表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

【挿話】王太子フリードリヒ・フォン・ライナー その2

 朝食の後、サロンでお茶を飲みながら、母上は『呪い』について僕に詳しく教えてくれた。


 父上は母上の隣に座り、心配そうに僕を見つめている。

 子供にそこまで詳細を話してよいのか、半信半疑なのかもしれない。


 呪いとは。


 非常に残酷な種類の魔法であり、対価として必ず命の犠牲を要求するものらしい。


 あの魔女の呪いのせいで犠牲になった者については調べさせているが何も分からない、と父上は悔しそうに言った。


 では、あの魔女が僕にかけた呪いは何なのか。


 残念ながら母上にも具体的なことは分からないという。


「あの魔女は、呪いをあなたの体に吸収させたのだと思うの。呪いには発動条件がある。あなたが何か禁忌を犯したときに呪いが発動し、あなたが一番愛する人間が死ぬことになるのでしょう」


 背中に冷たい汗が伝うのを感じた。


「禁忌って……?」


 母上は悲しそうに僕を見つめた。


「分からないの。ごめんなさい。でも……あなたが一番愛する人間が死ぬことになる、というのなら。あなたが最も愛する人に『愛している』と意思表示することが禁忌になるのかもしれない。わたくしの直感だけど」

「……意思表示。つまり僕が誰にもそういう意思表示をしなければ安全ということですか?」

「おそらく……としか言えなくてごめんなさい。今、国王陛下が国を挙げてあの魔女の行方を追っています。呪いをかけた本人が解くのが一番早いから」

「分かりました。見つかるまで僕も気をつけます」

「わたくしも対策を取ります。曲がりなりにも魔女ですから」


 そう言って、母上は百合の花のように微笑んだ。


「万が一、呪いが発動して、わたくしかヴィルヘルムが呪いで殺されることになったと仮定します。その時のために、呪いの発動を感知した瞬間に仮死状態になって呪いを防ぐ魔法があるの」


 ヴィルヘルムとは父上の名前だ。


 普段は「国王陛下」と呼ぶ母上が、名前で呼んだのが少し珍しく感じられた。


 僕は思わず安堵の息を吐いた。


「なんだ、良かった。そのような魔法があるのですね」


 しかし。


 僕が笑っても母上は笑わなかった。


「いいえ。仮死状態になっている間、呪いは手出しできません。でも、目を覚ましたらすぐに呪いに殺されてしまう。恐ろしい呪いです。わたくしもこれから研究して対策を立てないと……」


