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坂下瑞椛の恋のワケ  作者: 日諸 畔
第1章《助けてくれた人》

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第2話「ねぇ、藤下くん」

 瑞椛の行動は、ほんのちょっとした興味が原動力だった。朝のあの人に似ている気がする。それだけの理由で、会話らしい会話をしたことがない男子生徒を目で追い続けていた。もちろん、露骨には見ないようにこっそりと。

 午前中の結論として、藤下 勇悟は特に特徴がないのが特徴というような、何の変哲もない男の子だった。

 

 遅刻や欠席の常習犯であっても、授業は真面目に受けていた。教師の質問にもしっかりと答えている。入試トップの成績というのは、噂だけの話ではないのかもしれない。

 休み時間には周囲の雑談に積極的ではないものの参加して、適切なタイミングで笑顔を浮かべていた。周りの空気に合わせるような言動には、瑞椛としては少しだけ親近感を覚えた。

 

 ただひとつだけ、気になることがあった。柔らかい笑顔を浮かべつつも、ほんの少しだけ無表情になる瞬間がある。

 たぶん周りは誰も気付いていないだろう。じっと彼を見ていなければわからないほどの些細な変化だ。瑞椛は、もう少しだけ観察を続けようと思った。

 時間は当たり前に過ぎていき、昼休みを告げるチャイムが鳴った。


「瑞椛さ、今日ずっと藤下くん見てるよね。なんかあった?」


 奈央は吊り気味の瞳で覗き込むように、瑞椛へ問いかけた。瑞椛の席で弁当を広げ合うのは、毎日の恒例行事のようなものだった。

 瑞椛は口にしたペットボトルのお茶を吹き出しそうになるのをなんとかこらえ、奈央へと向き直った。

 

「え、そうかな。バレてた?」

「私にはもうバレバレ」

「そうかぁ、しまったなぁ」

「まあ、勘づいたのは私だけだろうけど」


 奈央はどこか自慢げに腕組みをした。その態度に、瑞椛はほっと胸をなで下ろした。

 

「奈央ちゃんだけならよかった」

「で、何があったの?」


 奈央は瑞椛の手の平ほどの大きさがあるアルミホイルの包みを開きながら、質問を続けた。銀色のすき間から、海苔に覆われた巨大なおにぎりが顔を出す。


「それがね、なんか、朝の人に似てる気がしてさ」

「助けてくれたって人?」

「そうそう」

「ふーん、そんな強そうには見えないけど」


 奈央は男性を強そうかどうかで評価する節がある。あからさまに体育会系な思考は、瑞椛にはないものだ。そういう素直なところが、この友達の魅力のひとつだ。

 

「まぁ、見ちゃうのは勝手だけど気を付けなよ。瑞椛、可愛いんだからさ」

「んー、それはどうだろう」


 奈央は時々、瑞椛の外見を可愛いと評すことがある。瑞椛としても自覚がないわけではないが、否定も肯定もしにくい言い回しだ。ただ、奈央が言いたいことは十分に理解できていた。だから、男子には必要以上に話しかけないようにしている。

 

「また勘違いさせでもしたら……あ、ごめん」

「ううん、大丈夫」


 瑞椛は中学時代、恋愛がらみの苦い思い出がある。このクラスの中では、中学から一緒の奈央だけが知っていることだ。

 奈央の気遣いに感謝しつつ、瑞椛は卵焼きを口に入れた。優しい甘みが口に広がる。母親が弁当作りを担当する日のお楽しみだ。ちなみに、坂下家では瑞椛の弁当担当日には醤油味という暗黙の了解があった。

 

「そだね、ありがとう。気をつけてバレないようにやるよ」

「やめはしないのね」

「うん」

「まぁ、止めはしないよ」


 卵焼きを飲み込んで、瑞椛は奈央に微笑みかける。奈央は昆布のおにぎりを片手に、軽く肩を落とした。


 昼食を終えると、奈央はバスケ部のミーティングがあると言ってそそくさと教室を出ていった。部活に入っていない瑞椛としては、運動部は大変だなと思う。それでも好きで続けているのは、とても凄いことだと感心してしまう。


「むーん」


 これといってやることのなくなった瑞椛は、ついつい藤下を目で追ってしまう。命を救ってくれたヒーローに似ている気がする男の子は、校内の購買で買ってきたであろうコロッケパンをもそもそと口に運んでいた。規則正しく動かされる頭と口が、どこか人形のように見えた。


(まぁ、同じ人なわけないんだけどね)

 

 よくよく考えれば、藤下が朝の彼ではないことは明らかだ。黒い塊を受け止めた際に、その人の左腕は明らかにおかしな方向に折れ曲がっていた。そんな大怪我をしているのだから、平然と学校に来ることはできないはずだ。現に藤下の左腕に怪我をした様子は見られない。


 藤下から目を離した瑞椛は、なんとなく教室内を見渡す。入学して一ヶ月少しも経てば、友達グループのようなものは出来上がっていて、その他の人とはあまり会話をしないことが普通になっている。

 現状、瑞椛が気軽に話せる友達は奈央くらいだった。ちょっとした雑談に参加することはあっても、積極的に声をかける気分にはなれないものだ。別に寂しいというわけではない。ただ、昼休みの残り七分は瑞椛にとって退屈な時間だ。

 二個目のコロッケパンを食べ終えた藤下は、牛乳の紙パックにストローを刺していた。


「悪い、藤下。ちょっとそれ取って」

「ん? おう」


 男子が藤下の名を呼ぶ声が聞こえた。瑞椛はちらりと視線だけをそちらに向ける。

 ふざけて遊んでいた男子の鞄が藤下の足元に転がっていた。拾ってくれと言える程度には気安い関係のようだ。 藤下は嫌がる素振りを見せず、左手を鞄に伸ばそうとして、動きを止めた。すぐに右手で鞄を拾い上げ、声をかけた男子へと手渡す。

 

(あれ?)


 疑問を感じたと同時に、瑞椛は自席を立っていた。まるで足が勝手に動くように、窓際の席へと向かう。

 あの人は左手に怪我をした。藤下は左手を庇うような仕草を見せた。ただそれだけの共通点だ。


「ねぇ、藤下くん。左腕、怪我してる?」


 瑞椛はいつの間にか、藤下 勇悟に声をかけていた。

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