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猫、アイドルになる

 食堂に行くと、大きな長テーブルの上にあたしの天敵がいた。


 我が物顔でぎゃわっぎゃわっと鳴いているのは、例の黒いオウムだ。


あたしの姿を見てテーブルの上で大きな羽根を広げた黒オウムはテーブルの上に並べてあった食器や水差しを次々と床に落としていく。


「ああ、サミュエル様……また」

「いつものことだけど……」


 ため息をつきながら割れた食器を集め、水を拭く使用人の皆さん。


オウムは王宮の古株らしいので誰も文句は言えないのだろう。


 テーブルの上には何もなくなったので、あたしも即座にテーブルに飛び乗った。こいつは敵だ。


『うぅう~、みゃおううううう』


 できるだけドスの利いた声を出す。


 全身の毛が逆立ち、尻尾もリスのようにふくらんでいるのが分かった。


 体格は同じくらい。

 だが、あたしは肉食獣だ(一応)。


『シャーーー!!』


 鳥なんかに負けられない、とオウムを威嚇した。

 相手もトサカを膨らませて威嚇を返してくる。


 しかし、対峙している一匹と一羽の周囲で使用人たちが騒然とし始めた。


「おい! サミュエル様に危険が……!」

「止めないと!」

「でも、猫は王太子殿下のお気に入りだそうで……」


 その時、パンッと大きな音がした。


 振り返ると、フリードが両手を合わせている。

彼が手を叩いて音を出したようだ。


「僕はこれから食堂で食事をするときは必ずこの猫とする」


 穏やかな声だったが食堂はぴたりと静まりかえった。

 オウムもじっとフリードを見つめている。


「だから、その間このオウムは食堂に近づけないようにしてもらえるか? 猫にとって鳥は天敵だから、本能的に共存は難しいだろう」

「で、でも、オウムのサミュエル様はずっと王太子殿下と同じテーブルで食事をするのがお好きで……」


 遠慮がちに食堂を担当する侍従が告げる。


 するとフリードは少し困ったように笑った。


「正直言うと、食事中に鳥が羽ばたいてホコリが舞ったり羽根が落ちてきたりして、少し苦手だったんだ。申し訳ないけど……オウムは他の場所でも食事はできるだろう?」

「は、はい! 確かにその通りですね! 配慮が足りず申し訳ございませんでした!」


 侍従に運ばれていきながら、オウムは憎々しげな視線をあたしに投げつける。


 あたしが相手を嫌いなように、向こうもあたしが大嫌いなのだろう。


 しかし、オウムがいなくなると食堂の雰囲気は安堵に変わった。


 まずはあたしの食事が運ばれてくる。


 広いテーブルの上に、あたしのための大きな布が敷かれ、その上に食事と水まで用意された。


 フリードもそれが当然、という顔だ。


(甘やかされすぎじゃない?)


 そう思いつつも、


(まあ、猫だからいいか)


 納得してしまう自分であった。


 フリードの食事が厨房から運ばれてくると、あたしはふんふんと匂いを嗅ぎまわった。


『大丈夫! 変な匂いはしない』


 そう合図するとフリードは嬉しそうに朝食を食べ始めた。


「ごちそうさま。美味しかったよ。ありがとう」

「殿下がお食事を召し上がれるようになって良かったです」


 給仕していた侍従の目が潤んでいる。


 フリードは手を伸ばしてあたしの頭を撫でた。


『にゃぁん』と答えると、テーブルの傍らにいた侍女が「か、可愛い…もふもふ触りたい」と呟くのが聞こえた。


      ◇◇◇


 その後、あたしはフリードの肩に乗り、王城のあちこちを案内してもらった。


「彼女は僕の大切なペットだから、絶対に危害を加えたりしないように!」


 あちらこちらでそう言って回るフリード。


(いきなり野良猫をペットにするなんて、これで使用人の皆さんからの人気が下がったらどうしよう)


 あたしは心配になったけれど、人々の反応は意外にもとても好意的だった。


「おお、あのフリード様が生き生きと歩き回っていらっしゃる!」

「猫ちゃんのおかげでお食事も少しずつ召し上がるようになったとか……」

「それにめっちゃくちゃ可愛い!」

「もふもふ!」

「あのオウム様を追い払ってくれてちょっと胸がスッとしたわ」

「そうよね。すごい意地悪だものね」

「掃除したばかりの床にわざと水をぶちまけたりするのよ」

「あなたもされたの!? 私もよ」


 思いがけなくオウムの不人気を小耳にはさみ、あたしはちょっと留飲を下げた。


 しかし、安心したのも束の間、有能で厳格そうな執事がつかつかと近づいてきた。


あたしを見た瞬間に、びくりと肩が大きく揺れて眉間の皺がいっそう深くなる。口角が下がり歯をギリッと噛みしめたようだ。


(あ、これヤバイやつだ)

 

 瞬間的にフリードの首筋に頭を隠す。


 絶対的な猫嫌い。


『王宮に野良猫なんてとんでもない!』って叱責されるパターンだわ。


「こちらが殿下の……猫、でございますか」

「ああ、エレという。エレ、彼は執事や使用人を束ねる家令のシュトルヒだよ」


 家令……。使用人の中のトップ。あたしは早々にトップに嫌われてしまったのか。


ごめん、フリード。


 あたしがちらりと視線を向けると、家令のシュトルヒは深々と一礼する。そしてゆっくり顔を上げるとあたしと正面から目が合った。


沈黙。


「…………」


シュトルヒの肩が震え、視線はピタッとあたしに据えられている。


「こ、これは……」


震える声で言う。何があったんだろう? あたしは不安になった。フリードも「シュトルヒ、どうした?」と不審そうに尋ねる。


「完全体……」

『「?」』

「毛並み、骨格、瞳の輝き……完璧すぎる……」

「シュトルヒ、大丈夫か?」


 フリードの言葉にハッと我に返ったシュトルヒはコホンと咳払いをした。


「失礼いたしました、エレ様。恐れながら、耳の下側……ご尊顔の側面を十秒、いや二十秒ほど撫でさせていただく栄誉を頂戴できますでしょうか」


 フリードの尋ねるような視線に頷くと、シュトルヒはそろそろと手を伸ばしてきた。


(なんだ、単なる猫好きか)


 あたしはホッとした。彼の撫で方は猫の扱いを熟知している人のものだった。

自然とゴロゴロが発生する。


「失礼いたします……ああ……至福でございます」


 その後、シュトルヒに続いて何人もの使用人があたしの背中や頭をなでなでしてくれた。


「きゃー、可愛い!」

「気持ちいい!」

「最高の感触!」


 などと歓声が上がる。


 ……あれ?


 こんなんでいいのかな?と思うくらい、王宮のみなさんはあたしを歓迎ムードだった。


 こうしてあたしは、ライナー王国の王城で暮らすことになったのである。


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