始めたからだ。


 『紅夜明光祭』が続く間はこのランタンが夜のユケムを照らす。露天風呂にもランタンは置かれ、夜の闇を照らすその様子は多くの旅行者にも好評らしい。


 そろそろ天幕に戻ろうかと考えていたらシーラさんが現れた。彼女も温泉を楽しんだのかホカホカしていた。


「ムツ、この町の温泉は十分に楽しんだか?」


「はい、極楽でした」


「よし、ならもののついでだ、ついてこい、絶景を見せてやる」


 そう言うと彼女が『瞬間移動』の魔法を使って俺と共にユケムの外に移動した。そして何故かドラゴンの姿に変わると「乗れ」と言うの乗らせて貰うことにした。


「流石に昼間だと魔法で姿を隠しても、人間の魔法使いとかに気づかれる可能性があるからな」


「なるほど、だから夜の闇に紛れて飛ぶんですね」


「そうだ、夜の方が魔法で姿を隠すのには向いているからな。今回もムツは働き者だったからな。私からも労おうと思ったんだ」


 俺を乗せてシーラさんは空へと飛び上がる。

 どんどん高度を上げていき、やがてユケムの町全体が見下ろせる高さにまで来た。


「おお~」


「どうだ? 絶景だろう」


 眼前に広がるのは無数のランタンの灯りで浮かび上がるユケムの町と紅葉。行き交う人々の姿も見え、活気とお祭りムードに満ちていた。


 本当に絶景だ。


「確かに絶景ですね」


 異世界の空に放り出され、そこで彼女に拾われた時はどうなる事かと悩む事も多かった。あの時の俺に、そのうちこうして綺麗な景色を心から楽しめるようになると言っても信じてくれるかな?


「もう数日、『紅夜明光祭』を楽しんだら、新しい街に向かうぞ」


「分かりました、次はどんな場所に向かうんですか?」


「う~む冬も近いし、今度は他の種族の里にむかうなのも有りかもな。霊峰に住まう白兎や浮遊島の鳥人、まあ冬に備える必要がある人間の多い城塞都市なら、ここで新たに仕入れた食糧が高値で売れるかもな」


「どこも行った事がない場所ばかりですね、それなら──」


 ユケムの灯りを見ながら、俺とシーラさんは次に向かう場所について話し合う。

 次の目的地とそこでの商売も楽しみだ。


読んでいただきありがとうございます。

面白い。先が気になると思ってくれた方はブクマと【★★★★★星評価】をお願いします。

それが作品の継続に繋がります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。