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坂下瑞椛の恋のワケ  作者: 日諸 畔
第1章《助けてくれた人》

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第3話「たまに見えるんだよね」

 何をやっているんだ私は。

 瑞椛は自分で自分の行動に驚いていた。


「ああ、えっと、たまたま見てて、左腕痛いのかなって。大丈夫?」


 あまりにも苦しい言い回しだ。なぜ見ていたのか、なぜ声をかけたのかと聞き返されれば、瑞椛ははっきりと答えられない。


「そうだね、ちょっとひねったみたいで」


 対する藤下は、柔らかい笑みを浮かべながら左腕をさすってみせた。ちょうど、今朝の人の腕が折れたあたりだった。


(あれ、違う?)

 

 骨折はそう簡単には治らないし、平然とさすれるようなものではないはずだ、瑞椛は経験をしたことがないのでわからないが、痛みで動けなくなることくらいは知っている。藤下が朝の人ならば、学校になんて来られない。

 それでも瑞椛は、藤下に何かよくわからないものを感じていた。


「あー、そっかぁ」

「うん」

 

 遠巻きに見ているクラスメイト達の視線が痛い。それもそうだろう、大人しめの女子が普段絡みのない男子へいきなり声をかけたのだ。しかも、端から見たらしていないように見える怪我の心配だ。変に思われても仕方ない。

 

「なにかを受け止めたのかなって思ったよ」

「……なんのことだろ?」


 そのまま引くこともできたが、瑞椛はとっさに言葉を続けてしまった。

 斜め上を見た後、困ったように首を傾げる藤下。笑顔の奥の瞳は笑っていない。無関心というわけでもなく、怒っているわけでもなさそうだ。でも何か、瑞椛には理解できない感情があるようだった。


(ああ、これは続けたらいけないやつだ)

 

 この場で話を続けるのは良くない。藤下の様子から、怪我のことには触れられたくなさそうだった。これ以上はきっと、彼にとって迷惑になる。このまま話を切り上げて、席に戻った方がいい。


「藤下くん。今日の帰り、駅まで一緒にいかない?」


 瑞椛の口は、自分の気持ちとは違う言葉を発していた。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが、瑞椛を救うように鳴り響く。背後では、奈央が教室に駆け込んできた。


(やってしまった……)


 午後の授業中、瑞椛は自分の言動を振り返って恥ずかしくなる。あの言い方ではデートに誘っていると思われても仕方ない。思い出せば、一部のクラスメイトからは生暖かい視線を向けられていたような気もしてきた。


(でも、気になる……)


 藤下と朝の人は同一人物だと思う。たぶん、きっと。

 それを確かめたい好奇心が、後悔しそうになる気持ちを押しとどめていた。


 午後の休み時間、奈央に軽く問い詰められるも、瑞椛としては「なんか、勢いで」としか答えられなかった。今日一日観察していた限り、藤下とは奈央が心配するようなことにはならないと思う。藤下は瑞椛にさほど興味がない様子だった。


「じゃあ、なんかあったら連絡してね」

「うん、ありがと」


 放課後、奈央はわかりやすく後ろ髪を引かれつつ部活へと向かった。瑞椛の方は、自分から提案した責任感と藤下への好奇心でそわそわと落ち着かない。


(よしっ)


 荷物を鞄に詰め込み、窓際の席を見る。藤下は律儀にも、瑞椛を待ってくれているようだった。妙に姿勢の良いところが、彼の性格を表して見えた。


「ごめん、お待たせ」

「ううん、待ってないよ」


 軽く返事をする藤下の向こうに、黒くて丸いものがぼんやりと見えた。きっといつものお化けだろう。その証拠に、次に視線を向けた時にはもう見えなくなっていた。いつものお化けは、朝の大きな塊とは違って瑞椛へ向かってくることはない。

 

「じゃ、行こっか」


 瑞椛に促された藤下は、そっと席を立ち学校推奨の鞄を手に取った。あくまでも推奨のため、大半の生徒は自分好みの鞄を使っている。そのため、藤下の鞄は瑞椛にとっては珍しく感じられた。

 教室を出て、靴を履き替え、校門を後にする。その間、瑞椛は会話の糸口を探し続けていた。当然のように、藤下から話しかけてくることはない。


(いきなり聞いちゃっても引かれないかな)


 瑞椛としては、朝の人が藤下なのかを確かめたい気持ちが強い。本人であれば助けてもらったお礼を言いたい。しかしそれは、藤下の気持ちを無視した言動だ。だから昼休みの教室では言葉を濁した。


 駅まではあと十分くらい。周りに知っている顔はない。

 聞くならば、今がチャンスだ。


(よし、聞くぞ!)


 瑞椛は意を決して口を開いた。こういう時に限って、思っていることと言っていることが違ってしまうのが瑞椛だった。


「あのね、私さ、たまに見えるんだよね。お化けみたいなの」


 昼休みに続いて、またやってしまった。

 

 不意に出た妙な自己紹介に、瑞椛は顔を覆いたくなった。帰り道、初めてのまともな発言がこれだ。困らせたか、今度こそ引かれたか。それとも笑われるか。

 瑞椛は恐る恐る、頭半分ほど上にある藤下の顔を覗き見た。


「見えるって、それは本当?」

「え、うん……」


 予想外の反応だった。まさか食い付いてくるとは思わなかった。もしかしたら藤下は、こういうオカルトのような話が好きなのかもしれない。


「今朝も見たんだよ。黒い塊みたいなの。ちょうどこのあたりで」

 

 瑞椛の心は、少しだけ軽くなった。それと同時に、口も軽くなる。それがいけなかったのかもしれない。


 笑顔を作っていた藤下の目が、ほんの一瞬だけ、すっと細くなった。

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