 母上は独り言のようにそう呟いた。


     ◇◇◇


 そして僕が十三歳の時。


 僕の不注意で、呪いが発動してしまった。


 残念ながら、呪いをかけた魔女の行方はまったく分からないままだった。


 けれど呪いをかけられてから三年の月日が流れ、僕はすっかり油断していた。


 母上も魔法で対策を取ってくれていたし、三年間何事もなく過ごせていた。


 もう呪いのことをそこまで心配しなくてもいいのではないか。


 そんな空気が流れていた頃だった。


 母上が、僕の十三歳の誕生日を祝ってくれた。


 本来なら、王太子の誕生日パーティは盛大に行われる。

 貴族の子女を集め、婚約者探しが始まることも珍しくない。


 だが。


 やはり呪いのせいで、そんな平和な雰囲気にはとてもならなかった。


 それに父上は、国王として多忙を極めていた。


 だから十三歳の誕生日パーティは、母上と二人だけの小さなものだった。


 それでもとても楽しくて。


 僕は心から幸せだった。


 欲しかった誕生日プレゼントももらい、すっかり舞い上がっていた僕はつい言ってしまったのだ。


「母上、愛しています!」


 その瞬間。


 母上の顔が青ざめたのが分かった。


 僕も、全身の血が凍りついたように動けなくなった。


 心臓の音が頭の中に響く。

 恐怖で冷や汗が背中を伝った。


 次の瞬間。


 激しい痛みが僕を襲った。


 頭が、割れそうなほど痛い。


 そして刹那。


 何かが口から飛び出した。


 真っ黒で、表面がどろりとした小さな蛇だった。


 その蛇は一直線に飛び、母上の首筋に噛みついた。どろりと赤い血が雪のように白い肌を伝う。


 蛇はぬらりと体を動かすとおぞましい黒い矢に戻り再び僕の額の中に吸い込まれた。


 全てが一瞬の出来事だった。


「母上っ!!!!」


 僕は必死に叫ぶ。


 母上は僕を見て微笑んだ。


 次の瞬間。


 母上の周囲を真っ白な糸が覆い始めた。


 まるで繭のような糸だった。


 やがて母上は完全に白い繭の中に包まれてしまった。


 僕が呆然と立ち尽くしていると、騒ぎを聞いたのか父上が真っ青な顔で駆け寄ってきた。


「フリード、何があった⁉ 無事か⁉」

「父上……申し訳ありません! 全部僕のせいです!」


 そう言って泣きじゃくる僕を、父上は優しく抱きしめてくれた。


「大丈夫だ。死んではいない。フリードのせいじゃないよ」


 その日以来、五年の月日が流れた。


 母上は、今もずっと繭の中で眠ったままだ。


 母上が眠りについてから、僕の生活には二つの大きな変化があった。


 一つは……


 僕の食事のほとんどすべてに毒が入るようになったこと。


 これまではきっと、母上が毒を排除してくれていたのだろう。


 もう一つは。


 父上がマルガレーテという魔女を王宮に呼び寄せたことだった。


 母の親戚だというその魔女も黒目黒髪だった。


 だが母上がいつも柔らかな笑みを浮かべていたのとは対照的に、マルガレーテの口角はぴくりとも動かない。


 常に冷徹な表情で何を考えているのかも分からない。


 僕は彼女の前ではいつも緊張していた。


 それに。


 マルガレーテが王城に来てから、毒が増えたような気がしてしまう。


 父上は言っていた。


 マルガレーテは毒の対処が上手いから王城に呼んだのだと。


 実際、毒で半死半生になった僕を、彼女が何度も救ってくれた。


 だから感謝しなければいけない。


 そう思うのに、どうしても警戒心が消えなかった。


 それに父上とマルガレーテが一緒にいるところをよく見かけるようになり、僕はどこか取り残されたような気持ちになることもあった。


 だから僕は、独りで呪いを解く研究を続けることに決めた。


 そんなある日。


 僕の専属護衛を務めるオットー・ブラウンが声をかけてきた。


「ずっと王城にいると息が詰まってしまいます。気晴らしに城下に行きませんか? 屋台の食べ物であれば毒の心配はないかもしれませんし……」


 毒を恐れて何日も食事をとらず、睡眠もろくに取れていない僕を心配しての提案だったのだろう。


 忠臣であるオットーの心遣いを無視はできない。


 僕はお忍びで街へ散歩に出かけた。


 その時だった。


 不思議な気配を感じたのは。


 魔力探知というのは想像よりもずっと難しい。


この世界では人に魔力の探知は不可能とされている。


そもそも誰もが魔力を持ち魔道具が使用される世界だ。

あちこちに魔力が存在している状況で魔力を判別し特定するのは至難の業だろう。


 だからこの近くに他の魔法使いがいても僕が気づくことはない。


 それなのに。


 港の近くで僕と近しい感覚を覚えた。


(なんだろう、これは? 魔力……のはずはない、か)


 僕は考えこんだ。集中して感覚を研ぎ澄ます。


(どちらかというと嫌な気配だ。それなのに馴染みがある。もしや……呪い?)


 気配のする方へ向かってみると……


 そこにいたのは、小さな黒猫だった。


 金色の大きな瞳。

 ふかふかで毛並みの良い猫が、ふんふんと鼻歌を歌うように歩いていた。


 僕はオットーに捕まえるよう頼んだが、気配を察したのかあっという間に姿を消してしまった。


(あの猫は……いったい何だったのだろう)


 城に戻ってからも、どうしてもあの猫のことが気になって仕方がなかった。


 そして。


 やってきた黒猫は、近くで見ると想像以上に愛らしく、美しかった。


 透明な金色の瞳。

 その中央にある虹彩が、感情に合わせて大きくなったり小さくなったりする。


 艶やかな柔らかい毛並みも、思わず触れてみたくなるほど魅力的だった。


 驚いたことに。


 彼女は僕の体を堂々とよじ登り、背中にぴたりと張りつくと喉を鳴らし始めた。


 ゴロゴロ、と。


 その温もりと振動の心地よさは、言葉では言い表せないほどだった。


 ずっと眠れずに苦しんでいたのが嘘のように、僕は自然と眠りにつくことができた。


(猫ってすごい……)


 そんなことを思いながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